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ダークエルフ忍法帖~津軽弘前女騎士始末~迫る氷河期ぶっ飛ばせ  作者: 上梓あき
第一部 八兵衛、江戸時代に巻き込まれる。
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20、八兵衛、潜む。



隠れアジトを出たあたし達は蓬莱橋を渡って土手町の筋を南東に下っていった。

日没を過ぎた土手町筋は店じまいをした商家が数多くあり、宿を求める旅人以外の姿をほとんど見かけない。

人通りの疎らな道を半蔵さんを先頭にして走る。

半蔵さんが手に持った御用提灯を見てぎょっとしている人もいた。

駆け足で進むあたし達は猫右衛門町(ねこえもんちょう)で東に折れて走り、新里村(にさとむら)に至った。

新里村の熊野宮社殿で小休止に入る。

拝殿の中であたし達が筋肉の疲れを取っているところに晶さんが現れた。


「来たか」


あたしが持ってきていた予備の蓑と菅笠(すげがさ)を渡すと晶さんはあっという間にそれらを身に付けた。

みんなが晶さんを見ている。


平川(ひらかわ)の向こう岸にある廃屋になった百姓家(ひゃくしょうや)彼奴(きゃつ)らの隠れ家だ。

 日暮れと共に早々に火を落としたところから見るに夜更け過ぎには逃げる算段だろう。

 遅くとも亥の刻(いのこく)には踏み込むつもりだ。

 ここからの差配はわたしが行う。ご苦労であった。半蔵」


晶さんが半蔵さんに目を向ける。半蔵さんは片膝をついて(こうべ)を垂れた。



空気に湿り気が混じりだす。

肌に纏わりついた湿気のせいか微熱を感じて汗ばんだ。

晶さんが近所から徴発した渡し舟で平川を越える。

宵闇の中、月を薄雲が覆い隠していく。だんだんと月明かりが薄れてきた。

半蔵さんが櫓を漕ぐ、晶さんは舳先(へさき)にしゃがみ込んでいる。

あたしは言いつけどおり晶さんの背後にいた。


水面を揺らす櫂の音だけが聞こえる。

誰も物音を発しない。

湿気が強くなる。

対岸では南部の女騎士が待っていた。


舟を女騎士の近くに寄せる。

晶さんを先頭に舳先から順繰りに下りた。


「どうだ、何かあったか」


「私の見ていた間は何もない」


「では手筈どおりに」


「うむ」


走り出した女騎士は闇に溶けて消えた。

彼女を見送った晶さんの指図が飛ぶ。


「この先の林に身を伏せる」


晶さんは200メートル先のヒバ林を指差した。気配を悟られぬため、少人数のグループに分かれて順に移動する。

夜中の曇り空で辺りは暗い。あたしの歩みはどうしても慎重になりすぎてしまう。


「八兵衛。掴まるがよい」


転んで怪我をするのが怖いから、前を歩く晶さんが差し出してきた手を躊躇なく握る。

女の手の割には温かいなどという益体もない考えが浮かんだ。


「足元に気をつけろ。お前の右足の先に石が露頭している」


晶さんが小声でガイドをする。指示に従っておっかなびっくり歩いた。

川原を抜けると晶さんの手が離れた。

吹き抜けたそよ風が手に肌寒さを感じさせる。

ヒバ林に入ると最後のブリーフィングが始まった。


「北側は南部の間盗役(かんとうやく)が押さえる。向こうへの指図はわたしが行う。

 我らは南側から踏み込むが、捕らえる必要はない。

 息のある者は一人あれば十分ゆえ後は斬り捨てても構わぬ。

 踏み込む合図はいつも通りにわたしの魔法だ」


全員が理解したことを確認すると晶さんは傍らの木に身を預けた。木の目通し(めどうし)直径は1メートル近い。

晶さんがあたしに手招きをした。木の背後に寄りかかって待機する。


「一度座ってしまうと身体はすぐには動けるようにならない。

 なのでこうして立ったまま待つのだ」


肩を寄せ合って待機していると右肩から晶さんの声がかかる。

湿気が服に染込んでいく。

やがて雨が降り出した。



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