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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ライオット
72/117

スープのお代わりを要求するのだ

 アメリア・トーラス保安官助手は、腕を組んだ姿勢で取調室の壁に寄りかかっている。

 目の前の椅子には、雷鳴党に属するハンターのジーナが坐っていた。

 何処か不貞腐れた表情をしたチビのジーナ。

 餓鬼の時分には、アメリアとよくつるんで遊びまわっていた近所の妹分だ。

 一緒に遊んでいた頃は、こうして尋問する立場とされる立場に別れるなど、想像していなかった。


「……どうしてだ?」

 端的に問いかけたアメリアの意図を測り兼ねたのか、ジーナは目を瞬いた。

 若い娘だけに、相貌にはまだあどけなさが見て取れるが、口元は用心深そうに引き結ばれている。

「なんのことだ。姉御」

 空っとぼけている幼馴染を、アメリアの苛立ちを込めた視線が鋭く射抜いていた。

「卵売りだ。荷を奪うだけで充分だったはずだ」


「だから、あれはあたいたちじゃねえよ。あの女たちがやったんだ」

 帝國人たちに殺人の罪を擦り付けようとするジーナだったが、アメリアが騙される筈もない。

「あいつらに行商人を殺す動機はない。

 むしろ、連中の言う事の方が筋が通っている」

 幼馴染のつらつらとした言い訳を、アメリアは斬って捨てた。


 机に身を乗り出し、詰問の口調で問いただした。

「幼馴染の私にも隠すのか?仲間は売れないか?見上げたものだな」

 恨みがましそうな視線をしたジーナが、アメリアを見上げてくる。

「ひでえよ。幼馴染のあたしより、あいつらの事を信じるのか?」

「そう、お前の事はよく知ってる。わたしを誤魔化せると思うなよ」

 そう言って、アメリアは睨み付けた。


 暫く視線がぶつかった後、先に視線を逸らしたのはジーナだった。

「あ、あの爺。あたしたちが鶏捕まえたところに出てきてさ。

 自分の持ち物だから返せって」

「だから、殺したのか」

 淡々としたアメリアの呟きは、だが、ジーナを無意識のうちに怯ませた。


「……見ろよ。お前の殺した爺さんの持ち物だ」

 机の上にハガキ程度の古びた写真が置かれた。

 掘っ立て小屋を前に撮られた老若男女の集合写真。

 中心で笑っている老人は、殺害された卵屋。

 寄り添った一緒に写っている連中は、仲間か。それとも家族か。

 ちらりと見たジーナは、脅えたように視線を逸らした。


 アメリアは、ジーナの耳元に唇を近づけて囁いた。

「……お前は運がいいよ。ジーナ。

 あの爺さんは貧しい流れ者だ。パスポートもなければ、身分証もない。

 何処かの名もない小さな居留地か、廃墟の出身だろう。

 これがでかい街の住人だったら、ただじゃ済まなかった。

 お前たちも、夕方には釈放されるだろう。

 どうした?他の雷鳴党の連中のように喜ばないのか?開き直れよ」

 淡々と呟いているアメリアの視線の先。

 俯いているジーナは、多少なりとも良心が咎めているのか。顔を歪めていた。


「……あ、あたしが殺したわけじゃ」

「だから、なんだ?自分の手は汚れてないとでもいう心算か?」

 幼馴染の胸ぐらをアメリアは掴みあげた。

「勘違いするなよ。法で罰せられないとしても、それは罪だ」

「あ、姐御……苦しい」

 喘いでいるジーナだが、アメリアは容赦せずに喉元を締め上げる。

「お前、殺した時に楽しんでいたのか?ん?」

「ち、違う!姐御。違うよ。あたしは……」

 突き放されたジーナは咳き込みながら、縋るようにアメリアを見上げた。


「……馬鹿が。何故、よりによって雷鳴党なんぞに入った」

 苦い表情でブルネットの髪を掻きまわしたアメリアは、ジーナと同じく【町】の庶民の生まれだった。

 町の創設者たちの血を引く市民たちとは違い、居住許可を与えられた二等市民の家庭だ。

 庶民のなかでは、特に裕福な家系でもなければ、信望のある纏め役の家柄と言う訳でもない。

 それでも家名と言うものを持つだけで、今のティアマットでは、マシな生まれなのだと理解できる。

 数家族で荒野や廃墟を放浪している小集団などでは、姓は愚か、名前と言う慣習さえ途絶えている事例さえある。


 だが、新参の移民や無許可で【町】に居ついた放浪民よりは幾らかマシな立場とは言え、例え助手の立場であっても、二等市民が保安官に採用されるのは稀だった。

 古くから続いている居留地なら何処でもそうだが、大抵、役職のパイは限られている。


 居留地の創設者の子孫。或いは、古参住民の家系で独占しているのが普通で、新参の移民が任命されることは滅多にない。

【町】は特に閉鎖的と言う訳ではないが、歴史が長いだけあって、余所者の入り込む余地はないに等しい。


 採用されるとしても安月給で装備も劣悪、権限もあいまいな自警団勤めが関の山だろう。

 そんな中、アメリアが保安官事務所に採用されたのは、ハンター時代に培った銃の腕が保安官の誰かの目に留まった為だろう。


 廃墟でミュータントハウンドの群れと遭遇し、一人で15匹を仕留めて生還してのけるセシリアには及ばなくとも、ハンター時代のアメリアもまず一級の腕前の持ち主と見られていた。


 人より幾らか優れた銃の腕と斥候の能力。それが二等市民のアメリア・トーラスに保安官助手への道を開いてくれた。そしてその頃は、サンダークラップも、まともなハンターチームだったのだ。


「……親父もお袋もミュータントに喰われちまって、天涯孤独の餓鬼を助けてくれる奴なんか何処にもいない……だけど、雷鳴党の皆は優しくしてくれた」

 沈黙を保ったままのアメリアの不機嫌そうな視線に怯みながら、ジーナは言葉を続けた。

「あたいは……姉御みたいになりたかったんだ。

 けど、銃も上手くならないし、セシルさんや姉御みたいにハンターになって名を上げるなんてとてもできなかった」


「それで愚連隊の一員か」

 吐き捨てたアメリアに、ジーナは俯き加減になりながらも肯いた。

「他のチームだと、こうはいかない。

 女なんて爪弾きか、躰を要求されたり、足手纏いで囮に使われて死んだりさ。

 皆よくしてくれるよ。……その、リーダーの昔のチームメイトの妹分だから」

「グレンめ。あの糞野郎!」

 古馴染である雷鳴党の頭目を、アメリアは口汚く罵った。

「あたしが入れてくれって頼んだんだ」

 ジーナがそう言っても、腹の底の怒りは抑えられそうになかった。



 怒りを湛えるアメリアに、ジーナはおずおずと話しかけた。

「……姐御は、今朝。何を食べた?」

「茹でた豚肉とジャガイモだ。なぜだ?」

 質問の意図を読めずに答えたアメリアに、ジーナは力なく笑いかけた。

「……あたしが肉を食ったのは二週間前。

 その前は……覚えちゃいないが3カ月くらい前かな。

 肉って言っても、蟲やミュータントの肉じゃない。ちゃんとした家畜の肉だよ」

「……だからなんだ」

 押し殺したようなアメリアの声。ジーナは夢見るような表情で呟いている。

「餓鬼の頃なんて、滅多に肉は食えなかった。

 年に一度でも口に入れば上等だったよ」


「……それでもましな方で、ダチには生まれてから一度も肉を食わないまま、くたばっちゃった奴もいたんだからさ」

 アメリアを見ながら、おずおずとジーナが呟いた。

「……今さら、あの生活には戻れないよ。

 粥も満足に食えない生活に逆戻りすることは出来ない。

 みんな、良くしてくれるよ。姐御のお蔭だ」




 アメリアは、反吐が吐きだしたい気分になった。

 獰猛なミュータントや武装した野盗との小競り合いが絶えないティアマットの土地柄である。

 保安官に要求されるのは、なによりも銃の腕だ。

 人格や知性などは一定の基準をクリアすれば良し。

 良識などお呼びでない。兎に角、死なないことが求められる。

 だから実際のところ、余所者の一人や二人がギャングに殺されたからと言って、容疑者を引っ張ってこなくても誰に咎められる訳でもない。それが【町】の外縁地区の治安の実情だった。


 もう五年以上も前になるか。

 駆け出しハンターの少年少女が集まってチームを組んだのが、雷鳴団の始まりだった。

 成功と引き換えに、少なくない仲間たちが死んだ。

 幸運な初期メンバーの何人かが生き延びて、今も町で暮らしている。

 チームメイトの狙撃手は、近隣で最高と言われるハンターの一人として活躍を知られていた。頭角を現したもう一人は、青空市を二分する勢力の頭目として幅を利かせている。

 そしてアメリアは、うだつの上がらない保安官助手として日々、駆けずり回っている。


 自分は救いようのない間抜けなのだと、時々、アメリアはそう感じていた。

 ジーナへのお説教も、青空市場の見回りも、徒労に過ぎず、続けたとしても世の中はちょっとマシになることさえないのかも知れない。

 深々と吐息を洩らしたアメリアは、やりきれない思いで今にも切れそうな電灯がちらついてる灰色の天井を仰いだ。




「おーい、そこの看守。おーい」

 留置場に収監されたギーネ・アルテミスは、可愛らしい声で看守である保安官助手のルイスに呼びかけていた。

 読みかけの雑誌を机の上に置くと、ルイスは面倒くさそうに牢獄へと振り返った。

「なんだ?」

「お腹が減りましたぞ。

 無辜の一般市民を飢え死にさせたくなかったら、お代わりを持ってきてほしいのだ」

 鉄格子の間から空になった皿を差し出したギーネ。お代わりを要求した。

「勝手に飢え死にしてろ。スープは一人一杯まで。そう言う決まりだ」

 云って雑誌の続きに戻るルイス保安官助手。

 今度はイヤホンを耳につけて、音楽を流し始めた。

「お代わりを寄越すのだー、お代わりー」

 ブリキのお皿をスプーンでカンカンと叩きながらのギーネの鳴き声は、保安官によって完全に無視された。(ナレーション)



「むむ、幾ら被疑者の立場とは言え、酷い対応です。

 スープも不味いし、少ないし。茸は苦いし、肉も入っていないし。

 私が全宇宙の支配者になったら、キノコなどと言う有害で邪悪な野菜は法律で禁止して、絶滅させてやりますぞ。あとピーマンも死刑です。茄子と人参はどうしようかな」

 農家の人の事を全く考えないギーネ・アルテミス。支配者にしてはいけない女である。

「……酷い食事です。我らの納めた税金は何処に行ってるのだ?(別に納めていない)

 やはり民主制は腐敗と堕落の温床なのだ。封建制が一番ですね」


 ぶつくさ言ってるギーネに向かって、対面の牢から呼びかけが掛けられた。

「おい!おい!そこの糞女!聞こえてますかぁ?」

 雷鳴党の一員だろう。オレンジ色のモヒカンをした痩せた男が鉄格子を握りながら、己の体を激しくシェイクしていた。

 奇しくも鶏冠のようにも見える髪型なので、ギーネは内心、この男を【鶏くん】と呼ぶことにした。


「いいですかぁ?よく聞いてくださいねぇ!

 てめえは雷鳴党に喧嘩を売りました。

 なので、此処から出たら僕たちは直ぐにあなたを殺しに行きまぁす!

 でも、ただじゃあ殺しませぇん!

 まずはその膝を砕いて、腱を切りまぁす。

 知ってますかぁ?

 昔の海賊船は、女を買う時にそうやって逃げられないようにしましたぁ!」


 鶏の調子のいい語り口に、少しだけ興味を持ったギーネは、囀りを聞くことにした。

「ほうほう?それからそれから?」

「次に舌も噛めないように歯を全部抜いてからリンカーンしまぁす。

 で、お前も、おめえの赤毛の相棒も、自分から殺してくださいって懇願する程度には従順になったら、客を取らせて金を稼ぎまぁす」

 笑顔を浮かべながら、鶏は脅し文句を吐き続けた。

「最後に役に立たなくなったら、便所穴に突き落として殺してあげまぁす。

 これが手前らの未来です。これは決定事項なので、もう変更できませぇん」


「なるほど、なるほど」

 何がおかしいのか、けらけらと愉快そうに笑ってるギーネ・アルテミス。

『鶏』は笑顔から一転、凶暴な表情となって

「出来ねえと思うか?

 俺たちはこれまで薄汚いミュータントを何匹もぶっ殺してきたんだ。

 やるといったらやるぜ!絶対にだ!雷鳴党を舐める奴は許さねえ!」


「ふふ。その言い方からすると、これまで殺した人数は一人や二人じゃありませんね?

 さだめし、かなり大勢の人を殺してきたのでしょう?」

 己の胸に指をあてながら問いかけるギーネ。『鶏』は、楽しげに笑いながら答えた。

「さて、どうでしょう?

 どのみち確かなのは、少なくとも馬鹿二人は殺さないと気が済まないってことですねぇ」


「ふふふ、中々に楽しめましたぞ。

 ほれ、ご褒美です。這いつくばって受け取りなさい」

 ポケットをゴソゴソとさぐったギーネが、床に向かって一セント硬貨を放り投げた。

「人を殺したこともないのに強がってる鶏君は、ハンターより道化向きなのだ。

 お前は鶏そっくりなのだ。これからは、チキン(鶏=臆病者の意)と名乗るがよいぞ」


『鶏』が一瞬、絶句した。

 それからぶるぶると震え、それから底光りする目つきでギーネをじっとねめつけた。

「……ああ、そうだ。そうだとも。

 俺はな。舐められるのが嫌いなんだよ。

 おめえみたいな馬鹿を何人もぶち殺してやった!」

『鶏』の絶叫が廊下に響き渡った。


「それを聞いて安心しました」

 他の収監者たちが沈黙する中、妙に機嫌良さそうにギーネは微笑みを浮かべて『鶏』を冷たい眼差しで見つめていた。

「遠慮なくお前らを殺せると言うものです」


猫弾正ちゃんを救う会からのお知らせ


猫弾正ちゃん(中年・♂)は、生まれつき意志が弱く、突発性続き書くの面倒くさい病を患ってしまいました。

猫弾正ちゃん(中年・♂)が続きを書くには一か月に1件の感想が必要です。

どうか猫弾正ちゃんの病気を治すために皆様の感想をください。



まあ、感想書き難い話だよね。

でも、感想欲しい。くれ


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