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ダークエルフ忍法帖~津軽弘前女騎士始末~迫る氷河期ぶっ飛ばせ  作者: 上梓あき
第三部、八兵衛江戸日記 元禄十四年(1701年)五月
98/131

5、八兵衛、本物の津軽ラーメンを食べる。


なんと、本作も件の中華サイト

2chread

に転載されていました。




殿への拝謁を済ませて屋敷を出る。

玄関まで戻ってきた時に不図(ふと)思い出しように大石郷右衛門(ごうえもん)殿が話掛けた。


「江戸への道中では父が中川殿のお世話になったと聞きました」


「なに、御家老より預かった隠居料を通りすがりで手渡したまでのことゆえ、礼ならば御家老の杉山様に()われるがよかろう。

 ……ところでその話しぶりだと御貴殿は御父上に会われた御様子、無人(むにん)殿は如何(いかが)あらせられたであろうか」


(しょう)さんの問いに郷右衛門(ごうえもん)殿は恥ずかしげな笑みを浮かべるものの、その表情には晴れやかさがあった。


勘当(かんどう)されました」


郷右衛門(ごうえもん)殿があっさりと言い切る。


「ほう……勘当ですか」


「はい。勘当でした。

 お前のような者は子でもなければ親でもない。今後一切の縁を絶つ。

 幼子を抱えた身の上、身体に気を付けて暮らすが良い。と。 

 左様なわけで弟の三平とも兄弟の縁は切れました」


郷右衛門(ごうえもん)殿は親兄弟の縁を切られたという割りには何の屈託もなかった。

いや、むしろ縁を切った方の無人(むにん)殿をなにやら羨んでいる風に見えなくもない。


「お前は殿の用人として御役目に励め。

 これが父としての最後の言葉でしたね」


そう()ってどこか遠くを見るような目をして黙り込んだ。


「……申し訳ない。つまらぬ戯言(ざれごと)にお付き合いさせてしまいました」


「いや、隠居された無人(むにん)殿が御壮健とお聞きしてこちらも安心しました。

 ……では、これにて」


晶さんが郷右衛門(ごうえもん)殿に会釈して玄関を出る。

遅れじとあたしも頭を下げて外へ出た。

背後に「父上」とつぶやく声を聞きながら。




郷右衛門(ごうえもん)殿は無人(むにん)殿が羨ましいのだ」


大川(隅田川)に架かる両国橋のたもとで晶さんが()った。


「武士の意気地とか武門の誉れというものですか」


「ああ、義を見てせざるは勇無きなりとも()うな」


「死ぬかもしれないのに、ですか?」


あたしの問いに晶さんは「何を言っているのだ」と言わんばかりの態度を示して()う。


「死ぬかもしれないからこそ、だ」




「八兵衛、人はいつかは死ぬ。死んであの世へ行く。

 中には生きたまま羽化登仙(うかとうせん)して高み(・・)に昇る者も居るがそれはごく稀なこと。

 屍解仙(しげせん)とてもそう多くはない。大抵は死んでからまた次の生活へと入るものだ。

 如何に死ぬかは如何に生きるかと同じこと。

 ならば、できるだけ己の死を「高い」ものとするは人として当たり前の願いよ。

 死に場所を見つけた父と弟が心底羨ましいという顔をしていたのはそのようなわけだな」


語るうちにいつしか晶さんも何か眩しいものを見るような目をしていた。

この人も本心から羨ましいと思っているのだろう。


これがさむらい(・・・・)というものか……


この時に、あたしは雷に打たれた。

史書によれば元寇においてモンゴル軍は日本人の捕虜を生きた肉の盾として用いたという。

この戦術は物凄い効果的なものだったから、モンゴル軍は立ち塞がる敵の軍勢を(ことごと)く打ち破ってユーラシア大陸のほぼ全土を手に入れることができた。

そりゃそうだろう。敵が自分達の同胞を生きた肉の盾として押し出してきた時に、普通なら敵を攻撃できるはずがない。

それに味をしめた元軍は捕まえた日本人の捕虜を肉の盾として利用した。


――こうすれば敵は絶対に攻撃できない。抵抗できない日本軍を粉微塵に打ち砕いて、日本を必ず征服することができる。


そういう目論見を(もっ)て元軍の司令官は北叟笑(ほくそえ)んでいたことだろう。

元々、元寇の目的の一つには、征服した南宋の軍隊を戦場ですり潰して棄民することが含まれていた。

日本人の肉の盾は元軍が戦場を都合良くコントロールする手段になると計算していたことは容易に想像できる。



この時点で大陸側の人間は日本人を、日本の武士の死生観を甘く見ていた。


元軍側の戦時記録に書かれた記述を平たく直せば――

俺らが日本人を肉の盾にしているのにあいつら平気で味方ごと攻撃してきやがった。マジであいつら人の心を持ってねぇ。


……冗談じゃない。肉の盾などというおぞましい戦法を思いつくような人面獣心の(やから)に言われたくない。

当時の鎌倉武士ならそう言って吐き捨てるんじゃないだろうか。


「……無人(むにん)殿と三平殿は動きますね?」


「動くだろうな」


しばらく続いた沈黙の後で晶さんが口を開く。


「どれ、少し腹が空いたな。ちょっと寄っていこう」


柳橋を渡ると晶さんは平右衛門町の一角を目指した。

行く先の看板には「支那蕎麦(しなそば)」と書かれてある。

昼食(ちゅうじき)だからだろうか、店の中は人でごった返していた。


「あるじ、離れを借りる。ああ、それといつものを二人前で頼む」


暖簾(のれん)を右手で持ち上げた晶さんが店主らしき男性に声をかけると店の主人から返事がある。

その店主の声にあたしはかすかな津軽弁の訛りを感じた。

つまりはそういうことなのだろうと合点がいく。



「お待たせいたしました」


離れに通されて程なくすると店の者がお盆に載せた丼を二つ持ってきて()った。

自然な手つきで座卓にお盆を置くと速やかに去っていく。

去り際に障子を閉める音が「とん」と響いた。

瞬く間に静寂が戻ってくる。


「ではいただくとしようか。八兵衛、お前も箸を取れ」


「そうですか。では、遠慮なく」


言われてあたしは丼の中に箸を通す。

つい、と持ち上げると縮れた黄色い麺が湯気を纏って現れた。

白い煙から出汁が香る。

息を吸い込んで麺をすすった。


「!」


「どうだ、八兵衛。美味かろう」


口中に鰹節とは違う出汁の味が拡がる。鰹ではなくもっと円いものだ。……これは鰯。


「焼き干しですか、これはまたなんとも贅沢な」


この時代に伝統的な津軽ラーメンを食べられるとは思ってもいなかったあたしは驚きを隠せない。


「煮干しならまだしも焼き干しとは……」


「だからこそ、よ」


晶さんが楽し気に笑う。


(そもそ)も焼き干しは煮干しでは製法が全く違う。

煮干しは水揚げした鰯の稚魚をそのまま煮るけども

焼き干しは鰯の(はらわた)一々(いちいち)手作業で取り除いて洗い、火で炙って丹念に乾燥させる。

これのどこが違うかというと、まず第一に茹でていないから魚の旨味が煮汁に溶け出していない、

第二には魚の内臓を取り除いてあるから、煮干し特有の苦味の元となる胆汁が魚に沁み込んでいないので

出汁を取った時にえぐみの無い、旨味だけの出汁が取れるということで、必然的に焼き干しは高級食材となる。


じゃあ、煮干しを作らないで焼き干しを作れば何処ででも高付加価値化できるかというとそう簡単にはいかない。

手作業で手間がかかるという点を別としても、高温多湿な土地では製造完了までに時間がかかる焼き干しでは乾燥前に腐敗してしまうというのが大きい。

煮干しなら沸騰したお湯で火を通して天日で自然乾燥なので加熱が初期段階となり温暖な気候でも腐敗を防げる。

そういう訳で焼き干しを製造できる土地は寒冷な土地に限られていたから、知らない人には知られてこなかった。


なのではっきりと断言すると、煮干し混入の津軽ラーメンは偽物と()って善い。

数を揃えられない焼き干しの代わりに煮干しを混ぜてるんだと店側は主張するんだろうけど、

鰯の苦い胆汁が染みた煮干しを、染みていない焼き干しに混ぜて出汁を取れば胆汁混じりの出汁にしかならない。

それならばいっそ、煮干しの代わりに化学調味料でも入れていた方が味としてはマシなんじゃないかと思ってしまう。

そしてこれは本物の津軽ラーメンだった。


「まさか江戸で津軽拉麺が食べられるとは思いませんでした」


薄く笑いながら晶さんが()う。


「これも水戸の御老人の思い付きなのだがな」


「それはまた」


「おくのほそみちのついでに津軽まで足を伸ばすと、目ざといあの御仁は焼き干しに目を付けおったわ」


「――それでこの店もその時の流れで出てきた話でな」



などとつれづれなるままに腹がくちくなったあたし達は食後のひと時を――、



「それはそうと無人(むにん)殿らは何処まで関わるつもりなんでしょうね?」


「……あの様子では討ち入りに混ぜろとか言い出しかねんな」


晶さんとしても親子の縁を義絶するというのが引っかかっているようだった。


「でもそうなると津軽の御家にまで火の粉がかかることもありえます」


「そうなると万が一を考えて、内蔵助殿には釘を刺しておいた方がいいかも知れぬな」


「それに内匠頭様、内蔵助殿とは山鹿流の同門兄弟弟子ということで、討ち入りの報に接した殿が『でかした!』と言い出しかねませんし」


実際の話として討ち入り後、関わった無人(むにん)殿を召し出した信政公が一部始終を聞いた後に此れを激賞したという話も伝わっている。

無論のこと、あまり漏れてはいけない話ではあるけれど。

そういう意味では信政公の治世の衰えが目の前に在るのだと実感する。



「どうした八兵衛。急にしんみりとして」


「いえね。殿に拝謁して人の老いなどというものをちょっと考えていたんですが」


「……老いか。正直、人ではないわたしにはよくわからんものだ」


「それは晶さんがエルフだからですか?」


「というよりも人ではないから。と()った方が正しいからも知れん」


「へぇ……それはまた一体どういうことなんです」


「五百年ほど前にエルフとなった学者が調べたのだが、年を取ると急に身体が衰えてぽっくりと死に易くなるのは人という生き物だけだったそうだ」


「……まさか」


「本人も『まさか』と言って居ったそうだ。

 なんでも人以外の生き物では年を取っても変わらないか、それとも死に難くなるかのどちらかだったという」


「つまり人間以外の生物では老化と死亡率に正の比例関係は存在していない……」


あたしは言葉を喪った。

今まで信じていた常識が音を立てて崩れ落ちていくのを感じる。


「人という存在はどこか異常……」


あたしの口から言葉が漏れた。




生物種の中で老化と死亡率の間に正の比例関係が有る生物種は唯一人間だけという話の元ソースはこれです。

https://www.ineffableisland.com/2013/12/why-do-we-age-science-has-no-explanation.html


マックスプランク研究所の研究チームが長期間に亘る生物データを基に調べたところそういう結果になり、研究者自身も予想を覆す研究成果に驚いていたと。


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