1章 5.その話…
カラード師は、静かに昔の話を語りだした。
―まだ、この世界に還元の儀式が必要無いほど力が溢れていた時代の話。
現在の魔儀師とは異なり、儀式を使わずとも力を引き出す事の出来る”魔技師”と呼ばれる者達がいた。
いつごろから魔技を使える者が現れ始め、次第に数を増やしたと言われているが、古の事故その実は定かでは無い。
魔技の理に才を持つ者は多くなったが、自在に操れる者達の数はそう多く無く、常時百数十名程であったと記録に残っている。
その時代が長く続き、突出した才能を持つ者も現れ、次第に統率取り始めた。
彼らは力を持つが故規律正しく組織として民のためにその力を使い、世界は発展をした。
土の力で土壌を整え、水の力で田畑に恵み与えた。火や風の力を使い産業と呼べる事も行い、人々もその豊かさの為争いではなく、発展へと力を注いでいた。
そして、ある世代において12名の突出した魔技師が揃った。
人々は畏敬の念を込め12賢師と呼称し、現在に残る”始祖魔技師”の代名詞となっている。
そんな栄華を誇った時代に突如終わりが訪れた。
それは奇しくも、幼き頃より駿才として賢師達によって育てられた少年が、13番目の賢師としてのお披露目を行う年だった。
異変は徐々に世界を蝕んでいた。
これまで無尽蔵だと思われていた世界の力に陰りが見え始めたのだ、それに気づいたのは12賢師の筆頭を預かっていたエク師であったとされている。
そして調べていく内に、体内に珪翠を持つ生物である魍獣が発見された。
これが世界に魍獣が確認された初めてであり、歴史の転換点と言われている。
魍獣は一般の民衆にこそ脅威であっが、魔技師の末席にいる者なら討伐出来る強さであった。
魍獣を討伐する過程で、還元術に関する技術が発展したとされ、それまでの還元術は力を使った後に残る淀んだ力を発散させる為に使われており、魔技師の間ですら一般的では無かった。
しかし、魍獣から取り出した珪翠へと還元術を行い、世界の力を溜められる事が解ると、技術は加速度的に進歩した。
ついには、世界へ力を還す仕組み”円環の儀”として典儀所を設立し、陰りの見えていた世界の力を戻す事に成功した。
この技術の確立で世界はまた発展の日々へ向かえるかと思われたその年…。
厄災が鎌首をもたげ人々に襲いかかった。
現在では”死獣”と呼ばれ伝えられている魍獣達の王。
文献に残っているだけで、わかっているのは3体まで。
弌ノ獣 槍角鹿
弐ノ獣 翔翼獅子
弎ノ獣 鎧甲亀
死ノ獣 ーーー
最後の死ノ獣については文献は残っておらず、口伝によると他の獣と比べ物にならない力があり、最終的にはエク様と多くの魔技師が犠牲になったと言われている。
その結果、世界から魔技師の数が減り魔技の能力が無い一般民衆と番になる事で、少しでも魔技の力を次代に残そうとした。
そして、幾人かの生き残った魔技師が、魔技の素養がある子孫の為に、魔技を儀式として体系化した”魔儀”を作り上げた。
それが、現在の典儀所にて脈々と受け継がれている。
◆
「大体の歴史はわかったが、一番大事なことがわからねぇな…。結局のところ”俺”はなんなんだ?」
それまで神妙な面持ちでカーラ師の話を聞いていたトレットは、一区切りついた段階で核心的な質問を提示した。
「ここから先は秘中の秘である為、前置きと事前知識を入れさせていただきました。改めて続きをお話いたします。」
カラード師は一息つき、華茶をすすった。
知らず知らずの内に入っていた肩の力を抜くと、話を再開した。
◆
典儀所の設立に尽力した魔技師であり、今尚その名を皆に知られているエルヴァ師。
第1典儀所のある都市名としてや、”慈しみの聖女”としても広く知られているが、伝説の12賢師の”唯一”の生き残りであるという事は一般には秘匿にされていた。
そして、そのエルヴァ師が残した絶対の遺言は、魔儀師の教えよりも遵守すべしとして限られた者の中では鉄の掟として守られ続けた。
『願わくば、私が死に、私達の子らも死屍を重ねた、子々孫々の時代に起きるであろう厄災と希望のその時まで、我が遺言が伝え続けられる事を。
厄災とは、死獣の復活。我が師であるエク師が命を賭して封印した死ノ獣の事は皆知るところであるが、他の3体の獣も滅ぼす事叶わず、封印によってその存在を、力を使えぬ様抑え込んでいる。
そして、その封印が解かれた時、厄災は世界の力を使い尽くし、残る道は世界の滅びのみであろう。
おそらく、時が経て儀式が洗練されようと、再びの封印は不可能だろう。
封印には多くの魔技師が同時に力を使う必要があるが、魔儀ではそれは叶わないからだ。
だからこそ、奴らを死獣共を滅するのだ。
我らの時代にも滅する事は可能であった………それが1体づつであれば。
しかし奴ら4体と同時に相対した為、我らには封印という手段しか残されていなかった。
だが、我らにも希望がある、奴らを滅する力がある!
死獣共との戦いで傷つき…倒れ…瀕死の淵にあった、我らが”13魔技師”最年少にして英雄の器を持った彼を、弌ノ獣と共に封印した。
始まりの死獣が目覚めし時、その先触として現世に顕現せし、全ての獣を滅ぼす希望。
彼の名はトレット・サーティーン【13番目の賢師】
無念たるは、英雄の器たる彼を以ってしても足りぬ、彼1人では英雄にはなれない、その為に英雄の器と呼ばれた。
彼の力を十全に発揮する為には、結盟者の存在が必須になるのだ。
そう、かつての私の様に。
強力な力を持つが故に、持たずに生まれた還元の力を補える結盟者が。
だから、だから頼みたい!
……いいえ、哀願いたします。
還元の力を持つ者を育ててください。
”魔儀師”では無く、”魔技師”の才を持つ者を。
彼がいつ目覚めても良い様に備えて欲しい…。
…最後に、彼の目覚めに立会う事となった我が高弟達のいづれかに伝言を頼みます。
”世界を救って、トレット。あなただけが頼りなの…私の愛しい人”』