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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ワタリガラス
61/117

ギーネさん 共和主義者に転向する の巻

「うーん、うーん、きぼちわるいよー」

 アルトリウス帝國の東方副皇帝。12選帝侯。東方総軍及び東部諸侯連合軍最高司令官にして帝國正規軍上級大将であらせられるところのギーネ・アルテミス侯爵は、惑星ティアマットはノエル大陸僻地の【町】の古い木製ベンチにて口からゲロを垂れ流していた。

「視界がくらくらするよー」


「ふむ。中身を激しくシェイクされた為に、神経系統が混乱しているのかな?」

 痙攣しつつ、呻きを上げている主君の病状を冷静に観察しているのは、ギーネの股肱の臣である帝國騎士のアーネイ・フェリクス。ちなみに観察するだけで特に看病していない。


「……うひぃー、気分の悪いのが収まらないのだ……」

 坂道を転がり落ちた時には、紫を通り越して死人みたいな顔色だったギーネである。

 それでも町に着いた時には、ある程度、血の気も戻り、ハンカチを目の上にのせて、しばらく休んでいる今は、ようやく青色にまで回復?してきていた。


「うう、見てないで何とかして欲しいのだ」

 助けを求める主君に、アーネイは困惑の色を見せた。

「何とかとは申されましても、手の施しようが。具体的にどうしろと」

「気持ちの良くなるお薬でも調達してきてほしいのだ。この際、ホームズが中毒だったお薬でも、大日本帝国製の疲労がポンと飛ぶ奴でも構いませんのだ」

 自業自得で悶え苦しむ帝國貴族を、帝國騎士は呆れた顔で眺める。

「どっちもヤバすぎて、後の時代に禁止されてるじゃないですか。

 大体、ナノマシンが埋め込まれたお嬢さまに効く薬物なんて、持ってませんよ。

 ご自身の体内で鎮痛剤でも、睡眠薬でも分泌なさってください」

「さっきからそうしようとしているのに、ちっとも鎮静作用が働きませんのだ」


 アーネイは、仕方なく手持ちの冷たい精製水を主君に飲ませてやることにした。

 因みにティアマットでは汚染されてない水は相当の貴重品で、軽めに汚染された井戸などでも、バイクに乗ったモヒカンな番人が守っていたりする。


「うぅ……それでも漸く、マシな気分になってきましたぞ。一時期は、いっそ殺せって気分になりましたのだ」

 ある程度、回復するとギーネの体内に埋め込まれたプラントがナノマシンを放出。神経系統の混乱を鎮め、体内機能の修復と細胞レベルでの修繕を開始する。こうなると復活は早い。

 アーネイは、徐々に顔色が良くなっていく主君の、吐瀉物に塗れた口の端をハンケチで丁寧に拭いてやった。

「お嬢さまが、此れほどに弱音を吐くとは驚きましたよ。そんなに辛かったですか?」

「……最悪ですぞ。こんなに気分が悪くなったのは、アーネイのニシンの塩漬けの缶詰が目の前で爆発した以来なのだ……あ」

 いまだ意識が混濁しているのか。或いは、常の明晰さが回復しきっていないのか。

 数年前の悪事を洩らしてしまった帝國貴族の顔色が、再びさっと悪くなった。

「あ、こいつ。私のシュールストレミングを黙って食べたのは、やはりお嬢さまだったのですね、この野郎。」

 心なしか、主君の顔を拭く家臣の手付きが些か乱暴になったように思えた。

「あ。ち、違いますぞ。あれは、なんだろうって手に取ったら、勝手に爆発したのだ。

 盗み食いではないのだ」

 やっちまったって顔をしたギーネが、必死に弁解している。

「あれは、お婆ちゃんが送ってきた、その年の最後の一缶だったんですよ。

 ちょっとは申し訳ないと思わないんですか?」

「だって、美味そうに食べていたから……くそ、罠だったのか!

 主君を嵌めるとは、なんと性格が悪いのだ。

 どうせ嵌めるなら、Hな意味で嵌めてくれればいいのに」

「うわ、開き直りやがった。

 人の好物を勝手に盗み食いした癖しやがって、あまつさえ罠呼ばわりするとは、本当にクズ……げふん、酷い方でいやがりますね。お嬢さまは。

 おまけにセクハラですか?生きている価値があるのですか?貴女」

 家臣に冷たい蔑みの眼差しに射抜かれたギーネは、ちょっと快感を覚えつつ、屈辱にプルプルと震えだした。

「わあ、この家臣。病人である主君を労わるどころか、罵ってきましたぞ。

 それにしても、凄いこと言いますね。貴方?

 仮にも主君に対する口の利き方では有りませんのだ。

 それに同性に発じょ……好意を抱いただけで、そこまで蔑み、他者を否定するだなんて。心優しい私には出来ませんぞ」


 ギーネは、驚愕した。そして一天万乗の至尊の地位から、恩知らずの家臣に蔑まれるまでに零落した己が身の情けなさに涙した」

「なに言ってだ、こいつ?妄想が口から垂れ流しですよ。

 言葉が通じるのに意思疎通が出来ない相手との対話には、徒労感を覚えますね」

 冷たい態度の家臣に対して、哀しげに目を伏せたギーネ・アルテミス。

 鼻をスンスンさせながらアーネイに訴える。

「アーネイは、何時からそんな偏見を抱くようになったのだ。

 まるで排他的な原罪教にでも、洗脳されてしまったかのようです。

 幼馴染が、差別主義者になったなんて、ギーネさんはとても哀しいですぞ。

 だけど、どんなに迫害されても、軽蔑されても、ギーネさんは己を偽ることはしませんのだ。

 それに非生産的だからこそ、同性愛は真実の愛なのだとプラトン先生も云ってますのだよ?」


 ちなみに原罪教とは、人は生まれながらにして罪深い存在であり、真の教えである原罪教に帰依する者のみが救われると言う危険な教義を持った宗教で、北欧神話が国教に指定されているアルトリウス帝國では(西暦11世紀頃から、してやられまくった多神教徒系の先祖の積もり積もった怨みも込めて)カルト認定されている。


「おい、誰が原罪教徒で差別主義者だ?

 どさまぎに人の言い分を捻じ曲げないでくださいよ。

 私はお嬢さまのセクハラを問題にしてるんであって、性的嗜好を責めてません。

 都合のいい時だけ迫害された社会的弱者を装うのは止せ」


 すると帝國貴族。薄い胸を張って堂々と自論を述べた。

「古くからの格言に、ローマにおいてはローマ人の如く振る舞えと言います。

 民主主義政体であるティアマットにおいては、共和主義者のように振る舞うのは当たり前でしょう」

 既に議会は滅びているけど、政体としては共和制国家だった土地柄である。

「また詭弁を弄して。お嬢さまのどこが共和主義者なんですか」


 家臣の容赦のない突込み。思慮深そうに瞳を細めたギーネがアーネイを見つめた。

「ティアマットの風習に詳しくないアーネイに、ギーネさんが一つだけ教授して上げます。

 民主主義社会で生きるのに、社会的弱者を装うほど便利なものはないのだ。

 先んじて相手を差別主義者とレッテル張れば、それだけでどんなに自分が悪くても相手を社会的に抹殺できるし、なんでも言い分が通る!頭がおかしい……じゃなくて、教養があってリベラルで優しい人たちも味方してくれますのだ」

 貴族とは思えない処世術に、アーネイは思わず眉をひそめる。

「なんと卑劣な。何を言い出すのかと思ったら……それのどこが共和主義者なんですか?」

「母国で侵略者たちがばら撒いていた【素晴らしき民主主義!】って啓発本の体験談ページに書いてあった!確か、新社会における人民の権利って項目でしたぞ」

 ポケットをごそごそ探して厚手の小冊子を取り出したギーネは、ペラペラとページをまくってからアーネイに見せた。


「ほら、このページです。よく考えられたシステムですぞ。

 少数派を極端に優遇することで、圧倒的多数派に不利益を与えるんですな。

 仮想敵国などで、その手の団体を立ち上げるなり、政治家や官僚にまで出世させれば、国家の分断と社会の信頼の破壊には極めて有用な手法ですし、ついでに自分で弱者救済団体なり、弱者救済法なりを設置すれば、美辞麗句を用いて民衆から搾取することも出来るし、差別認定団体を創れば、敵対者や反対者を悪魔化して言論を封殺することもできるのだ」



 パラパラと冊子を流し読みしたアーネイは、すぐに渋面を浮かべて舌打ちした。

「穿った読み方をしますね。まあ、一面としては間違ってないとは思いますが」


「君主制と違って為政者が交替しますから、前任者のしたことですと言えば、失策も誤魔化せるし、責任も有耶無耶に誤魔化せますのだ。

 うちの国も共和制にしようかしらん。あ、もう共和制になっていた。

 うむむ、それにしても、悪辣な共和主義者共の魔の手に堕ちた我が祖国は、今頃、混乱の極致に達しているかも知れない」


 熱心な共和主義支持者の解放軍青年将校たちが理想を抱いて書き上げた冊子も、専制君主とその手先にとっては、極めて洗練されたマインドコントロールの手法としか見えなかったようだ。


 深刻そうな表情で馬鹿な事を言ってるギーネを前に、アーネイは碌でもない予感に戦慄しつつ文句をつけた。

「それにしても、姑息な奴ですね。お嬢さまは。

 都合のいい時だけ共和主義者になるのは止めてくださいよ。

 普段から口にしている貴族の誇りとやらは何処にいったんですかね?都合が悪くなると入院でもするんですか?」

「君臣がともに助け合う理想郷を取り戻すには、例え、邪悪な共和主義者の戦術であっても、用いるべき時があるのだ」

 偉そうな態度でのたまったギーネだが、次の瞬間、瞳を細めると油断のない顔つきで吐き捨てた。

「にしても、共和主義者たちは物理的な軍隊だけでなく、こうして心までも攻めてくるのですね。マインドコントロールなのだ。社会人牧場なのだ。家畜への最適化なのだ。努々、侮れませんぞ」



「このギーネ・アルテミスが捲土重来した暁には、必ずや叛徒共に悪逆のツケを支払わせましょう。

 共和主義者とそれに与した裏切り者の叛徒共は、我が祖国で好き勝手したことを地獄で悔いることになるのだ」

 言葉に強い意志を込めながら厳かにそう宣告するギーネ・アルテミス。


 座っているのは、次元世界の吹き溜まりである惑星ティアマット。その更に辺境の【町】の片隅にある寂れた公園の古びたベンチなので、余り格好はつかなかった。


「……で、何時になるんですかね?捲土重来」

 家臣のアーネイが入れた少しだけ致命的な突っ込みにも、帝國の名門たるギーネは揺るがない。

 頬杖をついたまま、ギーネは口角をキュッと吊り上げた。

「ふふっ、その日は、それほど遠くありません。

 間もなくこのギーネ・アルテミスの鋼鉄の軍団が、全ティアマット世界を震撼させることになるでしょう」


「はあ、それはようございましたな」

 まるっきり信じた様子がない騎士に向かって、帝國貴族はちょっとムッとしたようだ。

「むぅ、信じてませんね。まあ、いいです。

 貴女の主君がどれ程の人物か、これから、ようくその目に焼き付けるといいのだ。

 我が報復の煌めく剣が、邪悪なる共和主義者の群れを切り裂く時は、遠くありません。

 大神オーディンも照覧あれ。

 程なく、このギーネ・アルテミスが惑星全土の支配者に……いいえ。アスガルド、ティアマット・両惑星に君臨することになるのだ」

 掌を天に向かって差し伸ばしながら惑星の支配を宣告するお嬢さま。

 ちなみに保有する軍事力は2名。主力兵器はクリケットバットである。


 相変わらず根拠のない全能感ではち切れんばかりの幼馴染系主君を前に、アーネイは深々とため息を吐いた。何度痛い目に在っても懲りる気配のないこの生ものの自信は、一体、何処から湧いてくるのかしらん?


「それだけ口が廻るなら、体ももう大丈夫そうですね」

 アーネイの言葉に、ギーネはこてんと首を傾げた。

「王子様のちっすを貰えたら、お姫さまは完璧に回復しますぞ」

「残念ながら、ここは女性しかいませんなぁ」

「アーネイさえお望みなら、生やしてあげますよ?アーネイに」

「なにを?いや、いい。聞きたくない」

 期待に満ちた眼差しの主君を切って捨てつつ、アーネイは主君を慮って尋ねる。


「で、それだけ喋れるなら大丈夫とは思いますが……どうです?立てますか?」

「うん。大分良くなりました。

 何時までも寝てる訳にもいきませんしね」

 立ち上がろうとしたギーネだが、まだ足元がおぼつかない。

「無理はなさいませんように」


 素早くアーネイに肩で支えられたギーネは、苦笑を浮かべつつ嘆息する。

「ん、青空市場に欲しい品があったのですが」

「欲しいものですか?」

「ええ……休んでいると、市が仕舞ってしまいます。

 差支えないようなら、今日のうちに買い物を済ませておきたかったのですが」


 灰色の廃屋が立ち並んだ街路の彼方。市場の開かれているであろう町の一角へと視線を送り、少しだけ悔しそうに呟いた。

「どうにも、立てそうにありませんね」

「商品を教えて頂ければ、私が買って参りましょうか?」

 少し考え込んでから、ニヤリと微笑んだギーネは、手を差し伸ばした。

「お姫さま抱っこしてください。おんぶでもいいですぞ」

 おんぶを要求する主君に、そう言えば、よく迷子になったギーネをおぶって歩いたものだと、子供の頃を思い出してアーネイは苦笑を浮かべた。

「仕方ないなあ」

 しゃがみ込んだ家臣に覆いかぶさるギーネ・アルテミス。


「ひゃっふー」

 久方ぶりの心地よい人肌を堪能する亡命貴族の目と鼻の先。

 手の届く範囲に焦がれて止まない楽園のたわわな果実が実っていた。

 わあ、形のいい胸ですね。

 当然、揉んだ。


「あふん」


「わあ、素敵な感触と声ですぞ」

 呟いたギーネの視界で、天地が逆転した。


「言い残すことは、それだけですか?」

 ギーネの耳に、かつてなく冷たい響きをしたアーネイの声が入ってくる。

「わが生涯に悔いなしだけど、もうちょっとだけ生きていたいので、主君の足首を掴んでぶらさげたまま、恐い顔で睨み付けるのは止めて欲しいのだ」


 取りあえず、ギーネは一生懸命助命嘆願してみた。

「ちょっとした出来心なのですぞ?いや、ホントに。

 手が勝手に滑った感じなのだ。凄い自然な感じで」

「なるほど、なるほど」

 肯くアーネイ。握りしめた足首は放さない。


 アーネイは、クールに見えて意外と情熱的で優しい部分がある。

 相手の性格を熟知しているギーネは、やり手弁護士のように相手を動かせるポイントで確実に説得することにした。

「おっぱいは心の潤いなのだ。

 砂漠で井戸を見つけた人が、持ち主に無断で飲んでしまったからと言って誰が責められるでしょうか?

 これは緊急避難なのですだよ?

 なので、主君の足首を掴んで持ち上げるのは止めるのだ?

 足首を片手で掴んでぶら下げるのは、主君に対する態度ではないと思うのです?」

 力説するギーネ。人としての道理と人情に重点を置いてアーネイを説得してみた。


「分かりました、お嬢さま」

 アーネイは深々と肯いてくれた。ほら、人は話せば理解し合えるのだ。対話って素晴らしい。

「分かってくれましたか?!なら、なぜ、足首を握る力が強くなるのです?

 みしみしって、足首の骨が軋む音がするんですけど!」

 じたばたするギーネだが、アーネイは揺るがない。

「反省がゼロだという事が分かったので、逃がさないようにする為です」


「ところで、殿方の印を生やせると言いましたね。

 是非、やってみましょう」

 穏やかな笑みを浮かべながら、アーネイが主君に問いかけた。

「おお?ついにアーネイとギーネさんが結ばれちゃうんですか?

 ハッピーエンドですか?喜んで!」

「ええ、生やしてみましょう。お嬢さまに」

「はい?」

「一回、去勢してみたら、セクハラが治るかも知れません」

「いやん」


 ギーネ・アルテミスは、戦慄した。

 アーネイの目が真剣と書いてマジなのだ。恐いのだ。

 共和主義者の数個師団によって追撃を受けた時にすら覚えなかった恐怖によって、肉体が無意識のうちに震えていた。



 此の侭では、出来心からとんでもないことになってしまうのだ。

 漸くにそう悟ったギーネは慌てた。

 そもそも欲望のままに行動しなければ、家臣に〆られる羽目に陥ったりしないのだが、こいつの辞書には、自重と言う項目が落丁しているから仕方ない。


「アーネイ、アーネイ。情状酌量の余地があると思うのだ。

 此れには海より深い理由があってですな」

 いやいやと体を振りながら、ギーネは必死になって訴えかけた。

「事情があると言うのなら、囀ってみなさいよ」


「私は悪くありません。アーネイの乳が悪いのです。

 目の前にあんな立派な乳があったら、誰であろうと揉まずにいられるでしょうか?」

 言ってやった。本人的には、きっと愛の告白のつもり。

 なぜか満足げにドヤ顔しているギーネに微笑みを返してから、帝國騎士は其の儘、主君を空に向かって放り投げた。



なんか時代に追いつかれて書くの躊躇っていた。

時事ネタじゃないよ。元からこういうネタだよ。


これから週1くらいで上げていくと思う。


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