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ヒロトカゲ〜縺れた風〜

    行き過ぎた科学を人は〃魔術〃と呼んでいた


    業深き〃魔術〃を〃呪い〃と忌み嫌った


         〃進化の指針〃


       彼のものからの    

          堕落故にと

            知る由もなく

          

    ただただ怯えボクらは〃呪い〃を拒み続けている


  

たった一つの外典〃呪われぼっち〃を除いて―――





   1


「―――あぼぎゃ べいろしゃのう―――」

 草木も眠る丑三つ時。

「―――まかぼだら まに はんどま―――」

 煌々と炎が灯る祭壇の上でいささか怪しげな呪文を唱えているのは不破大智ふわだいち。そう、ス―パ―霊能高校生であるこのオレだ。

 今、オレは目の前に陰気臭く……じゃない神妙な顔で座禅を組むおっさん―――もとい、お客さまをお救いするためにお仕事の真っ最中。

「―――はらばりたや うん」

 真言(呪文みたいの)を唱えつつ金剛杵という手持ちの法具を大げさに振り回す。べつにそれほど必要なことでもないがハッタリとパフォ―マンスはどこの業界でもオマンマの糧、相手に真実みを植え込むには大切なことなのだ。

 で、結局オレが何をやっているのかと云うと呪咀移しの儀式を行なっていたりする。

 みんなは呪われ屋というのを知っているだろうか?

 呪いというのは云うまでもなく、負の願いで人に災厄を齎らそうとする術のことだが、近年この呪いを使うアンポンタンが急増している。

 そこで登場するのがオレたち呪われ屋である。呪いというのはずばりイメ―ジ通りとても粘着性の強いもので、短期間では祓うことが難しい。そこでオレたちみたいなやくざな霊能者がその呪いを肩代わりするというニュ―タイプな職種が隙間産業として活躍し始めたのだ。

「はぁぁぁ―――のうまく さんまんだ ばざらだん かん 我、金剛に帰依す。一切の禍を滅さんと、衆生の業を括り給え!」

 気合い一発張り上げる声。だからといって炎がでかくなったり、雷が出たり何の効果もないのが虚しいところ。

「おん」

 呪咀移しは完了した。オレは依頼人に深々とお辞儀する。

「あなたの呪いは確かに引き受けました。もう安心してください」

 オレの言葉を耳に依頼人は脱力したようにため息を吐く。きっとここに来るまで散々な目にあったんだろう。さっさとオレんとこに来りゃ酷い目に合わなくて済んだのに。

 みんなっ!呪いかな?って思ったら、即この不破大智の呪われ屋に来てね 

 安い、早い、安全、お客さまは仏様(なんか縁起悪いのは何故?)がモット―の不破大智をよろしく!! 


       2


「ふわぁぁぁ」

 朝日を浴びてオレは思いっきり背伸びをする。気持ちのいい晴れで良かった。

 今日は二日ぶりに学校へ行ける。いったん呪いを引き受けたら祓うまで本堂から出ることが出来ない。なんせ呪いは不運が連続みたいなものから病や死に至るものまで様々である。そんな状態で神聖な境内から出てしまったら、幾らオレが空前絶後のス―パ―霊能力者といっても身が持たないからだ。

 篭もっている間、高校は〃護法天童〃が代わりに行ってくれる。護法天童とは霊能者が使役する使い魔のことで、ぶっちゃけて云えばパ―○ンのコピ―ロボットみたいなのと思ってくれればいい。

「おはようさん、大智」

 幼なじみで同級生の上条隆盛かみじょうたかもりが迎えにやってきた。

 この男、特に運動をやってるわけでもないのに長身で無駄に屈強なガタイをしている。オレはかなり小柄なので一緒にいるとよく兄弟に間違えられるのがとっても癪だ。

「おっ今日は本物だな」

「やっぱ隆盛にはばれるな」

 オレがそう云うと隆盛はゲラゲラ笑い始める。

「はっはっはっ―――分かるもなにもお前の式神ドジすぎるし。道を歩けば転け捲るわ、まだ女子がおるのに体操服に着替え始めて変態扱いされるわ、先生のことお父さんとか間違って云うわ、ホントいい天然だぜあの式神」

「式じゃねえ護法天童だっ!」

「式神の方がなんかカッコいいじゃん。そんなことよりさっっさと行こうぜ」

「………………」

 くそっ!護法の奴め。後でたっぷり扱いてやる。

「それはそうと大智。最近、仕事しすぎじゃなねぇ?今月に入って三回目だろ?体もたねぇぞ無茶してたら」

「う〜みゅ……そうは思うんだがちょっと事情があって」

 深刻に云うオレに眉を顰める隆盛。

「事情?」

「ああ」

「なんだよ事情って」

「金がいるんだ」

「はぁ?」

「来月欲しいゲ―ムソフトが五本も出るんだよ。それに冬物の服買いたいし、駅前でシルバ―アクセの激カックイイの見付けて。それからDVD‐BOXで―――」

「お前、煩悩断ち切る明王の僧侶のくせに物欲ありすぎ……」

 呆れる隆盛。

 そりゃ自分でも、ちとさもしいかなとか思うけどでもしょうがないじゃん。だって世の中素敵なものが溢れているんだもん。ああ、あれも欲しい、これも欲しい、全部欲しい。そのためには金が要る。ちょっとくらい無理したってオレは負けない。なぜならそこに素敵なご褒美が待っているから。

 オレが夢の世界にトリップしていると、隆盛が急に立ち止まってオレは奴の背中にぶつかってしまう。

「おい、痛ぇだろ?止まんな」

「なあ大智、あの娘……」

 隆盛は険しい顔で前を歩いていた少女を指差した。見かけない娘だ。でもオレたちと同じ高校の制服を来ている。

「あの娘、なんか憑いてねぇ?」

「あっほんとだ」

 その少女には何か不穏な気が取り憑いているように感じる。

 隆盛は一般庶民のくせに何故か昔から霊感が強い。その感覚はオレよりも鋭いようで、よく先に何かに気が付くことが多い。ちょっぴりむかつく。

「何が憑いてんだろ?なんにしてもあの娘に目標を絞ってる感じだから呪いの類だよな」

 よく霊とかを見たりする人がいるがあれはかなり特殊なことで、実際は視覚や触角とは違ったそれこそ第六番目の別の感覚でそれを感じ取ることが普通である。オレたちもそうで、その感覚は他のものより不確かなため霊などを感知するときはどうしても手探りな感じになってしまう。

「生霊?……いや、狐とかか?」

 と隆盛。

「狐憑き?それじゃあもしかして、先祖代々呪われてるってやつとか?」

「う〜ん……どうだろ?なんか微妙に違和感が―――分かりにきぃなぁ」

 霊感の鋭い隆盛にしてはいささか頼りない返事である。

 まぁ、なんにしてもあの娘が危ないに変わりない。金にはなりそうにないが、りっぱな正義感もあるんですよオレは。

 情けは人のためならず。きっといつか金になるって意味だ。微妙に違うか?

「お〜い」

 オレは少女に駆け寄り声を掛けた。彼女がこっちを振り向く。おっ、なかなかの美人。大きめで猫みたいな目が魅力的である。

「オレ、この近所の不動尊寺ってとこのもんなんだけど」

「不動尊寺?」

 少し冷たい印象の声で彼女は訊いてくる。こういう反応する人ちょっと苦手なんだよなぁオレ。

「あっ……えと、その―――云いにくいんだけど、あんたなんか呪われてるみたいなんだけど―――」

「知っています」

「へっ?」

 少女は鋭い眼光でオレを見下ろしながら云った。

「これは生れ付きなんです。それがなんですか?」

「そのなんだったら祓います?今なら格安でいい―――」

「ほっといてくださいっ!」

 行き成り怒鳴りだす彼女。美人なだけにすんげぇ迫力。

「これは私の問題です。お坊さんだかなんだか知らないけど関わらないでください」

 そう云うと走って行ってしまった。なんなんだいったい?人が親切で云ってやったっていうのに。

 茫然としていると後から来た隆盛がオレの肩をポンと叩いた。

「まっこんなこともあるわな」

「う〜ん……なぁ隆盛。悪いけどあの娘のこと調べてくんない」

「今日の昼飯おごってくれるなら」

「うっ」

 隆盛はホントにお前人間か?と疑いたくなるほどの大食漢である。金が……。オレはため息混じりに承諾した。



 一時間目と二時間目の間の休み時間、隆盛が少女について調べたことを報告する。相変わらず仕事が速い。

鬼灯風音ほおずきかざね。夏休み開けの始業式の日、双子の姉、凪紗なぎさと共に一年F組に転校してたみたいだ」

 一個下の転校生なら見かけなかったのも無理はない。しかし、双子の姉がいるとは。

「その凪紗って娘も呪われてんのかな?」

「そこまではまだ」

 チャ〜チャラララララ―――

 隆盛の携帯電話が派手な音を立てて鳴り始めた。着メロが『ボレロ』って趣味悪ぃ。

「お前に仕事の依頼のメ―ルだぜ」

「ん?」

 隆盛から携帯を受け取る。

 呪われ屋の客は大概インタ―ネットのホ―ムペ―ジと電子メ―ルで承っているのだが、いかんせんオレはパソコンが使えないし携帯も持ってない。だから隆盛にそういうことを全て任していたりする。当然バイト代は払ってんよ。(因に先日の客は駆け込みだったので隆盛を経由せず仕事をしていた)

「なになに『呪いと思われる症状で息子が死にそう』か」

 オレはメ―ルに載っていた電話番号に掛けてみる。

「もしもし、不動尊寺の不破大智ですが」

『あっよかった。お願いです。勇太ゆうたが、息子が死にそうなんです。助けてください』

 母親と思われる依頼人が今にも泣きそうな声で懇願してくる。オレは落ち着くように云ってから訊ねる。

「症状とかを詳しくお聞かせください」

『数週間前から息子の体に急に発疹が出来て高熱が出て』

「あの、医者には見せましたか?」

 呪いが流行っているせいか、たまにただの病気なのに呪いと決め付け医者にも見せずに駆け込んでくる奴がいたりする。

『見せました。お医者さんに点滴とかしてもらったんですが全然だめで、それでそちらさまに見てもらうように云われて』

「分かりましたすぐ伺います」

 携帯を切って隆盛に返す。

「仕事?」

「ああ。すぐ行かにゃならん」

 オレは鞄から一枚の護符を取出す。

「う〜と……のうまく さんまんだ ばざらだん かん」

 真言を唱えて護符を放るとあらびっくり、この世の者とは思えないほどの美少年が現われる。オレそっくりの。これが護法天童である。

「今から仕事だ。後は頼む」

 オレがそう云うと護法はにっこり笑って応える。

「大変でちゅね。頑張ってくだちゃいね」

 どうにかならんか言葉遣い。隆盛め、腹抱えて笑うんじゃねぇ。

「オレも付いていっていい?」

 笑いすぎで涙を溜めながら隆盛が訊いてくる。

「なんで?」

「だって昼飯おごってもらわな」

「……まっいいけど、授業どうすんだ?」

「じゃん、これなんだ?」

 そう云って隆盛は制服の内ポケットから一枚の護符を取り出した。

「あっそれ、仏壇の中に隠しておいたやつじゃん。なくしたと思ってたら、てめぇが盗ってやがったのか」

「ははは、メンゴメンゴ。大日如来の札なんて超レアと思って」

「そんな理由で盗むな。それ国宝級だぞ」

「まぁまぁ、え〜と確か……―――おん ばざら だと ばん」 

 護符が隆盛そっくりの護法天童に変わる。何故に大日如来の真言なんぞ知っとるんだ隆盛。てか、霊感が鋭いだけじゃなくてこんな芸当までできるとは。

 隆盛は自身の護法天童のできに満足気に頷く。

「任せたよん。式神くん」

「かしこまりました。ご主人さま」

 うわ、丁寧にお辞儀してるし。己れ隆盛。一般人のくせして。オレの護法との格差は実力の違いかよ!? 

「どうちたんでちゅか、ご主人たま?プルプル震えてまちゅよ」

「うるせぇ。出来損ないっ!」

 殴る蹴る。思わず護法に八つ当りしちゃった!! 



「うおぅでっけぇ屋敷」

 タクシ―ですっと飛んで依頼人の家までやってきたオレたち。当然必要経費だよん。

 依頼人、御陰邸はそこら辺にある家の三・四件分ぐらいあるお屋敷だった。

「ふっふっふ、こりゃ期待できそうだ」

「あぁ、いけないんだ。ぼったくる気だ」

 嬉々として攻めてくる隆盛。てめぇのアルバイト代がどこから出とると思っとるんだこの男。

「オレは貧乏人からはそれなりに、金持ちからはお心遣いを頂いてるんだ」

「それをぼったくりって云うんじゃねぇの」

「分かってないっ!オレは尊敬するブラック○ャック先生よろしくだな―――」

「あのぅ」

 オレたちが云い争っていると背後から声を掛けられる。後ろを振り替えると、

「うおっ山姥っ!?」

 そうとしか思えない老婆がそこに。驚くオレの頭を隆盛が小突き、

「失礼だぞ大智。よく見ろ、ただの砂かけ婆ぁじゃないか」

 真顔で云う。

「この家の使用人のキクにございますが」

 着物姿の自称使用人は困った様子で自己紹介してきた。どう見ても妖怪婆ぁみたいだ。

「それじゃあ、あなたが呪われている方ですか?」

「いえ……私ではなくて坊っちゃんです」

 いや分かってるけど、あんたが背負った負のオ―ラを前に聞かずにはいられなかった。

「奥様がお待ちです。どうぞこちらへ」

 使用人キクはオレたちを屋敷内に案内し始めた。彼女の後ろを歩きながら隆盛がオレに耳を近付け訊いてくる。

「なぁ大智。死妖人しようにんなんて妖怪いたっけ?」

「……さぁ―――」

 この男、本気か!?まぁ気持ち分からんでもないけど。

「こちらでございます」

 長い廊下を行き部屋に通されるオレたち。中には小学一年生くらいの男の子がベッドの上で苦しそうに寝ている。その横で若い女性が心配そうに付き添っていた。たぶん彼女がその子の母親なのだろう。

「ようこそおいでくださいました。法師さま」

 彼女はそう云って頭を下げると助け船が来たとばかりに寄ってくる。隆盛に。

「あの、オレは助手みたいなもんでこっちが法師さま(?)だよ」

 隆盛はオレの頭をポンポン叩いて云う。それを見た御陰婦人の顔に不安の色が。どうせオレはガキっぽいよ。

 心で腐れながらも、大人なオレは笑顔で云う。

「霊能力は年齢を重ねればどうこういうものではありません」

 本当は少し関係あるが、でもオレは特別だし。強いし、偉いし、めげるな自分!! 

「こう見えてもキャリアを積んだプロです。安心してお任せください」

「そうですか」

 それでも半信半疑といった婦人。オレは無視して呪いを掛けられた男の子に近寄る。確か勇太とか言ってたな。もともとは色が白くて可愛い子なのだろう。しかし、今は顔の半分に異状な発疹ができていて、その中心が黒ずんできて見るも無残な姿になっている。

「ヘルペス?」

「いや」

 オレの問いに首を横に振る隆盛。

「恐らくアレルギ―だろう。俺も霊力過敏症だから分かる。この子、もともと凄い霊的防御力が高いらしい。でも呪いそのものが強すぎて―――」

「そうか、自身の霊的防御力がかえって体に悪影響を及ぼしてる。どちらにしろ、この呪い―――かなりの霊能力者によるものだな」

 オレは隆盛の言葉に続けた。

 しかし、これはやっかいだ。強い霊能力者の呪いを祓うのは普通の何倍も力が要る。

「どうする?」

 隆盛に訊かれ、オレはそこはかとなく悟った笑みを浮かべて云う。

「来るものは拒まず、去るものは追うがオレの心情だ」

「追わずだろ?」

 うっ間違った。

「まっ、まぁようするに救えるものは救いましょってことだよ」

「ふ〜ん」

 ふぅ誤魔化せた。

 オレは婦人に向き直り云う。

「お母さん。呪いを祓う手順を説明します」

「はぁ」

 インフォ―ムドなんたら。オレはできるだけ仕事内容を依頼人に説明するようにしている。

「この呪いは強力なものなので、二・三日私自身の霊力を整える必要があります。それまでお子さんは境内に結界を張って安静にして頂きます。これは呪いの進行の抑制と緩和のための処置です」

 オレの説明に婦人は一つ一つ丁寧に頷く。

「その後、自分の準備が整いしだいお子さんの呪いを移します。お布施は必要経費別途で全額成功報酬とし五0万円頂きます。以上のことを納得して頂いたら、契約書にサインをしてください」

 オレは鞄から契約書を取り出す。婦人は契約書に目を通すこともなく、すぐさまそれにサインした。息子のことで動転してるとはいえあまり感心したことではない。よい子のみんなは契約を交わすさい、きちんと書類を隅々まで確認してね。

「では、自分たちは先に行って結界の準備をしてきますので三0分後くらいにそこに書いてある住所まで勇太くんをお連れください。では後程」

 オレは契約書を受け取りペリペリっとカ―ボン用紙が裏に付いた上の一枚を剥いで控えの方を婦人に渡す。そして隆盛と部屋を後にした。

「なぁ、大智ホントに受けるつもりかよ」

 屋敷を出たところで隆盛がオレに非難めいた口調で訊いてくる。

「ああ」

「でもさぁ、昨日まで呪い祓ってたんだろ?体力持つのかよ」

「見た目よりは丈夫なんですよ。華奢で悪かったな」

 自分が巨漢だからっていい気になるなよ、こん畜生。

「いや、そういうこと云ってるんじゃなくてだな……。お前、霊力整えるって断食するんだろ?」

「うむ」

 霊力の行使の方法は人によってまちまちである。

 オレの場合、霊力の質がかなり変わっていて、他者或いは周囲の霊力を飲込み、自身の細胞の異常活性を発生させるという性質を持っている。これを放っておくと際限なく周囲の霊力を飲み込こんで、自身の細胞が活性し続けて下手すれば栄養失調に陥るってしまうのでで普段は不動尊の霊力を使って自身の霊力を封印していたりする。そして問題はここからで呪咀移しは不動尊の霊力にほぼ依存しているので、今回のように強い呪いを移すためには断食してオレ自身の霊力を減らし、封印に使っている不動尊の霊力を術の行使に回せるようにする必要があるのだ。

「ただでさえお祓いした後は体力落ちるのに断食なんかしたらきちぃだろ?」

「まあ、そうだけど。でも仕事しなきゃ食っていけねぇし」

「よく考えろよ。オレは大智のためを思って云ってるんだ。今はまだ大丈夫でもその内疲れが溜まって病気になるぞ。だいたい、大智が月一でいらんもん大量に買物するのってその反動だろうが。こんなこと続けてたらいつかストレスで死んじまうぞ」

「う〜みゅ」

 オレはわざとらしく口を尖らしてみせた。

「だって、もう契約しちゃったし」

 上目遣いに見上げるオレに、隆盛はため息を吐く。

「今度からは気をつけろ」

「は〜い!?」

 隆盛ってばオレが拗ねてみせると絶対折れるんだよな。扱いやすい。

   


「ご主人ちゃま」

 夜。本堂で一人座禅を組んでいたオレのところに護法がやってきた。今の姿は自分と同じだと紛らわしいので別人に変えてある。

「男の子、結界が効いてきたみちゃいで安定してきたでちゅ」

「そうか。母親は?」

「疲れてたみちゃいだったから、帰ってもらったでちゅ」

「わかった。お前は引き続き勇太くんを見張ってろ」

「は〜い」

 元気よく返事をすると護法は勇太を寝かせている祭壇のあるお堂に向かった。

「……………………」

 しばらくは目を瞑り座禅を組んでいたが、どうにも集中することができない。

「くそっ隆盛がよけいなこと云うから」

 オレは頭を掻いて立ち上がる。

 隆盛が云うことはもっともだ。このところ仕事のしすぎで体重が減ってきている。体力も。でもなぁ〜……ついつい、仕事入れちゃうんだよ。なんか仕事してないと落ち着かないって云うか。ちょっとばかしヒ―ロ―コンプレックスの気があるのかもしれん。

「……尊……」

 オレは本堂に置いてある不動尊の像に目をやった。

 本尊は大柄な人くらいの大きさで、嘘か真かヒヒイロカネとかいう伝説の金属で出来ているらしい。炎に包まれ厳しい顔で石の上に座している。幼い頃から見慣れている猛々しいその姿は、オレにとっては暖かさで包み込んでくれるような父性の象徴であった。

「不動尊。オレは間違っているか」

 思わず像に語りかけてしまう。しかし、すぐにそんなことをしている自分が滑稽に思えた。

「バカか、オレは―――」

 魔と戦い続ける宿命を背負った不動尊に訊ねることじゃない。なんにしても、自分にできることはやっておきたいんだよな、結局のところ。


       3


 ぐりゅぎゅるぎゅ〜

 オレの腹の虫が授業中の教室に響き渡る。護法に勇太を見張らせ、オレが学校に来たのだが、失敗した。逆にすりゃよかった。

「さっきからうるさいぞ。不破大智くん」

 数学教師の渡部わたべりか子が黒板からオレの机にやってくる。

 こいつ、なにかとオレに構ってくるんだよな。しかもなぜかいつもボディコンとか着てるし。胸がでかいことをそんなに自慢したいのかよ。教師が高校生挑発してどうする。色魔でも憑いてんじゃねぇの?

「キミは何匹お腹に虫を飼ってるのかな?ゥン?」

 オレの机に腰掛け教鞭でペシペシオレの頭を叩く渡部。みんな笑ってるし。勘弁してくれ。

 キ―ンコ―ンカ―ンコ―ン

 そこで終業時間を報せる鐘が鳴った。

「よかったわね。これでお待ちかねのご飯だぞ。起立、礼」

 渡部はオレのでこを人差し指で突っ突くと腰をくねらせ教室から出ていった。

 はぁ〜、やっと解放された。でも全然お待ちかねじゃないんだよ。寧ろ地獄。

「大智、大丈夫か?」

 隆盛が訊いてくる。

「オレ、食堂行くけどお前どうする?」

「行くよ。行きます。行ってお前が美味しそうに食べてる姿を指啣えて見てますよ〜だ」

 自暴自棄。人間腹減ると悪人になる。普段と変わらないとか云わないように。

「いっただきま―す」

 手を合わせ、隆盛は定食四人前に手を着け始める。くそ、今日も変わらず嬉しそうな顔で食べやがって。

「で?どうだ、様子は」

 隆盛はくちゃくちゃ咀嚼しながら喋る。もう慣れてるが品がないことこの上ない。

「なにが?」

「勇太だよ。その後どんな感じだ」

「ああ。なんか安定してきたよ。あの子、もともと呪いに対して抵抗力が強かったわけだし。本尊の霊力とも相性が良いみたいだから結界の中に入れて点滴うってたら結構治ってきたんだよ。だから今夜にでも呪咀移しの儀式に入ろうかと思う」

「そうか」

 頷く隆盛。

 とにかく腹減った。水飲んで誤魔化そ。オレは席を立って冷水機のところまでいく。

「ねぇ、聞いた?F組の鬼灯さん」

「ええ、また怪我したんでしょ」

 水を飲んでいると不意に隣でくっちゃべっていた女の子たちの会話が耳に入ってくる。

「今日は調理室で包丁が滑って手を怪我したんですって」

「その話し詳しく聞かせてくれないか?」

 オレは何かに憑かれていた鬼灯風音のことが気になって、女の子たちの話に割っていった。彼女たち曰く、風音は転校してきてから毎日のように怪我や不運な目にあっているらしい。さっきも怪我をし、今は保健室に行っているということだ。

「サンキュ―」

 オレは女の子たちに礼を述べて、保健室に向かうことにする。それを見た隆盛が後ろから声を掛けてくる。

「おいっどこ行くんだよ」

「………………」

 オレは答えず無視してさっさと進む。隆盛は仕方ないと、食べ掛けの飯を無理やり口の中に詰め込んでオレの後を追ってきた。皿とか、かたづけろよ。

「のぁ、どくぅいくんどよ」

 隆盛が口をもぐもぐいわせながら訊いてくる。

「保健室」

「なんで?」

「昨日の鬼灯風音。なんかやばそうだ」

「……………………」

 走って保健室まで行くオレたち。途中、渡部に出くわす。

「きみたち、廊下は走っちゃダメ。いやぁ〜んな、お仕置きしちゃうぞ!?」

 うるせぇ。緊急なんじゃ色ボケ。てめぇの存在自体が違反なくせして、人に教えを説くな。

 オレたちは某美少女戦士のポ―ズなんぞをとっているバカ女をスピ―ドアップでやり過ごす。

「はは、りか子ちゃんってばいつもノリノリだな」

「廊下を走ることがタブ―で、あいつの存在を許している校則をオレは認めない」

 そんなこんなで保健室まで辿り着くオレたち。

「失礼します」

 戸を開けて中に入ると腕に包帯を巻いた風音がいた。用事でもしているのか保健医の姿はない。その代わりに、風音の横に彼女そっくりな少女が付き添っている。その娘が双子の姉、凪紗なのだろう。

「あなたは―――」

 風音がオレに気付く。それを見て凪紗が彼女に訊ねる。

「知ってる人?」

「近所のお坊さんらしいです、お姉さま」

「えっお坊さん?」

 そう云ってオレと隆盛を交互に見る凪紗。

「僧はオレだけだ。こいつは助手」

「へぇ〜ちっちゃいのにすごいのね」

 平気で人を傷つける奴だ。気にしていることを云いやがる。

「体のでかさは関係ないだろうが。だいたいオレはお前らより先輩だぞ。敬え」

「えっ?マジ。ぜんぜん見えない」

 この女ァ。妹は突然キレるし、姉は無礼者とは最悪な双子だ。

「もういい。それよりそこの妹に憑いてるもんを祓いたいんだが」

 オレが憮然と云うと凪紗が嬉しそうにはしゃぐ。

「えっ!祓ってくれんの!?よかったじゃん風音!!」

「しかし、お姉さま……」

 躊躇う風音の背中を凪紗はポンポン叩く。

「いい機会じゃん。ね?」

 風音は俯き加減で考えてから、

「わかりました。よろしくお願いします」

 オレに頭を下げた。おお、そうやってしおらしくされると可愛いじゃん。

「じゃあ今日はもう早退して、オレんとこ来い。ぱっぱと祓っちゃ―――」

「おい、大智。ちょっとこっち来い」

 行き成り隆盛がオレの手を強引に引いて保健室の外へ連れ出す。

「なっなんだよ。隆盛」

「祓うって、お前今日勇太の呪咀移しすんだろうが」

 叱り付けるように云ってくる隆盛。

 あっそうだった。もしかしてダブルブッキング?いっいや―――。

「あの程度のやつなら本堂でお経でも詠めばなんとかなるだろうし。その後、勇太くんの呪咀移しをしても全然問題なしだよ。ノ―プロブレム、ハハ」

 オレは笑ってみせるが、隆盛の顔は依然険しいままだ。

「確かにそれほど霊力が強いって感じはないけどな、でも正体がぼやけてはっきりしないんだ。いつ豹変するかわかんねえぞ」

「心配ないって」

「おいっ!?」

 隆盛がオレのカッタ―シャツの襟首を掴んできた。

「ちょっ!?やめろっ!!」

 隆盛からこんなことされたことは今まで一度もなかった。

 ちょっ恐っ!! 

 オレは少し狼狽える。

「お前、昨日オレが云ったこと憶えてんだろうな」

「体が大丈夫かってことか?」

「それだけじゃねぇ。オレは大智のことを思って云ってるってことだっ!?」

「わかってる……でも―――」

「でも、やるのか?」

「………………………」

 オレは隆盛から目を逸らして頷いた。隆盛は掴んだ襟を放し、

「ちっ!勝手にしろ。なにがあってもしらんからな」

 そう云ってどっかへ行く。オレは隆盛の背中に向かって、

「ああっ勝手にするよっ!勝手にすりゃいいんだろっ!オレが決めて、自分でするんだ。文句はねぇだろっバ―カ 」

 思いっきり幼稚な悪態を吐いた。隆盛は振り返らずどんどん歩いて去っていった。オレは壁に向き直り、

「バカ」

 壁相手に頭突きした。

 バカはオレだって分かっている。分かってるけど、自分にできることをやらないで何かが起きてしまうのは耐えられないんだ。父さんのときみたいに。

 オレはちょっとだけ自分を痛めつけてから保健室に戻る。

「あの、なんか喧嘩してなかった?」

 凪紗が訊いてくる。オレは自嘲気味に笑ってから云う。

「いや、なんでもねぇ。風音は責任持って祓ってみせる」

「あっ、ええお願い」

 オレの顔が変だったのか、凪紗は真顔になって頷いた。

「風音。行こう」

 オレは風音と二人で校舎を後にした。



「あの」

 寺までの道。数分ほど歩いたところでそれまで黙っていた風音が声を掛けてくる。

「先輩は不動尊寺の方なんですよね」

「ああ」

「じゃあ、黎須くろす法師さまの?」

「えっ 親父のこと知ってるのか?」

 思いがけないところで父さんの名を耳にしオレは驚きで歩を止めた。風音も足を止めオレの方を向く。

「昔、お世話になったことがあるんです。そういえば面影がありますね」

「世話って……」

「はい……このことです」

「それどういうことだっ!?」

 焦りが口から飛び出てくる。思わず風音に詰問してしまった。そんなオレとは対照的に風音は飽くまで冷静な態度を崩さず答える。

「私たち姉妹は幼い頃に両親と死別し、施設で育ちました。二人とも生まれ持って呪われていたのでいつも何かしら不幸に付き纏われていたんです。そんなだからみんなから後ろ指差されるような生活が続いていて―――あっ関係ない話ですね」

「いや」

 生れ付き呪われて育った人間の苦しみがどれほどのものなのかオレには想像できない。きっと生き地獄と云うに相応しい人生を彼女たちは歩んで来たのではないだろうか。

「私たちが小学六年生のころ、学校の帰り道に私が転んでしまって靴が片方脱げてどぶ川に落ちたんです。私は泣いてしまって、姉がそれを取ってくると云ってくれました。しかし、川堀の梯子を下りている途中で姉は足を滑らせ落ちそうになったんです。そこにたまたま通り掛かった黎須さまがとっさに手を取ってくださり間一髪のところで姉は助かりました。その後、黎須さまは姉を救いあげるとご自身の着物が汚れるのも構わず私の靴をどぶ川から取ってきてくださったんです。そして礼を述べた私たちに『もし困ったこととかお願いごととかがあるならうちのお寺にくるといい』と仰ってくださりました。黎須さまには私たちが呪われていたことが分かってらしたんですね。それでも私たちが不安を感じないようにそんな云い方をしてくださったんです。私たちがお寺を訪ねると黎須さまはいろんな楽しい話を聞かせてくれて、最後に呪い封じの術を教えてくれました」

「呪い封じ?」

 呪い封じとはその名の通り、呪いの効力を一時的に封じる方法である。オレが呪咀移しで他人の呪いを引き受けた後とかに、自分が酷い目に遭わぬよう呪いを祓いきるまでの間行なう術であり、その場凌ぎの防御手段のようなものだ。

「本当に呪い封じを?祓ったんじゃなくて」

「はぁたぶん。私たちは霊力が強いので呪い封じができるといったようなことを仰ってたと思います。梵字を手の平に指で描いて飲み込む方法です。それを毎日行なうようにと云われて実行したら、その日から嘘のように厭なことが減ったんです」

「今まではそれで凌げてたということか。凪紗もそれで防いでいるんだな?」

「はい。でも、数ヵ月前くらいから私だけ急に効果がなくなったみたいで。また、昔みたいに不幸なことが度重なって。前の学校もそんな感じで転校せざるえなくなったんです」

「じゃあ、なんですぐにうちに来なかったんだよ」

 オレの問いに風音は俯いた。そして、蚊の鳴くような消え入る声で答える。

「私たちが呪い封じを教えて頂いて少し後に黎須さまが亡くなられてしまったのを知ってたから恐かったんです。もしかしたら私たちの身代わりになったのかもって思って」

「………………………」

 だから昨日、オレが声をかけたときもそれで取り乱してしまったのか。オレが息子だと気付き、どう対応していいか混乱して。

「親父が死んだこととあんたたちのことは関係ない。気にしないでくれ」

 風音は俯いたまま頷く。もしかしたら泣いているのかもしれない。長い髪に隠れてうかがい知ることが出来ない。

「あと、悪いけど祓うのを数日延期させてくれないか?そして、それまで境内の中で過ごしてほしい。そしたらいくらか緩和されると思うし」

 父さんはオレと違って呪咀移しをしたことはなかった。でも、それは移すまでもなく短時間で呪いを祓うだけの法力を持っていたからだ。それなのにこの姉妹には一時凌ぎである呪い封じの方法を教えただけで祓わなかった。となるとなにかしらの理由が存在するはずだ。それを見極めなければ危険かもしれない。  

「明日からは土日で休みだけど、その後も少し学校休んでもらうことになるかも」

「お任せします」

 風音がお辞儀する。アスファルトにぽたりと雫が零れた。



 その日の夜。

「これより呪咀移しの儀式に入ります」

 オレは祭壇で寝ている勇太と付き添っている御陰婦人にお辞儀する。

 今、オレは両手に金剛杵という法具を持っている。これはそれぞれ不動尊が持つ降魔の利剣と羂策(縄)に見立てているのだ。そして清めたその身に法衣を纏う。自分の体型に合わせてわざわざ特注して買ったのに、全然似合ってないから頗る悲しい。

「お母さん。緊張せず、ただ息子さんの無事を願っていてください」

「はい」

 オレの言葉に真剣に頷く婦人。

「おん あぼぎゃ べろいしゃのう まかぼだらまに―――」

 儀式はつつがなく進む。

 しかし、勇太は本当にすごい。こうしている間にも無意識のうちにどんどんと本尊の霊力を体内に取り込み自力で呪いを祓おうとしている。これを霊能力者の器とでもいうのだろうか。

「はぁぁぁ―――のうまく さんまんだ ばざらだん かん 我、金剛に帰依す。一切の禍を滅さんと、衆生の業を括り給え!」

 勇太に憑いた呪いを我が身に移すことに成功した。

「おん」

 オレは立ち上がり勇太に近寄る。彼はまだ薬が効いて寝ているが、心なしか表情が楽になったような気がする。

「これで息子さんの呪いは自分が引き受けました」

「本当ですかっ!?」

「ええ。後は医療を続けてしばらく安静にしていれば完治するでしょう」

「ありがとうございます」

 婦人は泣きながら息子の手を握り締める。しかし、問題はまだあった。嬉しそうな彼女に告げるのは酷だが致し方ない。

「ただ、勇太くんに呪いをかけたのは霊能力者です。だから、もしかすると呪咀移しを行なったことがそいつにばれて、もう一度呪いをかけてくる可能性があります」

「そんなっ!」

 婦人の顔がショックで固まる。

「どうすれば―――」

「落ち着いてください。これを勇太くんが寝ているベッドの傍に置いておいてください」

 オレはそう言って懐から木でできた小さなヒトガタを婦人に手渡す。

「これは?」

「これは一種の身代わり人形です。一時的なものですが、勇太くんが呪われればそれを代わりに受けてカタカタと揺れ始めます。ですからそうなったときすぐにここに来てください。呪いの儀式をしている最中であれば、それを行なっている相手の居場所が掴めると思いますので、自分が相手にやめるように交渉します。わかりましたか?」

「はっはい」

 それでも婦人の顔は浮かないままだった。

 当然だ。なんでこんな幼い子が呪われなければならないのだ。

 婦人は礼を述べ勇太を連れて自宅へ帰っていった。聞いたところによると彼女の夫は数年前亡くなられてしまったらしい。いくら使用人がいるようなお屋敷の人間だとしても、子供を一人で育てていくのは大変なことだろうな。

 さてと、オレはこれから本堂に篭もって勇太から移した呪いを祓わなきゃならない。呪い封じをしてあるから、勇太みたいな目には遭うことはないけど、これが一苦労である。 オレは本堂に入ると、扉の鍵を下ろして誰も出入りできないようにする。そして本尊の前で座禅を組みお経を詠む。お経自体、真言のように力を発揮するものではないが精神を集中させるにはちょうどいいのだ。

「爾時大会 有一明王 是大明王―――」

 そういや、隆盛あれから顔を見せてこなかったな。ちょっとくらい様子見にきてくれりゃいいのに薄情もん。

 ……いや、自分でも我侭だってことはわかってるよ。でも今日はなんか心がぞわぞわするから隆盛に愚痴を聞いてほしい気分だったんだ。

「―――是経 皆大歓喜 信受奉行」

 ああ、なんか集中できん。

 暗闇の中に妙に響いて浮き出る自分の声がなんか無性に腹ただしく感じる。

「のうまく さんまんだ ばさらだん せんだま―――」

 久しぶりに父さんの話をきいたからだ。そのせいで思い出したくない、自分の馬鹿さ加減に触れてしまってイライラしているんだ。

 もう二度とあんな思いをしたくないのに、いつまで付き纏ってオレを責めるんだ。

 あれは四年前、

「―――うんたらた かん まん」

 オレが中一の秋のことだった。



「おかえり大智」

 学校から帰ってきたオレに父さんが挨拶してくる。父さんは境内の庭で落葉を箒で掃いていた。疲れていたオレは適当に頷いて部屋に上がった。部屋で寝ていると父さんがノックして入ってきた。

「大智。悪いが今日の夜、一件お祓いのお勤めがあるんだが手伝ってくれないか?」

「はぁ?」

 オレは露骨に嫌な表情をする。

「オレ、今日体育祭の練習でくたくたなんだよ。だいたい、ただでさえ朝の修業で眠いのに夜まで手伝えない」

「はは、そうだな。すまんかった、無理云って」

 父さんは自嘲気味に笑って部屋を出ていった。

 なんなんだよ、いったい。

 自分が父さんを傷つけたみたいな気がしていやな気持ちになる。

 オレはそのころ父さんに反抗ばかりしていた。本当に疲れてもいたが、正直のところ父さんの仕事の手伝いなんかしたくなかったんだ。別に父さんのことが嫌いだからとかそんなんじゃない。オレは母親を物心が着く前に亡くしているので知らない。だから父さんは唯一の家族だし、叱られたことがないくらい優しい人だから嫌いになれるはずがない。ただ、そのころ自分の持って生まれた霊能力に対して思うことがあって、そのイライラを昇華しきれず父さんにぶつけていたんだ。

 小さいころは上手に自身の霊力を封印できずによく病気になっていた。最近は不動尊の霊力の制御になれてきてそんなことはなくなったが、それだって座禅組んだりお経詠んだり、毎日毎日いやになるような修業をしているからだ。なんでオレだけがこんな辛い思いをしなければならないのかと、どうしようもないことをぐだぐだ悩んでいた。

「……ん……」

 いつのまにか寝ていた。目が覚めるともう夜中だった。

「みゅう」

 眠気眼でしばらくぼうっとしていると急に胸がざわざわしてきて、いやな予感が膨れ上がってきた。

「父さんっ!?」

 オレはベッドから跳ね起きて本堂へ向かった。

 きゃぁぁぁぁぁ

 その途中で女の悲鳴が聞こえてきた。本堂じゃない。その奥の祭壇があるお堂からだ。

「ああああ―――」

 お堂の戸を開けると中にいた中年の女が苦しそうにのた打ち回っていた。こいつがお祓いの相手なのだろう。

「うっ」

 やがて女の動きが止まる。事切れたのだ。

「親父っ!」

 恐怖に戦く間もなく、父さんが祭壇の上で倒れているのが目に入ってきた。オレは父さんに駆け寄る。

「親父、おいっ!しっかりしろ!!」

 だめだ、もう死んでいる。嘘だっ!なんでだよ 

 オレは混乱する頭を掻き毟る。

 お祓いに失敗した?そんな、まさか父さんに限って。

 何が何だか分からなかったオレは、そのときはただ父さんの死に顔を前に茫然となるしかなかった。

 翌日、警察が事情聴取でやってきたがどんな対応をしたのか憶えていない。その後隆盛が来て何か云ってきていたが、オレがわめき散らして追い返す。

 一人になる。何もしなかった。

 少し時間が経って数人の僧がうちを訪ねてきた。父さんの葬儀を本山で行うといったようなことオレに告げてきた。オレにも本山に来るように云ってきたがオレは断った。子供が親の葬式に出ないというのはおかしい話ではないかとか云われたが、この家を一歩でも出ると全てが終わってしまうような気がして恐かった。親父はたしかに死んだ。でも何かが自分の中で違うような感じがしていた。結局わめいて彼らを追い返した。

 また、一人になる。オレはふらつく足で本堂に行き木の床の上に寝転がる。本尊がそんなオレを厳しい顔で見下ろしている。

「……尊……」

 オレは不動尊を目にした一番古い記憶を思い出した。

『どうしてこの人怒ってるの?』

 まだ、三歳くらいの頃だった。父さんに抱っこされたオレは不思議を口に出す。父さんは愉快そうに笑っていた。

『はは、恐いか?』

『ううん。恐くないよ』

 不思議と本当に恐くなかった。怒っているように見えるけど、それは自分にではないのだとなんとなく感じていたからだ。

『不動尊さまはね。みんなを悪いものから守ってくださっているんだよ』

『ふおう……ふおう……そんさまえらいんだね』

 不動尊が言えなかったから尊だけを取って呼んだ。

『みんなが幸せになれるように戦ってくれてるんだからね』

『かっくぅいんだね。そんさま』

 父さんはそんなオレを愛しそうに見つめていた。

「……尊……」

 オレは起き上がり本尊に縋る。

「―――尊……どうして親父は死んだんだ!どうして―――答えてくれよ、不動尊っ!?」

 なんで答えてくれないんだ。みんなを守ってくれるんじゃないのか。どうして父さんを守ってくれなかったんだ。

「―――尊さま。お願いだ―――」

 オレが見苦しいまでに取り乱していると本堂の入り口から人影が伸びてきた。

「――――――――――――!?」

 オレは驚きのあまりに口を抑える。

「父……さん―――」

 そこには父さんが立っていた。昨日死んだはずの父さんが照れ臭そうに笑っている。

「私は黎須さまの最後の力で出来た護法天童です。霊力が足りず具現化するのに時間が掛かってしまいました」

「護法天童……」

 オレは全身から力が抜けてへたり込む。少しでも馬鹿な希望に期待していた自分がそこにいた。父さんの姿をした護法がオレに近付いてくる。

「大智さん、黎須さまからあなたに伝言を授かっています」

「…………………………」

「ごめな、大智。父さんが力不足だったばっかりにこんなことになって」

 オレは戸惑いで首を横に振る。護法のそれはまるっきり父さんだ。

「父さん、大智のこといっぱい愛してたけどなんかお前には辛いことばかり押しつけてた気がする。霊力のことだって父さんのを受け継いでしまったためだし、そのせいで辛い修業とかするはめになってしまったわけだし」

「父さん……ねぇ―――父さん―――」

 語りかけても護法は一方的に話すだけだ。単なるビデオレコ―ダ―なのだ、これは。

「だがな、もう大智は十分強くなった。これからは自分が生きたいように生きろ!父さん死んじまって直接は応援できないけど、不動尊さまと共にお前のこと見守ってるからな。がんばって―――……以上です」

 護法から父さんの雰囲気が薄らいだ。そして護法自身もその姿が薄らいでいく。

「もう時間です。霊力がないので消えます。これからはあなたが護符のご主人さまです」

「いや、待ってもう少し」

 懇願するオレに護法は首を横に振る。

「すみません」

「いやだ。父さん―――父さん―――」

 オレは薄らいでいく護法に縋る。

 もう少し、もう少しだけそのままの姿でいてほしかった。

「がんばって」

 護法がオレを抱き締めた。父さんだ。父さんがまだ残っている。

「父さん、オレ―――」

 護法は煙と消え、一枚の護符がヒラヒラと舞い、やがて冷たい床に落ちた。

 それから数日間、オレは本堂で座禅を組み続けた。そして決意する。自分にできることを見付けよう。そして納得するまでやり続けようと。


       4


 いつのまにか座禅を組んだまま寝ていた。勇太から移した呪いはすでに祓い終えた。オレは本堂から出て自宅の居間に向かった。

「あっお疲れ様です」

「やっほ〜」

 風音と凪紗がそこで寛いでいた。

「今、何時?」

「11時よ。しかも、日曜の」

 とういうことは丸一日以上も篭もってたのか。祓ってる最中は時間感覚が薄くなる。

「あなた、黎須さんの子供だったのね」

 凪紗が云う。

「そう云えば似てるよね。体は全然ちっこいけど」

 うるせ。この女、本質的にいじめっ子か。

「あの、ご飯食べますか?勝手にお台所使わせて頂き作ったんですが」

「あっうん」

 風音が朝食の準備をしてくれる。三日ぶりの食事だ。昔は断食した後のご飯はいつも吐きそうになっていたが、今はなれてそんなことなくなったのでまだ救いがある。

「いただきます」

 焼き魚に味噌汁に卵焼き。どれも絶品だ。普段、護法に飯を作らしているがこいつが料理が下手でろくな食事じゃない。久しぶりに家でこんなすばらしいものを頂きました。

「ごちそうさま。いや、本当に旨かったよ。ありがとう」

「男の人の一人暮らしだとろくな食事を取ってらっしゃらないと思って、作って正解でしたね」

「はは……」

 仰るとおりですがなにげに慇懃無礼だな風音。まあ、明白に無礼な姉よりいいけど。

「そうだ、凪紗も呪われていて呪い封じしてるんだろ?」

「えっ?ええそうよ。でも、なんか私の方は別になんともないのよ」

 凪紗の云うとおり、彼女の方からはいやな気配は感じない。呪い封じが完璧に作用しているからか?

「ちょっと今から祓ってみるか。無駄かもしれないけど念のため」

 風音に言うと彼女は黙って頷いた。

「―――聞説是経 皆大歓喜 信受奉行」

 祭壇の上でお経を詠んでみた。弱い霊なんかだったらそれだけで逃げ出すこともあるのだが。でも風音の場合はそれが効かない。

「はぁぁぁ―――のうまく さんまんだ ばざらだん かん 我、金剛に帰依す。一切の禍を滅さんと、衆生の業を括り給え!」

 真言もダメ。呪咀移しすることさえできない。

 表層的な邪気を括ることができても、呪いの根源的な依代の部分をピクリとも動かすことができないのだ。

 やはりこの呪いは祓うことができないものなんだ。なぜだっ 

「くっ」

「…………………」

 風音は目を瞑る。平静を装ってはいるが、その心中は落胆していることだろう。

「もう少し辛抱してくれ。オレが必ずなんとかしてみせる」

 風音は目を開き微笑んだ。

「よろしくお願いします」

 信じてくれているんだ。オレのことを。絶対になんとかしてみせる。



 次の日。風音と凪紗を残して学校へ行く。凪紗は風音に付き添うと云っていたが、単にずる休みしたかっただけに見えた。

「くそっ、隆盛の奴」

 ホントはオレも護法に行かせるつもりだった。でも隆盛に相談にのってほしかったのにあいつはいつまで経っても迎えにこない。携帯には繋がらず、自宅に電話したらもう学校に行ったとおばさんから云われた。仕方ないから学校まで行って会わなければならなくなっちまった。まだ怒ってるのかよ?

「不破大智くん!?」

「げっ」

 下駄箱でハレンチ教師、渡部りか子と出くわす。なんてついてない日だ。

「あれ、今日は上条くんと一緒じゃないの?これがホントのひとりぼっちね。ぼっちって法師の意味なんですって。知ってた」

「はいはい」

 オレは上履きを履きつつつれなく返事をした。それを見て渡部はにっっこりと微笑む。

「あっわかった。喧嘩したのね。寂しそう。うふっ先生が癒してあげようか?ベッドの上で」

 うわっキモっ!冗談でも口にするな、悍ましい。

「な〜んてね、半分冗談で半分本気よ」  

 本気でもあるのか、この脳味噌フェロモン女。もはや危機感すら憶えるわ。

「先生も気持ち分かるわ。一人のときって泣きたくなるもんね。月のない夜とか自分で自分を呪いたくなっちゃうもの」

 はいはい、かってに呪っとけ。オレが許可する―――ん?

「今云ったこともう一度云ってみろ」

「えっ?一人だと寂しいって」

「いや、その後」

「自分で自分を呪う?」

 不思議そうに口に出す渡部。

 自分で自分を呪う。そんなことあるのだろうか?もし、あるのだとしたら―――。

 オレは教室まで駆け出す。

「廊下は走っちゃダメっていってるのに」 

 渡部は年甲斐もなくほっぺたをふくらかしていた。もう、勘弁してくれ。

「おい、隆盛」

 教室まで着くと、すでに席についていた隆盛に声をかける。

「隆盛。まだ怒ってるのか?」

 オレが恐る恐る訊くと隆盛は立ち上がってにっこり笑う。

「いいえ。ご主人さまは大智さまのことを怒ってなどいませんよ」

 これは護法天童か。じゃあ隆盛はどこに。

「おい、隆盛は?」

「ご主人さまは今朝未明に、大智さまのご自宅に向かわれました」

「なんだって」

 全然気付かなかった。

「くそっ」

 オレの護法は家に置いてきてるし、欠席になるが仕方ない。オレは家に引き返す。

「よう、大智」

 家に着いて居間に入ると隆盛は風音と凪紗の三人で楽しそうにお喋りなんかしてらっしゃってたよ。陽気に挨拶してきやがって。

「お前、なに他人ん家に黙って上がりこんでんだよ」

「いやぁちょっち捜し物があってな。あの日別れてすぐからここきて探し始めたけど、なかなか見つかんなくて。ほら、オレ霊力過敏症せいでこの寺に長居できねぇだろ?だから行ったり来たりで大変だったぜ」

 あの日って、こいつオレん家のスペアキ―でも持ってんのか?

「オレ、鍵渡してたか?」

「うんや、針金でちょちょいとして開けた」

「なんてことすんだてめぇ!?」

「まぁそう怒りなさんな。オレと大智の仲じゃん」

 どこの世界にピッキングで家宅侵入して許される仲というのがあるのだろうか?てか、絶対鍵付け替えよ。ミステリとかにでてくるドイツ製のとかに。

「そこまでして捜し物ってなんだよ。また家のもんパクるつもりか?」

「ちゃうちゃう、中国犬なんちって」

 ギャフン。くだらん洒落はやめなしゃれ。

「そのことで、話があるからお前の部屋に行こうぜ」

「ああ」

 オレたちは居間に風音たちを残して、部屋に向かう。

「あのさ、こないだのことなんだけど」

「ああ、あれ?悪かったな。頭に血が上っちまって。すまんかった」

 謝ってくる隆盛。

「いや、べつに―――」

 悪いのはオレなんだけど。なんかオレってば『ごめん』が云えない人種なんだよな。

「あのさ、オレ―――」

「大智の気持ちは分かってるつもりだ」

 隆盛は真剣な声で云う。

「なんてのかなぁ―――唯一の我侭じゃん。オレが大智のことを気遣うの……正直、大智からしてみれば欝陶しいかもしんねぇけどさ」

「……………………」

「他には何も望まねぇからさ―――そんくらい許してほしいんだ」

 なに云ってんだ、こいつ?

「なんかその云い分だと、オレがお前のことアッシ―とか丁稚とか散々利用してるくせに本命が別にいる悪女みたいじゃん」    

「当たらずも遠からずってやつじゃねぇ?」

「はぁ?」

「だってオレ、大智のこと誰よりも愛しいですし―――つ―か毎日毎日、湧き出る欲望を抑えるのに必死みたいな?」

「……………」

 本気かこいつ―――!!前々から変態とは思っていたが……いや、隆盛のことだ、またいつもの質の悪い冗談ということも―――いや待てよ、そういえば父さんが生きてた頃、隆盛は異常なまでに父さんに慕情を示していたような。それはもう懐くなんてレベルじゃなくて、恋する乙女ならぬ恋する奴隷体質?つまりなにか?父さんが死んだからその息子であるオレに乗り換え   

「やめやめ、あんま深く考えんどこ!」

「え〜オレとしてはさらりと流されても面白くないんですけど」

 必死で頭を振り現実逃避をしようとするオレに隆盛が非難めいた声を上げる。

 だってあんた、これ以上考えると人間不信になりそうですし。

「そっそれで、話って?」

「ん、オレさっきまで黎須さんの書斎にいたんだよ」

 あそこだけ何故か携帯の電波が入らないんだったな。

「呪いのこと調べようと思って。それでこんな本見付けてさ」

 隆盛が一冊の本を渡してきた。『おもしろ霊力大百科』―――ださいタイトル。みゆみゆ社?あまり聞いたことがない出版社のものだな。ゲっ!!著者のところに不和黎須とか書いてある。父さん本とか出してたのかよ。著者近影がやたらと修正してあるよう(ホスト風)に見えるのはオレの気のせいか?

「読んでみろよ」

 隆盛に促されオレは適当にペ―ジを捲って音読する。

「え〜『それが異形のコンドリオゾ―ムの齎らすものであり、霊には二種類の物質が存在する。それらが互いに作用しあい魂を構成、つまり魂がナノサイズの第三中枢―――』」

「そこじゃなくて付箋のところ」

「ふむ。『霊力のガン化は先に述べた通りだが、これとは別の理由も存在する。それは魂の一部に疾患ができ本人の意志とは無関係に霊力を行使する現象―――』なっ!?そんなことがあるのか?」

 驚くオレに隆盛は頷く。

「風音ちゃんの呪いの正体を感じにくかったのは、それが憑いたものではなく彼女自身の暴走した霊魂そのものだったからだ」

「やはり自分で自分を呪ってたのか。依代の正体が自身の魂なら祓えるわけがない」

 だから父さんは一時凌ぎでも効果を防げる呪い封じを二人に教えた。

 しかし問題は、

「問題なのはなぜ風音だけ呪い封じが効かなくなったかだ」

「単に呪いの力が彼女の使う術の防御力を上回ったんだと思うがその理由を―――」

 チャ〜チャララ〜ラ〜ラ〜

 隆盛の携帯が『威風堂々』を奏でる。メ―ルではなくて電話らしい。趣味悪ぃ。

「もしもし。ああ―――分かった。すぐつれてきて。はい、いるよ。大丈夫だから」

 簡潔に話を切り上げ携帯を切る隆盛。

「大智。御陰婦人からだ。お前が勇太に渡していたヒトガタが動きだしたって」

「ちっ次から次に」

 オレたちは慌てて部屋を出る。

「隆盛。祭壇の準備をしろ」

「わかった」

 隆盛は頷いて祭壇のお堂へ向かう。

「おいっ!?風音っ!凪紗っ!」

「はい」

 オレが廊下から呼ぶと風音が居間から顔を出す。

「姉は出掛けましたけど」

「そうか。風音、悪いけど法衣に着替えるの手伝ってくれ」

「ええ」

 年ごろの娘に頼むのは気が引けるけどそんな悠長なこと云ってる暇はない。法衣を一人で着てると時間かかるのだ。不器用とか言うな。



「お願いしますっ!」

 息を切らして御陰婦人が勇太の手を引いてやってきた。

「さあ、祭壇に。勇太くん、この中にいたら安全だから心配ないぞ」

「うん」

 勇太は元気よく頷いて母親と結界の張った祭壇に上がる。すでに発疹はほとんどなくなっていて元通りの愛らしい顔に戻っていた。

「……………………」

 あれっ?確かに勇太に向かって呪いが送られてるのに、その発信源がわかんないぞ。

「隆盛?」

 オレは後ろにいた隆盛に助けを求める。しかし、彼も同様に首を傾げていて、

「う〜ん。なんでかな、わからんぞ。しゃあねぇ大智、水鏡もってこい。倉にあるから」

 オレは云われたとおり水鏡を持ってきて隆盛に渡した。水鏡とは銀の盆などに水を注ぐと鏡の代わりになるという代物。神道系の儀式とかじゃあ使うことがあるのかもしれないけど、オレはこんなもん始めて見たぞ。

「護符貸して。オレの学校行ってるから」

 オレは隆盛に護法天童の護符を渡す。いったいこんなもの、何に使うつもりだ?

 隆盛は護符を水鏡に浮かべ真言を唱える。

「え〜と―――のうまく さんまんだ ばざらだん かん」

 すると護符が消えて水鏡に何かが映り始めた。そうか!護符には霊力を物質化する力があるから、その効力を応用して水鏡をモニタ―にしたんだ。水は霊力を捕らえやすいし、こうすればぐんと分かりやすくなる。でもなんで隆盛こんな方法を知ってるんだよ?

「なっこれは―――」

 オレは鏡に映った人物を見て驚愕する。

「風音?」

 そこにはオレんちの居間で寛いでいる風音が映っていた。勇太と婦人に結界で待機するよう言って、オレと隆盛は風音の下へ。

「どうかしたんですか?二人とも」

 オレたちの様子が尋常ではなかったんだろう。風音はぽかんと口を開けている。

「間違いない。やはり風音ちゃんから呪いが発せられているぞ」

「えっ!?どういうことですかっ?」

 隆盛の指摘に怪訝に問う風音。

 本当にどういうことだ?風音がなんの儀式もなしに勇太を呪えるとは思えない。でも確実に呪いは風音から送られている。

「霊魂が串刺しに―――」

 隆盛がぼそりと呟く。

「え?」

「風音ちゃんの霊魂が同質の霊魂によって串刺しになっている。その一方が勇太に向かっているんだけど―――」

 まったく質の同じ霊魂に貫かれている?しかも、それの一方は勇太に伸びていてもう一方―――。

「…………………」

 まさかっ!? 

 オレの頭に、ある最悪な仮説が浮上する。そして隆盛は唇を噛んでいた。彼もオレと同じことを思いついたようだった。


「―――の凶星よ、我が―――」

 とあるビルの廃墟の中、凪紗は棘をポイントにした逆五芒星の中心に跪いて呪文を唱えていた。棘には小動物がそれぞれ串刺しにされている。しかもまだ生きている。生かしたまま激痛を与え続け、苦しみの念を呪いの糧とするために。

「魔力を……」

「もう、やめるんだ凪紗」

 オレたち三人の出現に凪紗は固まった。

「お姉さまどうしてこんなことを……」

 そう、勇太を呪っていたのは凪紗だった。

「憎かったから」

 凪紗はゆっくりとした動作で立ち上がる。そして、風音に思いっきり罵声を浴びせた。

「あんたのことが憎かったからよっ!!」

「―――――――――--!?」

 風音はわけ分からず口を抑えて首を振る。

「私たちは生れ付き呪われてた。ずっと不幸だったけど二人で支えあって生きてたわ。それなのにあんたのお父さんが呪い封じなんてもんで風音だけ救って―――」

「そんな、お姉さまだって教えて頂いて」

「効かなかったのよ!」

「っ!?」

 呪い封じが効かなかった 

「ずっと効いてる振りをしてたのよ。あんたは幸せそうにしてるし、私は厭なことがあってもいつもあんたにばれないように隠していたわ。黎須さんに相談しようと思ったときにはすでに亡くなられていた。憎かった。どうして風音は救われたのに私は救われないの?双子で、同じように呪われていて、ずっと同じだったのに―――あの日からあんたは毎日毎日楽しそうにしていて―――」

「ひっ―――ぅ―――ごめ―――な……さい」

 凪紗の辛辣な告白に風音は両手で顔を覆い隠し謝罪する。凪紗は興奮のあまり肩で息をしていた。

 そして笑いだす。魂を震え上がらせているような声で。

「ふはははは。そしてついこないだ誰かがネットで教えてくれたのよ。呪いをどうにかする方法を。呪いをあんたに擦り付ければいいってね」

 魂の疾患による呪い。そしてこの呪いは恐らく自身の霊力を食らって精神を蝕む代物。本来ならばまともな思考能力を失うほど強力な―――。それでもこの姉妹の霊力は疾患が食い尽くせないほど強く、残った霊力でなとか防御をしていた。だからこの姉妹は昔から少し意識が飛んで不注意の連続を起こすくらいですんでいたんだ。

 そして父さんは呪い封じによってその防御力を高める方法を教えた。

 風音はそれで救われたが、なぜか凪紗には効果がなかった。

 『自分だけがどうして……』―――そのストレスが更に呪いの力を加速させたのだろう。 そして昨今、霊魂の疾患部位を伸ばし自分の霊力の代わりに風音の霊力を食らわせ、更に精神を蝕む呪いをも彼女に移す方法を凪紗は知った。双子で霊力の質がまったく同じだったからできた芸当だ。風音は自分と凪紗の二つの呪いを引き受けることになってしまったために呪い封じの防御力が負けてしまったのだ。

「自分の魂を伸ばして風音の魂を貫くには支柱となるべつの目標が必要だった」

「それが勇太くんか―――」

 勇太はただ二人のとばっちりを受け、霊力アレルギ―であんなめに―――。

「そうよっ!」

 凪紗は血走った目をオレに向けてくる。

「誰でもよかったのよ。ネットの掲示板にあの子を呪ってくれって匿名で書いてあったからあの子にしただけ。今度こそ、邪魔させないからっ!!」

「もうやめろっ!」

 凪紗はオレの制止も聞かずに呪いの儀式を完成させる。

「礎に死をっ!…………えっ、なに?ちょっと。いや……いやあぁぁぁぁぁぁ」

「きゃぁあぁぁぁあ」

 風音と凪紗、二人が同時に苦しみ始めた。

「どうしたっ!?」

 オレの問いに戦慄を浮かべて隆盛が云う。

「呪いが返された。勇太の奴、無意識に呪咀返しをやっちまったんだ」

 呪いは風音の体を貫いている凪紗の魂を経由している。だから二人ともに影響が出てしまったんだ。

 まずい。呪咀返しは元の呪いの何倍もの力になる。このままじゃ二人とも死んじまう。

「のうまく―――」

「おいっ!自分に移すつもりじゃねぇだろうな。そんなことしたら、お前がっ―――!!」

 うるせぇ隆盛。このままだまって見てられるかよ!

「さんまんだ ばざらだん かん 我、金剛に帰依す。一切の禍を滅さんと、衆生の業を括り給え!」

 移せた。疾患部位、依代である魂そのものを移そうとしても無理だが、精神を蝕むという呪いの効果(邪気)だけでも一時凌ぎに代行できた。

 二人とも動揺はしてるが苦しみはなくなったようだ。

「おん」

 なっ!オレの力でも呪い封じしきれない。

「うがぁぁぁぁぁぁぁ」

 頭が割れるように痛い。思わず手にしていた金剛杵を床に落とした。それを拾おうとしゃがんだがそのまま崩れるように倒れてしまう。針で刺されるような痛みと熱湯を浴びせられたような刺激が交互にやってきて―――。

「ああぁぁがあぁぁぁ―――」

 意識が―――。


『風音、泣かないで。お姉ちゃんがついてるから』

 小さいときの風音?泣いてるのを誰かが慰めている。

『お姉ちゃんが守ってあげるから』

 これは凪紗の記憶。

『お姉ちゃん。私、今日一度も厭なことがなかったよ。やっぱり呪い封じが効いてるみたい。お姉ちゃんは?』

『うん。私も―――(気付かれてはいけない。折角、風音が笑ってるんだもん。水を注しちゃいけない)』

 心の歪みが流れこんでくる。

『法師さまは亡くなって―――もう誰にも相談できない』

 閉じこめてはいけない苦しみ。

『お姉ちゃん、手火傷したの?』

『ううん。霜焼けよ、きっと(私が我慢すればすむことだもの)』

 軋んでいく。

『凪紗さんは協調性に欠けてるんじゃないですか?もう少し妹さんを見習って』

『すいません(我慢しなきゃ)』

 責任はやがて脅迫に、 

『お姉さま、私料理の大会で優勝しました』『そう、よかったわね(うれしいはずなのになんで私、こんなに惨めなの?)』

 目的はその理由を見失って、

『私、お姉さまと同じ高校に通いたいのでランク下げます』

『(あんたなんか、あんたなんかっ )』

 愛情が憎しみに―――。


「おいっ、大智。しっかりしろ」

「っ!?」

 隆盛の声にはっとなる。いつのまにかオレは隆盛に抱き起こされていた。

 まずい、このままじゃ精神を蝕まれて死んでしまう。

「くぅうう―――こんくぅはぁぁ……こんごうじょ―――」

「金剛杵かっ!ほらこれ」

 隆盛が金剛杵を拾ってオレの手に握らす。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ―――」

 オレは極限の痛みを堪え、涙で鼻水がつまった声を張り上げる。

「のうまく さらば たたぎゃていびゃく さらばぼっけいびゃく さらばた たらた せんだまかろしゃだ けん ぎゃきぎゃき さらばびきんなん うん たらた かん まん 恐るべきぃ―――大忿怒ぅぅぅぞんよぉぉわれを喰らいてぇぇ……刃となせ―――」

 ジャキン

 真言を全て唱え終えた瞬間、金剛杵の先から鋭い刃が飛び出てくる。他の霊力を食らうオレの霊力を不動尊の霊力で結晶化した降魔の利剣。オレはその刃を自分の心臓に突き立てた。

「大智っ!?なにをやってんだ!!」

 オレの行動を狂気と感じたのか隆盛は戦戦兢兢となる。確かに端から見たら気が触れたとしか思えないが、これは魔を祓うための最終手段だ。この剣で傷ついても、食らった霊力でオレの霊力が細胞の異常活性を促し瞬時に傷が塞がる。死ぬほど痛いけど。どの道死にそうだし。だが痛みで気絶してしまえばそれでお陀仏になってしまう。

「ひっ―――ひゅあ……はっ―――はっはっのうまく……さん……はっ」

 くっ苦しい。だっだめ―――。

「がんばれっ!」

 隆盛がオレの震えが止まらない剣を握る手に、上からそっと手を被せる。泣いている。それでもその目はずっとオレのことを見ている。戦っているオレを応援してくれている。まるで父さんみたいに。

「さんまんだ ばざらだん かん 我がぁ力ぁ解きぃ放て」

 ぎゅりゅ

 剣を心臓から引き抜こうとするが力が入らない。それを察してか隆盛が力を貸してくれた。

 引き抜いた瞬間、刃が金剛杵の中に引っ込む。それと同時に心臓の傷は塞がり、地獄の苦しみも一瞬のうちに引いていった。

「大智。大丈夫か」

「ああ。もう大丈夫」

「このやろう。無茶しやがって」

 隆盛がオレの頭を抱える。分厚い胸板がむさ苦しいが今だけは我慢しよう。

「わっ私……」

 凪紗が全身血塗れになっているオレを見て顔面蒼白になっている。ここにきて初めて自分のしたことの大きさに気付かされたかのようだった。

「……………………」

 そんな凪紗に風音が近付く。

 スパンッ

 風音が思いっきり凪紗の頬を叩いた。それまで一度も妹からそんなことをされたことがなかったのだろう。凪紗はボロボロ涙を流しながら謝り始めた。

「ごめんなさい……私、ごめんなさい」

「どうして―――どうして相談してくれなかったんですか?」

 風音も泣きながら姉に訴える。

「お互いたった一人の家族じゃないですか。一言相談してくれれば、私だって……」

「ごめん、風音」

 姉妹は互いに抱き合いながら泣いた。オレは体を起こして寺に戻ろうとする。

「待って」

 凪紗が呼び止めてくる。

「私のしたことが許されることじゃないと思うけど。でも、私―――」

「許すか許さないかは風音や勇太が決めることだ」

 オレは少し突放したような云い方をした。疲れ果ててたのもあるけど。

「……大智………」

 そんなオレの肩を隆盛が支えてくれる。

「風音の云う通りだ。辛いなら、助けてほしいなら誰かを頼れ」

「えっ?」

「うちに―――うちの寺に来い。不動尊は頼ってくるものは拒まん。境内で寝泊りしてたらさすがに呪いも封じれるだろ。幸い部屋は腐るほど余ってるしな」

「お姉さまっ!」

 風音が喜びの声を上げる。凪紗は頭を垂らして呟く。

「ありがとう」

 感謝の言葉はいつ聞いても気持ちがいい。

 自分にできることなんてそれほど大したことじゃないし、限界もある。だけどできることに全力でぶつかって、感謝されたりするから、ああ、またがんばろうって気持ちになれるんだ。

 そうだろ?父さん。


   5


 その後、凪紗は勇太と母親に土下座して謝った。始めのうちは戸惑っていたようだったけど、彼女の境遇に同情の余地があると婦人は謝罪を受け入れるという手紙を後によこしてくれた。

 でっ肝心の凪紗はというと、

「いったい何年ほったらかしてたのよ!」

 本堂を隅から隅まで掃除するよう云い付けると文句ぶうたれながらも結構楽しそうに掃除している。風音や隆盛も手伝ってくれてるし。

「仕方ないだろ。今まで人手がなかったんだから」

「男の人が一人暮らしすると大抵部屋が汚れていることが多いいそうですね」

 風音。やっぱ慇懃無礼だぜ。

「きちきち動け、日が暮れるぞ」

 オレがみんなに発破をかけると隆盛が傍に寄っきた。

「はは、なんかよかったな。賑やかだし」

「ああ」

「でも正直、大智が凪紗のことを受け入れるとは思わなかった」

 オレが人間として成長してくれて嬉しいみたいな調子で微笑む隆盛。なんか、失礼くない?それ。

「まっ。オレもこんな力持って生まれたわけだし、凪紗の気持ちがわからなくもなかったからな」

 あのとき、流れてきた凪紗の記憶。あんなもの見ちまったらほっとけるわけないじゃないか。

「そうか」

 隆盛がオレの頭をくしゃくしゃと撫でてくる。だから子供扱いすんなよな。

「まあ、あれだ」

 オレは顎に手を当てて云う。

「蛇の道は蛇ってな」

「なんかカッコつけてるけど、微妙にことわざのニュアンス間違ってるぞ。それを云うなら同病相憐れむだ」

「うっ……」

 赤っ恥じゃんオレ。まっまぁ終わりよければ福来たるってことで。いや、全てはロ―マだったけ?

 とにかくまた、どこかでご縁があれば。このオレ、不破大智の呪われ屋をよろしくっ!



  〃Cursed×Blest〃


   独りぼっちの夜軍ナイトリィバトル

   暗がりに染まりつ気付いた

   強さと重さと

   胸に仕込んだ手鏡ハンドグラス

   映り込んで追い込んでゆく

   心の脆さと

   

   腐れかけてた

   私の声、私の頬、そっと

   触れて撫でてる小さな手を感じるわ

   ひびの数だけ

   理由わけを聞いて、わくを取ってくれた

   あなたの傷にも

   救いが来る日を願っている

   My mind needed it.

 



       リバ―ス制作委員会


        著・みゆ貴茂



   

   シ―クエンス



 御陰邸―――。

「あはっ……」

 部屋でノ―トパソコンに向かっていた勇太は、その愛らしい顔に不似合いな笑みを浮かべて呟く。

「ちょっと予定は狂っちゃったけどね」

 勇太はチャットをしていた。

 ディスプレイにも同じ言葉が書込まれる。

『乾闥婆〉ちょっと予定は狂っちゃったけどね。でも、超めずらおもしろい呪いに出くわすことができたし、まっいっかって感じ』

『竜〉よかったねぇ』

『緊那羅〉乾闥婆さま無敵っ☆』

『乾闥婆〉これで暫らく退屈しないで楽しめそう―――』

 部屋の戸が叩かれ、母親が入ってくる。

 勇太はさり気ない動作でノ―トパソコンを閉じ、母に無邪気な表情を覗かせた。

「勇太、まだ起きてたの。まだ、本調子じゃないんだしそろそろ寝なさい」

「うん」

 時刻は九時を回っていた。母は勇太の首筋にお休みのキスをして部屋から去った。彼女を笑顔で見送っていた勇太は、戸が閉まるのを待ってパソコンを開く。

『―――もう寝なきゃ。じゃあまた』

 勇太はチャットを終え、立ち上がると電気を消して窓の前へ―――。

「呪われぼっち―――闇に染まりて、闇を断つか―――」

 勇太は目を瞑る。

 そして陽気な歌を口ずさんだ。

「そんなこと思うから今夜も眠れない♪」




                          つづく―――

              




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