2、八兵衛、早道之者のダークエルフ少女に一目惚れをする。
早道之者の隠れ家は本町坂の途中にある大きな百姓家だった。
周囲を樹木などに囲われて外からでは全容を窺い知る事は出来ない。
アジトは典型的な忍者屋敷で壁の一部が隠し扉になっていて、奥の隠し部屋から屋根上の見張り小屋に出られる造りだった。
入り口をくぐると囲炉裏に薪ををくべていたエルフの少女がいた。彼女の背中で金髪の三つ編みがふわふわと揺れている。
天然物の金髪は養殖モノの染めた色合いの汚さと違い、光の加減で微妙なグラデーションができる。
女の子があたし達に振り返る。
少女の動きに合わせて三つ編みの上でグラデーションが動いた。
彼女を一目見た瞬間、あたしの中ですべてが上書きされた。
……一目惚れだった。
一目惚れといってもべつに目で見たから心惹かれたわけじゃない。
少女の容貌など目に入らなかった。彼女の放つ凛とした雰囲気に引き寄せられた。
それは彼女が放つ「匂い」と譬えてもいいのかもしれない。
もしも来世で女に生まれ変わることがあったなら、彼女のような雰囲気の女性になりたいと思った。
彼女の傍にいて女としての生き方を男の立場から学びたい。強くそう願う。
あたしは呆然としていた。
「父上」
少女が声を掛けると中川様は何やら微妙な顔をして頷く。
少女は何も言わずに頭を下げて外に出て行った。
座敷牢に入れられたあたしは縄を解かれて一息ついた。
対面に中川様が座る。
「その方、名を何と申す」
「はい。あたしの名は石田八兵衛と言います」
目を剥いた中川様はあたしを怒鳴りつけた。
「偽り事を申すな!
御家老の縁者を名乗るとは如何なる事か!
事と次第によってはただでは済まぬぞ!」
思わずあたしは土下座をする。
「嘘では御座いませぬ!」
あたしが先祖の累代を述べると中川様は渋面を作る。
「その方の言い分はそれなりに辻褄が合ってはおる。
合ってはおるがその口調、どう見ても武門の出の者とは思えぬな……」
「この口調は大学の落研で身に付いたものに御座います」
「落研とは何ぞや?」
「落とし噺の稽古をする集まりに御座います。
落とし噺とは戦国の頃に坊主が辻説法を面白おかしく行って民百姓を教化したのが始まりとなっております」
「そうか、その方、落とし噺とやらが出来るのが。ならばやってみせい」
そう言って中川様はあたしを見る。
脇に控えていた配下の者達が疑義の声を上げた。
「これも詮議のうちじゃ。皆も注意を怠るなよ」
言われたダークエルフの男達があたしを見る。学祭で高座の経験はあるから上がらずに済んだ。
「では扇子を一つお貸し下さりたく……」
「何に使う?」
「噺の小道具にて……」
中川様は懐から扇子を取り出した。
「お借りいたします」
受け取った扇子をぱちんと鳴らす。
「では、上方落語で親子酒から……」
受けた。
娯楽の少ない時代というのもあるかもしれないけど、受けた。
親子という普遍的な題目が主眼の親子酒で客の心を掴み、禁酒番屋で沸かせた。初音の鼓を〆にする。
「お主の芸が本物であることはわかった」
「では」
「まあ、待て。芸が本物であることと間者であるか否かはまた別のこと」
「そうですか……」
あたしが落胆していると中川様の後ろの襖が開いて使い番の人が何やら耳打ちをしてくる。
中川様は使い番の言葉にうむと唸り、相判ったと下がらせた。
あとで聞いたところによると殿様が百沢寺(現、岩木山神社)の下居宮に参拝された際に巫女の一人が神憑りとなり言が下されたそうで、同行していた百沢寺別当が審神者を勤められたとか。
「我が庭で風体異様、見慣れぬ持ち物の者が先ほど捕らえられたが、この者を害してはならぬ。手篤くせよ」との岩木山大神の神告に従い、手の者どもを調べたところ、あたしの存在が引っかかったと。
当座、いきなりばっさりの可能性はなくなったと一息つく。
「暫し待たれよ」と告げられてあたしは座敷牢で待つことになった。
ごろんと横になる。
寝た。




