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ダークエルフ忍法帖~津軽弘前女騎士始末~迫る氷河期ぶっ飛ばせ  作者: 上梓あき
第二部 八兵衛、江戸へ行く 元禄十四年(1701年)四月~五月
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14、男たちの晩酌



「まあ、なんだ。とりあえず、呑め」


飯屋で東郷平七郎が男の持つ盃に徳利を寄せる。

(かたじけな)いと()って男は平七郎が注いだ酒を飲み下していく。

平七郎と向き合う男は中肉中背でこれといった特徴はなかった。

薬売りの恰好をしているが、通りすがった誰の印象にも残らないであろう。

もっと正確に言えば、その男からは特徴と呼べるものがその巨乳以外、すべて削ぎ落とされたように感じられた。

特徴のない、顔のない顔の男は誰にでも成りすませる。

盃が揺れるたび、男の膨らんだ胸元が震えた。


男は飲み干した盃を膳の上に置く。


「霞の才蔵。それがおぬしの名か」


つぶやきを聞いて、盃を下した才蔵が平七郎に目を向ける。


「俺の口を封じるか」


平七郎の問いに霞の才蔵は目を畳に落として答えた。


「……やめておこう。俺の剣ではお主に届かぬ」


「……そうか」


才蔵の言葉に目を(すぼ)めた平七郎は手酌で盃を傾けた。


「それでどうする。あの者たちを追うのか」


「津軽での仕掛けをしくじった俺は部下を失い、このような身体にされた。

 鶴岡の小頭に叱責を受けた俺は()の一と身内に陰口を叩かれているのだ。

 どうしたってこのままでは江戸には戻れん」


「まあ、たしかに」


落ち目の組織はそんなものだろうなと才蔵の話を聞きながら、彼の胸を見て平七郎は頷いた。


「(大きい……)

 満月のようだな」


平七郎が漏らした一言で才蔵の視線が鋭くなる。


「お主」


「すまない……。

 それと俺には衆道(すどう)(註:ホモのこと)の趣味はない。安心してくれ。

 俺は剣の道一本槍だ」


平七郎が謝る。 



「……ならば寄越せ」


「ん、……ああ」


無言で才蔵が突き出した盃に平七郎は酒を注ぐ。


「乳もたせは術者を殺しても解けん」


「そんなことはわかっている。だが、このままでは納まりがつかんのだ」


「そうか」


「ああ」


「とはいえ、今のお主ではあの女忍びには勝てぬだろう」


平七郎の言葉に才蔵は息を止めて口をつぐんだ。


「なんとかするさ」


才蔵の(げん)に平七郎は首肯する。


「ならばいっそのこと女子(おなご)になってみぬか」


えっ、という表情で自分を見る才蔵に構わず平七郎は話を続けた。


女界(にょかい)転性(てんしょう)を使う」


「まて、平七郎。あのエルフの秘伝は失われて久しいはずだ」


平七郎の言葉に才蔵は思わず立ち上がって後ずさる。

その表情には困惑と少しの怯えと不安が混ざっていた。


「俺は女界(にょかい)転性(てんしょう)が使える。

 お主たち、公儀の者どもにとっては喪われた秘伝かもしれんが、

 俺が立ち会ったあの女忍び、

 あいつも女界(にょかい)転性(てんしょう)が使えるものと見た。ひょっとしたらあやつは……」


「どうした」


「いや、なんでもない」


いぶかしむ才蔵にとっさに言葉を返して平七郎は黙り込んだ。


「兎に角、今の所は女子(おなご)になるつもりはない。

 男に生まれてきたからには男としてやるさ」


「そうか」


「んぁあっ」


平七郎に向かってああと頷いた瞬間、才蔵の口から色っぽい声が漏れる。

給仕の娘が後ろを通り過ぎる際に袂が才蔵の首筋に軽く触れていた。


「……まただ」


才蔵が両腕で自分の身体を抱きしめて忌々しい様子で吐き捨てる。


「乳もたせを受けてからずっとこうだ。普通に歩いているだけで胸が擦れて変な感じになる」


「お主が猫背なのはそのせいか」


「ああ。胸を張って歩くとどうしてもな。……本当のことを言うとサラシを巻いているだけでもきつい」


平七郎が手に持った徳利を振る。


「……空だな。出ようか」


平七郎の言葉に賛意を示した才蔵が先だって店の外に出る。

出たところで蹴躓(けつまづ)いた。

音を立てて前のめりに地面を滑る。

しばらくの間才蔵は地面の上で俯せのまま凍り付いたように動かなかった。


「ちょっと動けそうにない。動けるようになるまでこのままにしておいてくれ」


大丈夫かという平七郎の心配げな声に才蔵は蚊の鳴くような声で答える。

平七郎が気遣わしげに見守っていると、程なくして才蔵はむくりと起き上がった。

起き上がった才蔵は胸を両手で押さえて辛そうにしているのが痛々しい。


胯座(またぐら)(股間)でも打ったか」


「それはそうだが、胸をぶつけた。この痛みは胯座(またぐら)とは比べ物にならん。……死んだかと思った」


信じられないような表情で才蔵は胸に目を()る。


「金玉は男子最大の急所だと思っていたが、どうやら違うようだ。

 胸をぶつけた瞬間、頭の天辺から全身何かに串刺しにされたようで息が止まった。胸の方がよほどきつい」


胸を押さえていた手をじっと見つめて才蔵は「血が出ているかと思った」と言って安堵の吐息を漏らす。


「そんなに痛いのか」


「ああ、まだ痺れるように痛い」


歩くのも辛そうな才蔵を見かねた平七郎が近づいてきて才蔵をそっと抱え上げる。

お姫様抱っこで。


「おい」


「動けないのだろう。

 無理をするな。宿まで連れて行ってやる」


才蔵は躊躇の後に息を吐いて言った。


「すまんが頼む」


「任せておけ」


二人は夜の雑踏に消えていく。




……そしてあたしは目が覚めた。

釜石の宿屋にいる。


「何、この夢?」


ぼぅっとした頭で今まで見ていた夢を思い出すけど、どうしてこんな夢を見たのか見当もつかない。

変な夢だったと思いつつ頭を振って意識を切り替えていると、近付いてくる足音がして障子が開いた。

身支度を済ませた晶さんが立っている。


「八兵衛、起きているか」


「今、目が覚めたところです」


「よろしい。では身支度を整えてから朝の稽古に入ろうか」


「はい。晶さん」


とりあえず夢のことは放下(ほか)そう。そう思いつつ、あたしは彼女の後について部屋を出た。



実はこの話、この後のちょっとした伏線だったり。

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