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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ワタリガラス
66/117

怪しいものではありませんのだ

「ふぁー!?わたしのカップ麺がお亡くなりに!?

 おのれ、何奴?!」【帝國語】

 突然、目の前に血塗れの人が降ってきて驚愕したギーネ・アルテミス。

 ちょっと錯乱して母国語を口走りながらも、慌てて避難することにした。素早い判断、流石である。

 銃弾に当たらぬよう、碌に後ろも見ずにゴロゴロと後転し、後頭部を近くの木箱にぶつけて一瞬、失神。

 0.3秒で覚醒すると、姿勢を低くしつつ、そのまま手足で這うようにしてシャカシャカと移動。

「にんじゃー、にんじゃー」

 謎の鳴き声を発しながら、頑丈そうなコンクリート壁の物陰に素早く身を潜めた。


 見上げてみれば、おっさんが降ってきたのは、広場に面した大衆酒場の二階からだった。

 大崩壊後に造られた建築物に違いない、見るからに安普請な壁をぶち抜いて降ってきたおっさんは、潰れたテーブルの上で弱々しく呻いてはいるが出血が酷い。

 これでは、手当てしても助からないかもしれない。愚連隊っぽいので、最初から助ける気はないが。


 叫び声や怒鳴り声が聞こえ、飛んできた酒場に視線を向ければ、得物を手にした男たちが次々と建物から飛び出してきた。いや、女も混ざっている。


 喧嘩だろうか。やたらと物騒な罵り声が飛び交っている上、乱闘騒ぎが始まっていた。

「死ね!死ね!黒影党の糞が!」

「てめえが死ね!腸引きずり出して食ってやらぁ!」

 乱闘?いや、抗争かも知れない。それとも暴動?

 ナックルや鉄パイプなんか大人しい方で、ミュータントと戦うための鉈や手斧を人間相手に振り回している輩さえいる。


 目立つのは、黒いジャケットを羽織ったハンターの一団。最近、よく噂に聞いている黒影党だ。

 もう一方の勢力は、服装は様々な、だがやはりハンター稼業なのだろう。屈強の男女たち。

 両陣営とも、本気で殺し合っているように見えた。

 銃器を使う者こそいないが、それは抑制の結果と言うより、弾薬が貴重だからとか、そういう理由ではないだろうか。

 目の前の敵目掛けて、バットをフルスイングする愚連隊。

 ギリギリで躱した黒影党は、逆にバットを持った愚連隊の懐に飛び込むと思い切り鉄パイプを叩きつける。

 気分が悪くなるような鎖骨のへし折れる音と共に絶叫が上がり、バットを取り落した黒影党を、喧嘩相手が滅多打ちする。


 別の処では、クロスボウまで発射されたが、標的から逸れて後ろにいた無関係な買い物客に突き刺さっていた。


 周囲の人間も、これがただの喧嘩ではない。無関係な人間も巻き込む大規模な抗争と悟ったのだろう。

 悲鳴と共にパニックが起こった。

 危機を察知した買い物客が逃げ出そうと一斉に四方へと走り出す。

 ぶつかり合う者、転倒するもの、混乱に乗じた浮浪児たちが商品台から高価な品や財布を引ったくり、ハンターや行商人たちが荷物や財産を守ろうと武器を取り出した。

 悲鳴と怒声が沸き起こり、物が壊れる音と泣き叫ぶ声が入り乱れて収拾がつかない騒乱状態となっている。


 先刻まで、手に手に玩具の車や人形の猫を抱きかかえて甲高い笑い声を上げていた子供の一団が悲鳴を上げながら、狭い路地に飛び込んで素早く姿をかき消した。


 青空市場が開かれている地区の北側でも、ゲートを守っていた自警団員が異変を察知して鋭い声で同僚に報告する。

「マーカス!様子が変だぞ!暴動かも知れん!

 群衆がこっちに押し寄せてくる。拙いことになりそうだ!」

「ふざけるな。暴動だと!?確かなのか?」

 

 進み出た隊長が目の上に掌を翳して南側を見れば、確かに群衆が押し寄せてくる。

「ふん、暴動かは知らんが、パニックを起こしているようだな。

 ……万が一と言うことも在る。グロォーク!バスを動かせ!

 ゲートを塞いでこのエリアを封鎖するんだ!

 一人も通すな。強引に通り抜けようとする者は射殺して構わん!」

 舌打ちしながらの隊長の指示を受けて、ゲートの横合いに止められていた鉄板を張ったバスが動き出し、街区の出入り口を封鎖した。

 コンクリートの防壁が張り巡らされている街区は、出入り口のトンネルを塞ぐだけで完全に封鎖することが出来る。

 封鎖を確認した隊長は、粗雑な造りのマシンガンの遊底を引きつつ愚痴を洩らした。

「二等居住区に暴動の波及だと?冗談じゃない。

 この先には俺の家があるんだ。馬鹿野郎め!」


 抗争の現場からは人気が失せていた。クロスボウのボルトが脳天を貫通し、痙攣している不運な砂丘民の若者の傍らに、薄汚れたローブを羽織った小柄な浮浪者が壁に寄りかかるようにして苦痛のうめきを上げていた。

 先刻まで道端に捨てられているゴミから残飯や金目の物を漁っていた小さな浮浪者だが、もしかしたら、まだ遊びたい盛りの子供なのかもしれない。

 塵芥に薄汚れたローブを羽織り、人目を避けるように道端をコソコソと歩きつつも、時折、立ち止まって遊んでいる子供たちを羨ましそうに眺めていたが、抗争が始まった時に逃げ出す人込みに突き飛ばされ、壁に叩きつけられた激痛に動けなくなっていた。


「此処は俺たちの縄張りだ!くたばれ、黒影党の蛆虫が!」

「雷鳴党の能無し共が!一人残らず地獄に落としてやれ!」


 猛り狂う喧嘩の当事者たちには、既に死人も出ていた。

 ナイフで喉を切り裂かれた黒影党の一員。まだそばかすの残った青年が、壊れかけた人形のように壁際に寄りかかり、傷口からごぽごぽと血泡を吹き出しながら、虚ろな目でギーネを見つめている。


「あぶねーですな。縄張り争いかな。くっそ」

 凄い不気味ですから、死体さんには他所を向いて欲しいのだ。

 身を縮めながら、亡命貴族はそう思った。


 殴る。投げる。刺す。へし折る。暴れ回る暴力団の抗争に犬は吼えるし、猫も逃げる。

 叩きつけられ、屋台を破壊されて叫ぶ商人に、混乱に乗じて散らばった商品を懐に収めて逃げ去る浮浪児たち。追いかける警備員と、物陰に伏せている買い物客。



 罵声が交わされ、血が流される度に、黒影党と雷鳴党の構成員たちは、激しくヒートアップしていく。

 暴力が荒れ狂う中、特に金色の首飾りをつけた大柄な青年は、三名の黒ジャケットを相手取って大立ち回りをしていた。


 素手にも拘らず、三人でも相手にならない。

 襲い掛かった黒影党の顎を砕き、腕をへし折り、髪を掴んで容赦なくコンクリートの側壁に叩きつけて頭蓋を砕いている。

「はっはー!掛かって来い!黒ゴキブリ共が!全員、ぶっ殺してやる」

 目を爛々と光らせ、実に楽しそうに暴力を発散している。

 目まぐるしく動き回る速度と躍動感は、まるで野生のオンサを思わせる。

 実際、戦闘技術は荒削りだが、身体能力と立ち回りの上手さに関してはギーネさえも感心せざるを得ない資質を感じさせた。


「すげぇ、奴はまるで荒れ狂うハリケーンだぜ!」

 ギーネと同様、巻き込まれまいと隣の箱に隠れていたシルクハットの見知らぬおっさんが、帽子を押さえながら興奮したように調子の良い言葉を叫んでいる。誰だ、お前。


 眉を顰めたギーネの視線の先、先刻突き飛ばされていたローブの人影がようやく立ち上がった。

 小柄な人影は、状況を分かっていないのか。

 意識が朦朧としているかのようによろめきながら、ふらふらと乱闘の方へと歩み寄っていった。足取りもおぼついていない。




 危ういな。思いつつ、眉を潜めた亡命貴族の視線の先。

 案の定、黒ジャケットの一人である若い女が鉄パイプを片手に暴れていた。既に死んでいる雷鳴党の党員に幾度も幾度も鈍器を叩きつけては、感極まったように躰を震わせて吼えている。


「ひぅ」

 ローブの人影が洩らした息を呑む音に気付いたのか、黒ジャケットが振り返った。

 向精神作用のあるケミカルをヤバい分量キメているのか。瞳孔が開いて、完全に目が血走っていた。

「あああ!なんだてめぇ!敵か!死ね!」

 興奮しきった黒ジャケットは、鉄パイプを振り回しながら、ローブの人影へと大股で歩み寄っていく。

 喚き散らし、涎を垂らしている黒ジャケットの表情は完全に正気のそれではない。


 何の関係もない子供でさえも、殴り殺しかねないと思うような狂気と凶暴性を全身から発散している黒ジャケットを流石に見かねたのか。

 鶏たちの入った大型木箱を担いで逃げ出すことも出来ず、仕方なしに近くに留まっていた卵屋の老人が声をかけた。

「おい、止めないか。相手は子供だぞ」

 声に脅えを孕んでいるとは言え、暴漢を止めようとした老人は間違いなく勇敢だったが、同時に愚かでもあった。麻薬でラリッた黒影党員に正論を吐いた瞬間、鉄パイプに横っ面を殴り飛ばされてその場に昏倒する。


 何が嬉しいのか。箍の外れたような笑い声を上げている黒ジャケットの姿に、脅えたように身を竦ませていたローブの人影がようやく一歩あと退った瞬間。

「てめぇ!逃げようとしたなぁ!」黒ジャケットは、それまでの緩慢な動作が嘘だったかのように俊敏に突進すると、容赦なくローブの人影に鉄パイプを振り下ろした。



 倒れたまま、うめき声を上げるフードの子供。

 それでも逃げようと立ち上がり、壁に手をついて遠ざかろうとするが、転倒した際に足を捻ったのか。

 ひょこひょことびっこを引いている。

 苦痛に呻いている小柄な人影の袖口からは、わしゃわしゃと昆虫めいた節足が這い出ていた。

「なんだ、てめぇ。気持ち悪い」

 外骨格になってる節足の部分を踏みつけると、頑丈そうな見かけに反して痛みには脆弱なのか。ローブの人影は甲高い声で泣き叫んだが、黒ジャケットの女に憐れみをもよおした様子はない。


 憐れみを誘うようなフード姿の悲鳴も、どうやら暴漢の嗜虐心を刺激しただけの結果に終わったようだ。嗜虐のどろりとした光が油膜のように黒ジャケットの濁った目を覆っている。

 元の造詣は悪くないにもかかわらず、酷く醜悪に表情を歪めた黒ジャケットの女は、嬉々として鉄パイプを振り上げた。

「化け物退治だぁあ!くたばれ、ミュー!」

 殺意が迸り、殺される。思った瞬間、衝撃を覚悟して目を閉じた。

 僅かにフードからのぞいた唇は、なんで。と言う疑問の形に動いていた。


 が、再び鉄パイプが振り降ろされることはなかった。

 奇妙な呻きを上げると、黒ジャケットの女は、膝から脱力したようにくたりと姿勢を崩し、地面に倒れた時には既に息絶えていた。


 戸惑い、脅えつつも卵屋の老人を助け起こそうとするローブの人影の視線の先、黒ジャケットの喉には真鍮製の大きなフォークが深々と突き刺さっていた。


「ほーら、こっちこーい。こっちこーい。怪しくないですぞー」

 物陰に潜みつつ、怪しげな発音のティアマット語で子供に手招きしているギーネ・アルテミス。

 この上なく怪しいなまものの出現に、一瞬だけ立ちすくんだフードの少女であったが、残された選択肢もそう多くなかった。

 此の侭、路上に立ち尽くしていても、再び乱闘に巻き込まれるだけだと判断したのだろう。


 ギーネを見つめ、それから足元で倒れている老人を見おろし、一緒に隠れようと考えたのか。

 老人の腕を掴んで引っ張りだした。

「ん、んー」

 しかし、非力な少女の細腕では、ほとんど動かない。

 老人を引きずるように引っ張っている少女の必死な声が、可憐な唇から洩れている。

「んふー。健気な子ですな」

 それを眺めるギーネの呼吸も若干、荒かった。



 逃げ惑う群衆の姿は、既に路上から消えており、近くに暴れている愚連隊も見えない。

「仕方ない。僅かな労力で救える人間を見捨てることもないのだ」

 今なら、危険は少なかろう。周囲を観察して瞬時にそう判断したギーネは、乱闘に巻き込まれぬよう素早く街路へと飛び出した。

「ほら、付いてきなさい」

 旅塵に塗れている老人を抱え上げると、其の儘、出てきた物陰へと足早に撤退する。


 老人を地面に降ろして容体を見ながら、ギーネは、後ろからひょこひょこ付いてきた少女にも声を掛けた。

「ほら、貴女もこっち来なさい。さっき踏みつけられていたでしょう?

 怪我を見てあげるから、そっちの腕のフードを捲りなさい」

 ギーネの言葉に少女から脅えた気配が伝わってきた。


「……駄目。変異が感染するかも」

 少女の言葉に首を傾げるギーネ。

 偏見なのか、それとも実際に感染力が強いのか、判断がつかなかった。


 これ程、激しい劇症型変異をもたらすウィルスに、強い感染力があれば、【町】の人々にも、もっと深い痕跡が刻まれていても不思議はない。

 街路を歩けば、幾人かは同じような変貌を遂げた人々を見かけるか、噂を耳にしても然るべきだ。


 今のティアマットの医療技術と社会体制では、取れる対処法もおのずと制限される。

 危険なほどの感染力であれば、中世欧州の疫病患者のように隔離され、死者は火炙りにされても不思議はない。悲惨で、しかし他に打てる手がない。

 カースやディアブロなど、貧しい惑星では、変異や疫病は忌まれ恐れられている。

 貧民は愚か、富裕層でさえ疑惑だけで生きたまま焼かれたなどと言う事例も耳にしている。


 廃棄惑星であるティアマットの民度が、それら危険な惑星の人々に比べて、取り立てて優れているとは感じられない。にも拘らず、少女は出歩いている。

 ティアマット人は、愚かではない。だから、放置されているのなら、そんなに感染力は強くない。或いは、ウィルス性の感染が原因ではないのではないか。


 専門外の分野ではあるが、似たような変異について調べたことがあった。もし接触感染でギーネの免疫機能を抜くほどの感染力を持っている劇症変異型ウィルスの場合、この娘の残りの人間部分が人の形を保っていられるとは到底、思えなかった。


 そこまで思考を巡らせたギーネだが、首を傾げる。

 ただの推測に過ぎない。断言できる訳もない。

 抗体を安価な金で購える。或いは、変異には個人差があって、殆どの人には無害。そうした可能性も有り得るのだ。


「まあ、いいです」

 ちょっとだけ考えてから、ギーネは少女の体を引き寄せた。

「ひゃあ!」

 小さく悲鳴を上げた少女の体は華奢で柔らかく、そしてガリガリに痩せていた。

 驚いたのか、左の袖口で鈍色の節足がカサカサと音を立てて動いていた。


 帝國人は、臓器から筋肉繊維、血管、脳髄、脊髄、骨、体内のあらゆる生体細胞に生体型ナノマシンが活動している為に、かなり強力な抗体を持っている。

 他の人種であれば、数秒でゾンビになったり、或いは脳を乗っ取られる寄生型エイリアンに対しても、屈せずに戦い抜くことが出来る。出来るのだ。


「う……移るから、放して!」

 悶える少女が暴れるのを柔らかく抱きしめながら、小動物を安心させるようにポンポンと体を柔らかく撫でてみた。

「大丈夫、大丈夫。私は医療用の抗体を持っていますし、平気、平気」

「ふぅ、ぅうぅー」

 ギーネの言葉に嘘は感じられず、また行動も強引だった。

 逆らっても無駄だと悟ったのか。少女は、くたりと力を抜いた。

 瞳には脅えと不信が見え隠れしている。人生の甘さではなく苦みだけを味わい、美ではなく醜いものだけを見せつけられた人間。痛めつけられ、奪われ、裏切られてきた人間に特有の昏さが奥底に澱んでいる。


 栗毛色の髪は脂でゴワゴワ。纏った衣装もティアマット庶民の標準から見てすら酷い代物で、襤褸切れのようなシーツを体に巻いているとしか思えなかった。垢と塵で汚れきっている。年端もいかない少女なのに、ちょっと臭い。


 なんとも哀れな。亡命貴族は、憐れみの念に打たれた。が、手当て以上の事がしてやれるとも思わなかったので、表には出さない。出すべきでもないとも思った。


「手当てします。ほら、腕を出しなさい」

 使い捨て注射器にアンプルをセットしながら、袖を捲らせる。

「ちゅ、注射?」

「痛くないですよ。すぐに気持ちよくなります。帝國印の鎮痛剤です」

 肩の部分を露わにさせると、人の肌と外骨格の境目。やや肌の部分にぷすっと注射した。


 数秒で鈍痛が消え失せたのだろう。

「いーひひひ、こいつは効きますぞ。

 また欲しくなったら、この電話番号に掛けてくるのだ」

 驚愕の表情を浮かべた少女に、ギーネは優しく語り掛けた。


「なにやっておられるやがるんですか、あんた」

 いつの間にか戻ってきた家臣が、ギーネの背後から呆れたような声を掛けてきた。

「おう」

 近くのぶっ壊れたテーブルの上。血まみれで痙攣している中年男を眺めてから、アーネイは眉を潜めて、主君に向き直った。

「……お嬢さま、町中で殺人は拙いと思いますが」

「おめえ。わたしをどんな危険人物だと思っているのです?

 ちげえますよ。この人は、最初から死体となって降ってきたんです」

 ……生き……たす

 痙攣しているおっさんを指差して家臣に抗議した後、文句を言った。

「お前こそ、守るべき主君を放っておいて何処でなにしていたんですか?」

「誰かさんの要望したトッピングを持ってくるために、近くの飯屋で小銭払って茹でていたんですよ。目玉焼きの方が良かったですかね?」

 アーネイは仏頂面で紙袋に包まれた茹でたて卵を差し出しつつ、疑問を投げかけた。

「で、なんで安全な場所に避難してないんですかね?」


 乱闘は、いまだ続いている。数十人が入り乱れて殴りあい、鈍器を叩きつけ、刃物を振り回している。

「北側のゲートをちょっと御覧なさい」

 物陰にしゃがみ込んだまま、ギーネは親指で北ゲートを差し占めた。

 町の各地区ブロックは、ミュータントやゾンビ、或いは盗賊団の侵入を防げるよう簡易な防壁で仕切られている。


 商業地区や市民居住区など中心部に位置する重要な区画に赴くには、トンネルめいたゲートを通らなければならないが、現在、自警団員たちが鉄板の張った大型バスを動かして通路を閉鎖している。

 恐らく暴動やらゾンビ渦が発生した際、波及させない為の手順が定められているのだろう。

 乱闘している愚連隊の暴徒共が市民居住区まで雪崩れ込まないよう遮断したのだ。


 恐らくは空に向けての威嚇射撃だろう。或いは、見せしめに二、三人撃たれていても不思議ではないが、先刻から銃声も断続的に響いてきている。


「北側ゲートを経由して町に戻ることは難しいですぞ」

 状況を分析したギーネが、少女を抱いたままアーネイに告げた。

「抜けるなら南側のゲートですな」

 アーネイの言葉に、ギーネはため息を漏らした。

「丁度、通り道で乱闘やってるんですけどね。

 この爺さんも気絶から覚めませんし」


 路上の上を血塗れで逃げ惑う愚連隊の構成員と、それを追いかけている対立組織の構成員から身を隠しながら、アーネイは肩を竦めた。

「では、どういたします?」

 家臣の問いかけに、亡命貴族は少女を抱きかかえたまま、壁に寄りかかった。

「どういたしますも、こうしますも、乱闘が終わるまで物陰に隠れているしかないんじゃないですかね?」



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