15、八兵衛、聖女に出会う。
今回から登場する聖女に違和感を感じる人がいるとは思いますが、次回か次々回でネタが割れる見込み。
翌朝、大谷宿を出たあたし達は気仙道を南に下って小泉宿を抜けた。
昼にはまだ早い、海からの日差しを浴びて海道を歩いていると、前方から男女の言い争う声。
近付いてみるとそれは柄の悪そうな駕籠舁き二人組が村娘と思しき少女を相手に押し問答をしている場面だった。
「そんな……。戻り駕籠だっていうのは嘘だったんですか」
「ああ、確かに戻り駕籠だな。もっともそれはお前ェを送ってからの話だけどな」
絶句する村娘を見てにたりと笑った男二人が少女ににじり寄る。
村娘は年の頃は15歳くらいだろうか。
娘は身窄らしい身なりをしてはいるものの、どことなく気品のようなものを雰囲気として感じさせた。
「悪いことは言わねぇ。このまま送って欲しかったら五両払いな」
「そんなの無理です。そんなお金なんて手許にありません」
言葉を詰まらせた少女が両手を口元に宛がい、震えるような声を絞り出して俯く。
「へへっ。じゃあよ……」
駕籠舁き二人が脂下がった笑顔で少女に迫った刹那、顔を上げた彼女は眦を決して見つめ返す。
「お願いします。戻って父にこの薬を渡さないといけないんです。だからどうか」
頭を下げて懇願する少女の腕を駕籠舁きが掴んだ。
そのまま道を外れて藪の中へ連れて行こうとする。
「五両払えねぇってんなら、その身体で払って貰おうじゃねぇか」
「それでも足りなきゃ宿場女郎だァ。兄貴ぃ、オラぁ、金髪のおなごとするのは初めてなんでェ」
腕を掴んだ駕籠舁きの相方はそれを見て面白がって囃し立てる。
「ああ、金髪の女子とするのは俺も初めてだ」
少女を掴まえたまま、兄貴と呼ばれた方が器用にも自分の褌を外してみせた。
……そんな場面を見ていてあたしは気分が悪くなってきた。
思わず飛び出そうとするあたしと南部の女騎士呂久之輔を晶さんが止める。
――わたし達は水戸の御老人ではない。
晶さんの目がそう語っていた。
唇を噛む。
「駄目です。そんなことをしてはいけません」
悲鳴を上げた少女は捕らわれの身にも関わらず、気丈にも二人を諭そうとする。
その声に恐怖は確かに混ざってはいたが、少女の声はどこまでも澄んで綺麗なものだった。
「連れ無ぇことを言うなって」
兄貴と呼ばれた方の男の手が少女の股間に伸びる。
「お願いです。やめてくださ……きゃあっ」
少女の哀願は途中から悲鳴に変わった。
見れば弟分の方が娘の懐に手を入れて弄ろうとしている。
「お願いします。正気に戻ってください。
夫婦でもない男の人とこういうお付き合いをするのは決して許されません。
私だけではなく、駕籠舁きさんも不幸になってしまいます」
「何言ってやがる。こんな上玉の金髪娘で果てられる俺たちは随分と倖せ者じゃねえか。なぁ」
「違ぇねえ」
兄貴の問いかけに同意した弟分が恍惚とした表情でよだれを垂らし笑い出す。釣られるように兄貴とやらにも笑みが浮かぶ。
「そんな……」
息を詰まらせた少女は運命に抗うかのように声を上げた。
「許してください。
お願いします。
夫婦になるまでは守らないといけないんです。
……こんなことは絶対に許されません」
少女は抵抗できない姿勢のまま、男二人を諭そうと言葉を続けた。
晶さんの雰囲気が変わる。
あたしの肩を掴んだ手から力が抜けた。
「待ちなさいッ!!」
駆け出したあたしは声の限りに叫ぶ。
駕籠舁き二人は少女を虜にしたまま、駆け寄ってくるあたし達に身構える。
あたしの背後を見た駕籠舁きはにいっと笑った。
自分以外は女しかいないからか。
「天下の往来でお前達は一体何をしておる」
「酒手を払わずにただ乗りしようっていう太ぇ客におしおきしようってだけで。へぇ」
あたしに追い付いた呂久之輔が居丈高になって詰問すると兄貴分が下手に出た。
「ちがいます。私は二分で良いって聞いたから乗ったんです」
「と、斯様にこの娘は云っておるがどうなんだ」
「へ、へぇ。この娘には嘘を吐く癖がありやして……」
駕籠屋の兄貴は汗を掻きながら答える。
「ほう。どうしてそのようなことがお前達にわかるのだ」
呂久之輔が腰を落としながら問うと駕籠舁き二人は深々と頭を下げた。
そして夫々に謝罪を口にする。
南部の女騎士はその言葉を軽く受け流して問いかけた。
「その言葉は私ではなく他に向けるべき相手が居るのではないのか」
云われた二人は少女に向き直るとばつの悪そうな表情で謝る。
「この度のことは忘れます。
気にならないと言えば嘘になりますが、
……それでも、私はこのことは忘れます」
硬い口調だったけど、
紅潮した頬を震わせながらも、
この金髪の少女は断々固として、そう、言い切った。
今回の話の流れをどうするかではさんざん悩みました。
ストック使い切りそうな七月頃から五か月以上悩み続けてようやくこの形に収まった次第。、




