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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ライオット
95/117

風雲ギーネ城

あぁ~、感想もらえて幸せなんじゃー

 とりわけ暑い日でもなかったが、フォコンはひどい喉の渇きを覚えていた。

 とはいえ、化学物質に汚染された安い水をがぶ飲みするのは、命の安売りが売り文句なハンターの屑であっても気が進まない。

 ただでさえ短いティアマット人の平均寿命を、さらに縮めるようなものだ。

 無理に唾を飲みこむと、喉に痛みが走って、ただでさえ冴えない中年男は情けない表情で眉をしかめた。


 街路に散らばっている他のハンター崩れも、緊張しているのだろうか。

 六つのポケットのついたくたびれた軍用カーゴパンツに海松色のシャツ。その上に200年物の合成繊維のジャケットを着こんでいる。何処にでもいそうなくたびれた顔つきの中年男の目の前には、廃墟と化した巨大構造物が静かにそびえていた。


 毛髪の薄くなりつつある頭を掻きながら、ため息を漏らした。嫌な予感はしていたのだ。

 あばずれの一人や二人。軍人崩れだとしても自分の手で捕まえたほうがずっと安くつく。にもかかわらず、雷鳴党の連中が高額賞金を懸けた時点で、容易い仕事ではないと悟って然るべきだったが、にしても標的の逃げ込んだ先が先だった。


 大崩壊以前、東海岸で有数の有名ホテルとして知られていたホテル・ユニヴァースは、広大な領域を誇っていた。

 複数の棟からなる巨大な建築物は、所々の通路が崩れて通行不能となっている為、内部は迷宮と化しており、夥しい数のゾンビやら悪魔鼠が蠢いている。

 変異獣の巣窟となっている階層も存在しているとの噂で、近隣では最も危険な遺構のひとつとして名が知れ渡っていた。


 こんな遺構を根城にしている奴らは、どう考えても頭のネジが外れている。

 狂気の沙汰だ。刺客を避けるため、迎え撃つため、あえて危険地帯に身を伏せる。

 その理屈は理解できる。が、物事には限度がある筈だろう。

 蛮勇を誇るティアマット人さえ怖気を振るう化け物共の巣窟であった。


 呆然と見上げて、首を振り、ため息を漏らし、しかし、雷鳴党の呼集に応じたハンター崩れの誰一人としても立ち去る素振りは見せなかった。

 

 どいつもこいつも、金が欲しいのだ。

 非合法な人狩りの依頼を受ける人間の屑でもあるが、同時に度胸の据わった奴らでもある。それなりに腕に自信もあるだろう。ふてぶてしい面構えの悪党ばかりだった。


 ティアマット世界で、人の命は極めて軽い。

 たった一発の鉛玉の有無が、変異ネズミのミートパイを口にするか、それとも自分が変異ネズミの餌になるかを左右する過酷な土地だ。

 水や食料の乏しい廃棄惑星でも、一口のぬるい水や一かけらの鼠肉のパイがあれば、取りあえずは、今日の命を繋ぐことが出来る。

 だが、たった一枚のコインがない為に、今もどれほどのティアマット人が命を落としているだろうか。

 通貨が万能性を持つ資本主義社会とは別の意味で、命は金で買える。

 命が安い土地で、金は保険になるからだ。飛び切りの大金なら尚更だ。

 崩壊世界でも、とびっきりの危険地帯を前に、だから愚連隊に雇われたハンターたちも迷いながらも、立ち去ろうとはしなかった。


 多くの人命を飲み込んできた特A遺構を目の前にして踏み込むべきか。それとも踏み込まざるべきか。

 しばしの逡巡の後、顔を見合わせてから、ハンターたちは誰ともなく肯きを交わしあう。

 食料兌換紙幣が一枚あれば、取りあえずは、その日一日を長らえる為の食料や弾薬が手に入る。無論、その紙幣を狙った強盗に殺されることもある。


 彼方までの曇天の下、しばし、欲望と打算の入り混じった視線を灰色の巨大な遺構へと投げかけていた狩人たちも、やがて意を決した。

 ある者は、奇妙に陽気な笑みを口元に張り付けて大股で、ある者は緊張に強張った表情を浮かべたまま慎重な足取りで一人、また一人と巨大な遺構へと足を踏み入れていった。




 恐らく往時には、従業員の出勤や出入り業者の搬入に使われていたのだろう。

『ホテル・ユニヴァース』敷地の南側には、大型車も通行可能な通路が舗装されており、道路を挟んだ両脇の空間には、かつて立派であっただろう庭園の成れの果てが広がっていた。


 だが、ハンター崩れの殆どは、古き良き時代の遺産を前に、郷愁にふけるような感性とは無縁の連中だった。

 僅かに女狩人の姉妹が、仲間たちから離れたベンチに座って、スケッチブックにクレヨンでホテルの外観を写生しており、花壇の傍ではマスケットを担いだ小柄なフード姿がしゃがみ込んで、醜くただれた指で愛でるようにシクラメンの花に触れている。が、殆どの連中はいら立ちを隠そうとはしていない。

「いつまで待つんだ?他の連中に先を越されたら、つまらんぜ」

 仲間の誰かが不満げに漏らした言葉に、フォコンは首を振るう。

 撫でつけた金髪が額に張り付いてきたのを、掌で整えなおした。

「いや、もう少し待て。良さそうなやつが来たら声をかける」

 

 裏門からに入ってすぐの敷地右手に、朽ちた廃屋が建っていた。

 宿泊客向けゲストハウスの残骸だろう。天井と壁は崩れ落ち、窓は割れている。ペンキが剥がれた廃屋内部に入り込んで、フォコンと仲間たちはその時を待っていた。

「おい、なに考えてるんだよ。フォコン」

「さっさとホテルに踏み込もうぜ、他の連中に先を越されちまう」

 口々に言い立てる賞金稼ぎたちを落ち着かせるように、フォコンは腕を振った。

「少数で入っても怪物の餌になるだけだ。

 もう少し人数が纏まってから踏み込むぞ」

 集まった賞金稼ぎどもを見回すフォコンだが、不満そうな視線が返ってくる。

「どうしててめえが仕切ってるんだ?」

 ハンターの一人が顔を歪めての問いかけに、フォコンは舌打ちする。

「嫌なら、行けよ。少人数で『ホテル』に乗り込んでゾンビに喰われて来い」

 ハンター崩れは、どいつもこいつも癖のあるならず者ばかりだった。

 これを従わせるのは、どうにも一筋縄ではいきそうにない。


 ゲストハウスに集まっているのは、顔見知り程度が集まった即席のチーム。

 11名と数だけは多いが、大半は腕利きとは言い難い食い詰め者。

 辛うじてG級のフォコンを除けば、精々がH級。大半がI級と認定外のハンターだった。

 とは言え、全員が荒事に慣れている。

 小柄なフード姿の奥で不気味に片目を光らせているのは、交易ギルドの賞金首をも狩った経験を持つ『オウル』。

 崩壊前の警察で暴徒鎮圧用に使われていた巨大な盾に手製のメイスを手入れしているのは、七、八匹ものゾンビを単身で潰したこともある『始末屋』。銃器で武装した賞金首を捕縛するのはF級、ゾンビの群れを狩るのはE級連中の仕事で、ギルドの認定なんぞ実際には当てにならぬと教えてくれる腕利きであった。


 裏門に集った賞金稼ぎ連中が懸念しているのは、標的を片付ける困難ではなく、他の連中に先を越されないかとの疑念。

 あからさまに苛立ちを募らせて囁き合う賞金稼ぎたちを見回して、なだめるように頷きながらフォコンは言った。  

「落ち着けよ。ホテル・ユニヴァースはかなり危険な遺構だ」

 だからなんだとでも言いたげに険悪な視線を返してくる男女に咳払いして説得の言葉を投げかけた。

「奥までは踏み込まない予定だが、少数で言ったらミイラ取りがミイラってこともあり得る。だろう」

 そんな間抜けは、てめえくらいだ。誰かのささやきが耳に入ったが、フォコンは強張った笑みを無理やりに浮かべた。

「裏口は、俺が仕切る。狩れたら、生き残った連中で分配する。分かったな?」

 返事がないので、フォコンは近くにいた男の襟首を掴んで、いきなり叫んだ。

「分かったかぁ?!それとも帰るか!」


 元々、フォコンにはそれなりの人望があった。

 不承不承ながらも、賞金稼ぎたちはフォコンが仕切ると認めたようだ。

 顔を見合わせてから、ついでとばかりに質問を投げかけてきた。

「帝國人共が、表側の建物にいたらどうする?」

 フォコンは肩を竦める。

「そん時には運が悪かったと諦めな」

「ふざけんな」

「表に廻ってもいいぜ。雷鳴党の連中に混ざってな。

 好きにしろよ。『伊達男』は表に行った」

「野郎、来てるのかよ。奴は好かねえ」

 そう言って、男の一人が嫌そうに顔を顰めた。


「此処にいる以外の奴だと、誰が来てるんだ?」

「今のところ顔を見せたのは『伊達男』だ」

「あとは『痩せ犬』と『親方』、『お袋さん』にも声を掛けたと聞いたぜ」

「『痩せ犬』か。奴は鼻が利く。先を越されねえといいがな」

 フォコンたちが名を上げたのは、いずれも【町】で、多少なりとも名の売れた連中だった。

 所詮は裏社会の野良犬。流石に真正面から戦えば、正統の賞金稼ぎやハンターに及ばないことは否めないが、軍人崩れのギャング二人を相手にするには、お釣りが出るほどの腕利きたちだ。


「敷地はかなり広いよ。手分けするの?」

 女ハンターの一人が尋ねたが、フォコンは少し考えてから否定した。

「いや、纏まって動こう。生活の痕跡を探って、そこから追跡する。

 まずは中央棟。西棟と東棟は、その後だ」


「手間がかかるな」

 面倒くさそうな声に、フォコンは手順を説明した。

「いや、それ程でもない。怪物が多けりゃそこには標的いないって事だからな。じゃあ、そろそろ行くぜ、野郎ども」

 怪物が数多く棲息している場所なら、標的も踏み込む筈もない。

 また通行不可能な通路も多いだろう。

 だから一見、広大な敷地でも、ホテル内の生活空間は意外と限られている筈だとフォコンは見込んでいた。

 顔を見合わせたハンターたちは、不満げな表情を見せつつも、説明に納得したらしい。

 肩を竦めたり、舌打ちしつつも、立ち上がった。

「そりゃあ、生きてたらの話だろ。死んでるかもしれねえ」

「2クレジットじゃ、割に合わないぜ」

「火薬代だけでも出してくれるといいんだけどよ」

 


 陽は中天にあって、大気を覆うぶ厚い塵の層に遮られながらも、地上に微かな恵みの日差しを降り注いでいる。

 陽光に照らし出されたホテル・ユニヴァースの裏庭。ハンターたちが乗り込んだ静寂の立ち込めるそこは、時の静止した庭園だった。


 整えられた石畳の回廊が伸びるその両脇に堂々としたメタセコイヤやハンノキの並木が広がって、歩く人々をまるで日差しから守るように葉を伸ばして日陰を作り出している。


 剽げた動物や穏やかな笑みを浮かべた古代の戦士の彫像が庭園の四隅を飾り、広い花壇には四季折々の花々が咲き誇り、ホテル・ユニヴァースには、この庭園を目当てにした外国からの泊り客も訪れるほどであったと往時のニュース番組の記録情報で見たことがあった。


 誇らしげに庭園について語る中年の支配人。調和のとれた穏やかな空気の中、楽園のように美しい庭園を歩く親子連れの姿。記録端子で目にした崩壊前の世界の美しさは、今もフォコンの目に強く焼き付いて離れない。


 しかし、現在、そこには地獄のカリカチュアが転がっているだけだ。

 石畳は醜くひび割れており、目につく茂みや黒焦げの街路樹の物陰では、小型の変異獣が息をひそめながら、こちらの様子を伺っている。


 高熱にでも曝されたのか。醜く崩れた不気味な彫像には、焼け焦げた骸骨が抱き着くようにして半ば金属と融合していた。

 裏庭の歩道を舗装していたアスファルトは、完全に砕けて一部は隆起している。


 待ち伏せや罠の気配を探りつつ、コンクリートの壁に囲まれた広大な裏庭を一歩一歩慎重な足取りで進んでいる狩人たちは、囁くように小声で言葉を交わし合っていた。


「……なに考えてるのかな。特A遺跡を根城にするなんて、到底、正気の沙汰じゃないよ」

 茂みと茂みの間を素早く横切った獣に向かってボウガンを構えながら、女狩人のジルがつぶやいた。

 角度と指で敷地と建物の大よその全長を目算していた筋骨隆々の『始末屋』が、歪な巨塔めいたホテルを見上げながら呆れたように相槌を打った。

「……まったくだ。ホント、いい度胸してるぜ。

 よっぽど腕に自信があるのか。それとも、頭のネジが外れているのか」

 

 ホテル裏口から踏み込まんとする一団は、雷鳴党の一員でもなんでもない。

 僅かな報酬と引き換えに彼らに雇われただけの、いわば下部組織の下請けだ。

 無論、標的の帝國人たちを捕えることが出来れば、相応の報酬を約束されてもいるし、遺構の探索に掛けても、それなりに潜った経験を積んでいる。たかがH級のハンター崩れ2匹、簡単に片づけられると誰もが確信していた。むしろ、補足するまでが面倒に違いないと考えている。


「多分、両方だよね。さて、どうする?フォコン。

 この伏魔殿から人ひとり探し出すのは、正直、ちょっとした手間だけど」

 ジルの問いかけを受けたフォコンは、丁度、門から敷地、そしてその先に続くホテルの正面入り口に視線を走らせていた。


 地面に広がる巨大な陥没と、その奥から響いてくる遠吠えのような風の音に気付いて顔を顰めた時、ふと、視線を受けたように感じてホテルの屋上を見上げた。


 ……何処からか見られてるか?

 視線の気配を感じた方角に視線を走らせるも、地上からでは到底、外壁の崩れた最上階の奥を窺うことは出来そうにない。


 相手は、二人と聞いていた。

 その人数で、このでかい建物の出入り口でずっと見張ってるのは難しい。

 ……考え過ぎか。が、中年ハンターの首筋の辺りがどうもざわついていた。


 これから潜るのは、特A遺跡だ。

 冷静なつもりでいても、何処かに臆病風に吹かれているのかも知れねえな。

 だが、取り立てて、悪い予感はしなかった。

 今日は死ぬ日じゃない。そんな得体のしれない予感めいた確信をフォコンは覚えていた。

 フォコンのこうした勘は、不思議と当たるのだ。

 危ない仕事に思えても大丈夫だと予感した時は怪我一つなく帰還できたし、簡単な仕事のはずが嫌な予感がしたときは、怪我を負いながら這う這うの体で逃げ帰ってくることになった。

 だから、フォコンは、おのれの勘に全幅、とまでは言わないが、かなりの信頼を置いている。

 むろん、その日、死ぬ奴がみんな予感を感じているわけでもあるまいが。

 ホテルの裏口が見えてきた。優美かつ柱に象眼を施した新ゴチック様式の裏口に、両開きの木製の扉が設置されている。

 口元に苦い笑みを浮かべると、フォコンは、迷いを断ち切るように仲間へと振り返った。


「さあ、ここから先は特A遺跡だ。今なら帰っても咎めはせんぞ」

 努めて、陽気な口調で言った。

 自然な人望と経歴から一応は頭目と見做されているフォコンの言に、他の狩人たちも口々に言い放った。

「よせやい。俺もやるぞ」

「賞金を独り占めするつもり?」

 ハンターたちの声に大きく肯いたフォコンは、大きな手を擦り合わせると、改めて周囲のハンターたちを見回した。



 互いに連携できる歩幅を保ちつつ、ホテルに踏み込もうとすると、正面入り口の扉の横に立派な立て看板が置かれていた。


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ティアマットの帝王 ギーネ・アルテミスのお城


営業時間 AM09:00~PM13:00 在室中


御用の方はベルをお鳴らしください。


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「……なんぞ、これ」

 玄関脇には、大きなベルが設置されていた。


 誰かが吹き出した。

 意味も分からずトラップを疑って、フォコンはまじまじと看板を見つめる。

「……鳴らした途端、爆弾するとか」

「いや、ただのベルに見える」

「ある種の音程に反応するトラップが仕掛けてあるか。体温を察知するセンサーが辺りに……」


「鳴らしてみよう」

 いった『始末屋』にフォコンは露骨に馬鹿を見る視線を向けた。

「いや。連中の知り合いが、此処を訪れることもあるだろ」

 言い訳するのを無視して、そっと扉の向こう側を横から覗き込んでみた。

 特になにもないように見えるが。今のティアマットで高性能爆発物を手に入れるのは、容易ではない。

 ある処にはあるが、金も技術もないハンター崩れどもには縁遠いはずだった。


「触るなよ。行くぞ」

 トラップはなさそうだ。そう踏んで半壊した扉をそっと開け、体を滑り込ませる。

「貴人の家を訪れるに挨拶も無しとは、無礼極まりないな」

 瞬間、荒廃したロビーに涼やかな声が響き渡った。


『オウル』が真っ先に。僅かに遅れて他にマスケットを持つハンターも素早く構え、声の主を探す。


 と、階段を昇ったところにある二階真正面の突き出した瓦礫の上。

 かつては渡り廊下だったのであろう。歳月の重みによって所々が崩れ落ちた骨組の僅か残された部分は、奇しくも王が民衆を謁見するようなバルコニーに似た形状で、其処に腕組みした銀髪の女が威風堂々、一同を見下ろしていた。


「ティアマットの民度も、もはや蛮族に劣るまで衰退したか。まったく嘆かわしいこと」

 人差し指を立ててそう嘯いている女からは、まるで緊張感が伝わってこなかった。


 なにを考えている。

 微かに戸惑いを覚えながらも、フォコンは傍らで狙撃の名手である『オウル』に目配した。

 (狙えるか?)

 視線で訪ねると、全身に灰色のフードを被った『オウル』がフードの奥の巨大な眼球だけを光らせながら、こくんと肯く。

 僅かに三十メートル。『オウル』の腕なら充分に狙える距離であった。


「愚連隊ごときに使嗾され、宇宙の支配者にして高貴なる帝國貴族であるギーネさんの城にのこのこと乗り込んでくるとは、無知蒙昧な野蛮人とは言え、救いようのない愚かさであるな。その貪欲さはきっと汝らの命取りになるであろう」

 身を乗り出して寄りかかり、大言壮語している標的の物言いが癇に障ったのか。

「……なんだと」 ハンター崩れの数人が表情を歪めた。


「だが、余は慈悲深い。お財布置いて今すぐに引き返すのならば、命だけは見逃してやろう」

 偉そうにほざいている銀髪女が標的の一人、ギーネ・アルテミスだと当たりをつけて、ハンターたちが罵声を投げかけ始めた。

「状況が分かっているのか。お前。十対一だぞ」

「さっさと降りてこい。馬鹿」

 見たところ、ギーネは碌な銃器を持っていない。本気で言ってるとしたら救いようのない狂人で、虚勢を張っているとしたら、救いようのない愚か者だと、フォコンには思えた。

「……ふっ、くっくっく。この風雲ギーネ城には、貴様らの想像を絶する仕掛けが施されているのだ」

 優美に笑ったギーネ・アルテミス。

「そう例えば……」呟きながらマッチを取り出した銀髪の女は、咥えた煙草に火をつけて、優美に一口吸ってから、傍らの液体を満たした皿の上に落とした。


 油に満たされていたのか。皿の上で火が燃え上がった。が、それだけだった。何も起こらない。

「マスケットの弱点は、湿気。剥き出しの火薬に水分が付着することで……あれ?あれえ?」

 ギーネが不思議そうに首を傾げていると、頭上のスピーカーからアナウンスが響き渡った。

<現在、スプリンクラーは起動できません。

 現在、スプリンクラーは起動できません。

 2番タンクの水は別の場所で使用されています。管理室で切り替えが行われるまでお待ち……>


「さ、先に使われた!

 あっ、あのやろう!わたしが直した仕掛けなのに!ずるいぞぉ!」

 訳の分からないことを喚いている女めがけて『オウル』とハンターたちが一斉にぶっ放した。

「ひあああ!アーネイ!ヘルプ!

 慌ててのけぞった女の髪の毛を誰かの撃った弾が一房打ち飛ばした。


「よっしゃあ!やったか!?」

「いや、惜しい!」ハンターたちが歓声を上げた。


「ひあああ!許してやるから、すぐに帰るのだ!今なら見逃してやらんこともないですぞ!」

 喚きながら、奥へと逃げていくギーネ。思い切りの良さは驚くべき程であった。

「追え!逃がすなよ!100クレジットだ!」

 口々に叫びながらハンター崩れたちが階段に殺到するく中、『オウル』がただ一人、立ち尽くしていた。

「外れることもあるよ」

 ハンター崩れのジルが慰めるように『オウル』に声を掛けたが、返答はなかった。

 まるで何か大きな衝撃を受けたように、マスケットを構えた姿勢のまま小刻みに震えている。

「……オウル?」

 訝しげなジルの前で『オウル』が呻くように声をフードの中から響かせた。 

「あ、あいつ。あいつ。おい、今のを見たか」

「見たって……なにを?」

 戸惑うように尋ねたジルに『オウル』はややヒステリックに言い放った。

「見てから弾を躱した。信じられるか。見てから弾を躱したぞ!」

 尋常ではない『オウル』の様子を前に、ジルは再び口を開きかけたが。

「いや……なんでもない。目の錯覚だろう」

 気を取り直したように手を振った『オウル』は、仲間の後を追って走り出した。


 沈黙していたジルに妹のマリーが声を掛けた。

「姉さん。行こう」

 曖昧に頷いたジルは走り出そうとして立ち止まり、最後にもう一度だけ、ギーネの立っていたバルコニーを見上げた。

 『オウル』の位置からバルコニーまでは30メートルほどか。

 いかに低速のマスケット弾でも、人間に躱せる距離ではない。

「……まさかね」

 首を振ったジルが仲間の後を追ってホールから駆け去り、戦いの喧騒も遠ざかっていく。

 やがてホールに静寂が舞い降りた。



『フォコン』 雷鳴党に雇われたハンター。ギーネたちを狙う。あと2話で死体になる。

『親方』   雷鳴党に雇われたハンター。ギーネたちを狙う。

『伊達男』  雷鳴党に雇われたハンター。ギーネたちを狙う。

『痩せ犬』  雷鳴党に雇われたハンター。ギーネたちを狙う。

『オウル』  雷鳴党に雇われたハンター。マスケットによる狙撃の名手

『始末屋』  雷鳴党に雇われたハンター。

       近接戦で恐るべき力量を誇る盾とメイスの使い手。次回死ぬ。

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