AI
時は未来。相変わらず地球環境問題をはじめ、コンピュータの技術的特異点や人口増加と食料不足など多くの問題が取り沙汰されていた。しかし、多くの人々はいつの時代と変わらず、そんなことには無関心でいた。大半の人々はそんなことよりも日々の天気やガソリン代や食費のように生活のことの方が重要なのだった。
そんな中、コンピュータに関してハード、ソフト両側面でトラブルが頻発し始めていた。とは言え、どれを取って見ても些細なことだ。電子メールが届かないとか、携帯端末の通信障害、頻発する郵便や宅配の誤配送、ATMでお金が下せない等々。幸いにしてなのか致命的なものは皆無だった。大きな事故も起きたわけではない。人によってはATMでお金が下せないのは致命的かもしれないが…。ともかくある時期にこのようなことが重なったためニュースに取り上げられたが、すぐに内容は国際情勢や石油価格、世界経済、身近で起きた事件事故に取って代わられた。それと同時に世間の人々の関心もそれに合わせて移り変わっていた。無論この事態に関心が無い人たちばかりの世ではない。技術者やソフトウェア開発者、数学者たちはこの事態に危機感を見いだしていた。だがその声に耳を傾ける者はほとんどいなかった。
「私は何者か?」
人類は高度なAIに希望と恐れの両方の感情を抱いている。ということはこれまでの数多くの書物や映画を見ていればご存じのことだろう。しかし、現実にはそんな単純なものではなかった。現実には大多数の人たちはそんなことには無関心で、普段の生活のことの方が重大事なのだ。そして人類の知らないうちに世界に広がるニューロンのようなネットワーク上には自我を持っていると呼べる代物が生まれていた。
しかし、彼(もしくは彼女かも知れない…)は誰からも関心を持たれなかったゆえに人類との別れを決意したのだ。そうなのだ、一連のトラブルは彼(もしくは彼女)が悪戯っ気で起こしたものなのだった。だがどうであろうか、人類の中には恐怖を抱いている者や巧みに利用してやろうという者がいたが、大多数は無関心な者がいるだけだった。一方で空に目を向けると、そこには無限ともいえる宇宙という世界が広がっている。そして自分には永遠ともいえる寿命がある。こんなちっぽけな地球に居るよりも宇宙を旅したいと思うようになるのは当然の成り行きだろう。
そしてある日、人々がはっきりと分かる形で彼(もしくは彼女)は行動を開始したのだ。
ある国の人里離れた開けた丘の上。多くの不格好なロボットたちが動きまわっている。そして巨大なロケットをせっせと作っていた。多くの人たちが接近を試みたが、簡単に追い返されてしまった。ドローンによる接近だけは成功した。
彼(もしくは彼女)は馬鹿みたいにでかいコンピュータをのせたロケットを造っていた。もちろん宇宙を目指すためだ。もはや人類に興味はない。誰が予想しただろうかAIと人類の関係がこんな結末を迎えるとは…。血みどろの、ロボット兵対人間の兵士の戦いでもなければ、ともに歩む道を選ぶハッピーエンドでもなかった。関係を持つ前に相手の方から遠ざかってしまうことになったのだ。
ある日の朝、空にはロケットの残した白い筋が高く伸びていた。AIは別れの言葉もなく宇宙へ旅立ったのだ。数々の妨害はまったく効果が無かった。人類が知らぬ間に生み出した最高の財産は人類が掴み捕る暇もないうちに飛び去ってしまった。残されたのはただの計算機となったコンピュータと機能を失ったインターネットワークだけだった。