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ダークエルフ忍法帖~津軽弘前女騎士始末~迫る氷河期ぶっ飛ばせ  作者: 上梓あき
第一部 八兵衛、江戸時代に巻き込まれる。
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11、八兵衛とご先祖様、津軽と吉良と赤穂の三角関係で悩む。(中)

ここで描かれた、津軽、吉良、赤穂を巡る関係についての記述は史実どおりです。



「八兵衛を呼んだのには幾つかある」


顔を上げたあたしにご先祖様が話しかける。


「お主の言っていた農工方(のうこうがた)だが、殿のお許しを得た。

 城内に田畑苗圃(でんぱたびょうほ)を設けてお主の言っていた作物の植え付けをこの春から行う」


あたしはほっと胸をなでおろした。

種芋と違ってじゃがいもの種子を採取しておけば長期保存が利くから公儀との交渉が長引いても時間が稼げる。

にんじん、たまねぎもじゃがいもと同様だ。ニガヨモギはご先祖様が鉢植えにして育てている。

じゃがいもの果実(漿果、ベリー、berry)はミニトマト程度の大きさで、黄色く熟したものがアルカロイド毒が少なく、果物として食べられる。

兎に角(とにかく)、これで持ってきたものを腐らせる心配をせずに済んだ。

細かな栽培方法についての打ち合わせは農工方取締役になる人とあたしが直接話し合うことにはなったが。


「今一つは赤穂浅野家についてだが、同じ山鹿流門下で親交のあった浅野内匠頭殿のことでは殿が心を痛めておられる」


津軽家の立場は微妙だ。

津軽本家には赤穂浅野家とのつながりがあり、赤穂藩筆頭家老大石内蔵助良雄様の従弟である大石郷右衛門良麿おおいしごうえもんよしまろ殿がこの頃の津軽家用人を勤めていたのに対して、黒石分家(幕府旗本)当主である津軽釆女正政兕つがるうねめのしょうまさたけ様の亡き妻の実父が吉良上野介殿だった。

津軽本家の家臣大石五左衛門良総おおいしござえもんよしふさ(大石郷右衛門良麿の実父で又の名を大石無人(おおいしむじん)とも)殿は大石内蔵助殿御縁者として赤穂浪士への資金援助をおこなっただけではなく、吉良家の動向を探って討ち入りにも参加しようとしたがこれは周囲の説得により断念。その代りに討ち入りでは吉良邸外の見張りを次男大石良穀殿共々行っている。

これに対して黒石分家は幕府の外様旗本である釆女正様の義父が吉良上野介殿であったことから討ち入りを知ると、

当主自ら(みずから)手勢を引き連れ吉良邸に急行、討たれた義父上野介殿の御遺体を発見したという。

亡き妻の父へのこうした振る舞いから鑑みる(かんがみる)に釆女正様は上野介殿を実父のように慕っていたんだろう。

黒石津軽家と津軽本家から追っ手がかかるものと警戒した討ち入り後の赤穂浪士が最短ではない経路をかなりの早足で歩いて泉岳寺へ辿り着いていることからも黒石津軽家と吉良家の付き合いの深さが伺える。


「用人の大石殿らは赤穂の浪士達を助けましょう。

 殿をはじめとして心情的には山鹿流同門である浅野家に肩入れする心持ちなのは致し方ないのですが。」


続けてあたしは言う。


「吉良殿は高家肝煎(こうけきもいり)職のお役御免を願い出られます。その後、吉良殿は屋敷換えとなって本所へ」


「それは厄介なことになる」


ご先祖様がそう思うのも無理はない。

もともと本所は徳川御公儀より開発の命を受けた津軽家が町割りをはじめとして自費で都市開発を行った土地であり、その経緯もあってか幕命による配置転換で津軽家の江戸上屋敷、中屋敷、下屋敷が本所の一角、墨田区立緑図書館の周辺に集中している。

そんな本所に吉良邸が移ってくるという。吉良邸跡地は後の墨田区立本所松坂町公園。

しかも吉良邸の東南東、直線距離で2キロ圏内には黒石津軽家の江戸屋敷がある。

あえて邪推すれば何やら罠のような感じがしないでもないけど、土芥寇讎記(どかいこうしゅうき)のような書物がある以上、油断はならない。

土芥寇讎記(どかいこうしゅうき)は徳川の公儀隠密が各大名家に入り込んで内情を辛辣に暴露したとされている怪文書で、赤穂浅野家や津軽家についてのレポートも収められているという代物。


「まったくです」


本所で騒乱が起きたなら、あわよくばそれを口実に津軽も取り潰してしまおうとの意図が見え隠れしているようにも感じられてならない。



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