藤原さん 3
藤原さん 3
「いい天気だわ。」
彼女は無表情で言った。僕は彼女のこの一言で、小学校時代の先生の言葉を思い出す。
「晴れている日がいい天気という表現はまちがっている。傘の商売をしている人には雨の日こそいい天気だし、サーフィンなどのスポーツをする人には、風があって波があるような天気がいい天気だ。だから、いい天気という表現はとてもあいまいなものなんだよ。」
そんなことを言われたような気がする。なぜ、その言葉を覚えているのかはまったく記憶にないのだが。そして、なんの教科だったのかも思い出せないのだが。
ちなみに、僕にとってのいい天気は秋の温かい風が吹く、そんな日だ。しかし、藤原は窓の外を台風がゆっくり通過しているのを見ながらそう言った。風は強くて、木々は折れそうだし、雨はバケツをひっくり返したように振っている。それも風の影響か、窓に打ち付けているのだ。そのうち、雷でも鳴るんじゃないかというくらい荒れた外。
僕は携帯を見た。登録してあるせいか、情報が勝手に届いた。どうやら、電車が止まったらしい。
「電車止まったらしいよ。」
「あら、ほんと。どのへんが?」
「この辺が。」
「そう。」
彼女は、とくに気にするわけでもなく、購買で買ったパンを口に運びながら荒れている外を眺めた。
大学の広い講義室には自然と何人かのグループが出来上がりそれぞれに話をしているようだ。僕ら二人はそんな集団には入れなかったようで、いや、入る気もなかったのかもしれないが、とりあえず、二人でパンを食べていた。
「やばい!電車止まってる!」
同じ電車を利用している生徒だろうか、携帯を見ながら騒ぎ出す。
「えー。帰れないよ」
「ちょっと外凄いんだけど!」
「怖くねぇ?」
「なによ、男じゃない!」
「自然災害に男女、関係あるか!」などなど騒々しい。
「で?」
「ん?」
「なんでいい天気なの?思いっきり外、荒れてるけど。」
「んー。自分たちの小ささとか無力さが分かっていいんじゃない。」
「なるほど。」
彼女はそう言ったが正直な所、僕はそのセリフを全く信じていない。藤原はあまり嘘が得意ではないようだ。
「で?」
「ん?」
「ホントのところは?」
「……矢口君。」
「なに?」
「さっきの説明じゃ、納得できないってこと?」
「そうだね。」
僕あっさり認めた。藤原はため息をついた。
「テンションが上がるのよ。」
「はい?」
僕は変な声を出した。予想外の答えのせいだろうか。
「笑えば?けが人は出るだろうし、交通機関はマヒするし、車もひっくり返りそうな良くない天気で、いいことのない台風だけど、外が荒れてるとテンションが上がって、うきうきするのよ。」
藤原はそう言い切った。こっちのほうが彼女らしい。どうやら、顔にはまったく出ていないが、藤原はうきうきしているようだ。だが、そう言われて、よく観察してみると目が少しきらきらしていることがわかった。
「小学生みたいでしょ。」
「まぁね。雪なら、まだわかるんだけどなぁ。」
「雪はだめ。」
「なんで?きれいじゃないか。」
「冷たいじゃない!」
そのセリフに僕は笑った。どうやら今日も藤原ルールは存在しているらしい。
「秋の台風も十分冷たいと思うんだけどなぁ。」
「そういう問題じゃないの。」
彼女はきっぱりと言った。藤原の中では別問題らしい。僕にはどこが違うのかよくわからないけれど。小学生が台風がきて喜ぶのは、学校が休みになるからだと僕は思うのだが、彼女の場合は違うようだ。黒板には、休講の文字が書かれ、事務のお姉さんの言葉にしかめっ面をしたからだ。
「本日の、この授業は台風のため、休講です。」
他の生徒の歓声が沸く中、彼女はまだ顔をしかめている。しかし、次の瞬間荒れた外を見て、うれしそうに笑っていた。
そんな藤原を見ながら、僕はやっぱりいい天気の定義は難しいものだなぁとか、考えていた。あの人はなんの教科の先生だったんだろうか。