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ダークエルフ忍法帖~津軽弘前女騎士始末~迫る氷河期ぶっ飛ばせ  作者: 上梓あき
第二部 八兵衛、江戸へ行く 元禄十四年(1701年)四月~五月
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31、八兵衛、仇討ち姉弟に出会う。(下)


仇討ち姉弟とその父の名前は東百官から付けたものです。


https://ja.wikipedia.org/wiki/東百官

関東地方において武士が称した官職風の人名。

朝廷の官職を模倣してつくられたもので朝廷における官職には存在しない。

百官名と同じように、名字の後、諱の前に入れて名乗った。




野盗は多賀城近辺を治める天童氏の(ところ)である八幡(だて)に持ち込んだ。


(ところ)とは伊達家仙台領にある城館群の分類で、

城、要害、所、在所の四つに分類される伊達四十八(たて)のうちの一つだという話だった。

ちなみに城とは公儀から所有を正式に認められた城のことで、要害は徳川の一国一城令後も中世城郭を流用して使っているもののことをいい、(ところ)は廃棄された中世城郭の跡地に建つ城館で、在所は新規に築城されたものだという。

この四分類のうちで、在所以外は大なり小なり城下町が付随しているのだそうだ。

これらの城を与えられた伊達家の家臣は仙台への参勤交代を行っていたというのだから、伊達の独眼竜はよほど天下に未練があったものとみえる――(しょう)さんはそう評した。



「……で、こちらで賊は全てかな」


野盗をすべて大八車から牢屋に放り込んだところで()う城の役人が晶さんに尋ねてくる。


「はい。捕まえられたのはこれだけでした。

 捕縛の際に問い詰めたところ、一味のあと一人は雇われ者の侍崩れだったようですが、

 そやつは数日前に江戸で仕事をするために仙台を発ったとのことです」


「……相分かった。暫し待たれよ」


しばらく待っていると応対してくれた役人が奥から金子(きんす)を持ってやってきた。

報奨金だ受け取るがいい、と言う。

晶さんが受け取ったのであたし達も続いて外に出た。

大八車を返しに行く半蔵さんや呂久之輔(ろくのすけ)さんと途中で分かれてあたし達は盗人宿に戻る。



「今、戻った」


晶さんが障子をあけて座敷に声をかける。

前に立つ晶さんの肩越しに部屋の中を見ると、助けた姉弟(してい)が驚きに目を見張っていた。

信じられないものを見る目付きをして二人はしばらく凍り付く。


「……父上」


姉の口から声が漏れた刹那、あたしは脚に衝撃を感じた。


「ちちうぇぇぇ……」


下を見ると、幼い弟が女装のままあたしの脚にしがみついて泣じゃくっていた。

振袖の合わせ目から幼い胸の白い肌がちらりとのぞく。

泣き顔で表情が歪んではいるけども、

粘土細工を指でつまんで持ち上げたような小ぶりな鼻筋や目鼻立ちのくっきりした顔つきなどからいってかなりの美童だということがわかる。

真っ白い、透き通るような肌に華奢な身体、すらりと伸びた白魚のような指の先には細長く丸みを帯びた爪、鎖骨の浮き上がった肩など、稚児(ちご)趣味の男には(たま)らない容姿をしていたのがこの子の不幸か……とあたしは思った。

たぶん、平成の腐女子が愛読するBL小説にならこう書かれるに違いない。

この子の身体は男に抱かれるためにだけあるのだ――と。


より肌を密着させようと思いっきりしがみついてくる弟の顔をあたしが見ていると、姉の方が正気に返った。


浪江(なみえ)さん、この方はわたくし達の父上ではありません」


「嫌ぁっ、私はちちうえと一緒にいるのぉッ」


姉はあたしにしがみつく弟の浪江さんを引き離そうとするけど、そうするほどに浪江さんのしがみつく力が強くなっていく。

しまいには困り果てた姉が肩で息をしながら()った。


「すみません。弟が落ち着くまでそうしていていただけますか。

 ……本当にすみません」


あたしは仕方ないなと思いながら「いいですよ」と返して弟の浪江さんの頭を撫でた。


「あんっ……ちちうえぇ……」


陶然となった浪江さんが熱っぽい目であたしを見てしなだれかかってくる。


「申し訳ありません……」


浪江さんの姉が申し訳なさそうに目を伏せた。

晶さんが座敷に腰を下ろしたので、あたしもそれに倣った。

胡坐をかくと浪江さんがあたしの胡坐の上にちょこんと乗る。

ミルクのような匂いが浪江さんの全身から立ち(のぼ)った。

浪江さんがあたしの両腕をとって自分の前に回したので、あたしはそのまま浪江さんを背中から抱きしめた。


「……んぁっ」


浪江さんが鼻にかかった声を上げてよりかかる。

熱を持ち、柔らかくも筋張ったなめらかな肢体があたしと布越しに触れ合う。

浪江さんは何も言わずに満たされた表情でゆっくりと腰を揺らした。

あたしの下っ腹に浪江さんの腰が当たっている。


「……おほんっ」


気まずそうな表情で咳払いをした晶さんが姉弟の素性を()いた。


「わたしは下野の壬生(みぶ)で剣術指南役をしていた東海(しょうじ)靱負(ゆきえ)の娘で采弥(うねね)と云います。

 わたし達の父、靱負(ゆきえ)浪々(ろうろう)(のち)、仕官して下野の壬生(みぶ)で剣術指南役をしていたのですが、

 弟の浪江に懸想(けそう)した同輩(どうはい)十八女(さかり)彌重郎(やじゅうろう)に酒の席で謀殺されてしまいました。

 弟は仇の十八女(さかり)彌重郎(やじゅうろう)に連れ去られてしまい、

 他に討手(うちて)となる者もいなかったため、急遽わたしが元服して仇討ちに出ることになったのですが、

 彌重郎(やじゅうろう)を追ってここ仙台まで来た時に罠にかかってわたしまで捕らえられてしまい、あのような有り様に……」


采弥(うねね)さんの目から涙がこぼれた。

碧さんが気づかわしげな瞳を采弥(うねね)さんに向ける。

沈黙の後、晶さんが口を開いた。


「……仇を討ちたいか」


晶さんの声に采弥(うねね)さんは物問いたげな表情を作った。

逡巡の(のち)、声を絞り出す。


「……はい」


「よろしい。ならば直ぐにとはいかぬが、仇は必ず討たせてやろう。我らについてくるがいい」


「……いいんですか?」


「かまわぬ」


また、人が増えた。




最初、この話はもっときついものでした。

東海靱負の年若い妻に横恋慕した十八女彌重郎が靱負の妻を罠に嵌めての不義密通の末に夫である靱負を闇討ちして靱負の妻と駆け落ち。

残された姉弟には頼るべき親戚もなく、年上の姉が元服して采弥を名乗り、弟共々仇討ち名義人として彌重郎を追う。

追われた彌重郎はともに駆け落ちしていた姉弟の産みの母を女郎屋に売り飛ばして逃走。

女郎となって男に抱かれる日々を過ごしていた姉弟の母は病に倒れて後悔の中で亡くなる。

仙台まで追ってきて彌重郎を見つけた采弥と浪江の姉弟は返り討ちに遭い、二人とも彌重郎の一味によって幾度も幾度も凌辱されてしまう。

そして度重なる凌辱の果てに心身ともに擦り切れしまう寸前で晶さん達に救出されるが、彌重郎はすでに逃亡済み。

姉の采弥は浪江さんの仇討ちの助太刀を晶さんに頼んだ上で、

自らは女郎に身を売って金を作り、人を介して晶さんに渡す。

事の次第を知らされた晶さんは八兵衛を連れて遊郭に乗り込み、

楼主と談判の末、姉の采弥を取り戻した後に、

二人の仇討ちの助太刀を約束して弟の浪江ともども旅の一行に加える。


……こういう流れを考えていたのですが、

ノクタ―ンやムーンライト行きになりそうにない、ぎりぎりのラインはどこかという問題と、

それ以上にこの話の全体の流れに対して、そういう展開が合ってるだろうかと疑問を感じたためです。

没にしたこの展開、どうでしょうか。


ちなみに改変後、更新した今回の話では姉の采弥に盗賊は手を出してはいません。女郎に売り飛ばした時に売値が下がるのを嫌ったためです。

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