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B階の怪

作者: 吉田 将

 山間にある古びた高校、氷上ひがみ高校……その学校に通う女子高生、村崎むらさき由里ゆりはその日、忘れ物をした為に夜遅くに自分の学校へと来ていた。

 昼間来た図書室に明日の授業で提出する課題を忘れてきてしまったのである。

 課題を提出する授業は一時限目……図書室が開くのは昼休み……彼女はどうしても今日中に課題を取りに行かなくてはならなかった。


「もう……こんな夜中に嫌になっちゃうなぁ〜」


 時刻は二十一時……用務員も帰ってしまい、学校には誰もいないだろう。

 だが、学校が閉まっている……という心配は無かった。


「……わっ、本当に開いた! 学校は閉まってないって噂、本当だったんだ……」


 生徒用の正面玄関の扉に手を掛けた由里はスムーズに開いた扉に驚く。

 本来なら貴重品や物品が多くある学校ゆえ、管理も厳重となっているのだが、この氷上高校は用務員の家が近くにあるという理由で夜の二十二時まで開放されている、という噂があったのだ。

 学校を閉めるのも開けるのも全て用務員が行っている……忘れ物をしてきたのが正当な者なら必ず、家に訪ねて来る。

 その結果、こっそり行ってもバレることは無い。

 しかも、その噂じゃ閉めるのは職員玄関と生徒用玄関のみとなっている。

 つまり、入るのは容易いのだ。


「…………じゃあ、この噂が本当ならあの噂も本当なのかしら?」


 恐る恐る夜の校舎へと入っていく由里。

 実は彼女はもう一つ、この学校に関する噂を聞いていた。


『B階の十三怪』


 まるで、小説のタイトルのようなその噂は実用性を兼ねた先程の現実的な噂とは対になるものである。

 すなわち、非現実的な話し……学校の七不思議みたいなものだ。

 とはいえ、氷上高校には七不思議なんて数の不思議は無い。

 あるのはたった一つの不思議である。

 ただ、七つではなく一つだけというのが妙に信憑性がある。

『B階の十三怪』……その噂の内容はバラバラで掴みどころの無い不思議ばかりだ。

 理科室の人体模型が動いたり、美術室の肖像画が笑ったりといった定番のものから謎の階段が現れたり、影のような人影が見えるといったものまである。

 だが、そのどれもが一概にはっきりとしない。

 しかし、ある結末はどれも共通していた。

 それは……


『ある回数の怪異を見た後で、ある場所に行くとその者も怪異になる』


 という結末であった。


「ある回数とある場所って、全然分からないのよね…………でも、今日は図書室に行って忘れ物を取るだけだし……」


 図書室は生徒用の正面玄関を入って東廊下を歩いた先の奥にある。

 そこまで長居はしないし、近い……すぐに用件は済む。

 暗い廊下を目的地である図書室に向かってひたすら歩く由里。

 だが、もうすぐで図書室に着くという所で由里はある物を見つけ、そこで足を止めてしまった。

 止まった由里の視線の先に居るのは自分自身…………その相手に彼女は思わずビクッと身体を震わせるが、やがてそれが卒業生が学校に贈呈した鏡であることを知るとホッと、胸を撫で下ろした。


「なんだ……びっくりさせないでよ……」


 安心しつつ、由里は近付いて鏡に触れると自分自身と手を合わせる。

 暗闇の中の鏡は昼間の時より思った以上に映える……そして、それは普段よりもなぜか不気味さと恐怖を与える。


「…………そういえば、ここに鏡なんてあったっけ?」


 恐怖は不安を生み、不安は心を疑心にさせる……得体の知れない恐怖がジワジワと心身共に侵蝕し、身体が震え始めた由里は鏡から手を離そうとする。

 だが、その瞬間……鏡の中にいる自分自身が離れようとした手を手首ごと掴んだ。


「……えっ?」


 由里は何が起こったか分からなかった。

 錯覚なのか……しかし、手首には握られている感覚がある。

 彼女が理解に苦しむ中、鏡の中の由里は不気味にニヤリと笑うと抑揚の無い声で言った。


「みぃーつけた」


 その途端、由里は強く引っ張られ前へと倒される。

 慌てて、彼女が足に力を入れて態勢を直すと自身の前には鏡はなく、普通の壁があった。


「えっ? えっ?」


 慌てて周りを見るもそこは先程と変らない暗い廊下で近くにはちゃんと図書室もある。

 ただ一つ、さっきまで触れていた鏡は無かった。


「……夜中だから寝ぼけていたのかな?」


 目を擦りながら気を取り直して、図書室まで歩き、中へと入る由里。

 そこは夜の為か、普段より一層静寂に包まれ、広さも相まって何かが出てきてもおかしくないような雰囲気を放つ。


「早く済ませて帰ろ……」


 昼間、座っていただろう場所を探して辺りを見渡す。

 すると、彼女の視線が閲覧用テーブルの一角に置いてある何かを見つけた。

 近付いて見るとそれは自分が探していた課題のプリントと一冊の黒い本であった。


「あった……! でも、この本は一体……」


 題名は本全体が黒いせいか、何も書かれていない。

 由里は何気なく本をめくる…………が、中のページにも何も書かれていなかった。


「……なに? これ、ノート?」


 白紙のページを眺めながら彼女がそう呟いた瞬間、そのページいっぱいに突然……


『今度の怪異はあなた』


 と赤い字が浮かび上がるように現れた。


「きゃあ!」


 意味不明な文が突然現れた事に由里は驚いて黒い本を投げ捨てる。

 すると、今度は投げた事が合図となったのか、図書室の本棚にある本がいきなりバタバタと落ち始めた。


「な、なんで……ゆ、揺れてもいないのに!」


 地震も無いのに落ちた本を見て、由里はパニックになる。

 そんな中、投げ捨てた黒い本の開かれたページには再び赤い字で……


『アハハハハ』


『あと十怪……』


 という文字が書かれていた。


「いやぁ!」


 悲鳴を上げながら図書室を出た由里は正面玄関へ向かってひたすら走る。

 走っている最中、廊下にある水飲み場の全ての蛇口から赤茶色の水が勢いよく出てきたり、由里と似たような女性の笑い声が聞こえたりしたが、由里はそんな事を、気にする間もなく走り続けた。

 だが、走り続けていて彼女は気付いた。

 いつまで経っても正面玄関が見えないことに……そして、一階の廊下なのに窓が一つも無いことに……。


「はぁ、はぁ……い、一体……どういうことなの?」


 恐怖のあまり気が付かなかったが、景色もさほど変わらない。

 目に映るのはただ先の見えない暗い廊下と壁のみである。


「まさか……同じ所を走ってる?」


 円環状の建物ならまだしも細長いだけの廊下なら、そんなことはありえない。

 由里は冷静になって、ゆっくりと周りを見ながら走る。

 すると、ある妙なものを壁に見つけた。


『B7階』


「B7階……? なんで? この学校に地下室なんて無かった筈……」


 地下を意味するBと七階……学校にはそれほど深い地下は無い。

 それに由里自身、地下に来た覚えなど無い。


「地下なんて来た覚えは無いけど……それなら、階段を探さなくちゃ……」


 まだ混乱はしているものの、やる事が見えた由里は階段を探そうとする。

 けれども、その時……何者かの気配を感じ取って、彼女は自分の後ろを振り返った。

 そこには白い着物を着て、青白い顔をした無表情の女性が立っていた。


「えっ……あの…………いつの間に……」


 由里が驚きながら尋ねるも、女性は表情を変えず、一言も喋らない。

 それどころか、急に両手の甲を合わせて打ち始めたのだ。

 それはまるで、逆に拍手をしているかのようであった。


「な、なに……なんなの!?」


 女性は逆手で激しい拍手をしながら由里に近付いてくる。

 由里はその無表情と行動に恐怖を覚えて、思わず後退った。

 女性はそれを見ると、拍手を一旦止める…………そして、今度は手首の骨が折れるのではと思う程の激しい逆手拍手をしながら由里に迫ってきた。


「きゃあぁぁぁーッ!」


 異様な雰囲気に耐え切れず、由里はその場から逃げ出した。

 後ろからは拍手と共に足音も聞こえてくる為、怖くて見ることが出来ない。

 とにかく、由里は無我夢中で走った。

 やがて、走っている由里の先にドアが開いている教室が見えてきた。

 怪しいとか暗いとかはもう関係ない…………由里は迷わずその場所に入り、ドアを閉めた。

 閉めたドアの向こうからは「アアァァァ……」という女性の呻き声と共に、激しくドアを打ち付ける音が聞こえる。

 由里は必死にドアを抑えた。


「お願いだから、どこかに行って!」


 やがて暫く時間が経ち、由里の願いが届いたのか…………女性のドアを打ち付ける音が止み、呻き声が遠退いていく。


「…………よかったぁ、諦めてくれたんだ……」


 女性が去ったことに安心し、ホッと息を吐いた由里はその場に膝から崩れ落ちる。

 すると、その途端……教室にあるスピーカーに突然電源が入る音が聞こえた。


「こ、今度は何!?」


 立て続けに怪奇現象に襲われ、精魂尽き果てている由里は半ばヒステリックになりながら叫ぶ。

 すると、そんな彼女に応えるように校内放送が始まった。


『……こん……ばんわ………あなたが……かい……い…………なる…………あと………五か……い…………です…………残りの………人……として…………人生………………………しんで下さい』


 ノイズの酷い無機質な声で行われた校内放送はそう由里に告げ、放送を終えた。

 彼女はその放送を聞いて青ざめる。


「かいい、って何…………あと五回………って、それに人としての人生って……」


 思う所がいくつかあり、考えをまとめようとする由里。

 しかし、その考えを止めさせるかのようにいきなり教室の壁がバンッ、バンッ、と激しい勢いで叩かれた。


「ひっ!」


 まるで無数の人間が壁を叩いているような音に由里は耳を塞ぐ。

 しかし、この教室にも窓が無く周囲を壁に囲まれている為か、音が反響し、否が応にでも聞こえてくる。

 このままじゃ、頭がおかしくなる…………耐え切れずに由里は篭っていた教室から廊下に出た。

 教室の外には誰もいない。

 けれども、暗い廊下の向こうからはポーン、ポーン、とボールの弾むような音と子供達の笑い声らしきものが聞こえてくる。


「子供の声…………ここは高校なのに……」


 もはや、人など居ないのだろう……けれども、子供なら何とかなる筈…………そう思い、身構えていた由里だったが、その考えは甘かった。

 暗い廊下の向こうからやってきたのはボールで遊ぶ子供達ではなく、生首となって自ら飛び跳ねて笑う三人の男の子であった。


「きゃあぁぁぁ!!」


 ここまで体験して、初めて見た実体のある本格的な怪奇現象に由里は悲鳴を上げ、再び逃げようとする。

 だが、今回に限ってはなぜかその場から動く事が出来ず、逃げることが出来なかった。


「な、なんで…………!?」


 驚いて足元を見ると、由里の足を廊下の床から生えた二本の手がしっかりと掴んでいる。


「や、やめて! 離して! 離してよぉ!」


 由里は自分の足を掴んでいる手を振り払おうとする。

 けれども、その内に生首となっていた三人の男の子達が笑いながら由里に近付き、彼女の両足と左腕に思いっきり噛み付いた。


「い、痛い! やめて! やめてえぇぇーッ!」


 身体を左右に激しく振って、子供達の生首を振り払った由里だったが、何度も逃げ続け、悲鳴を上げていたせいか、身体に力が入らず、そのまま床に床に倒れてしまう。

 その倒れた瞬間、床から生えていた二本の手は由里の足を掴んだまま、ものすごい速さで彼女をどこかへ引きずって行く。


「いやあぁぁぁーッ!!」


 これから一体、どうなってしまうのか…………由里は自分の身に起こる事を想像し、目を瞑る。

 だが、意外な事に彼女を引きずっていた手は暫く経った後、その掴んでいた足を離す。


「……えっ?」


 自分の想像していた事とは違う展開に由里は恐る恐る目を開ける。

 すると、そこには上へ行く階段があった。

 階段の壁には『B1階』と書かれているが『B』の部分がバラバラになり『13』という数字に見える。

 あの手は自分を助けてくれたのだろうか?

 取り敢えず、何も無い今は逃げるしか無い…………由里は縋り付くような勢いで階段を上る。

 彼女自身、所々で知った数字は何かのカウントダウンではないかと思った。

 だが、それもこの階段を上りきれば終わる。

 B1階なら、上は1階……正面玄関がある。

 幸いな事に階段の上には何かの扉が見えていた。

 出口だ……そう思った由里はすっかり安心してしまう。

 だが、最後の段に足を掛けた瞬間……突如、由里の目の前に何かが落ちてきた。

 それは首を赤い紐で吊った長い茶髪の女の子を模したぬいぐるみであった。


「わたしの中身……みぃーつけた」


 ぬいぐるみがそう言った事に由里は驚いて足を滑らせ、最上段から何度目かも分からない悲鳴を上げながら、暗い奈落の底へと落ちていく。

 ぬいぐるみは何もせず、ただ黙って穴のような階段の下を満足気に眺める。

 そんなぬいぐるみの傍……階段の壁に書かれた『B1階』の文字はいつの間にか『B階』へと変わっていた。




 ――――――【✻】――――――




 朝になり由里は一階に着く事が出来た。

 そして、学校にやってきた用務員に見つかったのであるが、その後については誰も知らない。

 噂どおり、自らも怪異となってしまったのかも分からない。

 ただ、これだけははっきりしている。

 彼女は今でも学校に居る……それだけは確かだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これを読むと、「僕」の闇行シリーズの あの登場人物の背景がわかる、という仕組み、 実にうまいです。 [一言] これほどいい作品なら、もういつ書籍化となっても おかしくはないと思いますが、そ…
[一言] 投稿おつかれさまです。   畳み掛けてくる怪奇現象のテンポが良くて読み進めやすかったです。特に生首の子供たちの箇所は目に浮かぶようでした。十三階段とは絞首刑の台の隠喩であったりしますが、最…
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