1章 6.その意味1…
エルヴァ師の残した話を聞き、2人は深い深い思考の海溝から浮き上がり、静かにカラード師を見つめた。
そして、意を決した様にリータが口を開いた。
「……カラード師、私も一緒に呼ばれた理由が理解出来たと思います。…間違っておりますか?」
リータはその蒼い双眸をしっかとカラード師へ向け問うた。
「いいえ、聡明なエリーであるリータの考えは間違っておりません、貴方が持つ”円環の魔技”こそが唯一”英雄の器”を英雄へと導けるのです。」
古の話を語り、その重責に顔が強張っていたカラード師であったが、リータの深慮に対し満足そうに笑顔を向けた。
「やはり、そうだったのですね…。しかし、私なんかでは伝説の魔技師様の足を引っ張ってしまうのではないでしょうか!」
リータは自身の能力に自信があった、同世代や先輩方を含めてもズバ抜けた能力があると…。
しかし、トレットとの出会いの際に感じた力の差と、自身に期待されている英雄の結盟者としての運命の重さに、押し潰されそうになっていた。
「ふふっ、少し褒めたらこれですか。まだまだ尻が青い魔儀師と何も変わらないです。良いでしょう、貴女の考えを少しだけ改めてあげましょう。」
リータの弱音に対し、先程までの笑顔とは違った笑みを浮かべ、不穏当な事を師は呟いた。
リータは先程よりも深く俯き、カラード師から伝えられた話を思い返し、臍を噛む思いで一杯だった。
「………なぁ。」
「おっと、先程から主賓であるトレット様を蔑ろにしてしまい申し訳ありません。拙い弟子が状況に戸惑っておりましてーー」
カラード師はハッとし、恭しく応えた。
「あ、いや、そうじゃない。俺もさっきの話を聞いて、色々考えていたんだ…。正直に言うと、忘れていなかった事もあったと言う程度なんだがな。」
トレットは視線を巧妙に外し、後頭部をかきあげながら心境を吐露した。
「それはそれは!なんと僥倖でしょうか。トレット様がお眠りになった際は瀕死で、それから幾つもの世代が変わって来たものですから…、記憶は殆ど無いかと心配しておりました。」
そんなトレットへカラード師は紅顔で喜びを露わにした。
「はは、そこまで期待しないで欲しいな。忘れて無かったのは、結盟者の大切さと、少しばかりの大切な人達の事。……そして、その大切な人達の命を奪った奴らの事だ!」
トレットはそう言うと、今までの表情を一変させ獰猛な笑顔で牙を剥いた。
「ふ…ふッ…ふはぁはははははッ!素晴らしい!」
破顔しているトレットに向かって、大声で称賛を浴びせたカラード師の目は歓喜に震えていた。
「トレット様!その想いがあれば申し分ございません。今から私と戦いましょう!」
「は?…えっ?…はい?」
その唐突な申し出にトレットは戸惑った。
「そうですねぇ、此処では流石に問題が御座いますので、場所を移動しましょう。リータよトレット様を円闘場にご案内なさい、私は少々準備をしてから参るので。」
「…えっ?なんなの?」
一方的に話を進めるカラード師への抗議は無だと知り、諦め混じりに呟いた。
「では、また後ほど。失礼致します。
…そうそう、リータの考えも同時に改めるので、そのつもりでいて下さい。」
トレットの頭に疑問のみ置いたまま、カラード師は部屋の奥へと消えて行ってしまった。
リータはたっぷり息を吐き、放心状態のトレットを導き円闘場に向かった。
◆
多くの魔儀師達が己を高め、序列を決めるために使われて来た古えの闘儀場。
名前の通り、円形をしている…それは周囲だけでは無く、床や天井までが円形なのだ。まるで球体の力でえぐったかの様に。
その大きさは、魔儀師が全力で戦っても壊れぬ様かなりの広さを持ち、球体の闘儀場の至る所には玉である珪翠が配置してあり、闘いにて使用された力は見届けの魔儀師達により還元される事になっていた。
「では、準備はよろしいでしょうか?」
円闘場の反対側には、いつの間にか闘儀服に身を包んだカラード師が立っていた。
普段のゆったりとした儀礼服とは違い、装飾を極力排除し身体のラインがわかる程引き締めた装束を纏う。
腕や足には黒く滑かな素材をあしらった手甲と脚絆のみを装着。
ただ唯一、襷掛けにした連珠の玉が鈍く光りながら揺れていた。
「…カラード師は、本気ですよ。あれは、序列闘儀で上位者に挑む時…若しくは、超大型の魍獣討伐時にのみ着用すると決めている装束です。」
リータはカラード師を凝視したまま、紅潮した顔が汗ばんでいる事も気に止めず、トレットに対して厳たる事実を告げていた。
「うーん、何故俺は戦う事になっているんだ?正直展開が早すぎて訳がわからない。」
事ここに至ってもトレットは現実感がなく、冴えない表情には疑問符のみ張り付いていた。
「何を悠長な事を…。トレット様のお力が凄い事は存じておりますが、カラード師の力も非常に強いですよ?」
リータの伝えたカラード師の評価を聞き、スイッチを切り替えた。
強者と戦う時には、全力で臨むのがトレットの流儀だった、古の時から。
「んーーむ、わからんが…わかった!本気でやってやるよ。」
気合を入れたその眼には揺るぎない意志が宿った。
「お話し合いはお済みでしょうか?私の方は何時でも平気ですよ?」
先程まで対角に居た筈のカラード師が、トレットと会話している一瞬で闘儀場の中程まで移動していた。
闘儀場自体は球体のため、中央に行くにつれすり鉢状になっているが、師はその真ん中である一番低い場所からこちらを仰ぎ見ていた。
「わかったよ………、とりあえず思うがままにやってやる!」
そう叫ぶと同時に上空へと飛び上がり、右手で素早く刀印を作り、印契を結びながら落下と同時に解き放った。