1章 8.その意味3…
トレットの質問へ対し、カラード師はニヤリとした笑いで返した。
「気付かれないものですねぇ?この戦闘が始まってからずっと、玉に力を還元していましたよ?
トレット殿の力が強いおかげで、思ったよりも早く貯める事が出来ました。」
カラード師はそう言うと先程まで自身が掛けていた玉の連珠を腕に巻きつけた形でトレットへ対峙した。
よく見ると珪翠で出来た玉の幾つかがヒビ入り今にも砕けそうだった。
「玉が砕けそうになってんな…、もしかしてあの力は還元した力をつかってんのか!?」
トレットは細かい所まで見逃さない。
情報の欠片を集め答えを導き出したトレットは、先程の攻撃を思い出しその表情に焦りが募る。
先程の火傷が疼くのか、身をこわばらせている。
「トレット殿はお一人ではとてもお強い。我々には無い発想もある。
正直、復活明けだと言うのにここまで押されるとは予想外でした。
辛うじて後の先は取れていますが、薄氷の上での出来事に過ぎません。
貴方が一月…いえ一週間も鍛錬して勘を取り戻せば、私など相手にならないでしょう。
しかし、貴方には還元術を使えないと言う最大の弱点があります。
今の状況が、それを物語っています!」
話をするカラード師に隙は無く、トレットが少しでも印契を結ぼうとすれば、先程よりも早い速度で滅級以上の攻撃が放たれるであろう。
では、この状況をどう打破するのか。
トレットは中腰の姿勢でカラード師を睥睨してながら、次の一手のタイミングを計っていた。
「では、そろそろ終わりにしましょうか?
これで倒されるならそれまでです。」
カラード師は玉の力を引き出す術式に取り掛かった、その刹那……
トレットも印契をできる限りの速度で結ぶ。
「トレットさん!!それではカラード師の術に勝てません!逃げてください!」
それまで黙って闘いの様子を見守っていたリータは酷く焦燥し叫んでいた。
その手で防護印を切りながら闘儀場へ駆けおりるすんでの所で、トレットと目が合った。
彼の目は諦めて無いから心配するなと言っていた、付き合いの浅いリータですら感じる程に強く。
「お先に!行くぜ!」
上空に現れた豪炎球
カラード師よりも早く結び終わった印契の力はおそらく、早さを優先した為に滅級よりも少し弱い…。
これではカラード師の術には勝てないどころか反撃で致命傷を負うだろう。
「ふっ、苦し紛れはつまらないですね。これは少し厳しく鍛える必要がありますねぇ。」
これが終わった後に待ち受ける、トレットの苦難を思い描き、カラード師はニヤけてしまった。
そして、最後の印を結び終わったカラード師が術の発動に意識を向けようとしたその時!
師の目がトレットの体に隠れたもう一本の腕の形に目を見張る。
「ちぃッ!こんな事が!」
上空から迫る豪炎球の大きさがみるみる大きくなる。異常な速度で。
近くにつれて大きく見える訳じゃない、炎の球自体が膨れ上がっている。
先程までの術の印に加え新たに印を切る、できる限り多く、早く、複雑に。
そして掌を上空に突き出し水ノ防護印を展開し、玉の力を全力で引き出した。
次々に弾け砕ける玉を見て、カラード師は死を覚悟した……。
しかし、その瞬間は訪れなかった。
いつの間にか現れたリータが後ろから水ノ防護印を重ねがけし、紙一重の所で防いでいた。
「お、リータ!ギリギリじゃねーか!危なかったぜ…今のは。
目覚めて早々に、人殺すとこだったわ。」
そう笑顔で話しかける、危険にした張本人のトレット。
リータはへたり込んだまま上目遣いでその張本人を睨んだ。
「危なかったは、こっちのセリフです‼︎あんな曖昧なアイコンタクトで分かれという方が無茶でしょ!」
半分涙目で訴えるリータは、先程から黙り込んでいる師の様子をうかがった。
そこには肩を震わせ言葉の出ない様子のカラード師が俯いていた。