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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ライオット
93/117

萌芽

 今日は、結局、ギルドの食堂に泊まることに決めた。

 色々あって、考えを整理する時間をシャルも欲したのだ。

「……クーンも冬ごもりかね」

 夜に差し掛かり、気温も随分と低下していた。

 火の傍からやや離れた物陰で、お湯を啜りながらレーゼが首を傾げる。

他の同業者。狩人やら水路巡りが何処で冬ごもりする気か、どうにも動向が気になるらしい。

「西棟の辺り。貸し出しに充てられる」

ギルドの告知用チラシを木箱の上に広げながら、サラが端的に呟いた。

チラシに印刷された簡単な見取り図を指先でなぞって、次いで赤く塗られた宿泊用区画とその値段を指先でとんとんと叩いた。


 サラとレーゼは、其の儘、囁くような小声で話し始めた。

「節約したいのは、誰でも同じ」

「ああ、長期間を一定額で泊まれるのならば、悪い条件じゃないな。

少し不安を覚えるが……」

背後の二人に、木箱に寄り掛かったシャルは天井を眺めながら告げた。

「多分、食堂も、お金が少ない人用の区画だよ」

頭の後ろに腕を組んで寝転がったシャルロットは、言葉だけを続ける。


「懐に余裕があれば、もっとマシな冬ごもり用の場所に入れてもらえるじゃないかな。

だって、食事時に小綺麗な旅商人なんかも見かけたけど、こんな布の仕切りだけの大部屋に泊まるとも思えないもの」

 シャルの言葉に、レーゼが頷いた。

「ああ、なる。良さそうなら考えてみるけど、やっぱり値段に拠るかな。

 ホテルよりずっと安ければ、こっちで過ごすのもいいかもしれないけどね」

「一冬で幾ら?」


「私は動かないよ。二人が移るなら止めないけど」

夢中になって話している二人とは裏腹に、シャルは今までになく優しそうな口調で告げた。

「ほわい?なぜ?」

毎日の宿泊費は、確かに馬鹿にならない。節約できるならしたいという二人の気持ちも分からないではないが、シャル自身はホテル【ナズグル】を動くつもりはなかった。


「今は……好機だと思う」

天井をぼんやりと眺めたシャルロットは、考えながら喋りだした。

「お金を払っても買えない機会に恵まれている」


「私たちは、色々と学べる。

 知識も、考え方も、戦い方も、鍛え方も、今まで想像したこともなかった発想や技術を学べている。

 それは多分、普通にしていたら絶対に受けられない色々なノウハウで、きっと本来は、しっかりしたレンジャー組織や崩壊前の流れを汲む軍隊くらいしか持ってないノウハウなんだと思う」

 考えながら喋っているのに、同じ言葉を繰り返してしまった。とシャルは思った。

 でも、いい。強調したい事柄だから問題ない。


「教わることが幾らでもありそうだけど、何時まで続くか。分からない。

 もしかしたら、【町】から去るかも知れないし……ああ、あの二人が時々、言ってるように、あっさりとこの危険なティアマットの前に屈するかもしれない」

 サラは目を細めた。レーゼも面白そうに聞いている。


「私はホテルを移る気にはなれないな。まだ、色々と学べることがあるしね」

 身を起こしたシャルロットは、其処で二人の仲間へと振り返った。

「まあ、二人が泊まるのは勝手だけど」

 まるで斬り捨てるように冷たい口調で告げてしまったシャルロットを、少しだけ驚いたように軽く目を瞠って二人の仲間が凝視した。

 暫く仲間たちを眺めていたシャルは、しかし、ハッとしたように表情を変えると慌てて訂正した。

「あ、いや。出来れば、二人にも移らないでほしいな」

 説得するつもりだったのに、言っても分からない場合、サラもレーゼもどうでもいいという気持ちが出てしまった。

 どうでもいい訳ではない。仕方ない。とは思ったが、どうでもいいとは考えなかった。

 なのに、無意識のうちに切り捨てるような言葉が口から出た。

 ソフィを切り捨てた件で、気づかぬうちに気持ちがささくれ立っていたのか。


「その……ね。勿論、二人とこれからも組んでいたいですよ。

 一緒に学んで、一緒に活動していたい。

 わたしも誰でもいい訳ではないし、其方も……サラやレーゼにとっても、そうだと思いたいです」

 弁解してみるが、苦しいかもしれない。

 仲間たちはじっとシャルを見つめていた。沈黙が恐い。


 あー。これは、失敗したか。と、緊張感がシャルの背中を冷たい汗で濡らした。

 将来計画やら、生存率を上げる工夫も重要だが、ハンターが一緒に組むには、コミュニケーション。特にお互いを尊重することが大事であろう。

 今のまま、虫を狩るだけでも生きていくことは出来るのだ。

 そこまで危機感を共有している訳ではないし、将来への展望を話し合った訳でもない。 

 うだつの上がらない底辺の生活でも、それなりに楽しみだってある。

 二人とも、ただの娘さんであるから、シャルに対して、気分を害せば『あっそ、さよなら』なんて、あっさり袂を分かつこともあり得るかも知れない。

 無論、二人がシャルに賛同する確率もそれなりにはある。

 多分、七割くらい。

 

 どう考えてももう少し、説明して二人が説得してから、いくべきだったのに!馬鹿!私の馬鹿!

 シャルが勝手に混乱して固まっている一方、据わった目つきをしたリーダーから、上を目指すか。それとも最終的に離脱するか。決断を迫られた(勘違い)と思い込んだサラとレーゼは、内心、少しビビって真剣な表情でシャルロットを見つめていた。なにしろ、親しげな従妹もあっさりと切り捨てた女である。使えないとなれば、出会って一年の町娘なんか簡単に切り捨てるに違いない。恐い!

 それに二人の能天気な発言を一笑に付すシャルの言葉には、重たく怜悧な説得力があった。

 帝國人たちがシャルロットを見込んだ理由も、奈辺にあるに違いないサラとレーゼは察した。

 さすがシャルロット。さすボス。


「わあ、恐い顔」とサラが独り言のように呟いた。

「そんな顔もできるんだね。リーダー」レーゼが唇の端を吊り上げた。

「そんな顔って、どんな?」困惑してシャルは呟いたが、奇妙なことにレーゼなどはむしろ嬉しそうな様子を見せていた。

 解せなかった。


息が合う仲間ではあるが、互いに他に心当たりがない訳でもない。

今のシャルになら、誘われれば喜んで仲間になるだろう水路巡りの娘さんもいるだろう。

出会って1年にも満たない。そして、最初から五分の立場だったレーゼやサラと違い、経験の浅い相手なら主導権を握れる立場も作りやすいに違いない。

新人がレーゼたちより、信頼できるとは限らないが。二人に切られても、やり直せない訳ではない。

 とはいえ、二人が腹を立ててる様子は見せてないのは幸いだけど。さて……


 少し緊張したシャルが、仲間を見つめているとサラが口を開いた。

「異論はない。従う」明確に口にする。

 サラからすれば、シャルと別れるのは今の時点ではありえなかった。

 体が小さいと奪われやすい。今のチームは正当な報酬を分割する。

 仮に一人で稼いだとして、金を守り切れるだろうか。

3人で纏まって行動しているのは、仮に便利からだけでも、共にいるのが愉快で楽しいからだけでもない。

自分たちの財産や体を守りやすいからでもある。弱い生き物が肉食獣から身を守る為に群れを作るのと同じ。数は力だ。

単独で活動するなら、より用心深く振舞う必要がある。

 シャルと別れて、次にまた都合良く信頼できる仲間が見つかるだろうか。

 サラにはそう思えない。

 ギーネやアーネイが時々、吸ってるのと同じ合成薬物の甘ったるい匂いが、少し荒んだ冷たい瞳で仲間二人を眺めるシャルから漂っていた。

 苦しみと空腹、絶望を忘れる為、薬物に耽溺する者は少なくないが、シャルロットの緊張した汗の匂い。強い不安や恐怖にストレスを感じている人間から分泌される僅かな酸っぱさが漂っていた。

 微かな体臭からは、シャルロットの将来と未知への恐れが。揺れない瞳孔と落ち着いた呼吸からは、相反するように、それでも踏み込んで未来を切り開こうとする強い意志がサラには読み取れた。


 サラは無表情を保ったまま、シャルの腕をパンパンと叩いた。

 それが彼女なりの意思表示であった。

 伝わると勝手に信じて、シャルを見て命運を委ねると頷いた。


「今、私たちを切るかちょっと考えたな?」とレーゼは言った。

時々、シャルが見せる怜悧な目が好きだった。今も少し目を細めて、薄く笑う。

「別にいいんだよ」レーゼは再び口を開いて告げた。

シャルロットは意外そうに目を瞠ってから、ちょっと詰まり、考えてから口を開こうとしたが、

「だから、別にいいんだよ。って言った」

 再び遮った。

「リーダーは、私たちを推し量って、使えるかどうか考えてる。必要と見たら切り捨てる。違うかな?」

 レーゼの言葉を肯定するべきか、否定するべきか。シャルは迷ったように補足を付け加える。

「ああ、いや。そんなことは……多分ないよ?

でも、私が……私の力量や判断が足りないと考えたら、レーゼやサラも抜けるでしょう?」


 サラは分からん。利よりも情を優先するところがあるとレーゼは思った。

これは、思考の深さ云々より、人としての性質から来てる故、ある程度であれば、能力よりも情で仲間を選んでも愚かだとは言い切れない。

ただ、今の仲間に固執するのは情だけでもない。

 次にもっとマシな仲間に会えるか分からない恐怖が付きまとっている。

 互いに似たようなことは考えているだろう。未来への恐怖と不安は、全てのティアマット人が共有している感情だから。

「……場合によっては。そう、させないでほしいな。リーダー」とレーゼは肩を竦めて笑った。


「……私だって、場合によっては切るよ。でも、それは二人も同じか。そうだよね」

 シャルも考え込んだ。話題にしにくい事柄を話し合えるということは、それだけ信頼が深まったということだろうか。口にした時は失敗したとパニくったが、こうなってみると今がまさに話すべき機でもあったようにも思えてくるから不思議であった。


「わたしがあんまりにも慎重さに欠けたり、無謀だったりしたら、さよならするでしょう?

 でも、私も二人が凄く馬鹿な真似をしたら切るけど、少しくらい馬鹿な真似しても、一緒に学んで生きたい。フォローできる範疇なら、助け合うつもりです」

 言ってから、シャルはレーゼとサラに対して真剣な眼差しを返した。

「都合がいいように聞こえるかな」


「いえ。考えが足りなかった

 斬り捨てる前に、考えを説明してくれたのは、ありがたい」

 手元のお湯のカップに視線を注ぎながらレーゼが頷き、サラも両掌に白い息を当てながらうなずいた。

「納得した。だから、団長でいい」

レーゼとサラが、よいしょしてきた。

「貪欲!」

 よく分からないことを言うサラを見ると、補足してきた。

「いい意味!」


 シャルも、意外と恐いところがある。とレーゼは思う。

 もっと甘い奴かと思って舐めていたかも知れない。いや、恐さは、身に着けたのかな。

 優しいし、気配りを欠かさない。よく慮って配慮してくれる。

 それだけでもけっして悪くないが、最近は、冷酷なところが出てきた。

 修羅場を踏みながらも、最中、冷静に危険を図っているし、仲間の行動を見定めている。

 不要と判断したら、レーゼもあっさりと見捨てるような気もした。

 だが、それがいい。

 ちょっと背筋がゾクゾクして、レーゼはいい気分となった。

 甘いだけのシャルロットよりも、冷酷さを身に着けてきた今のシャルロットの方が好きかも知れない。

 救い難い。わたしは変態かも。危険願望があるのかもしれない。

 思いつつ、互いの力量を踏んで思惑を探り合ったり、交渉するやり取りの緊張感が、実はレーゼは嫌いではない。誰と組むかが命と直結している世の中であるから、尚更だった。

 

なれ合いがけして不快ではないけれども、つけるべきケジメがつけられずに統率の崩れるチームも傍から見るに、世の中に少なくない。

個人的な友誼は別としても、下手に慣れ合うよりかは、幾らか緊張感を強いると共に強い指導力を発揮してくれるボスの方が頼もしいと感じられる。どうやら、自分はそうした人種らしいとレーゼは自覚しつつあった。なにせ命が掛かっているのだから。


 要求される水準が高く、判断力を要求される。

死と隣り合わせの日々で頑張っても、自分たちはただの蟲狩人で、恐らくは、これからも何者にもなれずに死んでいく。

人生は無情だが、それでも幾らかの楽しみはある。

興味深い他人を観察するのも、そのひとつだと、レーゼは薄く形のいい唇に小さく微笑みを浮かべる。

 きっとシャルやサラも、レーゼを値踏みしているだろう。

 甘いだけの人間よりも、冷酷な面を持ち合わせて統率する人間の方が頼りがいがあると思える人種だと、レーゼは自分を再発見していた。



シャルも、二人の仲間に推し量られていることを感じていた。

チームとして機能し始めるにつれ、徐々に立ち位置を巡る駆け引きも生まれ始めている。

力関係を意識し始めたのは、良くも悪くも余裕が生まれたからか。

 気が抜けなくなってしまった。どうしてこうなった。


改めて帝國人二人のことを考えてみる。

シャルよりもはるかに高い技術や戦闘力、知見を保持しているが、簡単には気づけない水準の韜晦で力量を隠している。

 なんの為の攪乱なのか。

 韜晦しているにも関わらず、名を隠さないのは何故なのだろう。

 大物ぶってる道化にも見えるが、実態は野心家なのか。全然、まるで分からない。

人が簡単に死ぬ社会で、今は慎重に力を蓄えているようにも見える。

 とは言え、此処はティアマットだ。ギーネたちがあっさり死んで野望が潰えることもあり得る。


ギーネたちが何を考えているのかはシャルには分からない。

何故、シャルに多少の生きる為の術を叩きこんでくれるのか。

ただの気まぐれか、それとも目論見があるのか。改めて考えてみる。

なにかしらの計画や準備を持ってるのか。

 もしかして、自分たちはそれに組み込まれているのだろうか。

この閉ざされた滅びゆく世界で、果たして、ギーネ・アルテミスは従うだけの価値のあるなにかを見せてくれるのか。

 もし、それに相応しい力量を持たないようなら……

 まだ考えることではないと思いつつも、微かに予感めいた兆しをシャルは覚えていた。


「ホテル。おk」サラが頷いている。

「訓練を続けよう。金が飛んでも、何時か……」

 言いかけたレーゼが、急に込み上げてきたような変な笑い方をした。

「何時か、いつかか……ティアマットで、何時かのことを考えられるのは贅沢だね」

 何時かのなんて口にする。そんな日が来るとは思っていなかったと、言葉を繰り返してから、レーゼはけらけらと笑い続けた。

 ブザーが鳴り、しばらくしてギルド内の電灯が順に落ちていった。

 周囲が薄暗い闇に包まれた。遠く揺れる焚火だけが微かに辺りを照らしている。


 三者三様に、残り二人の思惑を図りつつ、取りあえず決めるべき物事は決めて話し合いが終わりを告げたので、シャルはどうでもいいことに話題を転換した。

「そういえば、アーネイさん。

 次に会った時は、新しいメニューを考えてくれると言ってた」

「でも、あっさりと死ぬかも」とサラが不吉なことを口にする。


「そういえば、愚連隊が探し回っていたか。

 ティアマットでは、誰もが死と隣り合わせだけど、どでかい死亡フラグだね」

 せせら笑うようなレーゼの台詞。

 僅かに沈黙してから、シャルは一見、脈絡のない言葉を返した。

「自惚れているのかもしれないけれど……多分、あの二人が私たちを訓練しているのは、なにか、期するものがあるからだと思う」

「私たちに?それとも自分たちの何らかの計画?」サラが目を閉じながら聞いてくる。

「恐らくは両方。何を見せてくれるのかな」

 毛布に包まったシャルは、天井を見上げながら囁くと、レーゼがくくっと含み笑いを漏らした。

「シャルは付き合うつもりなのか。確かに面白そうだね」

 言ってから、舌打ちする。

「でも、さ。教官も姫さまも、雷鳴党に追われてるからね?」とレーゼ。

「ああ、確かに揉めているね」

「連中は、半端な集団じゃない。多分【町】でも五指に入る徒党だし、幾ら腕利きでも拙いかも」

 眠気が襲ってきたので、呟きながらシャルもまた目を閉じる。

「でも、さっき言ったことと矛盾するし、雷鳴党の方が遥かに人数が多いのになんでだろう」

 奇妙に過信しているのだろうか。思いつつ、眠りに落ちる寸前、シャルは確信を込めて静かに呟いた。

「……ギーネ・アルテミスが負ける姿が私には想像できないんだ」


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