1章 2.その女…
世界の力へ干渉し、力を引き出す。
力の理に準えて、印を切る!
4字目を切り終わり力を維持したままに、男に対峙する。
しかし、何が起きてるのかわからない様子の男は、ひたすら印を切る様子を見てるだけだった。
「貴方!……どうして見ているだけなの!?当たりどころが悪ければ死ぬかもしれないんですよ?」
そう告げる間に、リータの周りは力で満ち発光し始める。
「そうは言われてもなぁ、何やってるんだかわからないんだよ、えーっとなんかの儀式?」
「いつまでとぼけるんですか?魔儀の儀式を知らないなんて、この世界の人間にはあり得ないんですっ!」
印を切り終わったリータは”刀印”を結んだ指先をの対象へと力を放った。
力はそのまま男へと向かい、なにが起こったのかを理解し慌てて姿勢を整えた男に向かい水の力が放たれた…男はなす術なく力の奔流に飲み込まれた様に見えた。
しかし、数瞬後無傷で、男は立っていた。掌を突き出した状態のまま。
「………!うそ?…まさか、そんな事が?」
「あれ…なんだ今の?」
男は不思議そうにそう呟やき、掌をマジマジと見つめた。
あたりには二つの力の残留光が漂っている。
リータはハッと我に返り自分の為すべき事を思い出した。
「ちょっと!何ぼさっとしているんですか!早く還元の儀式を行ってください!」
そう言い放つとリータは先程とは比べ物にならない速度で印を切った。
そしてリータを中心にして集まった力の光粒はその腰元に下げられた玉へと吸い込まれる様に収束した。
リータはひっそりと息を吐き出し、輝きの収まった玉に目をやった、その時目の端には未だに呆然と掌を眺めている男が映った。
「ちょっと!貴方!…先程の魔儀はどうやって防いだんですか?そもそも魔儀が使えるなら、何故還元の儀式を行わなかったんですか!……上位の魔儀師である私がいたから良かったものの、あれだけ大きな防護印を結んでおいて還元しないなんて…信じられません!」
「……えっ?…えっ?ちょっと話が見えないが、あんたは攻撃?したよな、なんで俺は無事なんだ?所々濡れてはいるが痛みは無いんだ。…いや、違うな。」
男は顎に手を当て虚空を見つめながら、ボソボソと口籠り何かを整理しだした。
やがて考えがまとまったのか、リータの方を見定めて自分なりの推論を話し出した。
「俺の記憶が正しければ、君が力を放ったと判った瞬間に目の前が薄ぼんやりと光り出し解ったんだ。…解ったというのは説明が出来ないが、何かが解ったんだ。
そして、一瞬だが時が遅く感じ…光の示す通り掌をかざしたら突然力の壁のようなものが出来たんだ。」
男の話を聞き、リータは狼狽しながらも問うた。
「………そんな事が…。…まさか魔技が使えるの?」
「え?魔技って、君がさっきやっていた儀式みたいな動きだろ。そんなのは知らないんだが?」
「えっ…!貴方は知らずに使ったっていうの?!……そんな。」
その男の言葉に、激しく動揺したリータは暫しの放心の後、落ち込みながらも男の質問に答え始めた。
「先程私が使った力は、世界の力と呼ばれるもので、世界中に満ちています。そしてその力は魔儀と呼ばれ、使うためには印と呼ばれる規定の動きを行う必要があります。ここまでよろしいですか?」
リータは幼子に教える様に人差し指を立て、先生の如く教えていた。
むしろ、魔儀師の本文ともいえるそれは初めて話を聞く男にも、努めて明解させた。
「使いたい力によって、魔儀の印は多種多様になります。また強さの強弱は印の数に比例します。」
「なるほど。そうすると…確かあの時に、君は4回?程印とやらを切っている様に見えたけど?」
男の鋭い質問に、伊達に身動ぎもせず眺めていただけはあるなと、変な感心を送った。
「その通りです、よく見ていましたね。あれは水ノ儀地級の魔儀に当りますね。…不審者の貴方に向けて軽く脅かすか、対抗するなら上位の印を切ろうと思っていたのですが…貴方が余りにも不審だったので、つい…」
簡単に言うと、男の無防備さに動揺したリータは魔儀を暴発させてしまったのだ。
「つい…で放ってんじゃねーよ!危うく怪我するところだったじゃねーか!」
「そして、貴方が行った先程のあれは恐らく、天級の防護印では無いかと思います、いや間違い無いでしょう。
そして、貴方はそれを防護印の儀を無視して”印契”のみを的確に結び発したんです。」
全てを男のせいにして、リータは訴えを無視して話を続けた。
魔儀師としての知識を総動員し、あらゆる可能性を考慮した中で”ありえない事”だが、可能性の高い事柄を推論として展開した。
「俺の抗議は無視ですか…。あ!ちょっといいか?初めての単語が出たから確認するが、印契というのはなんだ?」
リータは無知な男に知恵を授けるか悩みながらも、諦めた様に説明を続けた。
「私がさっき言いました、魔儀の儀式とは古来より伝えられている魔儀を行うための正当な儀式になります、しかしその動きの中には無駄な動きが含まれています。
しかし、貴方が使った印契とは正確に最短距離で印を結ぶ事ができる為、魔儀よりも早く正確に力を使う事が出来るのです。それは魔儀とは異なり魔技と呼ばれます。
また、魔技は古の祖先からの先祖返りからでしか起こりえない為、使える人間は歴史上でもごく僅かです。」
先程の講義の続きとばかりに、魔儀と魔技について教えた。話し終えると、ショートボブの髪がなびく勢いで男を省みた。
「んー、なるほど少し見えてきたな。どうやら俺は何らかの因果で印契とやらを見る事ができるが故に、魔技という不思議な力を使う事ができるってわけか!」
「ええ、思いっきり強力な魔技をお使いでしたよ。」
男は自問自答しながら、今置かれている状況を正確に把握し始めた。残念ながらリータの冷やかな声は届かなかった。
「しかし、還元の儀式については何も見えなかったのですか?放心しておりましたけど…?」
「…はぁ、還元の儀式?一体なんの話だ?」
先程までの飲み込みの良さが嘘の様に、惚ける男。
「え?まさかアレが見えなかったのですか?…そして当然の様に還元の儀式も知らないと……。困りましたね…。」
リータはこめかみを頭痛を散らす様に揉み、ため息まじりに考え始めた。
そして意を決した様に、毅然と男を見据え言い放った。
「貴方は、魔技の才がある事が解りました、ある種の天才ですね。しかし還元の儀式を一切扱えない為世界にとってはこの上ない程の天災です!故に、これから典儀所へ連行いたします!」