37、八兵衛、忍者に囲まれる。
「……はっちゃん。
実はお嬢はね……」
「なんですか?」
「(……ッ!)」
この時、あたしの背中越しに晶さんが物凄い顔で蘭さんを睨んでいたそうな……
「だーめ。おしえてあげないッ」
「はぁ、さいですか」
「ま、まぁ……、
乙女には秘密があるということで、
あはははは……ぁ」
蘭さんと話してたら不意に視線を感じたのでそちらを振り返る。
晶さんと目が合うと彼女はぷいっと横を向いた。
耳まで真っ赤になっているのが見える。
どうしたのかしら……?
などと考えていられたのは少しの間で、気が付くとあたりにはニンジャ。
そう、忍者ではなくニンジャ。……いや、NINJAかもしれない。
普通に考えて真っ昼間の海道に忍び装束の忍者が出たら目立ってしょうがない。
そんなのが徒党を組んで現れたら、それは「忍ぶ者」の忍者ではなくてニンジャ、さもなきゃNINJAに違いないだろう。
元々忍び装束は野良仕事の作業着から発展したものではあるんだけど、クレ色の装束で身を隠した集団が昼日中に徒党を組んでいたら嫌でも目に付く。
そんなのが得物を手にして時折襲ってきては晶さんらによって次々と返り討ちに遭っている。
どんっ。
いきなり晶さんがあたしを押し倒した。
仰向けになったあたしの下腹部に晶さんが乗っかった格好だ。
短い金属音の直後、あたしの耳元に何かが落ちる。
首を横に振ると目に入ったのは針と手裏剣。
針の先は妙な感じで濡れていた。
「……!」
びっくりして反射的に起き上がるあたしを晶さんはうつ伏せになるよう転がした。
「伏せろ。八兵衛」
云いながら立ち上がって小柄を打つ。
射線上に居た野良着の老婆はひらりと躱して口から何かを吐いた。
駆けだした晶さんの足跡に針が数本突き立つ。
起き上がろうとするあたし。
「はっちゃん、止まってッ」
蘭さんの鋭い声に一瞬硬直したあたしの目の前にニンジャが上から降ってきた。
「はッ」
掛け声とともに蘭さんの膝が飛んできてニンジャの側頭部に命中、NINJAは大の字となる。
「ごめん、はっちゃん」
手を合わせて蘭さんが謝る。
「いえ、助かりました……んっ?」
足元に違和感を感じて下を見た瞬間、地面が揺れる。
あたしが腰を抜かして後ろに倒れ込むと地面の中からNINJAが飛び出してきた。
忍者刀の切っ先をあたしに向けてニンジャが構える。
「はっちゃんッ」
蘭さんが投げた小柄を鉢金で受けたNINJAは飛び退くと手裏剣を次々と投げ始めた。
「はっちゃんは伏せててね」
あたしにそう告げて通り過ぎると蘭さんは手裏剣を片っ端から素手で叩き落としていく。
表情に焦りを浮かべるNINJA。
蘭さんはNINJAの両胸に掌を宛がう。
「くノ一忍法……波動乳」
糸の切れた人形と化してNINJAは動かなくなった。
NINJAの胸のあたりから焦げ臭い臭いが立ち上っている。
これは何だと蘭さんに聞いたら、男女問わず乳細胞に波動を送り込んでオーバーヒートさせる云々……
そんなこんなで――
「何でいきなりNINJAばっかり出てくるのか……」
あちこちに斃れているNINJAをあたしは眺めた。
まるでNINJAによる終末が来たような感じがする。
「……そういえば、妹による終末がやってくるっていうネット小説があったっけか」
我ながら馬鹿なことを思い出したものだと呆れる。
「昨年に福島が将軍家御領になったからだろう」
あたしの疑問に晶さんが答えてくれた。
将軍家御領はいわゆる天領のことを指すが、これは維新の際に幕領を新政府が接収してから。
維新後に「天朝(朝廷・天子)の御領だから天領」と呼ばれるようになる前の江戸時代には、将軍家御領とか単に「御領」と呼称されていた。
「来年、信濃坂木から板倉甲斐守が移ってくるのと関わりがあるのかもしれん」
「……本当にそれだけなんでしょうか?」
「色々と思い付くことはあるにはあるが、何分にも確信できるものは何もないから何とも言えん」
「でもこうなったのは寺坂さんと別れてからですよね」
「少なくとも襲ってきたのが伊賀者で公儀の手先であるのは間違いない」
「となると、やっぱり赤穂浅野家絡みなんでしょうか?」
「だとしても我らを狙う意図が謎だ。どうせ責めたところで何も吐かぬだろう」
「すべて始末したと思っていたが、寺坂殿とのやりとりを公儀の手先に見られていた……もしやこれなのか?」
懐から取り出した布包みを眺めて晶さんが口を開く。
あたしから見ればどうやったったってただの御霊代としか思えない。
赤穂浅野家のお城の館神としての意味以上のものが何かあるとでも言うんだろうか。
「……ふ。考えてみたところでどうにもならんな。
ここは一つ仕掛けてみるか」
「――八兵衛、今日は福島城下まで歩くぞ」
「はい」
布包みを懐中に戻して晶さんが歩き出したからあたし達もそれに続いた。
越河――貝田――藤田――桑折――瀬の上と海道の宿場を抜けて福島城下に至る。
伊達領の越河から福島まで30キロほど。
晶さんは「大船に乗ったつもりで居よ」と言っていたけど、いつ公儀の伊賀者による襲撃があるだろうかと身構えていたあたしは少しばかり安堵を感じていた。
多分、安堵していたのはあたし一人だけだと思う。
浪江さんはあたししか目に入っていないし、采弥さんは武家娘らしく平然としている。
碧さんに至っては襲撃で殺された伊賀忍者を哀れんでいるくらいでストレスを受けているって感じじゃなかった。
哀れむだけの器量の大きさが碧さんにはあることを感じる……
福島の街並みは平成の時分とはえらく違っていて、県都福島のイメージとはかけ離れていた。
高度成長期以降の福島県中通りの繁栄ぶりには程遠い。。
そういえば、ということで思い出したけど、歴史的に福島県中通りを本拠とした大勢力が存在したためしがない。
どういうわけか会津か浜通りにすべて集中していた。
「……それはだな、八兵衛」
晶さんによると、中通りはやませの影響を受けるために農業生産力が低く、
会津は盆地のために夏場に気温が上がりやすく、それが稲作にはプラスに働くので、どの大勢力も農業生産力の高さで会津を本拠にしたのだという。
「裏を返せば、弱小の御譜代格を大名として置いておくのに向いているということだ」
宿屋の二階から見える寂れた街並みに目を遣りつつ晶さんが指摘する。
「となれば、晶さんの狙いどころとしてはどうなんです?」
「さて、な……」
晶さんは薄く笑って云った。




