表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

変身ドットコム

 ネズミより、猫が強いと誰が決めたかこの町では、ネズミは猫より強かった。

(ニャンニャン)

 たかだかネズミと侮るなかれ。強請ゆすたかりはお手の物。

 必殺ぅ技の目潰しにィ、負けて片目を失う猫の、何と多かることなれば、強者つわものどもも夢の跡。

 ギャングネズミが我が物顔で支配する、破落戸ごろつき猫も避ける町。

 泣く子も黙るネズミ団。嗚呼ああ恐ろしき、その名前。

 掃溜め中の掃溜め町の、汚れさびれたゴミ捨て横丁、ここにいますは猫兄弟。父を知らねば母親も、今はどうしているのやら。

――かあちゃん必ず立派になって、楽な暮らしをさせたげるから。

 戻って来るよと子供を残し、ゴミの向こうへと消えてった。

 夜のちまたか、いずこで果てたか。

 ……哀れ二人の兄弟はァ、他の親なし子達とともに、辛い暮らしを耐え忍びィ、いつか家族揃って幸せに、暮らせる日をば、夢見ているのでありましたァ。


 毛色の悪い痩せっぽっちの兄貴と違い弟は、まるまる太った健康児。ムクムク愛らしきその姿。己の食事やおやつを削っても、弟だけは飢えさすまいと、涙々の兄弟愛。

 メザシ一匹あれば、兄ちゃん頭としっぽが好きだからと言い。チョコだの飴だの贅沢品は、全て弟にやっていた。

 弟を、頼んだからねと母の最後の言葉を守り、乳母おんば日傘で育てたる。

 落ちぶれきった猫達は、ゴミを漁りて、施し乞うて、日々精一杯生きていた。

 兄が手間掛けシャボンで洗い、櫛削くしけずりたる弟猫の愛らしき。

 ハムウィンナミルクなどなど与える人の多ければ、ますますもって弟は、ボールのごとく膨らんでいくゥ。

(ニャンニャン)

 

 弟猫のお零れに預かろうと子猫達。

 周りに集まりチヤホヤと祭り上げたれど弟は、優しい心を失わず、本気で仲間に慕われていた。

 貰ったおやつも分けあって、さぁ食べようと言う時に。

「今日のオヤツは魚肉ソーセージ一本、食パンの耳一枚分、鯵の干物の頭としっぽ一匹分。みんなで分けるら」

 そこに現る、ネズミ団。リーダーのボス(・・)がニヤリと笑う。

「よーよーチビども、そいつを半分・・寄越しな」

 百戦錬磨のネズミどもに囲まれて、メソメソ泣き出す子猫達。

「怖いよー」

 弟だけは守らんと、兄ちゃん猫は果敢にも、ギャング相手にか細い啖呵たんかをきるのでありました。

「止めろ。子供からおやつを取り上げるな」

 気構えばかりは勇ましかれど、痩せてか弱い兄ちゃんに、歴戦のやくざネズミを追い払う力などあろう筈なく、寄ってたかって殴られ蹴られ、転がされるがいつものオチ。

「俺達に立ち向かおうなぞ、十年早ぇ」

 こうしてネズミ団。おやつを半分悠々抱え、鼻で笑って去ってった。

 

 打ち倒された兄さんに、ソッと弟縋り着く。

「兄ちゃん」

 兄ちゃん打ち身の身体を起こし溜め息一つ、いつものこと。

「僕がもっと強かったら良かったんだけど。不甲斐無ふがいない兄貴でごめんよ」

「そんなことないら。兄ちゃんは立派ら」

 たった一人の兄さんを、弟は心底尊敬しているのでありました。

 兄さん微笑み、弟をソッと撫でてやる。

「お前は優しい子だよ」

 互いをいたわり合うその姿。

 仲良きことはげに美しきかな。

 

 さてはて、ところかわってノミ達も、掃溜め町の住人で、他人の血を吸い生きている。これこそ本当の血税でござーいー。

(ニャンニャン)

 ノミどもは、太って血色のいい弟猫に、狙いを定めてはいるものの、ノミ取り首輪に風呂にブラシを欠かさねば、なかなか近付けぬ悪い虫。

 将を射んと欲すればまず馬を射よ。兄貴の様子を窺って、立てましたるがこの計画。

 テレビの壊れた液晶に虫眼鏡を填め込んで、流すは偽のコマーシャル。スーツに帽子で変装し、踊るや踊るノミのダンス。

 そのものずばり。

 弱いあなたもヒーローになれる。

「へんしーん、へんしーん、へんしーんドットコム」

 兄ちゃんそれ見て考える。ああ。自分がしっかりしていれば、ネズミごときにしてやられぬに。

 ノミの秘密サイト変身ドットコムにアクセスし、強いヒーローに変身だ。

 藁にも縋りたい兄ちゃんは、パソコン捜してアクセスする。ノミが密かに用意した偽のサイトに応募をすれば、さっそく届く小包みが。

 中には、マントに仮面、ベルトが一つ。変身道具に潜みますのは、ノミ・ノミ・ノミ。

 準備は万端。後は仕上げをごろうじろ。

 

 子猫達のおやつに釣られ、毎度変わらず今日も来ますはネズミ団。子猫を囲みて、強請りに掛かる。

 兄ちゃん隠れて、変身道具を身に付けた。道具に潜んだノミどもは、ノミに伝わる秘密の術を用いんと、兄ちゃん猫の気孔きこうに牙を刺す。

 肉体改造の気孔を突かれた途端、暗い灰色の毛に青い火花が散った。

 目の爛々と輝くこと、生きのいい魚の如しッ!


 いつもいいようにされている子猫でも、時には反抗することもある。おやつを取られまいとして、かの弟は、ネズミ相手に頼み込む。

「みんなで集めたおやつ、取らないで欲しいら」

「何だと、子猫の癖に生意気な。おいみんなやっちまえ」

 ネズミども、弟猫に手を掛けた。そうはさせじと兄ちゃんが、弟の前に踊り出す。

「子供をいじめる奴は、この私が許さない」

 リーダーボスは、マントや仮面に騙されず、呆れたように口を利く。

「何だ。仮面なんか付けて。このチビの兄ちゃん」

 弱い自分と決別したく、兄ちゃん知られてなるものかと、咄嗟に名前をでっち上げ、名乗り上げたのでありました。

「私は兄ちゃんマン。お前達の相手は私だ」

 ボスは笑って軽くいなす。

「馬鹿め。今日もやっつけられたいのか」

 さて兄ちゃんマン。目にも留まらぬ早業で、ネズミ達のしっぽを結び合わせ、全員の頬を猫パンチで張り飛ばす。

 ノミの秘法の効果のほどは絶大で、いつもの弱さもどこへやら。

「お菓子は渡さない。これに懲りたら、二度と子供からおやつを巻き上げるような卑怯な真似はするな」

 ばっちり決めた兄ちゃんマン。

「誰が懲りるか。覚えてやがれ」

 やくざネズミに相応しく、使い古しの捨て台詞残し、お菓子諦め、団子になったしっぽでヨロヨロ逃げて行く。

 歓声上げたる子猫達。

「兄ちゃんマンすごい」

「格好いい」

 濁った眼と撫で肩でフラフラ歩く兄ちゃんの、面影確かにどこにもなく、弟すらも騙されて、兄ちゃんマンに感謝する。

「兄ちゃんマン。お礼におやつを貰って欲しいら」

 兄ちゃんマンは首を振り、皆で分け合いなさいと言う格好良さ。

「私が闘うのは、正義の為、さらば子猫達よ。皆、仲良くするのだぞ」

 兄ちゃんマン。身体の変化に、急かされるように姿消す。それを見送る子猫達。

「兄ちゃんマン。ありがとう」

「兄ちゃんマン。さようなら」

 物陰に隠れた兄ちゃんは、変身解いて一息吐く。

 術の効果は一時的、今では普段の兄ちゃんに、逆戻りしたのでありました。

(ニャンニャン)


 兄ちゃん、おやつを食べる子猫の前に何食わぬ顔で現れて、とぼけたフリで。

「あれ。今日はネズミ団はどうしたの?」

「兄ちゃんマンが追い払ってくれたのら」

 兄ちゃん、弟を呼び寄せて、

「おやつも食べたらお家に帰ろう。今日はお風呂の日だから」と、言う。

 弟は自分の分のおやつを食べながら、友達に別れを告げ、素直に兄ちゃんの手を取った。

「トヤッ、タアッ、エイッって、あっと言う間にやっつけたのら」

 兄ちゃん相手に弟は、自分の兄とも気付かずに、兄ちゃんマンの勇姿ゆうしを語る。

 兄ちゃんは苦笑しいしい、首を掻く。

「兄ちゃんマンが来てくえて良かったら」

 兄ちゃんは、気のない返事で、背中掻く。

 弟は、期待に満ちて目を輝かした。

「きっといつか、兄ちゃんマンがネズミ団を追い払って、町を平和にしてくえるら」

「そうなるといいね」

 兄ちゃんは、溜め息とともにそう言った。片手はポリポリ腹を掻く。

 ノミに食われた跡が、かゆくなってきたのでありました。変身するのはいいものの、かゆいのがちと難点。

 手を繋ぎ帰る二人の兄弟の、後ろでノミども歌って踊る。勝利に近付かんとして。

 兄貴にたかりしノミどもは、兄貴の血液で満腹し、今すぐ弟の血を吸うまでには及ばない。

 さてはて、弟の運命や如何いかにィ。

 続きはまたの機会にと言うことで。

(ニャンニャン)

「へんしーん、へんしーん、へんしーんドットコム」


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] サイレント映画の弁士がナレーションしているような語り口がとても良かったです。 (時折入る、ニャンニャン、もリズミカルでいい効果だなあ、と思いました)^ ^ [一言] この街で一番頭がいいの…
[良い点] おもろかった ←普通の感想ですまん
2016/01/10 20:46 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ