3、八兵衛、ご先祖様と密会する。
夜――、出された夕餉を食べ終わった頃を見計らって中川様が現れた。
「とあるお方がそなたと話がしたいとの仰せである。お忍びではあるが、粗相の無いようにせよ」
そう言って中川様は開いた襖の向こうに礼をする。
入ってきた大身のお侍はあたしの対面に端座すると山岡頭巾を脱いだ。
「家老の杉山成武じゃ。ああ、そう畏まらんでもいい」
ご先祖様を前にして平伏するあたしの顔を上げさせ、莞爾として笑う。
「にわかには信じられぬことではあるが、小隼人によれば我が子孫とのこと。会ってみたくもなろうとなろうというもの」
「なれど津軽家老職にある者としては鵜呑みにも出来ぬ。何か子孫であることの証となるものはないかのう?」
あたしは座りなおした。
「物では御座いませぬが、後世の者として知っていることを御披露させて頂くことはできると思います」
ご先祖様が鷹揚に頷いたのであたしは中川様に今日の年月日を聞いた。
「今日は元禄14年3月13日であるな」
あたしは雷に打たれたように一瞬、硬直した。
今、ここだ!と一つの考えがあたしの脳裏を電撃のように走る。
勝負所だと自覚したあたしは思わず唾を飲み込んだ。
「ご先祖様。いえ、御家老様、申し上げたき儀が御座います。
明日、元禄14年3月14日巳の下刻、江戸城松之大廊下において赤穂浅野内匠頭様が御刃傷。
お相手は高家筆頭吉良上野介様。
激怒なされた上様の命により内匠頭様は即日切腹、赤穂浅野家は改易となりまする」
平伏して告げるあたしに御家老様は絶句する。
「なんと……」中川様も言葉がない。
「吉良殿はどうなる」
「お咎めなし。に御座います」
「して、その後は?」
「それに関しては今この者から聞いても詮無きことかと。
吉良様は黒石分家、交代寄合旗本采女正様のお義父上ですので我が本家にも使いの者から知らせが入ると思います」
咄嗟に考えを巡らした中川様が御家老様に告げる。
「今一つは……」と言いかけてあたしは周りを見渡す。
さすがにこれはまずいだろうと思った。
明治になるまで津軽家が守り通した秘密。
それを今から明かす。これはこの当時の津軽家中の者のうち、誰もが知らなかったこと。
「中川様、お人払いを……」
渋るかと思ったがすぐに了承された。
こんなひょろひょろの若旦那風、大したことは出来まい。ってことだと思う。
「ご先祖様、お耳を拝借いたします」
興味深そうにやりとりを見ているご先祖様に近づいて耳元でごにょごにょと。
そうしたらご先祖様は座布団から飛び上がって驚いたのなんの。
「なんと!……なんと!!……なんと!!!
その様な事がッ……」」
感涙に咽びながらお城の方を向いて土下座。土下座。ただただ土下座。最後の方は声も出ずに泣いております。
「何が……」
中川様は訳も分からずあたしとご先祖様を見て絶句。
詳しいことは御家老様に聞いて下さいといったら不承不承ながら納得して下さいました。
その後、御家老様に耳打ちされた中川様はぎょっとした顔をしてしばらく息を止めておられました。
はっきり言って、窒息するんじゃないかと思った。