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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
☆ティアマット1年目 その1 ギーネ ティアマットの地に降り立つですぞ
9/117

ACT 08 ギーネさん。家臣にチョコレートをねだるも無慈悲に却下されるのこと

閑話の構成を全面的に見直しました。

それに伴い、act2~7までを全て書き直しました。

幾つかのエピソードを挿入して構成が大幅に膨らみましたが、基本的な物語の流れは変わりませんので何卒安心してご覧ください。

「大王具足虫みてえな外見しやがってよお!」

 ギーネが勢いよく振り下ろしたバットが、下水溝近くの波打ち際で休んでいた節足動物にぶち当たった。

威嚇の鳴き声を甲高く上げながら、逃げ出した蟹虫の後退するその先には、しかし、満を持してアーネイが待ち受けていた。

「今よ、アーネイ!」

「とりゃああ!」

横合いからのバットの殴打を食らって蟹虫が飛んだ。

強烈な衝撃に外殻は耐えられても、中身が耐え切れずに体液を撒き散らしながら蟹虫は絶命した。

「はっはっは、なんと他愛もない」


「これで五匹目、と。今日は調子がいいですね」

 上機嫌のギーネは、手元の端末を操作して浮かび上がった地図に獲物を仕留めた位置と時刻を記録している。

「旧市街の下水溝の右手、橋の下……やはり湿度の高い場所を好んでいるようです。

この場所も巡回ルートに加えておきましょう」

 相も変わらず解体だけは苦手なので、其の侭、袋に入れた。ギーネたちが虫狩り稼業をはじめて数日が経過している。

 ティアマットでの生活にも慣れはじめていた。と言うより、かなり適応してきた。

 

 二人が背負った袋には、しっかりとした蟹虫の重みが感じられる。

 他の虫狩人が、まずは単独や二、三匹で行動している節足動物を見つけるのに時間を割かなければならないのに対して、ギーネとアーネイは比較的に安定して少数行動の獲物を見つけ、狩ることに成功している。

 節足動物の習性や行動パターンを分析して、蓄積されたデータから蟹虫の好む生息環境を割り出すとともに、効率的な狩りのポイントを絞り出しつつあった。


「お嬢さまは頭だけはいいですね。性格は残念だけど」とは、アーネイののたまった言であった。

 他の虫狩人はむらが大きい。十匹近くを獲る日もあれば、半日を費やして歩き回った挙句、一、二匹を仕留めるのが精々の日もあるが、ギーネとアーネイはコンスタントに複数の蟹虫を仕留めていた。

 もっとも、一人が食べていくだけならば日に一匹狩れば充分というのも、他の虫狩人のやる気が乏しい理由かもしれない。

 共生関係にあるのか。時として蟹虫の近くでは巨大蟻や巨大な芋虫の姿を見かける事も多かった。巨大蟻がそれなりの値をつける獲物であることに間違いないが、今の装備では相手どるにはやや不安が残る為、そのような時には回避せざるを得ない。

銃が欲しいと思いつつ、兎にも角にも、狩りに慣れてきたギーネとアーネイの金回りは、それなりによくなってきている。

 

 充分な獲物を獲ったギーネとアーネイは、狩りを午前のうちに切り上げることにした。

 町に戻ろうとひび割れたアスファルトの道路を進んでいる二人だが、突然にアーネイが立ち止まった。

「……今、悲鳴が聞こえました」

「うん。助けを求めていた……あっちだな」

 ちょっと考え込むような顔をしてから、ギーネもアスファルトにうず高く堆積している瓦礫の山の向こう側へと視線を送った。

「様子だけでも見よう」

 コンクリートの巨大な瓦礫を昇り始めたギーネに、アーネイが続きながら声を掛けた。

「……いいんですか?もしかしたら虫よりもっと恐ろしい野犬の群れや変異熊が出没したのかも」

「それなら一瞬で断末魔は終わっています。こんなに泣き叫ぶようにして助けを求める声が延々と続いているってことは……多分、蟹虫かネズミでしょう」



 先行して様子を窺っていたアーネイが、瓦礫の後ろに屈みこんだ姿勢のままに目を凝らして囁いた。

「見つけました……あそこです。建物の角のところ。誰かが襲われていますね」

 廃墟と化した商店街の一角。古い商店の入り口の前。

 何かを叫んでいる人影が、棒切れを振り回しながら踊るように地面を飛び跳ねていた。

「わあ。なんか若者が蟹虫に群がられている。あ、倒れた。喰われている」

「群れを狙って返り討ちにあったのでしょうか」

「欲張ったのかな?しかし、蟹虫め。意外と恐い生き物です」

 他者の死の光景を目の当たりにして、ギーネの背から嫌な汗が吹き出ていた。

 このところ順調だったので、やや蟹虫を舐めていたかも知れない。

 節足動物を舐めてかかって命を落とした者の数は、けして少なくないのだ。

 一匹でも不注意な女子供を食い殺すし、二、三匹の群れをなせば成人男子を食い殺すこともある、実はかなり危険な生物であるのだ。

 

 久しぶりに肝を冷やしたギーネだが、首を振りつつ呟いた。

「う……ん。私たちは対処できる少数でいるやつを狙おうね」

「二人で行動していれば、まず大丈夫ですけどね。ですが、曠野を彷徨っていると、もっと恐ろしい生物に遭遇する事もありえるわけですが」

 

 暫く迷っていたギーネたちだが、やがて決断を下した。

 バットを携えたまま、倒れた若者に群がる蟹虫たちに向かって歩き出した。

 息絶えた若者は、全身を牙で噛まれて失血死に至ったらしいが、ただではやられなかった。

 周辺には、数匹の節足動物たちが鈍器で潰されて転がっている。

ギーネが近づいてみれば、蟹虫たちは人の肉のみならず死んだ仲間の亡骸までも貪っていた。

「うわ……共食いか」

 夢中で仕留めた獲物を貪っていた蟹虫が、ギーネとアーネイの足音に気づいて振り返ったが、威嚇の羽音を出し始めるよりも早く振り下ろされたバットがその甲殻を叩き潰していた。


 こうしてギーネ・アルテミスは、新しいバットと頑丈な袋を手に入れたのだった。

怪物に襲われた旅人やハンターなども珍しくないらしく、廃墟や曠野を歩き回っていると時々、白骨死体なども転がっている。

 人間というのは、存外、環境に適応できるものらしい。

 死んだ旅人の持ち物を漁る行為には、忸怩たる思いもあったが今は慣れた。

 人は幾らでも賎しくなれるものだなあと自嘲するような感慨を抱きつつも、死した蟹虫ハンターの遺品を拝借したギーネは、上機嫌でバットをくるくる廻しながら間延びした声で自作の虫狩りの歌を歌っていた。と、隣を歩いていたアーネイが眉を顰めた。

「変な歌やめてください。人に聞かれたら、どうするんですか?」

「うむ。この美声に酔いしれて、おひねりを寄越すかも知れぬな。

 受け取ってやってもよいぞ」

「まったく……ポジティブなんだか、ネガティブなんだか」

言いながらアーネイは、血まみれの認識票を懐より取り出した。

死んだ若者の首に掛かっていたハンタータグであり、登録先はギーネやアーネイと同じギルド支部であった。


「あの蟹虫。老人や子供なんかは結構、食われて死んでいるそうですよ。

 結構、いいお金になるけど。欲を出して下水溝の奥に進んで喰われるのが絶えないとか」

「んー、そんなことをセシルやマケインも言ってたね」

 会うたびに誘ってくるのは兎も角として、女衒の色男マケインはティアマットの世情に疎い二人に色々教えてくれる。

「この間はお酒と寝床と美味しそうな鼠肉のソテーを見せ付けながら食べやがった。

 ご馳走を見せて誘ってくるとは、なんて卑怯な奴だろうか」

「ああ……お嬢さまが勝手に誘惑に負けそうでハラハラしましたよ」

 疲れた表情を浮かべたアーネイが、溜息を深々と洩らした。

「帝国開闢以来の名家アルテミスの血族がこんな場末の星の田舎町で娼婦とか。止めてくださいよ」

 

「私はやる気はないが、例えばロシア革命の後など、少なくないロマノフ朝の貴族令嬢がどうなったかを考えると無い話でもないのだろうな。他の難民たちは無事なのだろうか」

「少なくないアルトリウス人がティアマットに逃げた筈ですが、全

然、会えませんね」

「うぬぬ、あれもこれも全部共和派って奴らの責なんだ!」

 バットを振り回して義憤を空にぶつけるギーネ・アルテミス。

 

「んん、でもマケインのところの女の子たちは結構、笑顔ですね」

 アーネイは、ここ半年の付き合いで女衒の男の人格に対する評価を、幾分か上方修正したようだ。

「なら、務めるかい?アーネイさん」

 からかうような主人の台詞にアーネイは苦笑する。

「ご冗談を」

 身体を売るのは、気が進まなかった。どんなに誤魔化そうが心身を切り売りする辛い仕事であることに違いない。

 特にこんな無法の土地で売春宿に入ってしまえば、やめたくてもやめられない立場に陥る娘も多いだろうと容易に推測できた。

 

 やがて町が見えてくると、二人の帝國人は安全を求めて一刻も早く町を守る壁へと入ろうと歩調を速めた。

 ティアマットには、防壁の外で安心できるところなどない。どこの町や村も強固な防壁で守られている。

 野外では、どんな怪物に襲われないとも限らない上、ティアマットの野生動物は凶暴でそれほど人を恐れていない。

 ティアマットで安心できるのは、基本的に建物の中にいる時だけである。郊外は愚か、町中であっても入り込んできた節足動物や大鼠、有角犬に襲われて死んだり、怪我をする事例が後を絶たない。


 町の入り口近くで、二人は防壁の修復作業に従事している労働者たちや警備の傭兵とすれ違った。

 文明の崩壊したティアマットでは、正確な歴史は知る由もないが、マケインの話に拠ると地球標準時間で60年ほど前、この町の創始者たちがスクラップやジャンクを材料にして何もない曠野に一から町を創り上げたとのことだ。

 惑星の自転時間を24分割したティアマット星本来の一時間は、標準時間に比べて13分長い。つまり惑星ティアマットの一日は、地球時間での29時間とかなり長い。

 ティアマット時間に合わせて、ギーネとアーネイも少しだけのんびりと暮らすようになっていた。

 

 太陽が真上に位置する惑星時間での正午に近いこの時間帯。ギルドは閑散としていた。

 元々、ギルドに出入りする人間自体がそう多くはない。武器や援助物資の横流し品を求める買い物客も、物産の取引に来た交易商人も見当たらず、真ん中のカウンターを残して人員も出払っている。

 

 二人は、蟹虫の肉をギルドのカウンターへと持ち込んだ。

 受付嬢の一人に明らかに嫌われているので、時間帯を読んで他の受付の時に持ち込んでいる。

「はい。取れたての新鮮な蛋白質。蟹虫肉ですよ」

「おう、五匹いるな。今日も大量だな」

 袋から取り出した蟹虫肉を見た受付の男が、目を瞠ってそんな言葉を口にした。

 

 節足動物の肉自体がありふれた食材ではあるが、ギルドに持ち込まれることの少ない代物である為に、二人はギルド職員たちに顔を覚えられていた。

 知らぬが仏だが、受付たちの間では多量に蟹虫肉を持ち込むギーネは『虫女』呼ばわりされている。

 

 そもそも、節足動物自体が集団で狩るには割りのあわない獲物であった。

 繁殖力が強くて何処にでも広く薄く生息している割に、見た目は不快である。時間が経つと肉はぱさついて不味くなり、安値でしか売れない。

 時には用心棒のように巨大蟻が傍らにいる事も多く、その癖、時には半日を費やしても姿が全く見当たらないこともある。

 なので装備と腕を持つまともなハンターは、軟体アメーバや巨大蟷螂、巨大蟻、蜘蛛、お化け鼠、人食い花などもっと割に合う獲物を狙うのが普通だった。

 結果、不味くて安い蟹虫を狙うのは、概して腕の悪いハンターか、貧しい一般人ばかりであった。

 そして狩人の場合は多量に取っても屋台の商人に売ることが多く、貧しい者の場合は其の侭、自分で焼いて食べる。

 虫に返り討ちにあって死んだり、怪我をして休養する者も少なくない中、二人は殆ど無傷のままに安定して狩りの成果を上げているので受付の記憶に残っていたのだろう。

 

 最初は胡乱そうな瞳を向けてきた受付の職員だったが、ギーネたちが安定して獲物を獲っているうちに、向こうも真面目に相手をする態度になってきた。

 秤で重さを量った受付の男は、手金庫から緑色をしたギルドクレジットの紙幣を3枚取り出すと、カウンターの上へ置いた。

 

 少しおまけしてもらったギーネは、嬉しそうに紙幣を受け取ってから半分をアーネイに手渡した。

買い取り査定も終わって、立ち去ろうと踵を返したギーネたちだったが、アーネイが唐突に立ち止まった。

「あ、そうだ」

呟いて胸元から取り出したのは、死んだ虫ハンターのギルド認識票であった。

血まみれのタグをギルド職員に手渡すと、なんの感慨も見せずに受け取った。

「I級ハンターのタグだな。シリアルNOの持ち主は……」

手元のリストを手繰り始めた職員が、シリアルNoを控えて、帳面から書類を一枚抜き取ってそれでお終いだった。

きっと良くあることなのだろう。唇を撫でながら、ギーネは無言で書類を見つめていた。

家族に知らせたりはしないのだろうか。事務的手続きもここに極まりますね。思ったアーネイだが、深入りする心算はないし、口を出す立場でもないと思い直して踵を返した。

ギルド職員が放棄書類を丸めてゴミ箱に投げ込むと、乾いた音が響いた。


「今日は仕事はおしまい。あまり好きではないがビールの一杯でも飲もう」

「確かにのどが渇きました……いやな光景を見ましたからね」

 ギーネとアーネイは、ホテルに戻るとそのままの一階ロビーに隣接する食堂に立ち寄った。

テーブルに着いた二人は、虫の団子を食べながら、一杯ずつの温くて不味いビールを啜っている。

 ついでにギルドの出口で煙草売りの少女から一本だけ買った安煙草を、廻しながら味わってみた。

 帝国にいた頃は、健康に悪いと煙草を吸わなかったギーネだが、最近は吸うようになっていた。

 命掛けというほどではないが、危険と隣り合わせの仕事は強いストレスを感じさせる。

 おまけに町の住民からは、流れ者の移民、下層民として胡散臭い目で見られている。

 さらに町中だからと言って安心できるわけではない。人の悪意も、蟹虫や大鼠と同等以上に危険なティアマット社会であった。

 二人共。特にギーネは心身をかなり消耗させていたが、互いに励ましあって何とか支えあっている。


隣り合った席には、陰気な声で喋っている虫狩人らしき三人組の男。

反対側の席では、見たところギーネたちより少しだけ若い娘が、幼い少年と一つのテーブルに並んで座って、一皿のスープを分け合っていた。

「美味しい?」

「……うん。暖かいね、シャル姉ちゃん」

少年が歯を剥き出しに無邪気な笑顔を浮かべると、若い娘は深く肯いた。

「もうちょっとお金が溜まったら、毛布を買おうね」

……おや、姉弟ですか?

毛布を借りるお金も無いみたいですね。きついな。

我が身の転落ぶりと比較して、身につまされた感のギーネがそれとなく眺めていると、視線に気づかれたらしい。

若い娘が、警戒した眼差しで亡命貴族を睨み返してきた。

別に怪しい者ではないと言い訳しようかとも思ったが、変にこじれるのも面倒で顔を背け、アーネイが料理を受け取って戻ってくるのを待つことにした。

世慣れぬ雰囲気の娘であったが、どこかの田舎から出てきたのだろうか。


アーネイが戻ってきた。

「今日は五匹捕まえましたよ、アーネイ。新記録です」

「おめでとうございます。お嬢さま」

無邪気に自慢するギーネと暢気に褒め称えているアーネイだったが、隣で飲んでいた男たちの勘に触ったらしい。陰険な目を向けて横合いから野次を飛ばしてきた。

「へっ、五匹で新記録だとよ。笑わせてくれるぜ」

「虫狩人やるよりも、男の上で尻を振っているほうが儲かるんじゃねえのか?」

「言えてるぜ。面は悪くねえ。俺たちが買ってやるぜ。へっへっへっ」

牙を剥く怪物を相手に明日をも知れない生活を続けていれば、性格は自然と荒む。挙措や言動とて荒々しくなっていく。

ハンター同士の、特に食うや食わずの下位ハンターには、喧嘩も珍しくはない。

中には性根が歪んでしまう者もいる。三人組のみすぼらしいハンターもその類だろう。

二人組の女性を楽しげに嘲弄してくる。


「うわ、嫌な連中。むっかつく。ちょっと痛めつけてやりたい」

アーネイが珍しく短気になっていた。額に青筋を浮かべつつ腰を浮かせると、これも珍しくギーネが制止する側に廻った。

「しつこければね。今は無視しなさい」

「三下共に舐められるのは、詰まらんですよ?」

アーネイ・フェリクスは改造人間である。帝國の大貴族に影のように付き従う累代の一族の末裔であり、幼少より戦闘技術を叩き込まれた上に、一度、主君を守って戦死した際にバイオ・マテリアルを体に組み込まれている。

人を超えるような筋力は持たないが、素晴らしく鍛え上げられた肉体と反射神経の持ち主で、卓越した戦闘技術を有していた。

アーネイがリミッターを外せば、目の前の三人組は、ものの数十秒で文字通りに血と肉の詰まった皮袋へと変わり果てるだろう。

けして三人の心配をした訳ではなく、つまらない相手とつまらない揉め事などしている場合ではないと考え、ギーネははっきりと宣告した。

「馬鹿にしたい奴には、馬鹿にさせておきなさい。

私たちは、己のやるべきことをやるだけです」

「そうですね」

主人の言葉を聞いたアーネイは、微笑んでから座りなおした。


少し嫌な気分になったものの、席を遠ざかって厄介ごとを避けると、二人は気を取り直して現在の所持金を数えてみた。

「ところで、アーネイ。お金も貯まって来ましたし、ちょっと贅沢をしてもよろしいのではないでしょうか?」

酒と煙草で緊張を解してから、ギーネは目尻を擦りつつ身を乗り出してきた。

「具体的に言うと?」

「チョコレートを……」

 ギーネがおずおずと言った提案を、アーネイはぴしゃりと跳ね除けた。

「却下します。それよりは新しい靴が必要です。

大物を狩る為、銃を買う金も貯める必要がありますし、服やナイフも大事ですが、兎に角、今ある靴が駄目になる前にもっといいものを買っておく必要があります」

「うぅ……ギブ・ミー・チョコレート」

「可愛らしく言っても駄目です。チョコ一枚が私たちの生活費の何日分に値すると思っているんですか?」

 チョコレートを食べられない衝撃のあまり、ギーネ・アルテミス十九歳は本気で涙を零してしまった。

「やっぱりか……まあ、分かっていた。分かっていたさ。ふふ。こんなことだろうと思っていたよ」


「まあ、そうやさぐれないでくださいな。なんとか食べていくだけの目処はつきました」

「う、うむ。だけど、今の稼ぎで買えるだろうか?

それにわたし。ブーツの良し悪しなんか分からないぞ。」

「それは私が軍人時代の経験を生かして見分けますよ。

「靴自体は、手の届く値段でした。

虫の皮や骨で継ぎ接ぎすれば、相当に長持ちするそうです。履いてみましたが、履き心地は悪くありませんでした」

 アーネイが自信満々の態度を見せているが、幼い時から一緒のギーネは鼻で笑った。

「軍人といってもたった六年。前半はパートタイムの州兵だろうに。

 その後は帝国辺境諸侯の私兵だし」

「諸侯連合軍でも最強の騎士団です。帝都守護を任とする正規軍にも引けを取るものではありませんでした。

 漆黒の強化外骨格を纏っていた頃には、黒騎士と呼ばれて叛徒や賊徒共を震え上がらせてやったものです」

 得意げに語るアーネイに、ギーネは吹き出した。

「黒騎士!黒騎士ですか!

 人を散々に厨二病患者扱いしておきながら自分は黒騎士。ずるいなあ、アーネイは」

 ギーネが飛び級で帝都アヴァロンの大学院に通っていた頃、地元に残った年長のアーネイは軍務についていたのだが、帝国正規軍には採用されなかったのだ。

 自慢する強化外骨格の操縦技術もたかが知れているものだと、ギーネは思っていた。

「ずるいってなんですか。失敬なお方だ。

 私の所属していた騎士団は、主持ちや事情があって国許を離れられない者たちが集っていましたが、本当に凄かったのです。

 帝國屈指の騎士団として、辺境に跋扈する叛徒共や数に勝る蛮族軍を何度も打ち破って……」

「分かった、分かった。見栄を張らないでも大丈夫だ。私はお前を大切に思っている」

 優しい瞳でギーネ・アルテミスに見つめられて、アーネイは歯噛みをした。

「畜生ッ、幼少からの忠勤を励んだ挙句に、こんな残念主君にほら吹き扱いされるとは。

 こんなことなら見限って、近衛騎士団の誘いに乗っておけば良かった」

 笑いの衝動を収めたギーネが、改めて話題を切り出した。

「それで他に何か提案はあるかな。アーネイ君」

「今いる宿も悪くありませんが、やはり個室が欲しいですね」

 これにはギーネが渋い顔を見せた。

「今が二人で4リング。食事も虫肉で済ませていますが……まともな個室だとどうしても一人頭1GCは取られますよ?一日の経費が跳ね上がります

 私たちも、何時も今日みたいに大猟に恵まれる訳ではありませんし、空振りの日もあります」

ギーネの言葉は尤もであったが、アーネイの意見にも其れなりの根拠はあった。

「わたしたちの身なりも大分ましになってきました。

 逆にそれが危険な関心を招いている部分があります。

今の宿泊所も悪くは在りませんが、シーツで仕切っただけのベッドでは、正直、身の危険を感じる時もあります」

意見を吟味するように片目を閉じて沈黙していたギーネが肯いた。

「分かりました。身の安全には変えられません。そのうちには移りましょう。

 ただ、そうなると宿泊費を稼ぐ為に働いているような気がします」

アーネイはほろ苦い笑みを浮かべて、主君を見つめた。

「人生なんてそんなものですよ」


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