表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダークエルフ忍法帖~津軽弘前女騎士始末~迫る氷河期ぶっ飛ばせ  作者: 上梓あき
第二部 八兵衛、江戸へ行く 元禄十四年(1701年)四月~五月
87/131

53、八兵衛、助太刀の掟を知る。


時代劇では仇討ちの助太刀がわりと簡単にできるように描写されていますが、

現実において助太刀ができるのは親類縁者のみで、

しかも、事前に役所に届け出て許可を受ける必要があったようです。





東海(しょうじ)采弥(うねね)、こんなところで何をしておる」


鋭い叱声が飛ぶ。

振り返ると長身で大柄な二十代半ばのお侍がいた。

仕立ての良い着物から考えるに、それなりの立場にはあると思える。

武士は采弥(うねね)さんをなじるような口調で()う。


「お前は殿から仇討免許状をお預かりしている身。そのお前がどうして壬生(みぶ)に居る」


「い、いえ……」


口ごもる采弥(うねね)さんにお侍は追い討ちをかけた。


「仇と狙う十八女(さかり)彌重郎(やじゅうろう)を討ち果たせずに戻ってきたのであろう。

 殿の申す通り、素直に養女となっておればよいものを女子(おなご)の身で仇討ちだなどと大言壮語しおって……」


そう()うとお侍は采弥(うねね)さんの腕を掴んでどこかへ連れて行こうとする。


「来い」


「ま、待って下さい左馬丞(さまのじょう)様」


「いいや、聞く耳は持たぬ。殿の養女となれば江戸で何の心配もなく暮らせるのだぞ。

 (かたき)を討てず、弟も攫われたまま逃げ帰ってきたお前が何を()うというのだ」


「……あっ。痛」


左馬丞(さまのじょう)と呼ばれたお侍が采弥(うねね)さんの右腕をひねり上げるようにして引っ張った。



「あいや、待たれよ」


「……何奴(なにやつ)


左馬丞(さまのじょう)さんの行く手を(しょう)さんが遮る。

進路を塞がれた左馬丞(さまのじょう)さんは蛇が「シャーッ」と威嚇するような声を出した。

采弥(うねね)さんを掴んでいた手を放して左馬丞(さまのじょう)さんは軽く腰を落とす。

次の一秒でその右腕が心持ち左側へと振れた。

露骨な警戒心が表に出ている。

その様子を気にすることなく晶さんは話しかけた。



「わたしは弥栄(いやさか)大吉(だいきち)()う者だ」


「……ふん。エルフとはいえ、女牢人風情が何の用だ」


左馬丞(さまのじょう)さんは露骨に嫌そうな顔をする。


「なに、仙台城下で采弥(うねね)どのと知り合うたものでな。

 その折りに弟御(おとうとご)も一緒に助け出した次第」


説明を終えると晶さんがあたしに目配せをした。

あたしはそれに応えて、引っ付いている浪江さんと前に出る。

浪江さんを見た瞬間、左馬丞(さまのじょう)さんはどこか慌てたような表情を一瞬、した。


「どうであろう。判っていただけたかな」


にこやかな笑顔で晶さんが微笑む。


「まさか……本懐を遂げたというのか」


急いた口調で左馬丞(さまのじょう)さんが問う。


「いいや、残念ながら彌重郎(やじゅうろう)は江戸表へ逃げた後でな。それゆえこうして追うておるわけよ」


「……そうか」


安堵の溜息。


「――だが、御定法(ごじょうほう)で助太刀は届け出た親類縁者のみと定められておる。

 弥栄(いやさか)大吉(だいきち)とやら。お主は御定法を破るつもりか」


左馬丞(さまのじょう)さんが勝ち誇ったように猛る。どうだと言わんばかりの態度で。


「まさか。わたしは本懐を遂げられるように御膳立てを整えるだけよ。

 彌重郎(やじゅうろう)を討ち果たすのには采弥(うねね)どの一人で充分」


軽く首を振りながら晶さんは()った。


「ぬかしたな」


「そうなるように鍛え上げる所存にて」


左馬丞(さまのじょう)さんが晶さんの全身を舐めるように見回す。そこに色欲の類いは全くない。

視線を巡らせると次いであたし達を見る。


「ちっ」


暫し逡巡の(のち)左馬丞(さまのじょう)さんは道端に痰を吐き捨てるようにして駆け去った。

采弥(うねね)さんが安堵の吐息を漏らす。


「……あの、今の人は?」


采弥(うねね)さんはあたしの問いに重い口を開いて答える。


「筆頭家老、岸三之丞(さんのじょう)様の御子息、左馬丞(さまのじょう)様です……」


ぽつぽつと語りだした彼女の話を総合すると、

会津騒動で当時の筆頭家老、堀主水以下の多賀井(たがい)一族が皆殺しとなった後、

三河以来の御親族衆である(きし)(なにがし)がその職を継承したということらしい。

采弥(うねね)さんの弁にある、今の筆頭家老の岸三之丞(さんのじょう)という人はその人の嫡子だそう。

そして采弥(うねね)さんの仇討ちに最も強硬に反対したのが筆頭家老の岸三之丞(さんのじょう)だったという。


「それはまた何とも……」


飯塚宿へと向かう道すがら、采弥(うねね)さんの言葉に耳を傾けているうちにあたしの口からはそんな感想が漏れた。

道を歩くあたし達の横ではすでに日が暮れかかっていて、沈みゆく太陽の光が大地を這うように照らしている。

衰えつつある陽光の影が海道に沿って立つ木立の合間に闇を生み出し始めていた。

そんな林の陰から頬っ被り(ほっかむり)をした男達がずらりと姿を現すと無言のまま鯉口を切る。

夕陽を浴びて赤く染まった刀身がぎらりと輝いた。




次回は三月十四日更新。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ