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ダークエルフ忍法帖~津軽弘前女騎士始末~迫る氷河期ぶっ飛ばせ  作者: 上梓あき
第二部 八兵衛、江戸へ行く 元禄十四年(1701年)四月~五月
83/131

49、八兵衛、エルフ巫女に迫られる。(下)


七色の掛け物:

七種類の作物に賦課した税なので七色の掛け物と称す。

加藤明英:

賤ケ岳七本槍が一人、加藤嘉明の子で改易となった会津四十万石の太守、加藤明成の孫。




「では十兵衛、別の聞き方をしよう。わたしが山門をくぐった時にこれが動き出したのはどういうことだ」


(しょう)さんが紫の袱紗(ふくさ)に包まれた御霊代(みたましろ)を手にして迫る。


「忘れたわ」


「これはお前が作ったものであろう。どうなのだ」


「すまんのう。どうも歳のせいかもの覚えが悪くなっておるのじゃ」


「あくまでもシラを切るか、十兵衛」


顔を横に向けて空っとぼける南天さんに苛立っていた晶さんが、何かに気付いたように眉根を寄せた。


「むぅ……もしやとは思うが、赤穂の一件はこの御霊代(みたましろ)に何ぞ関わりがあるのではないか」



長い沈黙が下りた。

ふっと息を吐くと南天さんは問い詰める晶さんに顔を向ける。


「……小隼人。しつこい女は嫌われるぞ」


「なっ……」


「まあいい。ワシももういい歳じゃ。そろそろ巫女を辞め、嫁入りして家庭を持ってもいい頃じゃろう。

 お主もそうは思わぬか、八兵衛。ワシなら子を何人でも産んでみせるぞぃ」


「惟任……ッ」


思わず腰を浮かした晶さんの手が腰のものに伸びかけるも、それを制するかのように南天さんの声。


「よいか小隼人。信長殿や家康殿に仕えておった頃はワシも男であった身じゃ」


「……何がいいたい」


動きを止めた晶さんが射貫くような目線で南天さんを見る。


「確かに娘はかわいい。目の中に入れても痛くはないほどにな。

 じゃが息子は違う。息子とは男親にとっては(おのれ)分身(わけみ)


「――娘とは違うのだ」


()って南天さんは目を伏せた。


「そういうことか……」


晶さんは腑に落ちたという表情を作ると静かに腰を下ろした。


「……そういうことじゃ」


南天さんがしみじみと述べる。



「上様も難儀な事よ……」


「さて、ワシは何のことかはしらんぞ。まったく知らんぞ」


「まぁいい。お前の()いたいことはよく分かった。

 十兵衛、もう一つ問いたいことがある」


「皆が知っておるようなことしかワシの口からは話せんがそれでもいいか」


姿勢を崩した南天さんが横座りになって文机にもたれ掛かった。

その姿に晶さんがしかめっ面になる。


「そう渋い顔をするな小隼人。

 このような話、茶飲み話に紛れてでもないとできぬからな。

 それで何が訊きたいのだ」


「壬生の御領主、加藤家のことで何かお前の耳に入っていることはないか」


「ふん。加藤佐渡守(サドのかみ)の家中のことか……」


南天さんが心底蔑むような風に鼻を鳴らした。


「若年寄の加藤明英(あきひで)どのは名君の誉れ高い方だと聞き及んでいるが、もしや違うのか」


晶さんの問いに南天さんが手を振る。


「あれは近来稀に見る愚物よ。

 近江水口(みなくち)に居った頃は文武両道の名君との評判もあるにはあったが、壬生(みぶ)に入ってからは地金(じがね)が出たわ。

 あれはな、他人(ひと)の歓心を買いたい、人前で良い顔をしたい、それだけしか考えていないええかっこしいじゃて。

 おそらくは水口(みなくち)での善政とやらもおのが評判を上げるためのものであったのじゃろうな」


「七色の掛け物とは聞くが、それほどまでに酷いか」


「酷いなんてものではなかったわ。あれでは領民に死ねと言っているようなものじゃ」


南天さんは梅干を口に入れた時のような表情になる。


「にわかには信じられんが、お前のことだから事実なのであろう」


「うむ。若年寄に栄進した佐渡守(サドのかみ)壬生(みぶ)に来たのは六年前。

 水口(みなくち)の時と同様の善政が行われるかと領民らも期待しておったのじゃが、

 入部して早々に佐渡守(サドのかみ)めは米のみならず大麦、大豆、(ひえ)荏胡麻(えごま)、真綿、紅花、麻と七つもの年貢を掛けおった。

 それで払えない分は米で払えと()って無理に年貢を取り立てたものじゃから、困窮する者が続出したわ。

 背に腹は代えられぬと野良仕事に使う牛や馬まで売り払って年貢を納めたがそれでも足りず、

 どうしようもなくなってついには嫁っ子や娘を女郎屋に売り飛ばすこともあったと聞く」


「……到底正気とは思えぬ」


晶さんが言葉を喪った。


明成(あきなり)めの孫なだけに血は争えぬのじゃろうの」


「――で、それを見るに見かねた名主三名が声を上げたのじゃが、佐渡守(サドのかみ)めはその訴えを頑なにも聞き入れん。

 かくなる上はと命を賭して上様への越訴(おっそ)を企てたが、江戸へ向かう途上で佐渡守(サドのかみ)めの追っ手に捕縛されて成らず。

 けっきょくワシらが救えたのは、我ら日光山の縁者である須釜(すがま)作十郎のみで、残る二人の名主はこれじゃよ」


南天さんは手刀を自分の首に当てて舌を出すと「ぐえっ」とうめいてみせた。


「それでええかっこしいの佐渡守(サドのかみ)流石(さすが)に懲りたと見えて、七色の掛け物を引っ込めたのじゃが、それ以来、領民との仲は冷え切ったままでの」


「足元がぐらついておるのに高み(若年寄)に上る……か」


晶さんが嘆息した。


「そう、それじゃよ。あやつめはいつか高ころびに(あを)のけに転ぶであろうな」


「……十兵衛、お前がそれを()うか」


呆れた顔で晶さんが()う。

南天さんは苦い笑いを浮かべた。


「まあそれはそれ、これはこれ、じゃな。

 それにワシが信長殿に謀叛(むほん)を起こしたのも、秀吉殿と対立する家康殿に(くみ)したのもすべては同じ理由からじゃ。それはお主も分かっておろう」


南天さんの問いに晶さんは沈黙で答える。


「お主も知っておる通り、この日ノ本の(まつりごと)には大きな二つの潮の流れがある。

 まず一つ目には大陸と繋がって行こうとする流れで、これに対するのが、日ノ本は日ノ本として一つに纏まっていこうという流れよ。

 神武天皇の(はじ)めより、この日ノ本で起きた大きな出来事は、この二つの潮の流れのせめぎ合いによって起きておる。

 そしてこの二つの流れは一度として途切れたことはない」


「――ワシは大陸と繋がって海の外に土地を求めに行くことには反対なのじゃ。

 交易は良い。外との物の流れが増えて民が飢え死にをせずにすむのは喜ばしいことよ。……じゃが、人の流れだけはいかぬ」


「それが為にお前はわたしらと袂を分かったのだったな……」


晶さんが遠い目をして()う。


「あの頃のワシらはまだ若かったからの……」


あどけない表情で南天さんがどこか遠くを懐かしむように漏らした。



「――だがお主、なんでまた佐渡守(サドのかみ)のことなどをワシに聞くのじゃ。

 まさかとは思うが幕閣への伝手にしようとか考えて居るのならばそれだけは()めておけ。

 あやつめが転んだ時に津軽の御家が余禄を蒙りたくないのであればな」


「なに、大したことではない。幼い姉弟の仇討の手伝いをすることになったゆえ」


「先ほどの姉弟か……」


「うむ。あの二人、見所があるであろう」


「ワシもちらと見ただけじゃが、どちらも中々の出来物(できもの)よの。特に姉の方が伸びしろが大きいとみたわ」


「お前もわたしと同じ見立てか。だが、男は化ける」


「それはそうだろう。ワシとて今では立派に女子(おなご)じゃしの」


()って南天さんが胸を張った。



「……ところでお主はワシに問うてばかりじゃが、何ぞ土産はないものかのう」




日本史を俯瞰した時に見えてくるものは結局のところ、「隣にある大陸(世界島)とどう付き合うか」という命題に当時の人々が如何に向き合ったかということです。


作中でも言及したように、日本政治史において隠れたる水面下の核心部分を鑑みるに、

日本政治史とは畢竟、海洋派と大陸派の二大党派による政治抗争史に外ならないと。

形式上も二大政党制が好ましいと主張する野党議員や支持者も居るようですが、

右左中、保守に対する革新といった隠れ蓑を取り払ってしまえば、

日本における党派対立の本質は「支那(ユーラシア大陸)とどう付き合うか」という実質的二大政党の対立に収斂します。


つまるところシーパワー(海軍力)を志向する海洋党とランドパワー(陸軍力)を志向する大陸党が「日本という国をどう見るか」で綱引きした結果の二大政党制が日本史の本質だったりします。

ただここで注意しないといけないのは、戦前の帝国海軍が海洋派で、帝国陸軍は大陸派とは簡単には割り切れないことです。

この海洋国家派と「日本列島は大陸の付属物である」と見なす大陸派の対立は日本史の中で幾度も露頭してくるもので、源平合戦や豊臣徳川の政権交代などの流れの中でもちらりとその姿を見せることが。


あと作中で「それが為にお前はわたしらと袂を分かった」とありますが主人公側が大陸派というわけではありませんのでご注意を。


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