53、八兵衛、助太刀の掟を知る。
時代劇では仇討ちの助太刀がわりと簡単にできるように描写されていますが、
現実において助太刀ができるのは親類縁者のみで、
しかも、事前に役所に届け出て許可を受ける必要があったようです。
「東海采弥、こんなところで何をしておる」
鋭い叱声が飛ぶ。
振り返ると長身で大柄な二十代半ばのお侍がいた。
仕立ての良い着物から考えるに、それなりの立場にはあると思える。
武士は采弥さんをなじるような口調で云う。
「お前は殿から仇討免許状をお預かりしている身。そのお前がどうして壬生に居る」
「い、いえ……」
口ごもる采弥さんにお侍は追い討ちをかけた。
「仇と狙う十八女彌重郎を討ち果たせずに戻ってきたのであろう。
殿の申す通り、素直に養女となっておればよいものを女子の身で仇討ちだなどと大言壮語しおって……」
そう云うとお侍は采弥さんの腕を掴んでどこかへ連れて行こうとする。
「来い」
「ま、待って下さい左馬丞様」
「いいや、聞く耳は持たぬ。殿の養女となれば江戸で何の心配もなく暮らせるのだぞ。
敵を討てず、弟も攫われたまま逃げ帰ってきたお前が何を云うというのだ」
「……あっ。痛」
左馬丞と呼ばれたお侍が采弥さんの右腕をひねり上げるようにして引っ張った。
「あいや、待たれよ」
「……何奴」
左馬丞さんの行く手を晶さんが遮る。
進路を塞がれた左馬丞さんは蛇が「シャーッ」と威嚇するような声を出した。
采弥さんを掴んでいた手を放して左馬丞さんは軽く腰を落とす。
次の一秒でその右腕が心持ち左側へと振れた。
露骨な警戒心が表に出ている。
その様子を気にすることなく晶さんは話しかけた。
「わたしは弥栄大吉と謂う者だ」
「……ふん。エルフとはいえ、女牢人風情が何の用だ」
左馬丞さんは露骨に嫌そうな顔をする。
「なに、仙台城下で采弥どのと知り合うたものでな。
その折りに弟御も一緒に助け出した次第」
説明を終えると晶さんがあたしに目配せをした。
あたしはそれに応えて、引っ付いている浪江さんと前に出る。
浪江さんを見た瞬間、左馬丞さんはどこか慌てたような表情を一瞬、した。
「どうであろう。判っていただけたかな」
にこやかな笑顔で晶さんが微笑む。
「まさか……本懐を遂げたというのか」
急いた口調で左馬丞さんが問う。
「いいや、残念ながら彌重郎は江戸表へ逃げた後でな。それゆえこうして追うておるわけよ」
「……そうか」
安堵の溜息。
「――だが、御定法で助太刀は届け出た親類縁者のみと定められておる。
弥栄大吉とやら。お主は御定法を破るつもりか」
左馬丞さんが勝ち誇ったように猛る。どうだと言わんばかりの態度で。
「まさか。わたしは本懐を遂げられるように御膳立てを整えるだけよ。
彌重郎を討ち果たすのには采弥どの一人で充分」
軽く首を振りながら晶さんは云った。
「ぬかしたな」
「そうなるように鍛え上げる所存にて」
左馬丞さんが晶さんの全身を舐めるように見回す。そこに色欲の類いは全くない。
視線を巡らせると次いであたし達を見る。
「ちっ」
暫し逡巡の後、左馬丞さんは道端に痰を吐き捨てるようにして駆け去った。
采弥さんが安堵の吐息を漏らす。
「……あの、今の人は?」
采弥さんはあたしの問いに重い口を開いて答える。
「筆頭家老、岸三之丞様の御子息、左馬丞様です……」
ぽつぽつと語りだした彼女の話を総合すると、
会津騒動で当時の筆頭家老、堀主水以下の多賀井一族が皆殺しとなった後、
三河以来の御親族衆である岸某がその職を継承したということらしい。
采弥さんの弁にある、今の筆頭家老の岸三之丞という人はその人の嫡子だそう。
そして采弥さんの仇討ちに最も強硬に反対したのが筆頭家老の岸三之丞だったという。
「それはまた何とも……」
飯塚宿へと向かう道すがら、采弥さんの言葉に耳を傾けているうちにあたしの口からはそんな感想が漏れた。
道を歩くあたし達の横ではすでに日が暮れかかっていて、沈みゆく太陽の光が大地を這うように照らしている。
衰えつつある陽光の影が海道に沿って立つ木立の合間に闇を生み出し始めていた。
そんな林の陰から頬っ被りをした男達がずらりと姿を現すと無言のまま鯉口を切る。
夕陽を浴びて赤く染まった刀身がぎらりと輝いた。
次回は三月十四日更新。




