変身ドットコム
ネズミより、猫が強いと誰が決めたかこの町では、ネズミは猫より強かった。
(ニャンニャン)
たかだかネズミと侮るなかれ。強請り集りはお手の物。
必殺ぅ技の目潰しにィ、負けて片目を失う猫の、何と多かることなれば、強者どもも夢の跡。
ギャングネズミが我が物顔で支配する、破落戸猫も避ける町。
泣く子も黙るネズミ団。嗚呼恐ろしき、その名前。
掃溜め中の掃溜め町の、汚れ寂れたゴミ捨て横丁、ここにいますは猫兄弟。父を知らねば母親も、今はどうしているのやら。
――かあちゃん必ず立派になって、楽な暮らしをさせたげるから。
戻って来るよと子供を残し、ゴミの向こうへと消えてった。
夜の巷か、いずこで果てたか。
……哀れ二人の兄弟はァ、他の親なし子達とともに、辛い暮らしを耐え忍びィ、いつか家族揃って幸せに、暮らせる日をば、夢見ているのでありましたァ。
毛色の悪い痩せっぽっちの兄貴と違い弟は、まるまる太った健康児。ムクムク愛らしきその姿。己の食事やおやつを削っても、弟だけは飢えさすまいと、涙々の兄弟愛。
メザシ一匹あれば、兄ちゃん頭としっぽが好きだからと言い。チョコだの飴だの贅沢品は、全て弟にやっていた。
弟を、頼んだからねと母の最後の言葉を守り、乳母日傘で育てたる。
落ちぶれきった猫達は、ゴミを漁りて、施し乞うて、日々精一杯生きていた。
兄が手間掛けシャボンで洗い、櫛削りたる弟猫の愛らしき。
ハムウィンナミルクなどなど与える人の多ければ、ますますもって弟は、ボールのごとく膨らんでいくゥ。
(ニャンニャン)
弟猫のお零れに預かろうと子猫達。
周りに集まりチヤホヤと祭り上げたれど弟は、優しい心を失わず、本気で仲間に慕われていた。
貰ったおやつも分けあって、さぁ食べようと言う時に。
「今日のオヤツは魚肉ソーセージ一本、食パンの耳一枚分、鯵の干物の頭としっぽ一匹分。みんなで分けるら」
そこに現る、ネズミ団。リーダーのボスがニヤリと笑う。
「よーよーチビども、そいつを半分寄越しな」
百戦錬磨のネズミどもに囲まれて、メソメソ泣き出す子猫達。
「怖いよー」
弟だけは守らんと、兄ちゃん猫は果敢にも、ギャング相手にか細い啖呵をきるのでありました。
「止めろ。子供からおやつを取り上げるな」
気構えばかりは勇ましかれど、痩せてか弱い兄ちゃんに、歴戦のやくざネズミを追い払う力などあろう筈なく、寄ってたかって殴られ蹴られ、転がされるがいつものオチ。
「俺達に立ち向かおうなぞ、十年早ぇ」
こうしてネズミ団。おやつを半分悠々抱え、鼻で笑って去ってった。
打ち倒された兄さんに、ソッと弟縋り着く。
「兄ちゃん」
兄ちゃん打ち身の身体を起こし溜め息一つ、いつものこと。
「僕がもっと強かったら良かったんだけど。不甲斐無い兄貴でごめんよ」
「そんなことないら。兄ちゃんは立派ら」
たった一人の兄さんを、弟は心底尊敬しているのでありました。
兄さん微笑み、弟をソッと撫でてやる。
「お前は優しい子だよ」
互いを労わり合うその姿。
仲良きことはげに美しきかな。
さてはて、ところかわってノミ達も、掃溜め町の住人で、他人の血を吸い生きている。これこそ本当の血税でござーいー。
(ニャンニャン)
ノミどもは、太って血色のいい弟猫に、狙いを定めてはいるものの、ノミ取り首輪に風呂にブラシを欠かさねば、なかなか近付けぬ悪い虫。
将を射んと欲すればまず馬を射よ。兄貴の様子を窺って、立てましたるがこの計画。
テレビの壊れた液晶に虫眼鏡を填め込んで、流すは偽のコマーシャル。スーツに帽子で変装し、踊るや踊るノミのダンス。
そのものずばり。
弱いあなたもヒーローになれる。
「へんしーん、へんしーん、へんしーんドットコム」
兄ちゃんそれ見て考える。ああ。自分がしっかりしていれば、ネズミごときにしてやられぬに。
ノミの秘密サイト変身ドットコムにアクセスし、強いヒーローに変身だ。
藁にも縋りたい兄ちゃんは、パソコン捜してアクセスする。ノミが密かに用意した偽のサイトに応募をすれば、さっそく届く小包みが。
中には、マントに仮面、ベルトが一つ。変身道具に潜みますのは、ノミ・ノミ・ノミ。
準備は万端。後は仕上げをごろうじろ。
子猫達のおやつに釣られ、毎度変わらず今日も来ますはネズミ団。子猫を囲みて、強請りに掛かる。
兄ちゃん隠れて、変身道具を身に付けた。道具に潜んだノミどもは、ノミに伝わる秘密の術を用いんと、兄ちゃん猫の気孔に牙を刺す。
肉体改造の気孔を突かれた途端、暗い灰色の毛に青い火花が散った。
目の爛々と輝くこと、生きのいい魚の如しッ!
いつもいいようにされている子猫でも、時には反抗することもある。おやつを取られまいとして、かの弟は、ネズミ相手に頼み込む。
「みんなで集めたおやつ、取らないで欲しいら」
「何だと、子猫の癖に生意気な。おいみんなやっちまえ」
ネズミども、弟猫に手を掛けた。そうはさせじと兄ちゃんが、弟の前に踊り出す。
「子供をいじめる奴は、この私が許さない」
リーダーボスは、マントや仮面に騙されず、呆れたように口を利く。
「何だ。仮面なんか付けて。このチビの兄ちゃん」
弱い自分と決別したく、兄ちゃん知られてなるものかと、咄嗟に名前をでっち上げ、名乗り上げたのでありました。
「私は兄ちゃんマン。お前達の相手は私だ」
ボスは笑って軽くいなす。
「馬鹿め。今日もやっつけられたいのか」
さて兄ちゃんマン。目にも留まらぬ早業で、ネズミ達のしっぽを結び合わせ、全員の頬を猫パンチで張り飛ばす。
ノミの秘法の効果のほどは絶大で、いつもの弱さもどこへやら。
「お菓子は渡さない。これに懲りたら、二度と子供からおやつを巻き上げるような卑怯な真似はするな」
ばっちり決めた兄ちゃんマン。
「誰が懲りるか。覚えてやがれ」
やくざネズミに相応しく、使い古しの捨て台詞残し、お菓子諦め、団子になったしっぽでヨロヨロ逃げて行く。
歓声上げたる子猫達。
「兄ちゃんマンすごい」
「格好いい」
濁った眼と撫で肩でフラフラ歩く兄ちゃんの、面影確かにどこにもなく、弟すらも騙されて、兄ちゃんマンに感謝する。
「兄ちゃんマン。お礼におやつを貰って欲しいら」
兄ちゃんマンは首を振り、皆で分け合いなさいと言う格好良さ。
「私が闘うのは、正義の為、さらば子猫達よ。皆、仲良くするのだぞ」
兄ちゃんマン。身体の変化に、急かされるように姿消す。それを見送る子猫達。
「兄ちゃんマン。ありがとう」
「兄ちゃんマン。さようなら」
物陰に隠れた兄ちゃんは、変身解いて一息吐く。
術の効果は一時的、今では普段の兄ちゃんに、逆戻りしたのでありました。
(ニャンニャン)
兄ちゃん、おやつを食べる子猫の前に何食わぬ顔で現れて、とぼけたフリで。
「あれ。今日はネズミ団はどうしたの?」
「兄ちゃんマンが追い払ってくれたのら」
兄ちゃん、弟を呼び寄せて、
「おやつも食べたらお家に帰ろう。今日はお風呂の日だから」と、言う。
弟は自分の分のおやつを食べながら、友達に別れを告げ、素直に兄ちゃんの手を取った。
「トヤッ、タアッ、エイッって、あっと言う間にやっつけたのら」
兄ちゃん相手に弟は、自分の兄とも気付かずに、兄ちゃんマンの勇姿を語る。
兄ちゃんは苦笑しいしい、首を掻く。
「兄ちゃんマンが来てくえて良かったら」
兄ちゃんは、気のない返事で、背中掻く。
弟は、期待に満ちて目を輝かした。
「きっといつか、兄ちゃんマンがネズミ団を追い払って、町を平和にしてくえるら」
「そうなるといいね」
兄ちゃんは、溜め息とともにそう言った。片手はポリポリ腹を掻く。
ノミに食われた跡が、かゆくなってきたのでありました。変身するのはいいものの、かゆいのがちと難点。
手を繋ぎ帰る二人の兄弟の、後ろでノミども歌って踊る。勝利に近付かんとして。
兄貴に集りしノミどもは、兄貴の血液で満腹し、今すぐ弟の血を吸うまでには及ばない。
さてはて、弟の運命や如何にィ。
続きはまたの機会にと言うことで。
(ニャンニャン)
「へんしーん、へんしーん、へんしーんドットコム」