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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
☆ティアマット1年目 その1 ギーネ ティアマットの地に降り立つですぞ
6/117

ACT 06 控えおろう この紋所が目に入らぬか

 一口にハンターといっても、その内実は多種多様であった。

 上は、複数の戦車や装甲車を率いて人の生存圏を脅かすような戦闘機械群や怪獣を迎え撃つような超一流や、凶悪犯罪者を追いかける賞金稼ぎ。崩壊前の工場や技術の再生を試みる技術屋集団。下は大型化した蟻やお化け鼠など、一般人でも火器を持てば対抗できる程度の変異生物を相手取る二流、三流のハンターまで様々であった。

 そして一流はその殆んどが古参に限るが、下位のハンターたちが必ずしも新参とは限らなかった。むしろよほどに注意深く、また集中力を長く維持できなければ、下位であってもハンターという危険な仕事を長期間続けるのは難しい。

 その一方、素人に毛が生えたような連中に視線を転じれば、働き蟻やお化け鼠は勿論、もっと弱い芋虫や軟体アメーバ、蟹虫などを相手に返り討ちに合う事例もけして珍しくはなかった。

 

 曠野のど真ん中で、誰かが恐怖に満ちた叫び声を上げていた。

「蟻だー!」

 汚染された湖の水際で休んでいた軟体アメーバ。ぷよぷよアメーバとも呼ばれる半透明の濁った色をした、弱い割には高く売れる人間大の軟体生物を狩っていた素人ハンターたちは、それと気がついた瞬間には、後背から蟻の群れの襲撃を受けていた。

 とっさに反撃してみたものの、固くて頑丈な外殻を持つ蟻を相手にしては、手持ちの装備では、どうにも心許なかった。

 棒切れに包丁をガムテープで巻きつけた槍は半ばから折れてしまうし、手製のライフルに至っては効きが悪い上、角度が悪いと弾かれてしまう。

「そんな!ライフルが弾かれるなんて!」

 悲鳴を上げたハンターだが、ライフルといっても使用されている弾薬は22口径ショート。

 品質管理のしっかりした先進国で製造された新品でさえ、時として五メートル先で背広に弾かれてしまうような威力である。外殻を持った人間大の巨大蟻相手への威力も推して知るべきであろう。バットを振り回した方が幾分、マシというものだ。

「だからジャンク屋の弾薬を買うのは止そうって言ったのに!」

「安いからって、お前らだって賛成しただろう!」

「いいから走れ!走れってば!」

 十数匹もいる蟻の集団に追いかけられ、必死になって逃げ回る若きハンターたち。

 幸いにも襲ってきた種類の巨大蟻たちは、人間に比せばやや鈍足であった。

 殆んどのハンターたちが、全力疾走でその場から遠ざかっていく中、蟻たちに近かった一人だけは近場にあった廃屋の梯子を登って屋上へと逃げ込むという判断をしていた。

 状況によっては、それほど誤った判断ではなかっただろう。

 昆虫類は基本的に知能はそれほど高くないし、蟻も単身では梯子を昇ってくるような手段も持ち合わせてはいないからだ。

 実際、走って逃げているハンターには、自分もその仲間のように廃屋に逃げ込めば良かったと思った者もいたくらいである。

 

 しかし、数十匹もいた蟻たちは諦めなかった。

 逃げ遅れたと見做した獲物の周囲に群がり始めてると思えば、奇妙な行動を取り始めた。

 蟻の背中に蟻が這い登り、そのまた背中に別の蟻が足を掛ける。

 生きている団子のように、蟻とは別種の何か恐ろしい怪物のように、集まった蟻たちは蠢きながら徐々に大きな漆黒の球体となり、廃屋の天井へと手を伸ばしていく。

 ぎぎぎ……ぎちぎちぎち

 顎をガチガチと鳴らしながら、柔らかい肉に喰らいつこうと働き蟻も兵隊蟻も、建物の壁を黒く染めて獲物への距離を詰めていく。

「あば、あばば……」

 ハンター。年若い少女は、此の侭では逃げ場もなくなるというのに腰でも抜けたのか。

 身動きしようとしなかった。

 今になって考えればの話だが。せめて迫ってくる蟻団子の反対側の屋上から飛び降りれば、地表に幾らかの蟻は待ち構えているが逃げ切れるかもしれないのに、へたり込んだまま、青ざめた顔で恐怖にガチガチと歯を鳴らしている。

「ミ、ミリアが!」

「誰か、何とかしろ!」

 焦りを孕んだ仲間たちの切羽詰った叫びも遠く。

「たすけて、誰か助けてよぅ。ジャック……ブレイン……エミリー……死にたくない……死にたくないよぅ……セシル……セシル」

 仲間たちの名前を呟きながら、少女ハンターは泣き言を漏らしながら追い詰められていく。

 

「……セシル!お前の38口径で何とかならないか?」

 仲間の縋るような声が耳を打った。

 追い詰められた友人を無言で見つめていた金髪の少女は、強張った表情のまま、廃屋を一望できる土が盛り上がった高所に昇って片膝を付いた。

 弾薬が貴重な事から、滅多に使わないライフルを取り出すと、手馴れた動作で流れるように構える。

 唇を舌で湿らせると、蟻の団子の上に迷うように照星を彷徨わせてから、追い詰められた友人の額に照準を当てる。

 深呼吸しようとしても、どうしても呼吸が乱れる。

 弾が足りない。たとえ二、三匹を仕留めたところで、蟻の群れは止められない。

 此の侭では、ミリアは生きたまま蟻の群れに貪り食われる。

 一度、蟻の群れに襲われたバッファローが肉団子にされる過程を見たことがある。

 死ぬまでは長い時間が掛かる。

 それよりは……引き金に掛けた指に力を込めていく。

 縋るようにこちらを見つめている少女は、町に出てきて右も左も分からないセシリアに声を掛けてくれた、生まれて初めて出来た友人で……

 

 

 酒臭い呼気を洩らしながら、迷彩服を着込んだ女ハンターは雑踏を掻き分けていく。

 定宿にしている安宿へと戻る道の途中、香ばしい焼肉の匂いが鼻腔を突いた。

 見れば、道端の屋台で商人が鉄板の上に肉を焼いていた。

 豚か、羊か。或いは、巨大蟻や有角犬、双頭蛇や牙兎の肉であっても、濃密なソースを掛ければ、味はみな同じとも感じられた。

 胃が音を立てて鳴る。ポケットを探れば、財布はまだずしりと重かった。

 幸いに懐はまだ暖かい。数日前にちょっとした大物を狩ったばかりで、まだ一週間は町に居られるだろう。

 骨付きの肉を買い求める。

 噛み千切りながら、定宿にしている安ホテルに歩いて戻ってみれば、建物の中から泣き啜っている女の声が響いてきた。

 仕事中に深手を負ったのだろう。寝台に運び込まれた男性ハンターの枕元で、怪我人の手を掴んで離そうとしなかった娘が泣き崩れている。

「お帰り、セシル」

 しばし愁嘆場を眺めてから、フロントで帳簿をつけている少女に尋ねてみる。

「誰か怪我したのか。あれは……ジョーか?」

 朝っぱらから女ハンターの酒臭い息に表情を歪めた後、フロントの少女は肯いた。

「知り合いだった?」

 首を傾げて尋ねてくるフロント係りに、頭を振って応えた。

「んん、顔見知りという程度だけどね」

 

「あいつ、なに考えたのか」

 フロント係りは首を振ってから、寝台に横たわっている若いハンターを哀れむように醒めた目で眺めた。

「玩具みたいな槍と弓でさ。悪魔ありくいに立ち向かったらしいよ」

 それを聞いて、セシルが肯いた。

「……ああ。今月はギルドで毛皮類の買取強化月間だったんだ。

 先月、南方からの船が来たらしくて、隊商の連中が買い付けしているから」

「それでか」

 合点がいったように肯いたフロント係りを他所に、セシルはジョーと呼ばれた男に視線を送った。

「もう少し稼いだら引退して所帯を持つって言ってたけど、助かりそう?」

 しばし沈黙してから、フロント係りの少女は帳簿付けと睨み合いつつ、口を開いた。

「……傷が深すぎて出血が止まらない。ギルドの藪医者も匙を投げてた。

 細胞賦活剤を買うには、蓄えが足りない。其れにあの傷では……」

 

「相手は、町の娘さんか。堅気の娘さんに手を出すなんて馬鹿な奴」

 哀れむような視線を向けつつも、女ハンターによって吐き捨てられた言葉の響きは痛烈だった。それが己の力量を見誤って、深手を負った軽挙妄動に対して向けられたのか。

 それとも何時死ぬかも分からない身で、恋愛に深入りしたハンターに向けられたのか。

 判断のつきかねた受付の娘さんは、安宿の帳面をつけていた手を休めてから、げんなりした表情を浮かべて呟いた。

「……因果な仕事だよねぇ」

 

 やがて死体が裏手にある墓地に運び出されていくとすすり泣きながら娘が付き従い、宿の従業員がジョーの寝かされていた寝台にバケツで水を掛け出した。

 毛布は貸し出しではなく、ジョーの私物で、そのまま死体を包むのに使われる。

 濁った水が排水溝へと流れ落ちていく音が響いた。

「……またベッドが空いた」

 顔見知りの葬儀に出席する心算なのか。死体を運び出すのを手伝うセシルを見送りながら、フロントの娘はぼやくようにそう呟いた。

 

 と、その時、安宿の入り口でセシルとすれ違うように自由労働者っぽい風体の二人組の女が姿を見せた。

 聞きなれぬ言葉を喋りながら、なにやら吟味するように建物をじろじろと眺めている。

「外国語。外国人……お客さんかな?」

 愛想良く立ち上がったフロントの少女に対して、入ってきた二人組みの背の高い方。

 赤毛の女が肯きかけた。

「ええ。はじめまして。フェリクスと申します。こちらはアルテミス。ぶしつけですが宿代は幾らでしょうか?」

 言いながら、赤毛の女は後ろに佇んでいる銀髪の女の腕を引っ張った。

『ほら、お嬢さま。ここなんてどうですか?中々に良さそうではありませんか?

 見たところ清潔そうですし、薬中な人やポン引きな人、売春婦な人も少ないようですよ!』

『うう、帝國貴族でも比類なき名門のこの私が、このような辺境の田舎町の安宿に逗留する身にまで落ちぶれようとは……』

 なにやら外国語で喋りだしている二人組。

 

「なんて言ってるのかな?」

 フロントの少女が首を傾げて尋ねると、赤毛の女は微笑んでティアマット語で返してきた。

「連れはこのように清潔なホテルに泊まれるなら嬉しいが、値段が心配と言ってます」

「嬉しいな!宿代だね!一人一泊4ギルド・リング。一週間の前払いなら二人で……」

 言いかけて、フロントの少女は二人組が首からぶら下げている認識票に気がついた。

 ギルドで登録料を払うと貰える、シリアルナンバーが刻印されたドッグタグであった。

 曠野で死体か、ゾンビとなって発見されり、怪物の胃や糞の中から見つかった時、タグが回収されると、名簿と照らし合わせて墓に名前を刻んでもらえる特典付の優れものである。

 

「あれ、あなた達、ハンターかな?ギルドの紹介状があれば、安く泊まれるよ」

 フロント係りの問いかけに、赤毛のフェリクスが首を横に振った。

「あはは。そんな便利なものはないです。成り立てなので。

 で、どうやったら貰えるんでしょうか?紹介状」

「真面目に仕事を続けると貰える……かも知れない」

「かも知れない、ですか」

 財布を取り出しながら、フェリクスは意気消沈した様子を見せた。

「最近、不景気で、またハンターの人数が増えてますし。

 伝手があったり、気に入られたり、コネがないと難しいかも」

 難しい顔を見せたフロント係りの少女だったが、現金を受け取ると、改めて笑顔を浮かべて番号つきの鍵を取り出した。

 

「はい。丁度、隣り合ったベッドが空いているよ!

 一階の17番と19番のベッドを使ってね!

 これは枕元のロッカーの鍵だから、無くしちゃ駄目ですよ!

 それと、私物の管理は自己責任でお願いします」

 二人が鍵を受け取った時、背後にコンクリートの床を打つブーツの足音が響いた。

 振り返ると、葬儀を済ませてきた迷彩服の女が疲れた表情で入り口に寄りかかっている。

「セシル」

「今、葬儀が終わったよ。

 恋人と葬儀屋以外には、わたしの他に顔見知りが二人。

 ハンターの最後ってのは、侘しいものだね」

 肩を竦めた女ハンターは、入り口近くの椅子に腰掛けると、袋に包んだ骨付き肉に被りついた。

「ん、取り込み中かな。その人たちは?」

 中断した食事を再開した女ハンターが、見慣れぬ二人組に視線を送った。

 二人組の女も、セシルに鋭い視線を送った。

 銀髪の女が赤毛の女に低く囁いた。

「アーネイ。わたしはお腹が空きました。

 今日はお肉を食べます。脂の滴るお肉。そう決めました。用意しろ。さもなくば死ぬ」

「分かりました。今日は奮発して、お嬢さまの大好きな虫団子を用意いたします」

 

 フロントの少女が苦笑を浮かべた。

「こちらはアルテミスさんとフェリクスさん。

 今日から、うちに泊まる……のかな?それとも、一日だけ?」

 偉そうなほうの銀髪女が胸を張った。

「暫く世話になる予定である。

 今日の宿代は払ったが、今から明日の宿代を稼いでくる予定である」

 

 瞬きしてから、セシルは二人が首に掛けている鉄製のタグと、頭から足までの体格をじろじろと何度も眺める。

「……ハンター、同業者か」

「うむ、昨日からな!」

 己の胸に手を当てて、何故か分からないがやたらと偉そうな印象がするアルテミスと、鋭い目つきをしているフェリクス。

 二人とも均整の取れた体つきで相当に鍛錬されている印象を憶えた。そして其れをまったく隠そうともしていない。

 昔は警察官か、軍人のような戦う職業に就いていたのだと言われても不思議ではないとセシルは思った。

 

「貴女もハンターか。仕事には行かないのか?」

 赤毛のフェリクスが訊ねてきて、セシルは肯いた。

「三日前に人食い花を仕留めたばかりだからね。

 懐も暖かい。暫くはゆっくり過ごすつもりだよ」

 ちょっとした大物を仕留めたことをセシルが披露したのに、二人組の反応は薄かった。

 新参だから、人食い花を倒すのがどれくらい大したことなのか知らないのだろうか。

 興味もなさそうに鼻を鳴らしつつ、割り当てられたベッドを視線で探している。

 少し自慢げに告げたセシルは、反応の薄さにがっかりしつつ、肉を食べ終わった骨を床に投げ捨てた。

 

「ああ、んもう!きちんとゴミ箱に捨ててくださいよ!

 ずぼらで酒飲みだけど、セシルさんは町でも五指に入るハンターなんだよ。

 二人も稼いで腕を上げて、うちで個室を借りるようになって欲しいな」

 フロントの少女の言葉を耳にして、外国人二人組は顔を合わせた。

『はっはっは、稼げるようになったら、このようなボロイ建物ではなく、もっと立派なホテルに泊まるに決まってるではないか』

『お嬢さまも大概、失礼ですね』

『大丈夫ですよ、アーネイ。こんな田舎町の無教養な田舎者に帝國語の理解できる人間が一人でも居ると思いますか?』

 銀髪がそう嘯いた瞬間、廊下を挟んだベッドに寝転んでいた髭のおっさんが、どでかい屁をかました。

 嫌そうな顔をしておっさんを眺めつつ、銀髪は熱弁する。

『見て御覧なさい。帝國博物館に田舎者類・田舎者科・田舎者目として飾ってありそうな見事な田舎者ではありませんか。きっと先祖代々、由緒正しい田舎者に違いないですよ』

『由緒正しい田舎者ってなんですか。意味が分かりませんよ。

 現地人に分からないと思って滅茶苦茶言いやがりますね、貴女』

 ため息を洩らした赤毛の女は、銀髪の女を窘めてからフロント係りに向き直った。

「是非ともそう有りたいものですね。連れも前向きに検討すると表明しています」

 そう通訳すると、赤毛が銀髪の腕を引っ張って奥へと歩き出した。

 

「それでは、またいずれ」

 手を振ったセシルが二人とすれ違う。

 注意されたので、床に捨てた骨を拾ってゴミ箱に投げ入れた時、背後からベッドのロッカーに荷物を入れた二人組の声が聞こえてきた。

 

『ふふん。ぼろい宿だけど、フロントの少女はちょっと可愛いですね。

 ダブルピースして欲しいくらいですよ』

 フロントに肘をついて笑顔を浮かべたまま、少女は銀髪の女を見つめて口を開いた。

『ありがと。無教養な田舎者だからダブルピースって何のことか分からないし、辺境世界の田舎町のボロイ安宿だけど、ゆっくりしていってね』

 フロント係りに流暢な帝國語で返されて、銀髪の方の顔が強張った。

「あわわ……それは、その……なんというか。いっ、行ってまいりますぞ!」

 

「……虫狩りか」

 帝國人たちの背中を見送ったセシルがそう呟くと、フロントの少女が机に頬を乗せながら問いかける。

「ねえ、あの人たち。どうかな」

「心配か?」

 僅かに目を細めたセシルに質問に質問で返されて、少女は身を起こして肯いた。

「そりゃあね。あんなことがあったばかりでしょう

 ジョー君も悪い奴じゃなかった。あの人たち、棍棒しか持ってないもん」

「人がいいなあ。

 帝國語はよく分からないけど、私たちを田舎者扱いしてたんではないのかな?」

「うーん。それでもさ」

 フロントの少女は、遠ざかっていく二人組の人影に少し心配そうな視線を投げかけている。

 少女の視線の先を見つめたセシルは、しばしの沈黙の後、肩をすくめた。

「多分、大丈夫だろう。それどころか、かなりの大物を狩ってきても驚かないな」

「へえ」

 フロントにひじを突きながら、少女が意外そうに常連客を見上げた。

 

 セシルは二人組の外国人の歩き方を、じっと注視している。

 リズムのいい歩調。全身に満遍なく力が行き渡って、次の瞬間に何が起こっても瞬時に対応できるのではないかと推測させる、研ぎ澄まされた隙のない挙動と歩き方。

「あの二人。多分、相当な手練だな。兵隊蟻くらいは余裕で狩れるだろう」

 断言するセシルに対して、少女が目を瞠った。

「初日だよ?」

「では、賭けるか?」

 

 奇妙な外国人の二人組みが帰ってきたのは、夕刻。地球よりも大分長いティアマットの日中も過ぎて、太陽が地平線に近づいた頃であった。

「やっと帰ってきた」

「今日は蟹虫を三匹狩りました。だいぶ、慣れてきましたよ」

「おめでとうございます!お嬢さま!」

 丁度、食堂で食事を取っていたセシルの斜め前の席に座ると、仰々しくお祝いを述べる二人組の帝國人。

 

「相当な凄腕じゃなかったの?」

 からかうように笑うフロントの少女を前に、セシルは首を捻った。

「あれ?」

 今までこの手の勘を外したことがなかったので、セシルは少しだけうろたえた様子を見せた。

 ……なんか、凄そうな雰囲気は感じたんだけれどな。まあ、勘が外れることも在るか。

 出かけてから8時間近くも経って、たった三匹。まるっきり素人の成果である。

 とは言え、獲物が蟹虫であろうとも、ハンターに手負い死人が出る日は珍しくないので、馬鹿にしたものでもない。

 

「ほら、御覧なさい!アーネイ!虫のお肉の串焼きになんと!芋スープが買えました」

「おお!」

 掛け合いをしている二人の会話を聞いているうち、セシルは堪え切れなくなって笑い声を洩らした。

「ふっ……くくくっ」

「むっ、赤の他人を笑うとは。なんとも、失礼な原住民ですね」

 銀髪の帝國人が睨みつけてきた。とは言え、深刻な雰囲気ではない。

「失敬。少し微笑ましくてね。君たちは相当に貧しい土地からやってきたんだな」

 セシルの質問の何がそんなに琴線に触れたのか。

 銀髪の帝國人はもったいぶるように含み笑いをしだした。

「くふふふ、聞いて驚きなさい。庶民。

 私こそ、かのアルトリウス帝國の開祖たる12氏族の直系、次期アルテミス侯爵にして選帝侯が一人。ギーネ・アルテミス士爵なのですぞ!」

 胸元から弓と月の紋章が描かれた印籠を取り出したギーネは、セシルに見せつけながら何かを期待している眼差しで見つめてきた。

 反応に困った時特有の独特の静寂が三人の間に舞い降りた。

 セシルは取り敢えず肯いた。

「へえ」

「へえって、選帝侯なんですよ、選帝侯。もっと驚いてくださいよ」

 印籠を振りながら、口を尖らせるギーネ。赤毛が横から説明を補足する。

「誇大妄想狂の気がある訳ではありません。お嬢さまは、本当に『偉かった』んですよ。

 ……母国で革命が起きて、ティアマットに逃げてくる前は。ああ、おいたわしや」

「ああ、なるほど。其れはお気の毒に」

 どうでもよさそうに肯いたセシル。ギーネは不満げにアーネイに抗議した。

「今も!今も私は偉いです!」

「……言ってることはよく分からないけど、外国の爵位とか持ち出されてもねえ」

「ですよねー」

 アーネイと言う赤毛がどうでも良さそうに肯きながら、スープを食べている。

「ううう。わたしの領地。わたしの屋敷。わたしの日本庭園。わたしのサムライソード。

 先祖代々、一万年に渡って蓄積されたゲームや漫画、同人誌。アニメのDVD、フィギュアのコレクション。

 夢と希望とエロスがいっぱいに詰まった一族伝来の記憶素子(ハードディスク)さえ持ち出せなかったぁ」

 泣きべそを掻いているギーネを見て、アーネイが呆れたように首を振った。

「そもそも、あんな地下室一杯のでかいコンピューターを持ち出せる訳ないでしょう。

 大体、量子コンピューターには、エロゲーをインストールするより他にもっと重要な使い道があったはずですよ」

「二十歳になって正式に当主を継いだら、可愛い女の子のメイド隊を作る野望がぁ……その日に備えて、領内の健気な美少女をリストアップしていたのに……うわぁーん、あの頃に帰りたいよう」

「済みません……ちょっと、情緒不安定で」

 机に腕を組んだギーネは、うつ伏せに頭を乗せると本気で泣き出した。

「ネットオークションで落札した、今川氏真直筆のボールは友だちって書かれたサッカーボールも焼けてしまったんでしょうか?あれは、戦国時代の貴重な資料だったのに」

「どう見ても偽者です。ありがとうございました」

「『お前のようなババアがいるか』フィギュアも、きっと今頃、共和主義者共の戦利品にされているんでしょうね。悔しいです。

 出来たら、大切に軍事博物館に展示してもらえると嬉しいな」

「突っ込みどころが多すぎて、もう何も言えねえ」

 赤毛のアーネイが、グシグシと泣いている銀髪美女にハンケチを差し出した。

「ほら、泣き止んでくださいな。さあ、鼻を拭いて」

 びーと鼻を噛んでからも、ギーネは涙目でぼやき続けている。

「とても偉いのですよ。わたしは……

 領内を歩いていると、領民たちが飴や鯛焼きを献上してくるほどだったんですから」

「いや、それは偉いの?」

 セシルの突っ込みに赤毛が澄ました態度で応えた。

「お嬢さまは、領内の年寄りたちには好かれて餌付けされてました」

 

「それにしても、あの気の毒な老人たちは元気でやっているかしらん。

 忠実な貴族制支持者として、野蛮な共和主義者共の施政下で虐げられてなければ良いのだが……

 帰還したばかりのリップ・ヴァン・ウィンクルみたいに、愚民どもに共に王党派のスパイ呼ばわりされて疎外されたりしてないだろうか」

 心配そうなギーネの懸念を、アーネイは大声で笑い飛ばした。

「大丈夫でしょう。あれで老人たちも中々に強かでしたから」

 

 どうやら二人は主従関係のようだ。

 銀髪が領地を失った貴族で、赤毛が亡命先までついてきた忠実な従者といったところか。

 銀髪のアルテミスは、どうやら失った過去の栄光に縋り付いているらしい。

 聞いてるだけで面白い帝國人主従の会話を耳にして、なんだか面白そうな連中だなと思いつつ、セシルは小さくあくびを洩らしたのだった。

 

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