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ダークエルフ忍法帖~津軽弘前女騎士始末~迫る氷河期ぶっ飛ばせ  作者: 上梓あき
第二部 八兵衛、江戸へ行く 元禄十四年(1701年)四月~五月
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12、八兵衛、仙人峠の怪異を知る。



「このような山の中でばったり出会うとは何とも奇遇なものだな。道にでも迷うたか」


「道には迷わなかったが世には迷うておるわ……そこな、女の所為(せい)でなッ」


晶さんの問いに答えた才蔵が向ける視線の先には牛若さんがいる。

霞の才蔵の眼は怒りに燃えていた。


「あらあら……貴方がお怒りになられるのも構いませんけど、たとえわたくしを殺したとしてもその術は(ほど)けませんことよ」


「そのようなことはどうでもいい。俺はこの胸を抱えたまま生きていく。

 ……だが、この借りだけは返してもらう」


才蔵が肩掛けした鞘から脇差を抜いた。

牛若さんもそれに応えて刀の柄に手を伸ばす。

山賊が動く。

場の緊張を破るかのようにしてあたりに響く間延びした声。


「いやー、まいった。まいった」


声は才蔵の背後から聞こえてくる。


「遅いぞ」


不機嫌そうな才蔵に軽く謝罪の声をかけて藪から現れたのは、二メートル近い、着流し姿でいかにも素浪人といった風体の赤銅色(しゃくどういろ)に日焼けした大男だった。

大男について何か言うとすれば「オークの鍛え上げられた鋼の肉体にエルフの頭部が乗っかっている」としか表現のしようがない。

その茶筅に結い上げられた男の髪は陽の光を浴びて金色に輝いていた。

男は碧眼をしばたたかせながら才蔵に詫びを述べる。


「つい目と鼻の先に熊が出おったので、邪魔が入らぬよう退治していたのだが、これが意外と手間取った」


そこで血刀をぶら下げながら現れた男は愉快そうに笑う。


「……で、こやつらがお主の狙う者どもか?」


()いながら男は刀に気を籠めて一振りする。


一閃。


刀に流れ込んだ気のせいで血糊が湯気を上げて瞬時に乾き、刀身に纏わりついた血が細片となってばらばらとはがれ落ちる。

刀身には血曇り一つ残っていなかった。

日差しを受けて刀身は白銀に輝いている。

男はあたし達を見ると品定めを始めた。


「見れば女子(おなご)の中に男が一人で黒一点といったところか……

 今のところ、男は大したことはなさそうだが女子(おなご)どもは中々のようだ」


大男が晶さんに向かう。

 

「俺はこいつとやりたい。いいな?」


大太刀(おおたち)を手にして男は才蔵に同意を求める。


「よかろう」


才蔵と話がついた男は右手に持った大太刀(おおたち)に気合を籠める。

(こころ)()しか刀身が鈍く光っているように思えた。


「八兵衛、わたしから離れて居よ。蘭、八兵衛を頼む」


……晶さんが緊張した声音で話すのを始めて聞いた。


「んじゃ、はっちゃんはわたシの後ろに居てね」


蘭さんがあたしを庇うようにして立つ。

牛若さんに才蔵、晶さんに大男、女騎士と蘭さんに山賊といった感じの組み合わせがいつの間にか出来上がっている。


晶さんが柄に手を伸ばして刀を抜く。大男は大太刀(おおたち)を右手にぶら下げたままだ。


「……ほう」


晶さんが下段に構えると大男は口から息を吐いた。


「下段とは見くびられたものだな」


そう()いながら男も下段に構えた。

晶さんの表情が険しくなる。


「下段は格下の者に対するもの。己の腕力(かいなぢから)だけを頼みとする構えとは、挑発のつもりか」


にやりと笑う大男。

二メートル近い巨漢に160センチ足らずの晶さんが対峙しているのはちょっとばかり心配な気がする。

互いに円を描くように動く。やがてどちらからともなく切り結んだ。

下段からの切り上げが空中で交錯する。

二人は万歳をした格好になるとその勢いのままお互いに離れる。


晶さんはまた下段に構えた。

大男も下段を取る。


「剣の構えには力関係の優劣があるのよね」


山賊をあしらいながら蘭さんがあたしに解説する。


「上段の構えは腕の力に刀と両腕の重さが加わるけど、下段だと腕の力だけで刀と両腕の重みをなんとかしなきゃいけない」


「――『下段が格下相手』ってのはここからきてるのね」


蘭さんが話している間にも晶さんと大男のにらみ合いは続く。


「――木刀や竹刀と違って刀は打ち合うのには向いてないから刀同士ぶつけ合う斬り合いはありえないけど」


蘭さんの背中に庇われたあたしは傍観者に近い。そんなあたしの前で蘭さんが山賊に刀を振るう。

視界の端では牛若さんと才蔵がやり合っていた。



「多少は慣れてきたようですが、まだまだですわね」


牛若さんがからかうように話すと才蔵は押し黙った。


「サラシを巻いて動きを抑えているのでしょうけど、いつまで……ですかね」


「……くっ」


少しでも身動ぎするごとに才蔵の表情が強張っていく。牛若さんは余裕の表情を崩さない。

晶さんと大男が剣が舞う。


「五尺三寸(160センチ)ほどの身体の割にはなかなか出来るようだな」


大男が晶さんに問う


「金で賊に雇われたか」


「金など一文も貰ってはおらぬ。武者修行の旅の途上でそこの男(才蔵)に『強い奴と戦える』と聞いて一口乗っただけのこと」


「流石は薩摩オークだけのことはある。とはいえ、わたしと互角とは思わなんだが」


女子(おなご)の身でそこまでできるとは珍しい。俺の名は東郷平七郎。お主は名を何と()う?」


「……弥栄(いやさか)大吉」


「そうか。いや、この度の立ち合い、実に愉快であった」


東郷平七郎と名乗った薩摩オークは納刀しつつ、莞爾として笑う。平七郎の殺気はとうに霧散していた。


一方、霞の才蔵は地面に膝をついて赤い顔をしている。心なしか上気して息遣いも、はぁはぁ……とどことなしにあやしい。


「わたくしが何もしていないのに一人で勝手に胸を押さえてあえぐとかどういうことなんでしょうね」


「……うるさい」


「ひょっとして、きつく巻いたサラシのせいで胸が擦れて、その所為(せい)でとか」


「くぅぅ……」


「もう腰が抜けてしまって立てないのでしょう。感じやすいのですね」


霞の才蔵は無言でぷるぷる震えながら牛若さんを睨む。

山賊四人は女騎士に捕縛された後だった。

平七郎が才蔵に歩み寄る。


「今日はここらでお開きということでどうだ。今なら俺がお前を連れて帰るが」


()いながら平七郎は才蔵に肩を貸して立ち上がらせる。

すると才蔵は渋々と同意したようだった。


「では、邪魔をしたな」


飄々(ひょうひょう)とした調子で才蔵を所謂、御姫様抱っこで抱え上げると平七郎は稜線の向こうへと去っていく。

その腕の中では才蔵が時折、桃色がかった変な声を漏らしていた。

その後姿があたりに微妙な雰囲気を漂わせている。

女騎士は縛り上げた山賊四人を縄で引っ括ったところだった。

捕まえた盗賊の中に一人、やたらと女みたいな容姿の男がいた。


「ほれ」


晶さんが無造作に縛られた男の着物のすそを捲り上げると、別に見たくもない、男のアレがあたしの目に入ってしまう。


「わっ」


思わず赤面したのは女騎士だけで、晶さんや蘭さん達は無表情で淡々としている。


「……なるほど。確かに女みたいな外見だが中身は男だな。

 この者に女の格好をさせて夜の峠道に立たせれば、それらしく見えるか……」


……仙人峠の怪異が二つも解決してしまった瞬間だった。



仙人峠の怪異(資料による):

①夜の仙人峠を歩いていると長い髪を垂らした若い女に出くわし、その女に「にこっ」と微笑まれた。

②三人の山賊が峠に出没する。



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