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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ライオット
71/117

留置場の中のギーネさん 

 

 ……虚を突かれました。

 表情には出さなかったが、ギーネ・アルテミスは内心で舌を巻いた。

 路地の出入り口に差し掛かり、離脱を図る直前の瞬間。一瞬の気の緩みと、そして意識を警戒から逃走へと切り替える絶妙のタイミングを突かれて背後を取られた。

 これが1秒早くても、遅くても、ギーネは相手の存在を察知し、そう易々と背後は許さなかった。そんな唯一無二の瞬間に、呼吸を読んだように銃が突きつけれた。


「ようし、ゆっくりと手を上げろ。変質者め。そっちの赤毛もだ。少女を放せ」

 ギーネの後頭部に銃口を突き付けたまま、背後の何者かが言い放った。

 アーネイが抱えていたフード姿の蟲少女を降ろすが、彼女は老人の亡骸を見つめながらも、アーネイの裾を掴んで離さない。


「……かつて知らぬ間にこれほど近くまで獲物に接近を許したことは……

 あ、痛い。銃口でぐりぐりしないで欲しいのだ」

「怪しい動きをするなよ、変質者が。容赦なく頭を吹っ飛ばすぞ?」

「何か大変な誤解をされているような気がしますぞ」

 ぼやいたギーネだが、相手の気配からは研ぎ澄まされた緊張感と警戒心が伝わってきて、まるで隙が感じられず、帝國貴族に妙な動きを許さない。

 僅かに感嘆しつつも、仕方がないので此処は一旦従う姿勢を見せることにした。



 気管を圧迫していた帝國貴族の腕力から解放された雷鳴党の娘は、倒れ込むようにして地面に手を突いた。

「……ふっ、あ!」

 ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返しながら、爆発寸前だった肺に新鮮な空気を送り込んでいる仲間に駆け寄ろうと、雷鳴党の面々が動きかけるも。

「そっちのチンピラ共も動くな!頭を吹っ飛ばされたくなかったらな」

 ギーネの背後の佇む誰かに機先を制されるように一喝され、動きを封じられている。


 連中の仲間ではないのか?

 疑問に首を傾げつつも、ギーネにも背後は見えなかった。

 ゆっくりと手を上げたギーネは、家臣に向かってそっと目配せをしたが、アーネイはゆっくりと横に首を振って動こうとしなかった。

 怪訝そうに片眉を上げる帝國貴族は、騎士の唇が声を発さずに『保安官』と動いたのを読み取った。


 雷鳴党の面々は、いずれも苦々しい表情を浮かべているが、保安官と思しき人物に逆らう様子は見せていない。

 が、解放された雷鳴党の娘は、覚束ない足取りながら立ち上がると、ギーネを睨み付ける。

 手を振り上げた。

「ひぃう」

 頬をパシンと張飛ばされて、ギーネが鳴いた。

「いーだ。変態女め!」

 まるで小娘のように舌を突き出している。

「動くなと言ったはずだ。ジーナ」

 背後の誰かが、鋭い声で警告した。

「分かったよ。姉御」と雷鳴党の娘。

「口を閉じてろ。雷鳴党なんぞに入ったお前に、姐御呼ばわりされる由縁はない」

 冷たい口調で切って捨てられ、ジーナがどこか複雑そうに顔を歪めた。

 一抹の不安を抱いているアーネイ、ざまぁと思っているギーネ。


 背後から現れた人物は、司法関係者らしい。

 愚連隊に囲まれたところに、保安官の登場。とは言っても、無邪気に喜べるわけでもない。

 土地によっては警察が腐敗し、犯罪組織と癒着していることもよくある話であった。

 特に誰でも警察官になれる民主的に開かれた土地などでは、犯罪組織でなくても、移民や宗教の結社などから送り込まれた人員が、警察や政府に浸透して母体の利益の為に働くことも珍しくない。

 さすがに弱肉強食の掟がまかり通る廃棄惑星で、そこまで無防備では居留地が存続していないだろうが、同時に皆無と言うこともないだろう。


 会話を聞く限りでは、雷鳴党の顔見知りなのは間違いなさそうだった。

 慣れ合っているという訳でもなさそうだが、露骨に表に出さないだけかも知れない。

 弁明する機会を与えられれば、おのずと事実も明らかにできるだろうが、アーネイやギーネは所詮、流れ者に過ぎない。

 一方的に肩入れするような態度でなければ、御の字と言うところか……

 やや緊張した面持ちで事態の推移を見守っているアーネイの目の前で、ギーネに銃を突きつけつつ、女保安官は冷たい目つきで愚連隊の面々を見回していた。



「……揉め事は起こすな。そう警告されたばかりだろう?

 舐めているのか?」

 傍若無人な雷鳴党が、保安官の言葉ひとつで顔を強張らせ、押し黙った。

 この保安官は、それ程までに強面なのか。

 それとも愚連隊にとって【町の司法】がそこまで恐ろしい存在なのだろうか?


 緊張に唇を噛みしめつつ、アーネイは、主君の後頭部にリボルバーを突き付けている黒髪の保安官を凝視した。



「で、どういうことだ。その老人は誰で、なんで死んでいる?

 その折られた腕はなんだ?その子供は何で泣いている?取りあえずは囀ってみろ」

 顎をしゃくった保安官が地面に倒れ伏している老人の亡骸に指し示して、問いただした。


「……トーレスさん。違うんだ!こいつらが因縁をつけてきやがった!」

「わたしは変質者ではありませんぞ。酷い濡れ衣なのだ!」

「聞いてくれ。そいつらが言い掛かりを、腕を!腕を折られた!」

「俺たちの捕まえた鶏を巻き上げようと」

「この悪漢ども!卵屋の老人を殺害し、さらには目撃した私たちも口封じしようと!」

 一斉に喋りだした有象無象を前に保安官は空に向かって一発、発砲。全員が沈黙した。


 あの後、ギーネ・アルテミスは、理不尽にも手錠を掛けられて、町の中央にある保安官事務所に連行されてしまった。

 みんなのアイドルであるところのギーネさんであるから、まあ、いずれは人々の垂涎の的である市民居住区へ移り住むことになっただろうが、今回、こういう形で足を踏み入れることとなったのは至極、残念なことである。

 保安官事務所が見えてきた際には、雷鳴党の面々がひどく青ざめた表情で押し黙っていたのが印象的であり、また愉快でもあったのだが

「なぜ、このわたしが逮捕されねばならぬのですか?即時釈放を求めますぞ!

 それと、そこな雷鳴党の悪漢どもは全員死刑にするべきなのだ!」

 鉄格子を掴んで叫んでいた。


「ふざけんじゃねえ!調子に乗りやがって!

ここから出たら、売春宿に売り払ってやるぜ!」

「腕が、腕がいてえ!てめえの腕もへし折ってやる!ただじゃ済まさねえぞ!」

留置場の檻の中で歯噛みしている帝國貴族に対して、廊下を挟んで対面の牢獄に収容されている雷鳴党の面々が怒声を放っている。


「……お嬢さま、少し黙ってくれませんかね?」

 牢内のベンチで頭を抱えて坐っているアーネイに窘められ、廊下を挟んで雷鳴党とメンチを切り合ってたギーネは、鉄格子をひん曲げて脱出することを諦めて振り返った。

「ぬぬぬ、屈辱的ですぞ。犯罪者扱いなのだ」


 雷鳴党の連中は、業腹が収まらぬのだろう。尚も騒ぎ立てていたが、

「……騒がしい連中だな」

 留置場に隣り合った部屋から胸に星型バッジを付けた副保安官の1人が出てきて、眠たげに伸びをすると一斉に押し黙った。

 大柄な副保安官の迫力に押されたと言うよりも、携えているアサルト・ライフルに脅えたのだろう。

 例え、正規品よりも装薬の威力が劣るとしても、5.56ミリのライフル弾は、近接距離では恐ろしい威力を発揮して、人間など忽ちミンチにしてしまう。


「また、お前らの揉め事か。なにがあった」

 呼びかけを受けた雷鳴党の連中の顔色は、冴えない。明らかに委縮している。

「どうした?さっきまで吼えていただろう?」

 淡々と尋ねる副保安官に、頬傷のある雷鳴党がぎこちなく笑いかけた。

「……違うんだ。旦那」

 忌々しげにギーネとアーネイを指さしてから口元を歪める。

「あいつらが……娼婦共なんだが、【買ってくれ】って言ってきたんだが、値段の折り合いがつかなくてね」

 そこで一端、口を閉じてから、誓約するかのように力を込めて言葉をつぶやいた。

「だが、まあ、頼りにされたんだ。

 この後、きっちりと面倒は見てやる予定だよ。きっちりとな」

 蛇のように陰険で冷酷な目つきでギーネをねめつけている。


「ぬぬぬ、人を殺しておきながら、一切悪びれぬその態度!許しませんぞ。この悪漢めが!」

 ふんす、ふんすと鼻息も荒く鉄格子を掴んでいるギーネ・アルテミスに視線をくれて、副保安官は愉快そうに笑った。


「なんだ、アルテミスとフェリクスじゃないか。

 いつ、娼婦に転職したんだ?俺に知らせてくれればいいものを」

「……旦那、顔見知りで」やや呆然とした感のある雷鳴党の呼びかけは副保安官に無視された。

 いぶし銀な副保安官と視線を合わせてから、気まずそうにアーネイは髪を撫でつけた。

「……どうも、副保安官」

「また地回りのチンピラにでも絡まれたのかと思っていたが、今度は徒党と揉めたのか。

 人殺しとは穏やかじゃないな。で……どういうことなんだ?事情を聞かせろよ」


「だ、旦那!」

 慌てた様子で副保安官に呼びかける雷鳴党だが、見向きもされずに背中で返答される。

「慌てるな。お前らの話も聞くさ」


「こやつらめ!

 乱闘騒ぎを起こして多数の怪我人を出したに飽き足らず、巻き込んだ卵商人の店を破壊。どさまぎにその鶏を奪ったのです。

 さらには、商人の抗議に対して鶏を返そうとしないどころか、あまつさえ殺害。

 目撃者の我らに乱暴狼藉を働こうともしましたぞ!

 殺害された人の身元と鑑札を調べればすぐに分かります」

 鉄格子を掴んだまま、雷鳴党の悪事を糾弾するギーネ・アルテミス。

「てめぇ、ぶっ殺してやる!でたらめいってるんじゃねえ!

 あのじじいは、手前が殺したんだろうが!」

「糞アマが!切り刻んでミュータントハウンドの餌にしてやるぁ!」

 脅しつけるような雷鳴党の怒りの叫びを物ともしない。


 廊下の隅の机に積まれていたメモを掴んで流し読みした副保安官が肯いた。

「やれやれ。賑やかな連中だ。逮捕してきたのは、トーレスか。

 取り調べには俺も付き合おう」



 やがて連れ出された取調室の机の目の前には、トーレスとか言う名のギーネを誤認逮捕したラテン系の保安官。正確には、大勢いる保安官補の1人らしい。

 隅には、眼鏡をかけた書生風の青年が机に座って調書を取っている。お茶もコーヒーも出ないらしい。


「名前は?」

「ギーネ・アルテミス」


「身分は?」

「アルトリウス帝國の侯爵ですぞ」


「職業は?」

「アルテミス侯国の最高執政官ですぞ。帝國東方領の大総督も兼ねておりますな」


「ふざけてんのか。きさまぁ!」

「ひぃあああ!なにゆえ?」



 包み隠さず、本当の身分を打ち明けたにも拘らず、何故か留置場に逆戻りしたギーネ・アルテミス。一瞬、茫然とした様子を見せるも、ハッと我に返ると鉄格子を掴みながら待遇の改善を要求する。

「……なんということだ。

 高貴なるギーネさんを、薬中や浮浪者と一緒にこんなきったねえ留置場に押し込めるとは!

 帝國の貴族として正当な処遇を要求しますぞ!」

「うるせえ!」牢番にどなりつけられる。


 ぬぬ、ティアマットの司法機関が此処まで腐敗していたとは。

 歯ぎしりしているギーネの隣では、道の真ん中で暴れて逮捕された薬物中毒な廃墟生活者のおっさんが夢見心地に体を揺らしながら、歯の抜けた口で歌を歌っていた。

 反対側のベンチでは、武装強盗で捕まった荒野の民が、取り調べの番を待ちながら人目も憚らず汚い尻を丸出しに自慰に励んでいた。

 まるっきり人間の屑の見本市でありますぞ、とティアマットの未来を真に憂うるギーネ・アルテミスであった。

 無論、自分のことはまるっきり棚に上げている。


 保安官への抗議は断念し、深々とため息を漏らして世の無常について愚痴りだした。

「悪いのは全て彼奴らですぞ。私は巻き込まれた無実の一般人なのだ。

 大変な濡れ衣なのだ。治安関係者なら、あの愚連隊どもを厳罰に処し、すぐさまわたしを釈放して謝罪と賠償するのが筋と言うべきものですぞ」

 対面の牢獄に繋がれている雷鳴党の面々を指さして、取りあえず、自己の潔白と犯罪者の処罰を一生懸命に主張してみるギーネだが、視線が人を殺せるなら、きっと即死していたに違いない。


 鉄格子の向こう側から睨み付けてくる雷鳴党の視線がますます険悪になり、尋常ではない目つきによる集中砲火を浴びるものの、正義は屈さないのだ。怯まずに愚連隊を糾弾する。

「ほら、見なさいよ。あの悪そうな眼付き。正体を現しましたのだ。

 わたしには分かりますぞ。あれは悪党の目つきですぞ。死刑にすべきです。しーけーいー」

「……少し黙ってろ」

 留置場の監視に当たっている保安官助手が疲れた表情でそう言った。

「へぅぅ」


 副保安官のオフィスは、事務所の奥に位置している広い部屋だった。

 棚には、資料が整頓されており、清潔で機能的に整っている。

 デスクには、市中でも中々出回らないPCが置かれ、天井には電灯が設置されて、部屋を明るく照らしていた。【町】の市民が持つ富と知識を現しているようにも思える。

「コーヒーでも飲むか」

 いぶし銀の副保安官がポットを片手に聞いてきた。

 ティアマットに来てから縁のなかった清潔さと機能性に目を眇めつつ、ソファに腰掛けるよう促されてアーネイは肯いた。

「頂きます」

「砂糖は?」

「二つ」

 副保安官が手ずから天然ものの砂糖を足したカップを受けとり、一口啜ってからアーネイは微かに目を開いた。

「いい豆ですね」

 大地の香りを残した、深みのある芳香。舌に余韻を残すほろ苦さの中、微かな酸味と砂糖の甘みが絶妙に味わい深さを醸し出していた。

 よくある合成豆ではない。本物だろう。故郷にいた頃以来の味わいだった。

 微妙に変化したアーネイの顔色を見て取って、副保安官が目尻で笑った。


「……お前さんの主は、恐いもの知らずだな。

 それとも、あの態度は一種の韜晦なのかね」

 机に腰かけた保安官は、葉巻を味わうように吸いながら言った。

 低く呟いたその言葉は、問いかけと言うよりも、独り言だったかも知れない。


 アーネイは首を振った。

「さて、どうでしょう。あの方の心底は、私もよく分かりません。

 ただの現実逃避かも知れません」

 だが、喚いているうちに副保安官を呼び寄せたのだから、悪運が強いのは確かだった。

「……」

 アーネイを眺めて何かを揶揄するように目を細めてから、副保安官は話を切り替えた。

「お前たちには、古い馴染みのマッケンジーを助けられたからな。

 今、釈放手続きを進めている」

「感謝します」

 肯いたアーネイを、副保安官は一瞬だけ指さした。

「だが、これで貸し借りはなしだ」


「堂々とさぼるとは、いい度胸だな」

 留置場の出入り口に面した机で顔を突き合わせていた保安官助手たちは、副保安官の登場に慌ててトランプをしまい込んだ。

「で、逮捕した女ハンターの様子はどうだ?」

 副保安官の言葉に、肥満した保安官補のブエノが欠伸をしながら、吸ってた煙草を灰皿に押し付けた。

「ずっと喚いていますよ。なんですか?ありゃあ。誇大妄想もいいところだ。

 自分を釈放しないとがただじゃおかないとか、ついさっきなんか帝國軍が攻めてくるとか脅かされましたよ」


 ぼやいている保安官補の背後から、脅しつけるギーネの叫び声が聞こえてきた。

「侯爵たるこの身にこのようなぞんざいな扱いをしてどうなると思っているのだ?

 これは、きっとティアマットとアルトリウスの外交問題になるに違いありませんぞ!

 このように不当な扱いが帝國に伝われば、帝國政府が放っておきませんぞ!

 私は正式に抗議いたします!

 だから、もっとスープに具を入れるのだ!」


「頭の螺子が外れてるんですかね。綺麗な顔してるのにもったいねえ」

 肩を竦めている肥満した保安官補。

 顎をさすった副保安官は、真面目な表情で告げた。

「ところがだな。あの女は、正真正銘の帝國侯爵で東方領総督らしいぞ

 どうやら、大変なことをしてしまったようだ」

「はあ?」

 戸惑いを隠せないブエノの目の前で吹き出してから、副保安官は手を振った。

「さて、喚いている侯爵閣下の釈放手続きをしておけ」


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