1861年6月13日、ミズーリ州ジェファーソンシティ郊外の荒野。夕。
1861年6月13日、ミズーリ州ジェファーソンシティ郊外の荒野。夕刻。
あたしは空き缶の中で茹で上がったジャガイモにフォークを突き刺した。
そのまま持ち上げると缶の中に溶けたラードが滴り落ちる。
鼻に近づけるとジャガイモから豚肉特有の臭いが漂ってくるもんだから、あたしは遠い昔に食べたとんこつラーメンの臭いを思い出してしまった。
缶の中を見ると溶けて液状になったラードの底に砂粒がいくつも溜まっている。
あたしがジャガイモを口に入れて噛んだら、口の中からじゃりっと砂を噛む音がした。
味気ない食事だ。
西部開拓時代の格好をして荒野で食べる食事といえば聞こえはいいけど実際のところはこれ。
噛むたびに口の中で砂が歯とじゃりじゃりと音を立ててこすれる。
最初の一噛みで、外国人が勝手に抱く大西部への郷愁などはあっという間に消えてなくなった。
夕暮れ迫る大地の上で思い出す。
セントルイスまで牛を売りに行く途中だったカウボーイが云うには、これが俺たちの食事なのだと。
そう云って彼は口を開けて笑う。
彼の口の中を見ると歯が砂で削られて獣の牙のように鋭く尖っていた。
「毎日、荒野でジャガイモをラードで茹でて喰っていると誰でもこうなる」
彼らカウボーイが言うところの「ワイルド、ワイルドウェスト」と日本との環境の違いには肩をすくめる他ない。
そんな会話を一週間前に荒れ野の中でしたのを思い出した。
150年ほど前からあたしの嫁になった晶が夕陽を背にしてコロンビア・ミズーリ・ステイツマンを読みふけっている。
これはミズーリ川を渡渉して騎乗偵察に出ていた蘭さんがミズーリ州コロンビアから持ち帰ったものだ。馬は泳げる。
晶は週刊紙の紙面に目を通しては「うん、うん」と唸っている。
何か気になることでもあるのかと思い、彼女を見ていると、あたしの視線に気が付いたのか、ようやく新聞の紙面から顔を上げた。
「はっちゃん、トーマス・アームストロング・モリス准将の北軍部隊が6月2日にバージニア州フィルーピーの手前で全滅したって。
雨中での夜間行軍中に南軍部隊の埋伏を受けて最後には四分五裂して撤退したと書いてあるわ」
「流石は薩摩オークってところね」
「そうね。
この戦争に横槍を入れるためだけに連れてきたほどのことはあるわ」
「半蔵さんの情報によれば州知事のクレイボーン・フォックス・ジャクソンとミズーリ州防衛軍司令官のスターリング・"オールド・パップ"・プライスはジェファーソン市を捨ててブーンヴィルへ今朝方後退したらしい。
ナサニエル・ライアン准将の北軍部隊が明日にもここまでやってくる」
「ではわたしたちはライアン軍の後方を撹乱するという方向でいくのね?」
「うん。ステイツみたいなチート国家はいらない。
日米戦争が終わって70年も経ってからようやっと、
あれが民主主義国家同士の総力戦だったと気付くような、
脳みそまで筋肉で出来ている国があることは迷惑でしかないから」
そのためにわざわざ幕閣の枢要を占める田沼派に工作して御公儀や各大名家から忍者、隠密を抽出してもらったんだから結果を出さないわけにはいかない。
連れて来たのはエルフだけだから、「耳」にさえ気付かれなけりゃ白人社会の中に紛れ込める。
勝負所で北軍の背後から一突きすればいい。
ドローゲームの連続でなし崩し的にアメリカ連合国の成立が既成事実化するまで引っ張っていく。
「……」
晶は何やら浮かない顔だ。奴隷の存在が気に入らないらしい。
奴隷制の存在する南部の支援をすることにどうやら納得がいっていないみたいな雰囲気を漂わせている。
「晶は納得していないようね」
晶はあたしの発言に不承不承頷いてみせる。
「南部が勝とうが北部が勝とうが、どの道、南部の奴隷制は消えてなくなる。
これは世界史的な潮流だから抗いようがないわ」
あたしの言葉に晶が驚いたような表情をして、あたしを凝視した。
これは別におかしな話でも何でもない。
あのアドルフ・ヒットラーですら、「アメリカ南部における奴隷制の消滅は文明の進歩発展が導いた歴史的必然」と断言しているくらいだから。
「だから南部が勝っても奴隷制の消滅は遅かれ早かれ起きる。
それに北部の奴隷制廃止だってべつに善意と良心だけによるものではなく計算づくのもの。
北部が勝ったところで新大陸が黒人奴隷にとっての極楽浄土になるわけじゃない」
エルフとしての倫理観とのせめぎ合いの中で晶は嫌々ながらも同意した。
Columbia Missouri statesmanはミズーリ州ブーン郡コロンビアで発行されていた週刊新聞でした。
http://chroniclingamerica.loc.gov/lccn/sn83016972/
カウボーイが熱したラードに皮付きのジャガイモを突っ込んでボイルしてそのまま食べていたという話と
砂で歯が削れてカウボーイの歯は肉食獣の牙のように鋭く尖っているという話は、
故ミッキー安川氏が風来坊よろしくアメリカ南部各州あっちこっちにある州立大学に在学していた当時の体験談。