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ダークエルフ忍法帖~津軽弘前女騎士始末~迫る氷河期ぶっ飛ばせ  作者: 上梓あき
第二部 八兵衛、江戸へ行く 元禄十四年(1701年)四月~五月
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25、八兵衛、松島を見て懐かしむ。



石巻に着いたのは日もとっぷりと暮れてからだった。

船着き場で船を下りたあたし達は空いている旅籠を探して宿を取る。

舟に乗りっぱなしというのも案外と疲れるものらしく、体のあちこちが凝ったのを(ほぶ)しているうちに眠気が身体の中からもわっと湧き上がってくるのを感じた。。

これは碧さんも同様だったらしく、あたしが床に入るのと前後して眠りに就いてしまう。

翌朝、寝ている間のことを憶えていないくらいに熟睡していたあたしは(しょう)さんに起こされた。

洗面を済ませてもまだ半分寝ているあたしは既に起きていた碧さんと一緒に晶さん指導の下で朝のお勤めをする。

眠気交じりの瞑想は思いの外気持ちがいい。

瞑想が終わる頃には頭の方もだいぶすっきりとしてきた。

朝餉(あさげ)を平らげて旅籠を出る。

石巻海道を西に向かい、矢本、小野の宿(しゅく)を過ぎてかれこれ六里弱歩いたところで松島に着いた。

日はまだ高い。


「八兵衛、今日はここで宿を取る」


「まだ、日が高いですけどいいんですか?」


「いい」


あたしの疑問に答えながら晶さんは旅籠を探して歩いていく。

晶さんは玄関先にいた旅籠の従業員と二言三言話すなり、「ここだ」と決めて中に入っていった。

宿の者に案内された部屋に腰を落ち着けるなり開口一番で晶さんが言う。


「わたしと半蔵はこれから仙台まで出かけてくるからその積もりでいろ」


「晶さん、あたし達はどうしたらいいんんです?」


晶さんがあたしの問いに答えて()う。


「わたしらの帰りは翌朝になるだろうから、八兵衛たちはそれまで松島見物をしてるがよかろう。

 お蘭、牛若、八兵衛と碧どののことを頼む」


言い終えるなり晶さんは半蔵さんを連れて出て行ってしまった。

残されたあたしは手持無沙汰を感じてふうと息を吐く。


碧さんと目が合った。


「……暇、ですね」


「じゃあ、松島見物に行きましょ」


苦笑するあたしに蘭さんが提案する。

特にこれと言ってすることもないのであたしと碧さんは誘いに乗ることにした。

江戸時代の旅人(たびにん)は軽装だったから、平成日本みたいにトロリーバッグを宿に預けるようなこともなく、旅姿のまま宿の外へと繰り出していく。

泊まった旅籠は今で()う仙石線の松島海岸駅の近くだったから、ものの数分で海岸へたどり着いた。

場所は仙台から来た国道45号線が駅を通り過ぎた先でクランクになっているあたりだろうか。

平成日本であれば土産物屋が立ち並んで両側二車線の道路が渋滞している場所なのを思い出す。

日本三景と呼ばれるだけあってこの時代でも人通りは多かった。


海岸に出る。


懐かしい……


十年前に来た時と変わらず松島があった。

今、あたしが見ている十年後の松島は三百年前の松島で、

あたしが懐かしいと感じる、十年前に見た松島は今から三百年後の松島なんだと思うとすごく不思議な感じがする。

後ろを振り返って街並みを見るとそうじゃないけど、

目の前に見える松島の海は、十年昔に見た三百年後と三百年前の今とでも何も変わっていない。


「きれい……」


碧さんが感嘆の声を上げた。


「松島や ああ松島や」


あたしの口から言葉が漏れる。

今、半蔵さんがここに居たらあたしを見て「八っつあん、あっしと同じことを言いましたね」と思ったんじゃないかと思う。

もちろん、津軽にだって千畳敷海岸みたいな名勝はあるし、松島に負けるものではないと思う。

けど、松島が格別なのは間違いないし、この景色を初めて見た時からその思いは変わらない。

磯の香りを味わいながら波の音に思いをはせた。

五大堂に参拝してから船で福浦島に渡って島内を散策して松島に戻った。

切支丹の碧さんは五大堂と福浦島の弁天堂に詣でた際にちょっと複雑な表情をしてたけど、一緒に手を合わせてくれていたのを憶えている。

宿に戻る道々、通りかかった店で仙台名物笹かまぼこはないかと聞いてみたけど、どこの店でも「そんなものは知らない」と言う。

ちょっとがっかりしていると蘭さんに「やっぱり色気より食い気よね」と言われてしまった。

その後、宿に戻って夕餉(ゆうげ)を食べたけど、名だたる景勝地だけあってそれなりの食事だったと思う。

宿の人の話では穴子の旬だとかで穴子料理を堪能することができたし。

食休みしてから湯屋で旅の汗を流して床に入る。

晶さんと半蔵さんは結局戻っては来ず、あたしは眠りに誘われて寝落ち。




「起きよ、八兵衛」


翌朝、あたしは誰かに揺り起こされて目が覚めた。

寝起きのぼうっとした頭で声のした方を向く。

あたしを見つめる晶さんと目が合った。


「おはようございます。今お戻りですか?」


「うむ。お主の朝の修行があるので戻ってきた。朝の身支度をして()よ」


「ふぁい」


あくびをして(かわや)に行く。

そのままついでに顔を洗って戻ってくると半蔵さん達は思い思いに修行をしていた。

呼ばれるまま晶さんの斜め前に座って碧さんと三人で円座になる。

晶さんが碧さんに呼吸法や姿勢などを指導してやり方を一から教えていった。

ある程度、碧さんが呑み込んだところで精神集中に入る。

碧さんにとっては昨日の石巻の宿に続いて二度目となった魔法の修行だけど、こういったことは教わった経験はないらしく、おっかなびっくりといった調子だった。


朝の修行を終えてすっきりした顔で夫々が向かい合う。


「お嬢……」


「うむ」


半蔵さんが晶さんに言葉を促す。

それに頷いた晶さんがあたし達に語り掛けた。


「昨夜、わたしと半蔵は仙台城の御金蔵に忍び込んできた」


「……っ」


思わず息を呑む。

いきなりこの人は何を言い出すのか。


「安心せい、八兵衛。見つかるような真似はしてはおらん」


「それにしても何でまた……」


「お主の話にあったノストラダムスの予言なるものを確かめに行ってきたのだ。

 水戸の御老人に同行した半蔵によれば、御老人は仙台城を一人で訪ねていたということだからな」


晶さんの後を継いで半蔵さんが言う。


「ところがその後、水戸の御隠居の御指図(おさしず)でノストラダムスは仙台の御城から外に運び出されたらしく……」


「移された先を突き止めるのにちと手間取ってな」


「それで運ばれた先は」


あたしは問う。


瑞巌寺(ずいがんじ)だ」


……えっ?




主人公は勘違いしていますが、

松島や ああ松島や 松島や

と歌ったのは松尾芭蕉(半蔵)ではなく、

江戸後期の相模国の狂歌師、田原坊の

松嶋や さてまつしまや 松嶋や……です。


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