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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ライオット
75/117

こんなこともあろうかと

義勇兵の組織名は、プロメテウスに変更。

捻り過ぎた。素直でええんや


「すっげえええ!オートモービルだぁああ!」

【町】の防壁に停止したプロメテウスの車両を前に、初めて現役の自動車を目にしたのだろう。

 鼻水を垂らした子供が感極まって絶叫している。

 お調子者のケリィ兵長など、自慢げな笑顔を浮かべて運転席からへらへらと子供に手を振っていた。


 一方で廃墟のような建築物の物陰からは、擦り切れた衣服を纏った住人たちが用心深く様子を窺っている。

 オートモービルが略奪者による襲撃の先陣であった場合、真っ先に被害を受けるのは防壁の外に住まう【町】外縁の住人や金のない滞在者たちだ。

 今も、複数の民兵が物陰からライフルでオートモービルとその周囲に散ったレンジャーたちへと狙いを定めていた。

 オートモービルの傍らに立ったアビーは、すんすんと鼻を啜りながら周囲を見回した。

「……どうにも、あたしたちは歓迎されてないみたいだね」

 落ち窪んだ瞳を光らせながら、アーポが聞き取りづらい言葉を吐き捨てるように洩らす。

「四時半の方向。屋上から擲弾筒持って見下ろしている奴がいる。

 畜生、連中がその気になったら、俺たちはあっという間に皆殺しだ」


 手製の爆弾をぶら下げた【町】の守備隊の下士官は、今も険しい顔つきで見慣れぬ来訪者たちの一挙一動を監視している。

 コンクリートの瓦礫と鉄製のスクラップを積み上げて構築された防壁を眺めているヘザーの背中を、冷たい汗が濡らしていた。

【町】の守備隊は、見慣れぬ来訪者の一挙一動をじっと見極めている印象を受けた。

 此方が妙な動きを見せれば、一気に殺し合いに雪崩れ込むのではないか。

 乾いた風が吹きすさぶ廃墟めいた街路に、そんな重苦しい緊迫感が漂っていた。


 外縁部の警戒がこれだけ練度と武装を揃えているのであれば、【町】そのものの軍事力も相当な水準にあるに違いない。

 或いは防壁には特に精鋭なり、良質な装備が優先的に廻されているのかも知れないが、【町】の守備隊がその気になれば、少人数のレンジャーたちなど片手間で片付けられるだろう。

 オートモービルの装甲で防げるのは、ミュータントの爪や豆鉄砲くらい。

 薄い鉄板を張り付けただけの装甲など、ライフル弾を相手しては紙も同然。

 そんな事を考えながら、ヘザーは防壁で担当者と交渉している指揮官へとちらと視線を走らせた。


 内陸の州であれば、大抵、市や居留地でも歓迎されるプロメテウスだが【町】の守備隊は警戒を解こうとしない。あからさまに神経をピリピリとさせてレンジャーたちを監視している。

 アビーなどは、門番と交渉に当たっていたグレイ少佐とナッシュ少尉の背中に祈るような視線を送っていた。


 法秩序の崩壊した東海岸では、基本、他所からの来訪者は歓迎されない。

 居留地によっては、見ず知らずのよそ者だと言う、それだけの理由で来訪者が殺害されるのも珍しい話ではない。

 来訪者が略奪者の斥候でないと言い切れない。

 村を守る為に雇われた傭兵たちが取引での行き違いから略奪者に変貌することもさして珍しくはないし、寸前まで行商人を歓迎していた村人たちが、実は山賊を兼業していることも割とよく聞く話だった。


 他者への信頼が砕かれた世界。人が生き残る為になんでもする修羅の世界で、初見の武装した訪問者を信用するものなどいはしない。

 まして装甲車。防壁内部に侵入して暴れ廻れば、市街地に途方もない被害をもたらすことは間違いない。

 門の守衛たちが神経を尖らせるのは当然で、それでも、【町】の守備隊が一応は話を聞く姿勢を見せているのは、プロメテウスの先人たちが血と汗を代償に信頼を築いてきたからに他ならない。


「……プロメテウス、か。何の用だ?」

 場所が変われば事情も変わる。勢力圏であれば憧憬や尊敬の眼差しを向けられるプロメテウスの徽章だが、此処は地元から遠く離れた東海岸の終着地点。

 長きに渡って義勇兵たちと没交渉であった【町】を何故、今さら訪れてきたのか。

 胡散臭そうな視線をレンジャーの一団へと向けたのは、いかにも古強者と言った風情を漂わせた守備隊の将校だった。


「我々の司令官アレウスから、【町】の市長殿への親書を携えてきた。

 取り次いでもらえないだろうか?」

 口上を述べるオートモービルを見比べた将校は、面白くもなさそうに肩をすくめた。

「お前らの評判は、色々と耳にしている……北では相当に暴れたそうじゃないか」


 将校の含みのある口調に、若いナッシュ少尉が反応した。

「フォーサンか。あれは……」

「技術者を拉致しようとして保安官と撃ち合いになったと聞いてる。

 まあ、北部の連中の言い分だがな」

 将校の冷たい視線に頬を強張らせた少尉だが、傍らのグレイ少佐は平然としている。

 上官の目の前で、交渉相手に激発する訳にもいかず、ナッシュ少尉は、口をもごもごと動かしながら低く呻いた。


 安全な筈の故郷を飛び出しても外の世界を見て廻りたいと望む好奇心旺盛な若者は、何処の居留地にも必ずいる。

 東海岸の寂れた居留地フォーサンでレンジャーに志願してきた青年もまたその一人であったが、幸か不幸か、彼は町でも数少ない技術者だった。

 プロメテウスは、熱意のある若者を喜んで迎え入れる。

 だが、収まらないのは、育った貴重な人材を横から引き抜かれた地元フォーサンの有力者たちだった。


 後から振り返れば、募集担当者ヨードル大尉の杓子定規な対応も、些か不味かったかも知れない。

 居丈高に返還を要求する町長と判事、保安官らの地元有力者に対して、既に彼はレンジャーの一員になったと、入隊志願書を振りかざして、けんもほろろに拒絶した。

 これが一人前に育てるまで居留地が莫大な時間と手間暇を投資したのであれば、大尉とて考慮しただろう。

 しかし、幼くして身内を亡くし、親しい者もおらず、ほぼ独学で基礎工学を修めた青年にとって、フォーサンはけして住みやすい街ではなかったのだ。


 職業選択の自由など、世界の崩壊と共に消え失せている。

 それでも、一定の保証されるべき水準はあって然るべきだ。

 そう信じる大尉からすれば、本人の自由意志より尊重されるものなどない。

 奴隷のように酷使されながら、外の世界へ出る希望を最後まで捨てなかった青年を見捨てるのは、プロメテウスの士官であるヨードル大尉にとっては論外であり、しかし、フォーサンの地元当局からしてみると、大尉の言い分は、若者を言葉巧みにたぶらかす詐欺師のやり口に他ならなかった。


 かくして、交渉は決裂する。

 プロメテウスが長年活動の中心としてきた拠点。例えばベレス市などであれば、間に入って取り成す有力者もいたかもしれない。

 だが当時、進出したばかりの幾つかの州ではレンジャーの勢力はいまだ弱く、得体が知れぬと見做す向きもある中、地元有力者の顔に真正面から泥を塗るという行為は致命的だった。


 武装した保安官と自警団が、募集事務所を包囲したのは、その日の夕方。

 襲撃者に対し、話し合う為に出ていったヨードル大尉が射殺された時点で、話し合う余地は消えた。

 武装解除と投降を呼びかけるフォーサン当局の最後通告を前に、残余の人員は籠城を決定。

 無線で本部に救援を要請しつつ、防備の整った事務所へと立て籠もった。


「【町】の市民から志願を募るつもりはない」少佐が告げる。

「果たして、その言葉を信じていいものかな」

 返された将校の口調からは、多分に嘲弄の気配が感じ取れた。

「後日、正式な文書にして提出しよう。

 今回の訪問は、純粋に外交的な儀礼に基づいたものだ」


「北からやってくる連中に言わせると、プロメテウスは愚連隊より性質が悪いそうだ」

 手元のライフルを掌で撫でながら、揶揄するように将校は深い笑みを浮かべた。冷たい笑みだった。

「あれは不幸な行き違いだった」

 グレイ少佐は、鋼のような声を揺るがせもせずにそう告げる。

「銃撃戦で8人死んだらしいな。それも不幸な行き違いか?」

「此処でフォーサンのような真似はしないと約束しよう」

 阿るような少佐の言葉。ナッシュ少尉は、怒りに耐えかねて歯を食い縛っている。


 値踏みするようにレンジャーたちを眺めた守備隊の将校が、ややしてから肯いた。

「それが賢明だな」

 己の正義を妄信した、狂った軍団と言うのが北部からやってきた連中が口汚く罵るプロメテウスの評判であったが、レンジャーの一行にとって幸運なことに将校はそれを鵜呑みにはしていなかった。

 若造は兎も角、年嵩のレンジャーの方は、幾らか現実と言うものを理解しているようだ。

 若造の手綱をしっかり取れるようであれば、やぶかさでもない。

 それが守備隊将校の下した判断で、如何せん【町】は交易で利潤を得ており、そしてプロメテウスは、独自の交易ルートを擁しているのだ。


 職人も、技術者も、科学者も、人材は押しなべて貴重な時代だ。

 技術者を失えば、居留地は衰退し、場合によっては滅亡する。

 中世欧州では、腕のいい鍛冶職人は、村から逃亡できぬよう足の腱を切られたこともあったと言う。

 そして崩壊世界における水処理施設の技術者の重要性は、中世村社会の鍛冶職人でさえ比較にならない。

 連れ去ろうとすれば、必然的に血が流れる。

 そこには妥協の余地も、個人の自由意志が介在する余地もない。


 耐えきれなくなったナッシュ少尉が、喉の奥から唸るような声を出した。

「俺たちは、人類の為に戦っている。侮辱される謂れはない」

「そうか、偉いな坊や。おじさんの為に煙草を買ってきてくれるかい?自販機はあっちだ」

 露骨な嘲弄を返され、頭に血を昇らせた少尉が口を開こうとした時、グレイ少佐が口を開いた。

「少尉。口を閉じろ」

「……ですが!」

「二度は言わんぞ。此の上、お前を連れてきた事を後悔させてくれるなよ」

 厳しい声音で叱責された若い少尉は、屈辱か、或いは後悔か。激情に体を震わせながら目を伏せた。


 人それぞれの理想。それを学ぶにはいい機会だ。

 少なくとも【町】の連中は、話を聞く姿勢を見せていた。

 この場では連中のほうが力が上にも拘らず、話し合いが成立している。

 なら、上等な反応じゃないか。

 町の巨大な防壁を眺めながら、少佐は微かに目を細めた。


【町】のようにミュータントや略奪者から自力で住人を守れる居留地からは、義勇兵はしばしば怪しげな外部勢力として扱われる。

 だが、装備の没収を目論んだり、戦闘が発生する可能が低いだけでも、随分とマシな……文明的な交渉相手だ。

 交易で成り立っている【町】の性質上、そう酷い対応はされないと踏んでいたが、これは予想していたうちでも、随分と上等な対応だった。皮肉ではなく、最良に近い。

 無論、レンジャーの築いてきた風評と報復を可能とするだけの戦力も考慮しての反応だろうが、思っていたよりも遥かに穏便に交渉が進んでいる。

 孤立した居留地でも、酷いところとなるとコミュニティの支配者が己は全世界の全能の支配者だと言う誇大妄想を抱いている場合すらある。

 小さな居留地の長に、強大なプロメテウス全軍の武装解除と無条件降伏を一方的に命じられたことさえあった。

 それに比べれば、今回の交渉相手は素晴らしい。

 若い少尉は怒りに耐えかねているが、侮蔑で人は死なない。

 共同体の全員がその幻想を共有している場合、もはや手遅れだ。

 外部からでは、もはや手の施しようもない狂った集団との接触が、しかし、割とよくある事例なのが、ティアマット世界の救いようのなさを端的に証明しているのかも知れない。



「先ほども言ったように、あくまで今回の目的は、親書を手渡すだけの儀礼的なものだ。

 だが、物資の取引を許可してもらえるのであれば無論、歓迎する。

 不足している物資を交換すれば、互いにメリットがある取引が出来る筈だ」

 名の知れたハンターや賞金稼ぎのスカウトも重要な任務であるが、目的は一つにとどまらない。

 互いに不足している物資を交換できれば、メリットのある取引が出来るだろう。

【町】で補給が可能となれば、プロメテウスの足も随分と伸びるものだ。

 グレイ少佐の提案を【町】の将校は切って捨てた。

「自給自足は出来ている。

 お前らの粗末な薬やら機械部品と、町の若者を交換するつもりは毛頭ないぜ」

 プロメテウスは、時に前途有望だが、夢見がちな若い男女を勧誘して連れ去ってしまうとの噂は、北部の全域に流布しているようだ。

 フォーサンは、祟ったか。

 鉄面皮を崩さない少佐を、警備隊の将校は醒めた目で観察している。

 事実であろうとなかろうと、将校は油断するつもりはなかったが、同時に過剰な警戒を抱くつもりもなかった。


「そのアレウス司令官とやらも知らん。なんとも言えんな。

 だが、内陸からやってくる連中は、お前らを褒め称えている。

 それに俺も、フォーサンの連中は好かん」

 将校が右手を上げて、斜めに二度、大きく振った。

 と、周辺の建物からレンジャーへの狙いを定めていた兵士たちの大半が姿を引っ込めていく。

「取りあえず、お前らを受け入れるかどうか決めるのは、市長メイヤーだ。

 電話で判断を仰ぐとしよう。そこを動くなよ」

 そう告げた将校に、少佐は肯いた。

「感謝しよう。隊長」



 ホテル・ナズグルの長い廊下を進みながら、帝国人主従は計画を練っていた。

「中央の市民居住区で雷鳴党が拉致・襲撃の愚行に及ぶとは考えにくいですが、相手は愚連隊。

 万が一という事態も起こりえます。いかがいたしましょう?」

 前を歩く主君に対して、伺いを立てるアーネイ。

 ギーネ・アルテミスは機嫌良さそうに人差し指を振るう。

「こんなこともあろうかと用意していたセーフハウスが幾つかありましたな?

 そう!こんなこともあろうかと!」

「妙な所を強調なさいますなあ」

 これは手遅れですね。間違いない。

 胸中でため息を漏らしつつ、アーネイは肯いた。

「では、避難なされますか?」


 少し考え込んでから、ギーネが尋ねる。

「複数名の刺客を迎え撃つに尤も適した物件は?」

「推定される敵の数および装備から、西部地区のホテル・ユニヴァースがよろしいかと」

 歩きながら、アーネイは即答。

 端末を操作し、主君の携帯機器に物件情報を送り込んだ。

「郊外の廃墟ではありますが現状、侵入者に対して可能な限りの罠を備えています」

「消毒は?」

「完璧に」

  帝國騎士が断言。

「滞在に適した上層エリアにおいてゾンビも、ミュータントも一匹残らず殲滅済みです。

 残りのエリアは物理的に遮断しておりますが、任意に隔壁を解放できるよう仕掛けを設けてあります。

 それなりの数が徘徊しておりますので、非常時の際、侵入者を迎え撃つにも、脱出の時間稼ぎにも利用できるかと……」

 ふむん。家臣の報告に満足したのだろう。帝國貴族が鷹揚に肯いている。

「あすこであればビルごと爆破でもされない限り、数に優る敵を迎え撃つに不足御座いません。

 また、ホテルの構造は把握済みですので、爆薬さえ入手できれば、侵入されたエリアをパージするトラップも作成可能です」

 予め、作成しておいたホテルの見取り図や作戦計画書を、主の携帯へ送信してから、赤毛の帝國騎士は恭しく一礼してギーネに告げた。

「数に優る敵を迎え撃つには、最適の戦場かと」


 罠の配置と徘徊するミュータントの戦力及び習性。脱出経路、建築資材の劣化状態と作業工程の映像を0.2秒でチェックしたギーネは、満足げな微笑みを浮かべる。

「素晴らしいですぞ。アーネイ。エクセレントなのだ。花丸上げちゃいますのだ」

 網膜に映像を展開させたギーネが、ご満悦の表情でうんうんと肯いてから、

「では、引き払う準備を」

「ただちに」


 その時だ。ホテルロビーを歩きながらの主従の会話に反応して、飲んだくれてテーブルに突っ伏していた女ハンターのセシルさんががばっと顔を上げた。

「え?引っ越すの?」


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