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姫 かたる

 失意のデュラハンは庵の中に連行されルフェイより早速の尋問を受けることとなった。


 積み上げた毛織物を椅子代わりして座すルフェイ。

 粗末な羊毛の束なのにルフェイが座ると不思議なことに玉座のたぐいに見えてしまう。

 時折ふらつく少女を心配した老魔女はその傍らに寄り添った。


「ふん。事情は理解したよ。迷惑を掛けたようだね。騎士殿」


 デュラハンとマーティスから自身が意識を失っている間に何があったのかを聞き出すとまず尊大な態度のまま騎士に礼を述べる。

 それからルフェイは立ち上がり居住まいを正し、


「偉大なる魔女マーティス。私はルーサー=モルガーナの娘ルフェイ=モルガーナ、あなたに出会えた幸運と御助力をクルアハに感謝いたします」


 大領主の娘に相応しい所作でマーティスへ頭を垂れた。

 完璧にへりくだってはおらずそれでいて魔女の崇める神の名を称えての礼。


「なんてことだい! あの”美丈夫”ルーサーの娘だってぇ」

「小娘。俺へのと態度が違いすぎるぞ」


 マーティスは礼に応じるより先に天の女神が戯れに地に転生したとしか思えない少女が知り合いの娘だったことに驚く。デュラハンの抗議は無視された。

 マーティスが知る限りルフェイの父であるルーサーは、幾つもの戦場で活躍し整った容姿と逞しい肉体も相まって”美丈夫”の二つ名を持ち。吟遊詩人が彼と戦友の深く濃い友情を謳った詩は、今も島中の貴婦人を大いに喜ばせているらしい。

 マーティスも王の宴に招かれたときに顔を合わせたことがあり、大領主という地位に反して気さくで朗らかそれでいて勇敢と理想の騎士像の一つだったとのこと。

 デュラハンはその首を刈りたかったと密かに惜しんだ。


「……ルーサーの坊やに何かあったんだね」


 黒き魔女は酷なことを聞くがと訊ねる。

 あの”美丈夫”ルーサーが生きているなら自分の娘をむざむざ首なし騎士に攫われたりしないだろう、と魔女は微妙に勘違いしながらも何が起こったか察したのだ。


「はい。父はベルフォーセットとの戦いで喜びの原に旅立ちました」


 ルフェイは悲しげな顔をすると父ルーサーが王の招集した戦で敗死したこと、留守役が謀反を起こしたこと、逃げたて刺客に追いつかれたところにデュラハンが颯爽と現れ『貴様は俺のものだ』と告白してしたことを伝えた。

 意識を失ったルフェイを抱きしめデュラハンが危険を顧みず常夜の森を走破するところなんてまるで英雄譚のように脚色されていたが。

 デュラハンは、若干差異はあるものの概ね事実だったので訂正の声を上げたりはしなかった。


「…………こいつが?」


 飢狼が迷い羊を牧場まで案内するほうが信じられると首なし騎士に疑いの目を向ける魔女。

 魔女の中で首なし騎士はどんな評価なのだろう。


「それにしても運命の女神のなんと残酷なことか……」

 

 黒の魔女は話を聞き終えると姫の過酷な運命を憂う。

 父を城を奪われその上首無し騎士に見初められるなんてと。


「父はいずれこうなると覚悟していました。何より戦場を愛していたので」


 魔女と目を合わせないように俯いた姫の沈痛な声。

 なぜかデュラハンにはその伏せた顔が笑みを浮かべてるような気がした。

 僅かに左手を下げ抱えた頭の視点を変え覗き込む。


 ……思い過ごしだった。


 ルフェイの瞳は閉じられ唇も一切の感情を示していない。

 ただ美しい(かんばせ)だけがあった。


「で、どうするつもりなんだい。あたしで良ければ力になろう。デュラハン(こいつ)の件も含めてねぇ」


「それは……」


 魔女の申し出に上げた顔は涙で潤んだ琥珀の瞳で喜びを僅かに口を開き驚きを示していた。

 一瞬の早業である。

 器用な小娘だとデュラハンは感心する。


「……まずは王都にいる弟の元へ向かおうかと」


 小娘の言葉にそういえば弟とか言ってたかと思い出す首なし騎士。

 この島の殆どの国では、王に従う領主は男子が五歳になると王の元に預ける。

 建前では王の騎士団で剣術、槍術、馬術、詩歌などの教養を集団で学ぶことで友情や連帯感を育てるとなっている。しかし実際は人質以外のなにものでもない。

 成人すると親元に返されるらしいが……ルフェイの弟、つまり前大領主の息子も今この国の王都で人質生活中ということだ。


 だが弟と会ってどうするというのだろうか?


「弟君は何歳か?」


「……最初の月無し月で十二です」


「となると弟君の成人まで三年以上……謀反人を討つのは後に回すべきかねぇ」


 この島では成人した――十五歳以上の男子でなければ何事においても権利がない。というか相手にされない。

 謀反人とやらが何歳かしらないが留守役を任されたということは成人した男であろう。

 力ずくで大領主の城を奪った成人男性と大領主の実の息子だが未成年では前者のほうが正当性があることになってしまう。


 いや例外もあったか?


 デュラハンは数百年前に吟遊詩人が謳っていた英雄譚を思い出す。

 昔ベルフォーセット――エルランド北部にある国――で十三歳のガキが騎士つまり成人として認められたことがあったのだ。

 木の槍一本で人喰い巨人を退治しその偉業を謳われた少年。

 まあ本当に例外中の例外だ。

 そもそも昨今は人喰い巨人みたいな英雄譚のやられ役が滅多にいない。

 だから首なし騎士なんていう真性の怪物に英雄志願者が群がるのだが。


 デュラハンが古の大英雄を思い出している間もルフェイとマーティスの話は続く。


「弟のところにも刺客が向かっているかもしれません」


「レンスター王の元にいる騎士見習いを殺せば国を敵に回すことになる。そんな馬鹿なことをするかねぇ。……ああ、戦に負けた直後かっ!」


「はい。王も無理はしないかと」


 今のやり取りはルフェイの弟の安全についての話だ。

 王の人質に危害を加えるということは王の所有物を奪うということ。

 普通、王はそのような暴挙に対して制裁を加える。

 だが国と国の戦争で負けたとなる多くの騎士や戦士が亡くなる。そしてルフェイの父が戦死したという戦争は敗北だ。

 現在、王の命令で動く戦力が減っているわけで、王は制裁を控えるかもしれないとルフェイとマーティス判断したのだ。


「王の力は暗殺の抑止にはなりません。ですからこの森を抜けて王都に向かえば追手も撒けるのではないかと」


「駄目だねぇ。この庵から森を抜けて王都までなんてあんたみたいな子供が行ける距離じゃない」


 魔女住む常夜の森は島の中央にある。

 レンスターの王都は島の最南端。たどり着くには常夜の森の踏破する上に謀反人が影響力をもつ地域を抜けなければならない。

 そしてそのどちらも困難を通り越して命の危険が伴う。

 まず常夜の森は魔境。この世に存在する異世界だ。

 食獣植物に底なし沼は当たり前、凶悪な化け物が縄張り争いを繰り広げている。

 もし人間が迷い込んだら楽に死ねれば運がいい部類だろう。

 毒虫に刺され卵を受け付けられれたり生きたまま大蛇に飲み込まれたりろくでもない死に方しか想像できない。

 基本人間がいないこともありデュラハンも滅多に入らない。

 他に森に現れる妖精たちとは――正しく妖精全体とはだが――過去に因縁があり出会うと争いになるという別の理由もある。

 そんな中を、幼い少女が旅をする?

 無謀という言葉すら生ぬるい。

 不可能というか自殺と同意義だ。


「……弟君に危難を知らせたいというのは察する」


 魔女は城なし姫の心情に理解を示した。

 弟の安全を確保するには刺客より早く王都たどり着くしかない。

 謀反人にしても姫を殺すより領主の息子を殺すのを優先していることだろう。

 また先に王都まで着けば王に直訴するという手段もある。

 王の気分次第だが自身の所有物に手を出そうとする謀反人と数年立てば正当性を主張できる弟君(てごま)

 吟遊詩人に『戦で亡くなった大領主の娘から助けを求められ慈悲深き王は己の苦境も省みず拳を振り上げた』とでも謳わせれば完璧だ。

 半強制的に王を謀反人討伐に巻き込める。


「…………おいでフェイタル」


 少しの間目を閉じた魔女が何者かを招く。

 羽ばたく音とともに天上から影が舞い降りる。


「ホウ」


 それは一羽のフクロウだった。

 森の賢者とも呼ばれるその鳥は大きな眼をクリクリと動かし小娘そしてデュラハンを珍しそうに見る。

 デュラハンも姫も驚きをもって見返す。

 フクロウが珍しいわけではない。

 でかいのだ。

 白と黒の羽毛に包まれた鋼色のそのフクロウは顔が人間の頭並みであり胴体を含めると普通のフクロウの二倍以上。

 翼を広げたらデュラハンより大きいのではないだろうか?


「あたしの使い魔さ。この子に手紙を届けさせる。『ルーザーの息子が命を狙われている。ルーザーの娘はこちらで保護した。森まで迎えに来い』とねぇ。手紙を届けるのに二日、迎えが来るのに六日。その間にあんたは体を癒して知るべきを知り学ぶべきを学びな」


「知るべきを知り学ぶべきを学ぶ……なにをでしょうか?」


 驚きから立ち直った姫が魔女に言葉の意味を問い返す。

 フクロウに兜飾りを突かれているデュラハンは顔をしかめた。

 魔女がルフェイに教えようとしている内容に心当たりがあったからだ。

 ルフェイの押し付け先としてこの魔女を選択肢に入れなかった理由のひとつ。


「幸い今ならそこの馬鹿が森を引き裂いた痕があるから森を出るのは難しくない。あたしが教えるのはあんたがその馬鹿を返り討ちにするための手段だよ」


 首なし騎士を返り討ちにする。

 多くの勇者、英雄、傑物が願い果たせず倒れていった難業を薬の調合法でも伝える気軽さで口にするマーティス。

 だがこの魔女にはその権利があった。


「偉大なる魔女マーティス……その、あなたと騎士殿はどのような関係なのですか? 随分と親しいようですが」


 ルフェイは魔女と騎士が一つの神を崇めていること知っている。

 大領主の娘として多くの伝承や物語に触れてきたため、騎士が時折称える名と忌むべきされど敬うべき邪神の御名が同じなこと気がついたからだ。

 同じ神を称える同胞として両者が知り合いなのは納得できた。

 しかし二人の間にはそれ以上の何かを感じた。


「ん? ああ、言ってなかったねぇ」


 マーティスはルフェイの左手薬指。紅い蛇が巻きついたような”死の宣告”を見詰めながら自らも左手をかざす。


「――――っ!」

「…………」


 その薬指に刻まれた黒い蛇を見て声にならない驚きの声を上げる姫。

 自らの失敗を晒され愉快ではない首なし騎士。


「あたしも同じさ」


 黒の魔女マーティス。彼女はデュラハンから”死の宣告”を刻まれそして”刈り取り”から生き延びた稀有な存在だった。

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