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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ライオット
80/117

ポンコツキリングドール

2016/12/29 79話

2016/12/30 80話


 プロメテウスのレンジャーたちは、連れだって【町】の商業地区を歩いていた。

 目も彩な衣類や山積みされた食料品の箱、輸入品の煙草に酒、家畜に新品の剃刀、刀剣類、タオル、香辛料、書籍にポスター、ラジオ、カセットテープ、カフェイン剤やアスピリン。


 東海岸と内陸部を結ぶ主要な交易路の中継地点であり、水資源を持って豊富な食料を生産している【町】では、文明が崩壊した大陸東部の一居留地としては驚くほどの物資が取引されており、旅の経験も豊富なレンジャーたちでさえ、想像以上の活況を目にして目を瞠っていた。


「噂以上だ。凄いな、これは」

 若いナッシュ少尉など、興奮を隠しきれずに純朴な田舎の青年のように目を輝かせていた。

「少尉は【町】は初めてですか?」

 案内役を仰せつかったエリナが首を傾げると、興奮冷めやらぬ様子で少尉は肯いた。

「ああ、ベレスからこれだけ離れたのも初めてなんだ。実は、基地で生まれ育ってね」

 手元のマニュアルカメラを掲げると、商店と買い物客を視界に収めながらシャッターを切った。

「恥ずかしながら、此処に来るまでは、プロメテウスが嫌われている土地があると言われても、実感できなかった」

 フィルムを巻きながら、恥ずかしげに言った。


「ベレス育ちですか。確か本拠地でしたね。すると、少尉はエリートなんですね」

 すると、少尉ははにかんでみせた。

「ナッシュで構いません」

「まあ、そんな訳にはいきませんよ」

 柔らかく微笑み返しながら、エリナは腹の底で思った。くたばれ。

 死ね。イケメンでも死ね。プロメテウスに属するものはすべからく死に絶えよ。


「これだけ繁栄してると、盗賊やら略奪者に狙われることも多いんじゃない?」

 風船ガムを膨らませながら、ヘザー伍長がエリナに話題を振るう。

 お前らが来たお蔭でな。防衛戦力に不安が出そうだよ。こんちくしょう。

 呪いながら、笑顔でエリナはレンジャーたちに説明した。

「【町】の防衛体制は万全です。一昨年も五十人からのバンデッドの襲撃を撃退しましたわ」

 不安があるから引き抜かないで下さいとか、モリス氏の前で皮肉でも言える訳ないのだ。くそったれ。


 あの後、ギルドに電話を掛けてボードマン副支部長に交渉の経緯を全部ぶちまけようとしたエリナだが、頼りの上司は、危急の要件とやらで出掛けていた。

 雷鳴党がどうとか、こうとか秘書が言ってたので、愚連隊がまた問題を起こしたらしい。

 おまけにもう一人の副支部長ミス・ミラルダ直々に、レンジャーたちを案内して、出来るだけの便宜を図るようにとの有り難いご命令を受け取ってしまう。


 冷徹な眼差しで市場の喧騒を観察していたグレイ少佐が口を開いた。

「そう。ついでだが、会っておきたい人物がいる。

 この近くに住んでいるとの噂を耳にした事があってね。

 案内を頼めるだろうか、ミス・ヴィーボック」

 まるで、物のついでとでも言いたげにさり気ない口調だったが、少佐の冷たい灰色の目は、しかとエリナを見据えていた。

「銃をぶっぱなすだけが取り柄の連中が欲しいなら、好きに引っ張っていきたまえ」

 プロメテウス指揮官に気前よく約束するモリス氏の言葉を、しかめっ面して聞いながらエリナは腹の中で少佐を口汚く罵っていた。


 なにが、ついでだ。畜生。

 それが本命なのは、お見通しだ。この野郎。


 工業国であれば、半日のアルバイトで2、300発も買えるだろう弾薬が、硝酸アンモニウムの生産設備にすら事欠くティアマットでは、自由労働者が丸一日働いて、一発買えないほどの価値を持っている。

 弾薬が高いとみるか、労働の価値が低いとみるかは、人それぞれだろう。


 だが、時として、一個分隊の兵隊が自動小銃を数百発ぶっ放しても倒せない変異獣を、腕のいい狙撃手は一発の弾丸で片付けることもある。  

 良心の欠片も持たないような盗賊団やミュータントが群れなして徘徊するティアマットだが、同時に正義や義理、良心で動く英雄志願者も絶える事が無いのが世の常である。

 単独、或いは少人数の腕利き用心棒によって略奪者から集落が守られたと言う話だって、幾度となく風の噂に伝わってきた。

 それは勿論、特別な事例ではあるだろうが、プロメテウスだけではない。他の義勇兵団や居留地だって、よく訓練された信頼できる兵士は、喉から手が出るほどに欲しているのだ。

 例えば、腕利きの狙撃手ともなれば、一人いるだけで防衛に必要とされる予算が段違いに節約されるし、盗賊団による襲撃などの頻度が減少することも侭在った。

 名のあるハンターや賞金稼ぎともなれば、居留地に留まっているだけで抑止力になるのだ。

 プロメテウスが狙っているのは、正しくそんな人物であろうし、そうした狙撃手にギルド職員であるエリナは猛烈に心当たりがあった。


 思い出すように秀でた額を指でトントンと叩いていた少佐が、ようやく思い出したと言った風情で肯いた。

「名前は……そう、セシリアと言ったか。D級のハンターだったと思ったが……」

「名前だけでは、ちょっと分かりませんねぇ」

 へらへらした笑顔で空っとぼけたエリナのお役所スマイルを、モリス氏が怒号と共に叱り飛ばした。

「ならば、さっさと調べたまえ!全く使えん女だな!」


 頬をひくひく痙攣させているギルド職員に無能めが、と侮蔑の混じった怒りの視線を向けながら、モリス氏は風を切って颯爽と歩きだした。

「ギルド支部に案内しよう。D級ならデーターベースに在るはずだ。

 まったく、そんな事も分からんとはな。わたしの部下なら首にしているところだぞ!」



「少々、お待ちください」

 強張った笑顔を張り付けてギルドの正面ロビーに賓客一行を待たせたエリナは、足早に上司の元に駈けつけると状況を説明した。

「ミラルダ副支部長!プロメテウスは、セシリアを引き抜くつもりです!」

「なら、案内してあげなさい。それが貴女の仕事よ」

 マホガニーのデスクに陣取った四十代の副支部長様の、マニキュアを塗りながらお言葉であった。


「……で、で、でも、セシリアですよ。居場所教えていいんですか?」

「モリスさんね。市長の甥御さんなのよ。

 出向してきた私としてはね。地元の有力者に睨まれたくないわね」

 切れ長の瞳で指先を見つめながら、ミラルダ副支部長は告げる。


「好き放題に引き抜きを許したら、結果的に【町】の負担が増大します」

「モリスさんは、問題ないと考えているのね?だったら、ギルドとしては出来ることは何もないわ」

 出来ることは幾らでもあった。ミラルダがねじ込めば、モリス氏とて考えざるを得ない。

 その筈であった。しかし、ミラルダはやる気を見せなかった。

【町】が弱体化することを良しとしているのだろうか。それとも他に思惑があるのだろうか。

 エリナが息を呑んでミラルダを見つめる、とモリス氏の怒号が階下から届いた。

「なにを愚図愚図している!」


「問題ないでしょ。責任とるのは彼だわ」

 ミラルダ副支部長があでやかに笑い、退出を促されたエリナは唇を噛みつつ踵を返した。

 叱咤され、資料を抱えてロビーへと戻ったエリナは、慌てて手元の書類を捲りながら、無意味な時間稼ぎをしてみる。


「装甲熊を仕留められるハンターですよ。本当にいいのかなぁ

 貯水池に住み着いた時には、10人の討伐隊が装備と共に失われた。

 それを一人で片付けられるのだから、コスト的には……ねえ?」

「何がいいたいの?」と同僚の受付嬢が欠伸を噛み殺しながら訊ねてきた。

「引き抜かれたら、大損害なんじゃないかって気がしてならないんですけどぉー」

「まあ、上には上の考えがあるのかも」

 へらへらと笑っている。

「……おぉ、もう」

 天を仰いでいるエリナを見て、グレイ少佐が一瞬だが、微かに面白がるような目を向けてきた。

 地獄に堕ちろ。



 埃っぽい街の猥雑な空気を切り裂いて、ホテル・ナズグルの正面玄関にオートモービルが停車した。

 オートモービルから降り立ったプロメテウスのケリィ伍長が、ホテルを見上げて身を震わせた。

「おい、この建物、今にも崩れそうだぞ。大丈夫か?」

 ヘザー伍長がガムを噛みながら肯いた。

「東海岸じゃ、上等な方さ。ここら辺は、建築資材も、重機も残っちゃいないからね。

 それに昔の建物の方が丈夫なんだ。あと六百年は持つって学者が太鼓判を押してたよ」


「ここがセシリア・マクウェインの滞在場所か。」

 砂塵舞う街路にブーツで降り立ったグレイ少佐が、車内へ声を掛けた。

「……間違いありません」

 車に酔ったのか。引き抜かれるのが嫌なのか。降りてきたエリナが、死にそうな顔で肯いた。


 今にも崩れそうなホテルを見上げながら、グレイ少佐がマイルズ兵長に視線を向けた。

「実績は確認済みです。

 各地でミュータント相手の大規模な防衛戦に参加して、最低3回撃退している」

 資料を諳んじてみせた兵長の言葉に少佐が無言でうなずいた。

「頼もしいな」

「仲間になってくれればの話だがな」

 無駄口を叩きあうレンジャーたちの中、ただ一人ヘザーだけが緊張を隠しきれずに唇を噛んだ。


「……警戒してください。正直、化け物です」

 ヘザーの声には戦きが混じっていた。グレイ少佐が訝しげな視線を返した。

「……危険な人物とは、聞いてないが」


「伍長。もしかしたら、同僚になるかも知れん相手ですよ」

 ケリィ兵長の言いぐさに、ヘザーは咎めるような目を向けてきた。

「あんたは……この中の誰もあいつを知らないだろ。

 交渉が拗れたら、銃撃戦になるかも知れない。あたしは気を抜くなって言ってるだけだ」


 マイルズが無精ひげの伸びた顎をさすりながら、ヘザーに訝しげな目を向けてきた。

「そんなに腕が立つのかね。

 人事課の資料では、百メートル内なら走っているハウンド相手でも絶対に外さないそうだが」

「私が見た時は、百メートルの距離で、連続してヘッドショットを当ててきた」

「百メートル?言うほどか?俺だって当てられる」

「三十秒で7匹だ」

「は?」

「疾走しているハウンドの群れを一発も外さなかった」

 マイルズは戦慄したらしい。背筋を大きく震わせた。

「……おう、それは凄いな」

 間抜けな一言を洩らしつつ頭を振ってから、煙草を吹き捨てると踏み潰した。

「……ご対面といくか」

 顔が引き締まっていた。


「うぅ、この前は済まなかったよぅ。ごめんよぅ」

 信楽焼の狸に縋りつきながら、金髪を短く切りそろえた美女が謝っていた。

「……捨てるなんて、酷いよう!ねえ、そう思うよね」

 陶器製の狸の金玉に向かって同意を求める金髪の美女。頬はほんのりと紅潮していた。

「よしよし」

 ホテルの従業員だろうか。赤い肋骨服を着込んだ少女が優しく背中を撫でてやる。


 相当にきこしめてるらしく、近づくだけでお酒臭い。

 凛々しい美貌だが、微妙に目の焦点はあっていないのが恐かった。

 近くの床には、酒瓶がボーリングで転がされたピンのように無秩序に転がっている。


 おろろーん、おろろーん

 空に向かって啼いていた金髪娘だが、

 「うっ」

 泣きすぎて、気分が悪くなったらしい。

 青ざめていた顔色が、さらに急変した。

 ホテルの従業員らしい少女が、慌ててモップと雑巾とバケツを採りに行った。


慌てて俯き、床に向かって

「うげええ」

タパタパタパと水っぽい液体がリバースされる。

アルコールと胃液の入り混じった何とも言えない饐えた悪臭が立ち昇った。


 金髪娘のモスグリーンのタンクトップは、汗に濡れて皺くちゃになっている。

 鍛えられた背筋に、二つの短剣が交差した黒十字の入れ墨が浮かび上がっていた。


 エリナが進み出た。グレイ少佐に向き直る。

「えっと、セシリアさんです」

「……なん、だと?」

 無表情で聞き返す少佐。

「この町にいるセシリアで、ハンターで、D級は、これだけです」


 駄目な日のセシリアだった!よっしゃ!

 心の中でガッツポーズを決めているエリナに

「ヴィーボック!貴様!」

 モリス氏が怒号を放った。

 飛び上がったエリナだが、素早く距離を取って手近な柱の陰に隠れて叫び返す。

「わ、私は案内しただけです!其方の要望にまで責任は取れません!」


「……捨てないでぇ。悪かったよぅ」

 ぐすぐすと泣きながら、セシリアは信楽焼の狸をかき口説いてる。

「……もうやだぁ……死にたいぃ……うぅぅ、ミリアぁ」

 狸に無視されたセシリア。酒瓶を抱きしめながら、赤子のように床に丸まった。ひっくひっくと泣きながら痙攣し始める。


 州内。いや、東海岸でも有数の勢力を誇る組織プロメテウスの幹部であるグレイ少佐は、鋼のように冷たい眼差しでセシルを見つめていたが、厳しい顔つきのまま踵を返した。

 僅かに同情の眼差しを酔っ払いに向けたナッシュ少尉が肯いて、号令を掛けた。

「次へ向かうぞ」


「崩壊寸前のアル中にしか見えねえな」

「人事課の奴は、雷を落とされるぞ。こりゃあ」

 同僚たちが次々と踵を返す中、ヘザーは最後までセシリアを眺めていた。

「……キリングドールも、錆びついたようだね。どっちがあんたにとって幸せかは分からないけどさ」

 去り際の呟きは風に溶けて誰の耳にも届かなかった。



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