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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ワタリガラス
64/117

L'etat, c'est moi 朕は国家なり

前回の話を少し書き直しています。

すまんなー


 朕は国家なり


 ぐおごごご。


「小腹が減りましたぞ」

 青空市場の一角、比較的食べ物屋が多く出ている屋台街に差し掛かったところで、ギーネ・アルテミスの腹が大きく鳴った。


 近くの空き地に寝そべっていた有角犬が飛び上がって吼え始めるほどの低重音を間近で聞かされたアーネイ・フェリクスは、主君のお腹をまじまじと見つめてから問いかけた。

「なんですか。今の音は?

 一瞬、怪獣が吠えているのかと。

 もしやとは思いますが、お嬢さまの腹の音でしょうか?」


「むむっ、アーネイよ。

 朕は空腹であらせられるぞ?夕餉を所望するであるのだ」

 くぎゅごご。再び腹を鳴らしながら、ギーネが厳かに告げた。


 腹ん中でエイリアンでも飼ってるんじゃないかな。こいつ。

 思いつつ、アーネイは主君に希望を聞いてみた。

「で、何か希望はありますか?」


「ふむ。中華も良いが、和食も捨てがたい。

 デザートは、日本産とちおとめが所望であるのだ」


「そんないいもんがティアマットで手に入る訳ねえでしょう」

 起きたまま寝言をほざいている主君に白い眼を向けるアーネイ。


「先刻読んだ漫画で、女の子たちが美味しそうに食べていたのだ。

 むう、思い出したら、また腹が減ったのだ。

 飢え死にしそうな主君の為、命に代えても糧を調達してくるのが真の騎士です。

 ギーネさん、そう思います」

 再び腹から低重音を響かせる主君に向かって、軍用ジャケットのポケットを探ったアーネイ。

 包装紙に包まれた小さな何かを取り出してギーネに投げ渡した。

「そんな身勝手な要望の為に駆け回る気には、到底なれませんなぁ

 甘いものが欲しいなら、それでも舐めていてください」

「なんです。これ?飴ですか?」

 包み紙を解くと半透明の小さな塊が出てきた。首を傾げるギーネ。

「巨大昆虫の尻から出る分泌物固めた飴です。

 武器屋の親父がくれたんです」

「アーネイ。お前は、偉大なるアルトリウス帝國の副皇帝陛下さまに向かって虫がケツからひり出した分泌物を舐めろと申すか?」

 糖分を豊富に含んだ昆虫の分泌物は、実際には地球は古代史に遡っての長い歳月、貴重な甘味兼食料とされてきた歴史を持つ伝統的な食物であるのだが。


 このギーネさんがこんなもの喰えるかー。

 零落した癖、いまだに偉そうなことほざいてる主君を眺めてアーネイは肩を竦めた。


「結構、イケますがね。いらないなら、私が食べるんで返してください」

 手を伸ばしてきたアーネイに、帝國貴族は眉を潜める。

「誰も食べないとは言ってませんのだ」

 一度貰った物を返すのは我慢ならない、と、いそいそと虫の分泌物を口に含む副皇帝陛下。

 意地汚い。


「ふむむ。甘い。ムウ、中々」

 満更でもなさそうに虫の分泌物を口の中で転がしているギーネを、何故か、注意深く観察しているアーネイ。

「大丈夫そうですね。では、わたしも」

 言ってから、ようやく同じものを口に入れた。

「あれ?なんですその言い方?

 まるで自分は食べた事が無いみたいな感じですね。

 おい。もしや主君に毒見をさせたのか?貴様」

 気づいたギーネに、アーネイは悪びれない態度で肯いた。

「毒かもしれないものを最初に食べる馬鹿がいる筈ないでしょ

……美味しいものを真っ先に献上したんです」

 見つめ合う2人の狭間に、悪魔のように沈黙が舞い降りた。





 食前に徒手格闘で軽く血と汗を流したギーネとアーネイ。手鏡を眺めつつ、ギーネは折れた鼻が元の形になるように調整していた。

「いたた……くそ、主君の鼻をへし折るとは恩知らずめ。

 誰が給料を払っていると思っているのだ。

 そのうちHする。かならず愛人にする。

 滅茶苦茶に気持ちよくして、ギーネさん無しではいられない体にしてやるのだ」


 ギーネやアーネイに限らず、一部の帝國人は体内にナノマシンプラントを移植していて、常人に比すと、かなり優れた治癒力を誇っている。

 およそ72時間で折れた骨が完治してしまう出鱈目な再生力を持っているが、その分、形を整えなければ、再生時に骨が変な形に固まってしまうこともある。


 戦闘調整された肉体は、損傷部位を意識してナノマシンで治療することが可能であるし、然るべき設備であれば、腕でも、臓器でも、副作用なく生やせる。

 凶暴な異世界人相手の長い戦争では、前線の兵士にとって四肢の欠損と再生も珍しくない闘争の歴史を持ったアルトリウス人たちは、自己の肉体の損傷に対して、やや無頓着な傾向を持っているかも知れない。

 ギーネとアーネイの喧嘩も、本人たちからすれば、じゃれあいのようなものだ。


 痛みに眉を顰めながら、自然治癒する前に鼻を整えてるギーネの傍ら、右眼周りに青痣を作ったアーネイがぼやいている。

「なにが給料ですか。ここ1年と3カ月ほど不払いなんですけどね。

 実現不可能な妄想垂れ流してないで、えばりたいなら給料払ってからにしてくださいよ」


「仕方ねえですな。

 よっしゃ、国家元首にして通貨発行権も持つギーネさんがいっちょ奮発したろ」

 1億アルテミス£と印刷された紙幣を懐からいそいそと取り出したギーネは、それを家臣に手渡して恩着せがましくのたまった。

「アルテミス中央銀行の送金用紙幣ですぞ。

 本来なら、一般人は持つことを禁止されているのだぞ?

 ですが、忠臣なアーネイには特別に差し上げます」


 差し出された高額紙幣をまじまじと眺めているアーネイ。

「さあ、受け取りなさい。遠慮は無用です。

 朕は、国家なり。アルテミス侯国そのものであるこのギーネさんが是と言ってるのです」

 満面のあったけえ笑顔を浮かべているギーネ・アルテミスの目前。

「ていっ」

 無残にも、紙幣はびりびりに破かれて紙吹雪となった。


「ああー!なにをするだー!」

 絶叫してるギーネに、アーネイが詰め寄った。

「こんな紙屑じゃなくて、帝國ポンドで支払ってくださいよ。帝國£プリーズ。

 さもなくば、ゲート管理局のレント$」

 潰れた国の高額紙幣など一銭の価値もない。


 アルテミス侯国軍の総兵力の5割がサボタージュである。

 国家財政の点から、軍への給料不払いが常態化しているのである。

 深刻な問題である。国家非常事態宣言を出そうかしらん。


 決断を迫られるギーネ・アルテミスを他所に、大通りから外れたアーネイは狭い路地の入口に背中を預けた。

 額に皺を刻みつつ、腕を組んだまま唸り声を上げる。

「ゾンビどもの頭をクリケットバットで叩いたり、バールのようなもので変異獣とやりあうのは、もううんざりです。ロボットの前に買うものがあると思いますよ。

 ライフル欲しいです。アーネイ。欲しい。アサルトライフル」


 指先でライフルの形をなぞりつつ、何故か、最後は片言になって自分を指さしてるアーネイに対し、ギーネは銀色の髪の先端を弄りながら返答した。

「そんなん言うなら、私だってレールガンとか欲しいです。

 電磁式ライフルがあれば、野盗やミュータントが襲って来ても寄せ付けません」

 断言したギーネも、狭い路地から灰色の空を見上げてため息を漏らした。

「とは言え、作ろうにも材料がありません。

 そもそもこの辺境では、工具さえ満足に揃うか怪しいものです」


 町の一角、工場や工房が煙突を煙上げている工場通りの方角を眺めた。

 金属を削り、鉄を溶かして金型に流し込み、日用品やハンドメイドの刀剣なども扱っている工房も、しかし、精度の高い機械部品を製造できるほどの腕前はない。

 生産できるとしても、精々、ハンドメイドの銃器などがいいところだろう。


 アーネイは淡々とした口調を崩さずに、沈鬱な言葉を語っていた。

「……お嬢さま。ティアマットは、まるで地獄の動物園だ。

 ちょっと荒野の奥深くまで行けば、熊やら類人猿やらを見た目も性格も凶暴化させたようなミュータントが我が物顔で闊歩していますし、居留地や隊商が小火器で武装したバンデットに襲撃されたなんて噂も日常茶飯事で耳にします」


 ギーネは小首を傾げて、アーネイの言葉に耳を傾けている。

「どいつもこいつも、タフで凶暴で、とびっきり邪悪で、自分のお婆ちゃんの首を捻るのだって平気な良心の欠片も持たないモンスター共です。銃が無ければ、我々はいずれ詰みます」


 アーネイの言ってることは、亡命貴族にも分かる。だが、銃弾が手に入らない。

 値段が高い。そもそも銃弾自体がティアマットでは貴重品であった。

 何処で作っているのか。何処で取引できるのか。誰と取引すればいいのか。

 余りにも情報が足りなかった。

 些細な判断ミスが致命傷になりかねない、命が安い野蛮な土地で、手探り状態で地歩を築かなければならない。


 ネットもなければ、衛星電話もない。テレビもない。雑誌や新聞もない。

 統一された政治権力もない。

 ギーネの見たところ、通過してきた居留地の殆どでは、有力者の私兵や民兵組織や自警団の類、保安官などが幅を利かせており、配備された軍隊や警察の治安部隊が、其の儘、軍閥と化して町を牛耳っている土地もあった。

 ティアマットに点在する無数の都市や町、居留地が其の儘、ひとつの国であり、同時にそれだけで完成したひとつの世界として成立している。

 だが、ティアマットがそのように危険に満ちた閉じた世界だからこそ、逃亡者や追われる者にとっては格好の避難所となっているのだ。


「何時かは対処できない怪物と顔を合わせる日がやってくる。

 その時が我々の最後になるかも知れません。

 それでも、せめて整備されたライフルの一丁でもあれば、抗うこともできるでしょう」


 この次元世界の吹き溜まりで何時まで生き延びることが出来るか。

 故郷を追われ、この危険極まりないティアマットで無念のうちに朽ち果てた者の数も、けして少なくないだろう。


「……分かってますよ。

 その日が明日かも知れないと言う事もね。重々承知しています」

 防壁の外から吹き付ける埃っぽい風に乱れた白銀の前髪をかき上げて、ギーネは呟いた。


 どこか哀愁が漂うギーネの横顔を無言で眺めながら、運命の変転に思いを馳せているのかなと、アーネイはぼんやり主君の心中を想像した。



 ギーネとアーネイがこれからどうなるのかは、誰にも分らなかった。

 故国を夢見ながら、此の侭、異国の地でゆっくりと朽ち果てていくのだろうか。

 それとも何時かは一敗地に塗れ、地に躯を晒す日が来るのだろうか。


 それでも、いいさ。アーネイはそう思う。

 生きている限り、戦い続け、抗い続けてやる。

 はたして、これは敗北を前提とした負け犬の思考なのだろうか。

 一瞬だけふとそう疑問に抱いた帝國騎士は、それも悪くないと自嘲に頬を歪めたのだった。




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