Dead or Alive
奇妙な生臭さを含んだ湿った風が国道沿いの歩道を吹き抜けていった。
ハンターの『痩せ犬』は立ち止まって、空を見上げる。
「風の匂いが違うな。雨でも降るのかね」
廃墟も疎らな郊外の曠野の空は、分厚く絵の具を塗り重ねたカンバスのように灰色の雲が覆っている。
雨は滅多に降らず、稀に降っても重度の汚染が染みわたっている土壌に一度でも落ちれば、飲用には適さない。
「それとも、この区画は吹く風まで違うのか」
冷たく乾燥している筈の冬の風とは違う、まるで異国の地に踏み込んでしまったと錯覚させるような奇妙に生暖かく嗅ぎ慣れない匂いの風は、熟練の廃墟探索者である『痩せ犬』をして落ち着かない気分にさせてくれた。
と、連れ立って歩いていたドーカー親父が鼻を鳴らした。
「海からの風だ。南のエクソー湾から渓谷を通って風が吹いてくる」
土埃を舞い上げることがない分、潮風のほうが内陸からの風よりはましだ。と唾を吐きながら云い捨てたドーカーに肩を竦めると『痩せ犬』もその後に続いて足早に歩きだした。
その崩壊前の巨大建築『ホテル・ユニヴァース』は、太古のオベリスクのように二人の視線の遥か先に静かに佇んでいる。
目的地へと向かう坂の途中、廃車が連なっている国道『ルート28』に沿った歩道に立ち止まったドーカー親父が、『ホテル・ユニヴァース』を眺めつつ、灰色のブルゾンの懐から噛み煙草を取り出した。
「……連中、本当にあそこに逃げ込んだのかよ」
「雷鳴党の連中はそう言ってる。連中、以前から出入りしていたらしいぜ」
賞金首のチラシを手元に広げた痩せ犬の応えに、ドーカーは顔を顰めた。
印刷されているのは、能天気な笑みの銀髪娘に目つきの鋭い赤毛女の顔写真だった。
「……いかれてやがる」
罵るように一言言ってから、苦虫を潰したような表情のドーカーは茶色い唾を路傍へと吐き捨てた。
事の発端は、数日前に遡る。【町】の大手クラン雷鳴党がハンターの二人組とちょっとしたもめ事を起こし、構成員一人が腕をへし折られた。
雷鳴党に喧嘩を売ったハンターの名は、ギーネ・アルテミスとアーネイ・フェリクス。
惑星アスガルドは内戦中のアルトリウス帝國から流れてきたらしい【町】でも売り出し中のハンター二人組だった。
顔に泥を塗られた雷鳴党としては放っておける筈もなく、舐めてくれた二人を型に嵌めるべく動き出すと三日とおかずに根城を突き止めたが、話はそこで終わらない。場の勢いだけででかい徒党と揉めたはいいが、冷静になった途端、この女たち。賞金を掛けられて震えあがったのか、臆病風に吹かれたらしい。
戦う前に【町】から姿をくらました挙句、追っ手を撒けそうな遺構へと雲隠れするも、皮肉なことに泡食ったチンピラ二人が転がり込んだ先は、州内でも最高の難易度を誇る巨大遺構の一つ『ホテル・ユニヴァース』だった。
「……三流ハンターが手間かけさせやがって、くたばるなら勝手にくたばれ」
ドーカー親父が毒づいているのも無理はない。
なにしろ『ホテル・ユニヴァース』は、近隣の遺構でも数少ない【未還領域】の一つとして知られている。
【町】から東部に2キロに位置する巨大構造物は、地元ギルドの危険度判定で数少ない特A級認定を受けていた。
危険度の格付けは地元ギルドが行うが、B級遺構で<充分に武装した分隊規模の戦力を揃えても、死傷の可能性有り>であり、A級遺構で<いかな戦力を揃えようが、不用意に踏み込めば潰滅の可能性あり>である。
特A級ともなれば死地であった。地元ギルドの類別で戦力評価『優』のチーム……銃火器を保有した12人からなるチームでさえ<奥に進み過ぎた場合、生還の望みが絶たれる>遺構にのみその評価が降される。
厄介なことにターゲットの二人。元軍人。或いは軍属らしく、それなりの腕を持っており、危険生物の駆除だけで1年のうちにギルド認定のH級ハンターまで昇格していた。
ハンターが昇格するには、それなりの功績が必要とされている。廃墟を漁って物資を持ち帰るスカベンジや有害生物の駆除を行うハンティング、危険領域の地図を作成するマッピングに隊商の護衛を行うガード、賞金首を追うバウンティハンターなど仕事の種類は多種多様であるが、I級ならばともかくH級に昇格するには、畑を荒らす害獣を狩った程度では到底見合わない。
此れがもう少し雑魚なら、確実に死んだと見做しても問題ないが、H級となれば、人食いアメーバやミュータントハウンド、ゾンビなどを狩れる程度の腕前は持っていることを意味している。
無論、その程度の腕前で『ホテル・ユニヴァース』に住み着こうなど狂気の沙汰ではあるものの、生き延びていても不思議はない。
無論、とっくにくたばっていてもおかしくないが、死体を確認するか、もしくは運のいい間抜けをとっ捕まえるまでは、『ホテル・ユニヴァース』内部を探索する必要があった。
いかに気乗りがせずとも、仕事は仕事。なにしろ、依頼主は大手クランの雷鳴党。引き受けた以上、やらなければ【町】でハンターとして食っていくことは出来なくなる。
歩き続ける二人の先に、やがて指定された集合場所が見えてきた。坂道を下りきったところから始まる街区。『ホテル・ユニヴァース』から、幾つかの通りを隔てた区画に小さな商店街跡地が広がっていた。
その街区一帯は、既に怪物たちの彷徨う危険区域でもあった。二人の遠目にも、ふらふらとおぼつかない足取りで彷徨うゾンビの影がちらほらと見かけられ、人間大の大きさを持つ悪魔鼠が側溝を這いずる音が響き、ラーカー(Lurker※待ち伏せるの意であり、待ち伏せを多用する小型の変異獣)などの糞や壁に刻まれた爪痕など変異獣の痕跡も目立っている。
『痩せ犬』も、ドーカー親父も、廃墟を探索する経験はそれなりに積んでいる。単独、或いは少数の怪物であれば、それなりに対処できるが余計な消耗は避けたいものだと、足音を殺して道を進めば、小高い丘陵の裾野に沿うように古風な店舗や落ち着いた煉瓦造りの外装をしたビルが立ち並んでいる商店街の曲がり角にコンクリート製の三階建てビルが残っていた。
元は四階か、五階かもしれないが、大崩壊時。空爆か火災の衝撃で、屋上と外壁が吹き飛んだままに、放置された廃墟のビルへと痩せ犬とドーカーが足を踏み入れる。
往時は色鮮やかであったろう店舗に埋もれた、なんの変哲もない廃墟の中、奥に机が設置されて、眼鏡をかけた男が椅子に腰かけて待っていた。
2、3年ほど前に町に流れてきて、雷鳴党で会計や書記を担当している風采の上がらない小男は、本当の名前は誰も知らず、ただ『書記』とだけ呼ばれていた。
ゾンビもおらず、化け物の巣にもなっていないと傍目にも確認できるこの建物が『ホテル・ユニヴァース』探索を行うハンターたちに指示を出すための、雷鳴党の臨時の出張所になっている。
普段は【町】に籠って書類仕事に専念している『書記』は、廃墟の雰囲気に落ち着かないらしい。
外から獣の遠吠えが響いてくると、しきりに額を濡らす汗を拭いていた。
『書記』は眼鏡の奥の小さく哀しげな眼を二人に向けてから、手元の書類を机の上に差し出してきた。
「痩せ犬さん、ドーカーさん。今日はお願いします」
「おう」ドーカー親父が面倒くさそうに横柄な態度で頷き、
「此方こそ、頼んます」と痩せ犬は頭を下げた。
鼻を啜った『書記』が、手元に書類を広げると、標的について読み上げた。
「標的は、ギーネ・アルテミスとアーネイ・フェリクス。
アルトリウス帝國出身の、恐らくは元軍人です。
『ホテル・ユニヴァース』のどこかに隠れているこの二人を殺害、もしくは捕縛して連れてきてください」
頷いている『痩せ犬』と隅の椅子に腰かけたドーカーに視線を向けてから、『書記』は咳払いして言葉を続ける。
「お二人以外にも複数のチームが標的を確保すべく『ホテル・ユニヴァース』に踏み込んでいます。
どちらかの身柄を確保してくださった方に成功報酬として緑のクレジットで一人頭100クレジットをお支払いします。その他に日当として2クレジット。
売れそうな物資を見つけた場合、雷鳴党が引き取って、成果に応じて分配します。
標的の戦利品は……半分を雷鳴党に。残り半分が確保したハンターの配分になります」
『書記』の提示した条件がどうにもドーカー親父には気に入らない様子で、口の中でブツブツと文句を呟いている。
「へっ、『ホテル・ユニヴァース』に潜って2クレジット。2クぅ……げぇっぷ。だとよ」
「最悪、浅いところに潜ってお茶を濁すだけで2クレジット貰える。まあ、悪い話じゃないだろ」
『痩せ犬』の言葉を聞いてる様子もなく、呂律の回らない口調で文句を繰り返している。
「ジョージ・グレンの糞ったれめ。てめえが地獄で散歩してみろ。俺が2クレジット払ってやる」
雷鳴党の党首を罵っているドーカー親父に『書記』が困ったように愛想笑いを浮かべた。
「なにを笑ってやがる!てめえ!」
が、癇に障ったようで、椅子から立ち上がったドーカー親父がいきなり殴りつけた。
仮にも雷鳴党の一員である『書記』だが、老い先短い上に、そもそも失うものがないドーカー親父である。きっと、恐ろしいものなどないのだ。
悲鳴を上げてる『書記』の胸ぐらをつかんだドーカー親父は、太く逞しい腕でその頬を張り倒した。
「おい、やめろ」
とんでもない爺だ。思いながら『痩せ犬』が制止に入った。
暴力の時代に軽く見られている此の小男は、しかし、かなりの情報通でもあるから『痩せ犬』は助け舟を出した。が、腕を掴んで止めるまで、二、三発は殴られただろう。
止められたドーカー親父は舌打ちすると、隅の椅子に座りなおしてスキットルを取り出し、呷りだした。
殴られて床に崩れ落ちている『書記』の腕を取って立たせると、『痩せ犬』はタオルを差し出した。
「ああ、どうも。でも大丈夫です。わたしは大丈夫」
小男は、礼を言いながらもポケットから取り出した清潔なハンカチで顔を拭いた。
やはり、俺たちよりは金を持っているのか?苦々しい思いを覚えた『痩せ犬』は微かに目を細めた。
とは言え、現金の購買力が限られている上、金だけあっても暴力に弱ければ、奪われてあっさりと死ぬことも多い無秩序な時代。然程、羨ましいとは思わなかった。
見下されてる立場は、愉快なものではないのだろう。怯えながら、再び愛想笑いを浮かべていた。
こういう立場には、意外と食えない狸も多いが、こいつは違うな。『痩せ犬』には思えた。
哀れなほど小心者だ。その癖に変に真面目だから割を食うことも多い。
尊重する態度を崩さない『痩せ犬』だが、しかし、小男の側でそれを感じ取っているかは分からない。
やや不満を覚えながらも、『痩せ犬』は依頼主から交渉を一任されてる『書記』に尋ねてみた。
「『ホテル』に関して、なにか注意することはあるか?
それと標的に関する情報があれば、聞いておきたい」
「ホテル・ユニヴァースに関しては、浅い層しかわかってません。
ラーカー(待ち伏せ)やバイター(噛みつき)といった四足型の変異獣、
それと、ウォーカー(歩行型)のゾンビなんかが確認されています」
椅子に座った『書記』が目を閉じながらも、思い出すように怪物に関して語りだした。
「ラーカーは知ってる。バイターってのは?」
殴りつけたドーカー親父が、気おくれした様子もなくでかい声で問いただす。
言葉に詰まった『書記』の代わり、応えたのは『痩せ犬』だった。
「ラーカーより一回りでかい。でかい口に牙が生えてる。噛まれると肉が抉られる。
動きは俊敏だが、足音が大きいから不意打ちされることは余りない」
言ってから、他に注意事項がなかったかと記憶を探って恐い点を補足した。
「それと悪魔鼠よりはマシだが、群れを形成していることが多い」
ドーカー親父は鼻で笑った。
「今回は問題になるまいよ。街中では、群れで遭遇することは少ないからな」
一般的に廃墟で遭遇する変異獣は、曠野に比べて同種でもかなり出現数は少ない。
恐らく、大規模な群れを形成するに、廃墟区画では獲物が足りないのだと推測されていた。
「後は人面烏。廃墟の周囲を飛び回っていて、時々、屋内に潜り込んでいます」
『書記』が付け加えた。
人面鳥は、人と名がついているが、人とはあまり似ていない。どちらかと言えば猿によく似た頭を持つ、飛翔型の変異獣で視覚に優れており、死角も少ない。
基本的に臆病ではあるが、同時に獰猛で、厄介なことにかなり高い知性を持っており、弱い相手や武器を持たない相手を狙うような悪知恵も持っている。
記憶力も高くて執念深い性質を持ち、一度、傷つけると、しつこく追跡してくることもあって、厄介な相手として知られている。
「動物園から逃げ出した連中の子孫が、どうやったらあんな風になるのかね」
軽口を叩いている『痩せ犬』に『書記』が注意を促した。
「ここに戻る際は、連中を連れてこないよう細心の注意を払ってください」
情報交換のさなか、再び、外から獣の遠吠えが響いてきた。
「……どちらだ。この吠え声は」
重たく響いてくるミュータントの雄たけびに『痩せ犬』もいい気分はしない。
声に纏わりついた冷気が室内にまで入り込んでくるようで、総毛だった肌が廃墟は人の領域ではないと理解させてくれる。
「近いです。静かに」
そう囁いた『書記』の声ににやりと笑ったドーカー親父が、いきなり大声で歌いだした。
「おお!廃墟の狩人!汝!男の中の男たちよ!」
「おい!なんのつもりだ?」
驚愕した『書記』が振り向いて、ドーカー親父を制止する。
「止めてください!止めろ!ミュータントをおびき寄せるつもりか」
激昂して詰っているが、親父は絶好調だ。叫ぶようにして声を張り上げる。
「たぎる血潮は炎の紅!おお!ハンター!未知へ挑む者たち!恐れを知らぬ者共よ!」
親父の意外といい声に触発されたのか。外から獣の吠え声が複数上がった。
大型の弦楽器のような腹の底に響いてくる不気味な重低音の鳴き声に『書記』の顔色が蒼白へと変じた。
「やめろ!死にたいのか!」
発狂寸前の表情で叫んでいる『書記』とどんどん増えていく鳴き声。
『書記』が壁に立てかけてあった22口径ライフルを手に取って構えた。
小口径とは言え、小型変異獣程度なら怯ませる程度の威力は持っている。
屈強の男でも、臓器を損傷すれば死は免れないが、ドーカー親父は笑いながら背を向けて一回転した。
奇妙な動きに惑わされた『書記』が土間どってるうちに間合いを詰めると、背を向けたまま手を伸ばして、鮮やかな動きであっさりとライフルを奪い取ってしまう。
後は弾薬を抜きながら、再び歌いだす。
「乙女たちの涙は、勇敢な男とどめる力は持たぬ。男が世界を歩くは乙女の為!」
小男の狼狽を楽しむように笑いながら大声を張り上げるドーカー親父を切羽詰まった『書記』が殴り飛ばした。
「どういうつもりだ!」
床にひっくり返ったドーカーが、転がったままに馬鹿笑いし始める。
「根性あるじゃないか」
「止めろ。悪ふざけしすぎだ。ドーカー」
口元を拭った初老の男は、しかし、なおも歌いながら、外への階段を降りていった。
目を剥いた『書記』が興奮のあまり、吹き出した口の端の泡を隠そうともせずに毒づいた。
「いかれてるのか!」
むしろ、狼狽した『書記』の方が狂人に見えるほどに哀れな有様となっていた。
廃墟に不慣れな人間からは完全な狂人にしか見えないかも知れないが、実際のところ、一口に変異獣と言っても、その内実は種々様々であり、小型の変異獣の大半は縄張りに入るか、圧倒的に優勢な群れでもない限り、早々に人間を襲ったりはしない。
そしていかに狂ったように見えようとも、ドーカーは数十年も廃墟を探索してきた熟練のハンターで、その勘の鋭さも、廃墟の探索や変異獣の習性に関する知識も【町】の住人の比ではない。
一口に廃墟や曠野と言っても、場所によって危険度はまるで異なるのだ。
歌を歌ったからと言って、襲ってくる場所ではないが、危険と安全の狭間を見極めてのドーカーの悪ふざけは、しかし『書記』には相当に応えたようだ。
神経質そうに眼をキョトキョトと動かし、眼鏡をハンカチで拭いては、額を汗で濡らして、落ち着かない様子でしきりに室内を歩き回っている。
あの爺め。こいつを追い詰めてどうする。
ジョン・グレンの代わりに哀れなその手先に対して意趣返しをしたのだと捉えて、内心で毒づいた『痩せ犬』は、掌を大きく振って張りのある言葉を掛けた。
「さあ、話の続きを聞かせてくれ。標的の情報は大事だからな」
憔悴したように目を閉じて深呼吸していた『書記』だが、額に吹き出た大量の汗を両の掌で拭ってから頷いた。
「標的の二人組ですが、正直、かなり腕は立ちます。
以前に、地回りのハケットを半殺しにした話は聞いてますか?」
「……ハケットの件。連中の仕業だったのか」
『痩せ犬』は、顔を顰めた。
崩壊世界の地回りは、日常的に暴力に慣れ親しんだ人種が多く、ハンター崩れや兼業であることも珍しくない。ハケット一味もその例に漏れず、人の2、3人、或いは変異獣の2、3匹は殺した経験を持った連中であった。
そんな連中が、舐められた形になっているにも拘らず、仕返しするそぶりも見せないのは奇妙な話だと『痩せ犬』には些か気になった。
「ハケットから絡んで、結果としては無罪放免。
それでも、町のルールを軽視しているのは間違いないです」
「ルール、ねえ」
何処か苦々しい呟きに、頬を掻きながら『痩せ犬』は苦笑した。
「まあ、異世界からの追放者だからな。特に軍人上りは性質が悪いと決まっている」
ギーネ・アルテミスとアーネイ・フェリクスは、革命でひっくり返った専制国家アルトリウス帝國の出身だ。
本人たちがまるで誇るかのように称している身分が正しいならば、独裁国家で旧体制側の高官と軍人であったらしい。
仮にも共和制国家ノエルの末裔である『痩せ犬』からすれば、想像しうる限り最悪の人種だった。
例外なく力の信奉者で、大概は暴力の行使に躊躇も疑念も持たない。
ある種の獣と同じ。狡猾で凶暴な人型の肉食獣なのだろうよ、と『痩せ犬』は緊張に強張った頬に歪んだ笑みを浮かべた。
「此処で始末をつけてくれ。というのが雷鳴党の上の方針です。
最低でも型に嵌めるか、町からいなくなるなら良し。
ルールを飲み込まないなら、この世から消えてもらう。と」
言葉を区切った『書記』を眺めて『痩せ犬』は冷ややかに笑う。
いったい何様のつもりだろうな。
【町】の堅気に迷惑をかけてる点じゃ、雷鳴党も亡命帝国人たちも大した違いはない。
見ようによっちゃあ五十歩百歩の同類でしかないものを、『書記』のやつ。まるで秩序の代弁者のように御大層に語ってやがる。
そして俺は、そんな雷鳴党の使い走りに指図される野良犬って訳だ。
自身の境遇に内心、自嘲と面白味を覚えながら『痩せ犬』は殊勝な顔つきで肯いてみせた。
「了解した。【町】には【町】のルールがあるってことを脳味噌が中世で止まっている封建時代の住人に思い知らせてやろう」
簡易 登場人物紹介
『ギーネ』 主人公(多分) 帝國からの亡命貴族
『アーネイ』 主人公その2(恐らく)ギーネに付き従う?帝國騎士
『痩せ犬』 雷鳴党に雇われたハンター ギーネを狙う
『ドーカー』 雷鳴党に雇われたハンター ギーネを狙う
『書記』 雷鳴党の末端。会計や書記を担当している風采の上がらない小男