54、八兵衛、いきさつを知る。
木陰から現れ出でた男達は晶さんを囲むように布陣する。その動きに乱れはない。
「……狙いはわたしか」
残りのあたし達には目もくれず、覆面姿の男達は包囲のわを縮めていった。
「察するに加藤家の方々と御見受けするが……」
晶さんがカマをかけるも男達は無言。
「何も云わぬのであれば是と見做すがそれでもよろしいか」
男達は何も答えない。
晶さんが振り向きもせずに背後に立つあたし達に声を掛けた。
「今よりちょっとした座興を披露しよう。特に采弥どのはその目に焼き付けておくように」
「……わかりました」
あたしの横に立つ采弥さんの目が据わっていく。
何一つとして見落とすことが無いようにと注意を込めていくのが雰囲気でわかった。
「さて」
晶さんが腰の帯から一対の扇子を抜いて両手に構えた。竹と紙で出来た何の変哲もないただの扇子が二本。
右手を振って扇をばさりと広げる。
「お前達にはこれで充分だ」
一瞬の間。
「イャーッ」
気声を上げ一斉に男達が殺到した。
白刃が振り下ろされる。
一歩踏み込んだ晶さんが刀を握った男の拳に突きを放った。
竹の切っ先が神経を穿つ。
「つっ……」
動きの止まった男に飛び込む。
シャッ!!
すれ違いざま、男の首筋に右手の扇子を一閃。薄く紙で切られた肌に血が流れた。
「くっ……」
首を切られた男は苛立ちを口にする。
包囲を抜け出した晶さんが右手の扇を煽いだ。
それを見て残りの男達が次々と斬りかかっていく。
晶さんは不敵な笑みを浮かべた。
「……ふ」
左からくる刃を左手でいなすと正面からの打ち込みを躱し、右手の扇子でその首筋を薙ぐ。
次々と男達の首の皮が切られていった。
怪我とはいえない怪我を負って首筋を押さえている。
「どうだ。紙も案外と切れるものであろう。
……次はもう少し深く切るかな。
わたしの妙技はこんなものではないぞ」
にっこりと晶さんが微笑んだ。
男達の様子が変わる。
「どうする。今ならお代はタダだが、これ以上見せるとなるとそうはいかんな」
晶さんが扇子で構えを取る。
「……くっ」
逃げ出す男達を見送ると晶さんはあたし達に振り向いた。
「采弥どの。どうであったかな」
「すごいです、弥栄様。しっかりと見させていただきました。
紙であんなことが出来るだなんて今まで思い付きもしませんでした」
采弥さんが目を輝かせて興奮する。
剣術に目がない人という感じがよくにじみ出ていた。
「采弥どの。覚えておくがいい。
たとえどのような物でも、持つ者の心持ちと使い方次第で充分に得物となりうるのだ」
――飯塚宿。
宿の一室であたし達は采弥さんの話を聞いていた。
「……私の父が加藤家に仕官したのは六年前、加藤家が近江の水口から壬生に移ってきた時のことです。
加藤家では新しく剣術指南役を求めていると家中の方が近郷近在の道場に声を掛けて回っていたのを私の父が耳にしてのことでした」
采弥さんがぽつぽつと当時のことを語りだす。
「その頃の私は六歳、弟の浪江は四歳になります。
父は母や私共を連れて壬生に行き、剣術指南役として勤めていたのですが、
四年後に母が流行り病で亡くなり、父は男寡となってしまいました」
そう云って采弥さんは悲しみに目を伏せる。
「そんな折です。筆頭家老の岸様を通じて殿から私を殿の養女にとのお話があったのは」
「それはまた……」
なんという話なのだろう。あたしは思わず呆れた。
「父は私を意向を聞いてから決めるとのことでしたので、きっぱりとお断りしたのです。
男寡となった父と十歳にも満たない弟を残して家を出るなど到底出来ることではありませんから」
呂久之輔さんが唸る。
「なんとも見上げた心掛けよ。女子の身の上ながら見事な孝子ぶりではないか」
ちなみに「子」という字は唐土では男の貴族に付ける美称なので、「~子」と呼べばそれは男のことを意味することになる。
「その後も何度か同じ話を岸様からいただいて、私共父娘が困惑していた折りのことでした。
父の靱負が三之丞様の縁者である十八女彌重郎の闇討ちに遭ったのは……」
そこまで云い終えると采弥さんは沈黙した。
「なんと……十八女彌重郎は筆頭家老の縁者であったのか……」
「……はい。遠縁ではありますが縁者だとか」
呂久之輔さんのつぶやきに采弥さんが答える。
何も言わずに晶さんが采弥さんを抱き寄せて、包み込むように抱きかかえた。
無言で背中を撫で上げていく衣擦れの音。
掌でさすりながら晶さんが云う。
「采弥どの。湯屋へ行って心の垢を流してくるがよい。弟御のことも頼めるかな」
「じゃあ、お嬢。わたシたちもご馳走になろうかなっ……と。采弥ちゃんも浪江ちゃんも行こっ」
蘭さんが采弥さんの手を取って立ち上がると、牛若さんがあたしから浪江さんを引き継いだ。
鴨居をくぐる際に牛若さんが振り返ってあたし達を見る。
今のうちにどうぞ――と。




