9、八兵衛、大石内蔵助の従兄弟と鉢合わせする。
盛岡を出たあたし達一行は北上川を左手に見つつ奥州海道を南へと下り、夕方前には花巻城下に着く。
花巻までの道中の半分、盛岡の次の宿場である、日詰郡山宿を抜けたあたりで、二人連れの父子らしき侍を見た直後から、晶さんは歩くペースをさりげなく上げた。
そのまま晶さんを先頭にして道を歩いていると、急に彼女は今日の泊まりは花巻宿にすると言い出す。
「ならば花巻宿の本陣に泊まったらいい。案内するからついて来い」
女騎士が先頭に立って歩き出す。あたし達は後をついていき、一日市町なるところに所在する本陣に入った。
応対に出てきた本陣の主人に女騎士が用向きと自分の職掌と姓名を告げると主は慇懃な応対であたし達を部屋へと案内する。
部屋に着いて旅装を解いていると晶さんが外であたしに剣術の指南をしてやると言い出した。
「ならば私もついて行こう。我が領内で勝手に動き回られては困る」
致し方なしといった様子で頷いた晶さんがあたしを「ちら」と見た。
弘前を出るときに晶さんから渡された、道中差代わりの木刀を手にして二人の後を追う。
本陣を出て人でごった返す町の中へ出ると半蔵さんが目に入った。
変装しているせいで姿形や背格好はまるで違うけど、なぜか半蔵さんだとわかった。
半蔵さんと視線を交わした晶さんがそ知らぬ顔ですれ違う。
あたし達も晶さんの後を追って50メートルほど歩いたところで背後から「掏摸だ!」との声が上がった。
あたしが振り返ると道のあちこちから声が上がっている。
変装した半蔵さんがあからさまにあやしい動きをしていたから、隣にいた女騎士はそれに釣られると、「御用だ」と叫んで駆け出してしまった。
「八兵衛、今のうちだ。来い」
あたしの袖を掴んだ晶さんは掏摸騒動のどさくさに紛れて花巻城下の北へと歩いていく。
奥州海道を北へ向かって歩く晶さんは無言だった。
宿場の北を流れる瀬川のあたりまで来た時に、先ほど追い越した二人連れの武士と鉢合わせとなる。
「大石どの」
晶さんが年長の武士に話しかけた。
声をかけられた侍が晶さんに目を向ける。
「これは中川殿、このような場所で奇遇ですなぁ」
晶さんに「大石どの」と呼ばれた武士は笑顔を浮かべているけれど、その目は笑ってはいなかった。
「中川殿、こちらの御仁は?」
大石殿が晶さんの隣にいるあたしを見て問う。
「こちらはわたしの従者で弟子の石田八兵衛」
「というと、もしや御家老様の」
「うむ。杉山様の縁者だ」
「そうでしたか……」
大石どのは納得した表情を作って云った。
「八兵衛、紹介しておこう。こちらは大石五左衛門どの。今は出家して大石無人と名乗っておられる」
「この方が赤穂の大石殿御縁者の……」
そう云いながらあたしが見た大石無人殿の姿は齢70になろうかというご老人だった。
演歌歌手、三波春夫の歌謡浪曲「俵星玄蕃」のモデルではないかと言う人もいる、大石無人とはこの人か……
「石田八兵衛多也と云います」
今後のこともあるから諱も含めて名乗る。
「拙者は大石無人。こちらは倅の三平となります」
あたし達がお互いに会釈をするのを待ってから晶さんが口を開いた。
「このような所で大石どのにお会いするとは思いませんでしたな」
「某も齢七十を超えて、いつお迎えが来てもおかしくない歳になりました。
それで今生の名残に倅三平の案内で遊山旅に出ようと思いましてな」
「そうでしたか」
「ええ、お蔭様で家督を継いだ倅の郷右衛門は殿の御用人に引き立てられてお勤めに励んでおります。
そのようなわけで、隠居した私としても何の気兼ねもなしに倅と二人で遊山旅に出られるというものです」
大石無人どのはにこやかな笑みを浮かべている。
でもどうしてだか、あたしには心の底から笑ってはいないように感じられた。
……そして、あたしは唐突に気付いた。
いえ、気付いてしまった。
この人は人間なんだ。
教科書の上に載ってる、歴史の駒なんかじゃない。
考えてみれば当たり前のことなのに、その当たり前のことに今ごろになってから辿り着いた。
これでは、人を統計数字として見ているのと変わらない。
歴史の駒であれば、単なる駒だから、駒としての動きしかしない。いえ、できない。
でも、この人達も人間なんだ。
駒じゃない。
……晶さん達エルフ種族やあたしによる歴史への介入に加え、更には魔法という要素が加わっていなければ、
歴史はビデオテープを再生するのと同じように、前回の歴史と全く同じ軌跡を描くだろうという考えは捨てた方がいい。
どういうわけだかそんな気が湧き起こってきて仕方がない。
――過去は存在しない。
――未来も存在しない。
――『今』だけが常にある。
――常にある『今』、これを常今と謂う。
近いような遠いような、過去でも未来でもない何処かから、そう語り続ける、老若男女のどれとも取れる、誰でもない誰かの声をその時あたしは聞いたようにあたしは感じた。




