8、八兵衛、盛岡の新山舟橋に驚く。
文中で街道ではなく海道と書いているのは当時の表記に準拠したからです。
海道も街道も同音で東海道が最大の幹線なせいか、元禄年間あたりまでは「街道」よりも「海道」表記の方が多かったとか。
なので、奥州海道や日光海道と書かれたものだと。
次回は正午更新。
翌朝、夜明け前にあたしは晶さんに叩き起こされた。
寝ぼけ眼で少しぼーっとしていると洗面を済ませてくるように云われる。
庭先の井戸に向かうとちょうど起きだしてきたばかりと思われる女騎士と鉢合わせした。
軽く挨拶をして洗面を済ませると顔を拭いた手拭を小さく畳んで頭の上に乗せてみる。
起きがけで眠気の取れないまま、畳縁で待っていた晶さんの前に座った。
蘭さんも牛若さんも晶さんの傍にいる。
「おはよう、八兵衛」
「おはようございます」
言いながらあたしはあくびを噛み殺す。
「眠気が取れぬか」
「はい。まだちょっと眠いです」
「ならばそれはそれでちょうどいい」
晶さんの問いかけに寝ぼけ眼で答えたあたしに彼女が柔らかな表情を向けて云った。
このやりとりの間に女騎士もやって来てあたしの隣に座る。
あたしは頭の上の手拭を取って脇に置いて、晶さんの言葉を待つ。
彼女は上って来た朝日が部屋の中へと差し込み始めるのを待ってから話し始めた。
「この修行は暗い場所では決してしてはならぬ。必ず、明るい陽の差す場所でのみ、するように。
さもなくばおかしなものが憑ってきてとんでもないことになってもおかしくはない」
「おかしなもの……って?」
「亡霊だ」
眉一つ動かすことなく晶さんは淡々と告げる。
「それって危険なんじゃ……」
「それは当然のことであろう。
『言』の力はそれほどに強い。
萬の物これに由りて成り、之に由らで成らざるは無し――
そのようなものを扱うことが生易しいものであるはずがないから、それについては心せよ」
そう云うと晶さんは端座瞑目合掌し、あたし達もそれに続く。
晶さんの祝詞詠唱がはじまった。
結局のところ、あたしは寝ぼけたまま半覚醒状態で修行を行った。
「わたしが先導をしているからそれでもいい。否、それもまた善し」
そんな感じで晶さんが気にする必要はないと云うから、あたしもそのことについては放念しておくことにした。
ただ、身体が燃えるように熱くなるのだけはどうしようもなかったけど、そんな感じで朝の魔法修行を終えて朝餉を済ませ、旅装を調える。
「では、母上。行って参ります」
「殿より拝命した大切な御役目。きちんと果たすのですよ」
「はい」
真紅の南蛮胴とマントを着込んだ女騎士が母親に出立の挨拶をして頭を下げた。
あたし達もそれぞれに頭を下げてお礼を述べたけど、その間、母親の隣にいた十歳くらいの男の子があたしをじっと睨んでいた。
家人たちに見送られて女騎士の屋敷を出て盛岡の城下を南へと下る。
城下の町並には夜明けと共に動き出した町の息吹があふれていた。
「昨晩は世話になった。一宿一飯の恩義ともいう。礼を云っておこう」
「御役目で津軽者を見届けているだけのことゆえ、礼には及ばんぞ」
「うむ。まぁ、何やら八兵衛は弟御に睨まれておったようだがな」
そう云って晶さんがあたしを見た。
「すまない。弟の新之助は幼い砌に私が少々甘えさせてしまった所があってな……」
「それで八兵衛に大好きな姉上を取られたような心持ちになったというところであるか」
女騎士の釈明に晶さんが茶々を入れて茶化す。
「弟の不調法、弟に成り代わってお詫びする。後できつく云っておくゆえ」
「まあ、よい。『津軽男に南部女』なる諺もあるし仕方なかろう」
晶さんの言葉に南部の女騎士が固まる。
『津軽男に南部女』と謂う諺が意味するところは何かというと、
気の荒い津軽の男と穏やかな気性の南部女が結婚して夫婦になれば、津軽男は大らかな南部女の掌の上で転がされるので結婚生活が上手くいくということを言い表している。
この諺が含意しているところのもう一つの意味に敢えて言及すれば、南部男が気性の荒い津軽の女と夫婦になるといつも衝突してばっかりいるから結婚生活が上手く成り立たないということだ。
あたしが見るところ、総じて豪雪地帯の人間は気性が荒い。
より正確に言うならば、豪雪地帯の人間は冬になると気性が荒くなる。
長野のスキーバスに乗ってて見たことがある話をすれば、地元バス会社の運ちゃんが、雪道をトロトロ走ってる東京ナンバーの自家用車にキレてその自家用車のドライバーと雪道の路上で殴り合いの喧嘩を始めたことがあった。
公共交通の担い手である地元バス会社のドライバーの心情としては仕方ないところがあるとは思う。
雪道の運転は雪道の運転スキルがないと早く走れないから、雪の無い地域のドライバーが雪道を運転するのは、豪雪地帯で経験値を積んできた地元熟練ドライバーからすれば、仮免で公道を走っているようにしか感じられないだろう。
ぶっちゃけ、バス会社の運ちゃんからすれば「自家用車で来ないでウチのバスに乗れよ!」って言いたい気分じゃないかって。
首都圏の素人ドライバーのせいで長い雪道渋滞が起きて運行予定が滅茶苦茶になる。
自家用車と違ってバスダイヤは公共交通機関だから、大幅な遅延は基本的にはないものとして設定されている。
そういうわけで雪国の職業ドライバーは冬になると気が立ってくる傾向があるのは否定できない。
実際あたしが見た限りでも、春になって雪解けの時期になると、冬の間中はずっと殺気だってた運ちゃん達がいきなり温和になっていたし。
結局のところ、豪雪地帯の人間にとっては、人の居住圏内に降る雪は余計なものでしかないんだと実感する。
冬の日本海側なんて春先までずっと雪雲が空を覆っていて、延々と曇り空で晴れの日は少ない。
日に当たらないと人間は精神がおかしくなるというけどそれもあながち的外れではないと思う。
雪の降らない地域の人には信じられないことかもしれないけど、雪国の冬の夜の闇は白い。
普通は夜の暗闇は黒いというのが通り相場なんだろうけど雪国の冬の宵闇は違う。
特に大雪の降る夜はひどい。
道路脇には人の背の高さを越える真っ白い雪が除雪で積み上げられていて、足元の地面も踏み固められた圧雪で真っ白。
上を見れば低く垂れ込めた真っ白な鼠色の雲から真っ白い雪がドカドカと降りしきっていて、前を向いても後ろを向いても白い雪のカーテンが帳を下ろしている。
まるで人工降雪設備のある、映画撮影用の巨大な屋内スタジオに閉じ込められたかのよう……
さもなければハリウッド映画に出てくる精神病院の独房のような感じだった。
目から入ってくる視覚情報の『白』が頭の中を白く染め上げたら、誰でも発狂しそうになると思う。
雪国に住まう者は、冬の、雪の中では、堅く心を閉ざしておかなければいけない。
――心が狂わないために。
だからたぶん、豪雪地帯の人間の気の荒さは季節性の精神病みたいなものなんだろう。
そして、津軽の春は譬ようも無いほどに美しい。
エミリー・ブロンテが嵐が丘――Wuthering Heightsの舞台とした、ハワースの冬から春への鮮烈な変化についてほとんど同じように評した批評家がいるように。
あの、冬から春へと至る解放感は、冬の間中ずっと雪の中に閉じ込められてきた地元民にしかおそらくは実感としてはわからないかもしれない。
とりあえず話を戻しておくと、晶さんと女騎士の諺についての掛け合いを聞きながらあたし達は歩いた。
旅籠が立ち並ぶ石町の通りの突き当たりは枡形になっていて、そこの惣門前には盛岡の豪商、木津屋が店を構えている。
惣門を抜けてそのまま歩いたあたし達は盛岡城下町の南の入り口にあたる新山にたどり着く。
新山は北上川に面した川港だった。
「この新山は北上川舟運の起点で、奥州海道の要でもある」
女騎士の解説を耳にしながら川面に目を向けると北上川の川面に浮かぶ舟の上に板を渡して作った橋が架かっているのが目に入った。
この橋の名前は新山舟橋。
「天和2年(1682年)にこの橋は架けられた。大船18艘、中船2艘を九戸の鉄で作った鎖で両岸に固定してある」
聞けば長さ二間半から三間の木の板294枚を舟の上に敷いて人馬の行き交いを可能にしているという。
「では、私達も渡るとしようか」
「うむ」
女騎士の先導で南部家の物留御番所を横に見ながら舟橋を渡る。
舟橋には欄干なんてものはなかったから、揺れる水面を見てちょっと足がすくんだ。
自然、歩みが遅くなる。
「怖い?」
「ちょっと」
蘭さんの問い掛けに答えて恐る恐る舟橋を渡る。
川の中洲で一息ついて気持ち的にはなんとか渡り切った。
渡り終えて息をつく。
「城下のすぐそばなのになんで橋を架けないんだろう」
「幾度かは架けてみたのだが、川が大水になるたびに橋が流れてな。それで舟橋に切り替えたのだ」
あたしの疑問に女騎士が答える。
今度弘前に戻ったら、ご先祖様に竹筋コンクリートのことを話しておこうかな?
領内の兵站線が切れたら大変だし。
そんなことを考えつつあたしは北上川の河岸段丘を登った。




