32 ワイルドハント
町の裏通りにある小さな食堂の片隅の席で、ギーネとアーネイは食後の穏やかなひと時を過ごしていた。
ラジオからは、数千年も昔の片思いを歌った歌謡曲が切なげな声で流れている。
アーネイはお茶を啜りつつ古い漫画雑誌を捲っており、傍らでは主君のギーネがとても妙齢の女性とは思えない表情で涎を垂らしつつ、うとうとと船を漕いでいた。
アーネイが読んでいたのは、1930年代のレトロフーチャーな宇宙服に身を包んだ冴えない風貌の中年白人男性が、玩具みたいに見えるレトロなビーム銃片手に、薄絹だけを身につけた女性を庇っている表紙の冒険物語であった。
主人公ジョージ・Bは、かつては地球は某国の大統領であったが、ある日、好物のプレッツェルを喉に詰まらせて仮死状態に陥ってしまう。
搬送された病院の手違いで冷凍保存されてしまったプレジデントが、一万年後に宇宙人の謎の技術で蘇った後、銀河を股にかけて大冒険する話。主人公のキャプテン・BSと美しい姫君とのロマンスあり、追っ手との剣戟あり、蘇った宿敵との対決あり、宇宙艦隊での戦争あり、波乱万丈のスペースオペラである。
※ 此の物語は、実在の人物、及び団体とは一切の関係が(略
「どうしよう。面白い、これ……B級テイストなのに凄く続きが読みたい」
雑誌を閉じたアーネイ。続きが気になるので題名だけメモるも、裏表紙に記された発行年数を見るに、どうにも大崩壊前の作品のようだった。
「……今度、廃墟に行ったら本屋でも探してみよう」
事もなげに呟いているアーネイだったが、罠や変異生物、ゾンビに溢れた廃都市へと足を踏みいれることが出来るのは、通常、武装をよく整えた中堅以上のハンターチームだけで、しかも、比較的、安全な郊外や住宅地でさえ命懸けの仕事であった。
日常に不可欠な生活物資から、銃や弾薬。機械部品や薬品など。探索行の目当ては様々だが、あっさりと手に入るほうが少なく、骨折り損のくたびれもうけで終わることも少なくない。
銃弾や物資を消耗するだけで済むのなら、まだマシなほうで、メンバーを失ったり、チームの消息が途絶えることも珍しくない。
幾度となく赴いては無事に帰還できるチームの方が実は少数派であり、散歩でもするように廃墟に赴いては、手土産を漁って帰って来れるチームとなると他と隔絶していると言ってもいい。
とは言え、ギーネとアーネイもまだ浅い箇所にしか踏み込んでおらず、その実力が真に問われるのはこれからであろう。
「ふふふ……遂に世界の支配者になりましたぞ。
アーネイには今日までついてきたご褒美に大陸ひとつあげますのだ……むにゃ」
突然、訳の分からないことを口にしたギーネ。再び、寝息を立て始めた。
「なんです、急に寝言を……もう」
文句を言いながら、寝ている主君が冷えるといけないので、アーネイは首周りにショールをかけてやってから、再び、雑誌を手に取った。
穏やかな時間を破ったのは、店の外から響いてきた抑揚の外れた笑い声だった。
ギーネが眠ったまま、かすかに眉を顰めた。生憎と馬鹿笑いは段々と近づいてくるようで、やがて扉が乱暴に開けられると、黒いジャケットを羽織った一団がどかどかと店内へ入り込んできた。
姿を見せたのは、男が五人に女が三人。
足音も荒く中央の空席へ座り込むと、若い男の一人が他人も憚らず大声で怒鳴るように注文した。
「おい!酒だ!酒もってこい」
「輸入物の封を切ってない高級品だ。水で薄めるなよ!」
連れの女たちの甲高い笑い声が、けたたましく店内に鳴り響いた。
不快そうに舌打ちした店主が、封を開けてない瓶を奥の棚から取り出したところを見ると、此の食堂には輸入品を扱う伝手でもあるのだろうか。
取り出した店主だが、しかし、すぐには酒を渡さなかった。
新客たちを値踏みするようにまじまじと見つめてから、
「12クレジット。おっと、先払いだ」
用心深い店主の言葉に、男の一人が舌打ちしてから取り出した札束をぽんとおいた。
チンピラのように見えるが、どうやら金回りはいいらしい。
酒を飲んで騒ぎたいなら、酒場に行けばいいものを。そう思っていたアーネイだが、新手の一団に対する店内にいた客たちの反応も好意的とは言い難かったことに気づかされた。
常の習慣として、ギーネとアーネイが座っているのは、窓から遠く、それでいて入り口を含めて食堂全体を見通せる位置の席だったが、黒服たちに対して苦々しい視線を向ける者もいれば、渋面をしている者、冷ややかな視線を向けた者などが見かけられた。
反応は様々であれど、一様に隔意を感じさせ、特に食堂の隅に固まっていた三人組は、強い視線で睨み付けている。
三人組の黒服に対する憎々しげな表情はただ事ではなかったが、しかし、揉め事などは起きなかった。
不快そうな表情で何かを言い合うと直ぐに席を立ち、黒服の一団と入れ替わるようにして店を出て行ってしまう。
仲間を呼んできて襲撃を掛けてくる気かな。懸念したアーネイだが、判断は留保する。
……粗暴な風体には見えなかったし、『町』でそうした事件が起きたとは耳にしていない。
巻き込まれることはまず無いだろうが、万が一、揉め事が起こったらすぐに逃げればいいと踏んでいた。
「さあ、副長」
黒服の一人。二十代の半ばだろう青年が瓶を傾けて、グラスに琥珀色の液体を並々と注いだ。
「おう」
ひときわ大柄な壮年の男は、手に取ったグラスを惜しげもなく一息に飲み干した。
壮年の男は頭髪に白髪が混じっている年齢だったが、猛禽を思わせる鋭い目つきに恰幅のいい体格は、一目に見て堅気ではないだろうと思わせる猛悪な雰囲気を纏っていた。
取り巻きたちも、酒を注文した。此方は安い地元産の酒。
砂麦や植物から作られた二等級三等級ですらなく、恐らく化学合成で作られた安酒だろう。刺激的な薬品の匂いが、アーネイの鼻腔にまでプンと漂ってきた。
「副長に乾杯!」
それでも、七人の取り巻きは歓声を上げながら、杯を一気に煽った。
「かっー、うめぇえ!」
「……で、さっきの話だが」
『副長』と呼ばれる壮年の男の問いかけに、取り巻きたちが顔を見合わせてから小声でこそこそ語りだした。
「そのミュータント。地下水路の入り口付近に出没するって話です」
「此処だけの話ですがね。地下水路で暴れている、そのミュータント……」
「もう十人近い怪我人が出たそうで……」
「襲われたのは大概、餓鬼や女ばかりなんですが、ギルドも放って送って訳にはいかなくなって、大層な賞金をかけるそうです」
「賞金か……幾らだ」
『副長』とやらの声は、低く掠れている癖、やけに響く恫喝的な声音をしていた。
取り巻きの一人が身を乗り出した。
「其れが驚きの30ギルド・クレジット。しかも、青紙幣での支払いだとか」
「青紙幣で30クレジット。本当か!」
『副長』の胴間声が店内に大きく響き渡った。
「ええ。間違いないっす。
ギルドで職員してる女の一人が確かに言ってました」
取り巻きの一人がすかした笑みを浮かべて口にした言葉を耳にして、アーネイは眉を顰めた。
蓼食う虫も好き好きとは言え、こんないかにもチンピラに引っ掛かるとは、件のギルド職員も人を見る眼のない女である。
寝物語が其の侭、他人に吹聴されているとは想像もしていまい。
迂闊としか言いようがないが、しかし、人は時に異なる人格を演じられる生き物である。
最初から仮面を被って、機密目当てに近づいこられたら、看破するのは容易ではないか。
まして、ティアマットは、何時死ぬか分からない崩壊世界。
刹那的な恋愛観や快楽に流されても不思議ではない。
とは言え、シャーリーを餌付けして色々と聞きだしている私たちが言うことではないけれども、ギルドの綱紀って一体どうなっているのだろうか?
ハンターギルドの未来を憂うるアーネイを他所に、黒革ジャケットの一団の話は続いていた。
ちょっとだけ興味が湧いたので、うとうとしているギーネの横顔を眺めながら、アーネイは耳だけ澄ませてみる。
「青紙幣で30か。それだけあれば、ボウガンか拳銃を買えるな」
「そんなもんじゃねえよ。上手くすりゃあ、ライフルやマシンガンだって手に入るかも知れねえぞ」
興奮して口々に言い合う団員たちを静めるように『副長』がすっと手を伸ばした。
「よく知らせてくれたな」
「ただ話が話だけに、他にも狙うハンター連中が……」
言い難そうに語る取り巻きの一人に、『副長』が獰猛な笑みを向けた。
「他の連中に先を越されるなよ。そいつは俺たちの獲物だ」
一瞬の間をおいてから、掠れた塩辛声が迫力のある響きを伴って食堂に響いた。
「党は、これからさらに大きくなる。それにはお前ら若いもんの力が不可欠だ。
お前らの力を貸してくれ」
副長の声に歓声を上げる一団。
「ええ、もちろんでさあ」
「任せてください!頑張ります」
酒が廻ったのか、盛んに騒ぎ立て始めた。
眠たげであったギーネが、何時の間にか目を覚ましていた。
目を擦りながら、帝國語で家臣に命令してくる。
『……アーネイ、眠いです。抱っこして』
「何、言ってるんですか。ほら、立ってください」
「んー」
肩を貸した瞬間、ギーネが耳元で囁いた。
『なんか、漫画やアニメとかで、主人公の前座として怪物に挑んで、返り討ちにあいそうなチームですね』
『内密の話と言ってる割には、聞こえよがしにラーメン屋で語ると言うのは、どうなのでしょう』
「美味しいラーメンでしたぞ!」
「おう、スープパスタだけどな。また来い」
立ち上がった二人は、支払いを終えると其の侭店を出た。
夕暮れ時の街路を冷たい風が吹きぬけると、ギーネは長身のアーネイの影に隠れた。
「……うう、寒いのだ」
「こら、人の背中に隠れないでくださいよ」
小走りで風除けになりそうな建物の影に入ると、ゆっくりと縮こまりながら歩き出した。
「それにしても、五月蝿い連中でしたね。
何処の徒党かは知りませんが、迷惑な連中です」
未だに眠そうなギーネが目を擦りながら肯いた。
「あの黒服たち、随分と我が物顔に振舞っていました。
憎々しげに睨み付けている連中もいて、厄介ごとになるかと思いましたが……」
主君の言葉を引き継いだアーネイが、小さく肩を竦めた。
「イモを引きましたね。もしかしたら、相当に勢力のある徒党かも知れません」
二人とも一刻も早く休みたかったので、家路へと急ぐ足を速めた。
例え防壁の中とは言え、夜になると治安は段違いに悪化する。
やがて、曲がり角を過ぎるとホテルが真正面に見えてきたので、ホッとした様子で歩調を緩める。
今日はもう充分に暴れてくたくたなので、厄介ごとは御免であった。寝床が恋しくてならない。
「睨みつけていた側の顔には、見覚えがあります。
二、三度、ギルドで見かけたハンターたちですぞ」
ギーネの言葉に、アーネイも記憶を思い返した。
「……黒ジャケットの一団、それほど気にしていませんでしたが、今までも町中でちらほらと見かけていましたね……何者かな?愚連隊?それともハンター」
「さあ。興味も無いし、どうでもいいです。
とは言え、性質が悪そうな気配をプンプン漂わせていたのだ。
近寄らないようにしましょう」
『町』から東に遠く離れた沿岸部の砂丘地帯の外れ。
ごつごつとした岩肌の山塊が広がっていた。
黄昏時の曠野を冷たい風が吹き抜けている。
丁度、風の溜まり場となっている岩陰。吹き寄せる砂が山を為し、ひび割れた明日ファルドの国道沿いにある錆びた道路標識を半ばまで埋めていた。
標識には『ロングポートまで3マイル』と書かれている。
背嚢を背負った灰色の影が、四足で大地を駆け抜けていた。
人間には到底出せない、疾風のような素晴らしい速さで看板の横を通り過ぎるが、直後、その背後から影を追いかけるように凶暴な咆哮が響き渡った。
道なりに沿って坂道の頂上まで一気に駆け上った灰色の影。しかし、その背後から漆黒や暗色の体色をした醜悪な肉食獣の群れが、獲物を捕らえんと追いかけてくる。
怒りや憎悪に歪んだ人にも似た顔つきの肉食獣たちには、一筋の体毛も生えていない。
奇怪に黒光りする肌には、ねじれた触手や疣、角などが場所も形も無秩序に生えていた。
単眼、或いは無数の目を怒りにぎらつかせ、獰猛な顔つきを憎悪と飢えに歪めながら、哀れな犠牲者を捕らえて八つ裂きにせんと遠吠えを上げる肉食獣の群れだが、しかし、獲物に迫るどころか、徐々に距離を離されつつあった。
息切れを起こしたのか。やがて肉食獣たちは、一匹、二匹と追跡から脱落し、程なく、群れの全てが足を止めた。
遠ざかっていく影を睨みつけると、無念そうに響かせた群れの遠吠えは、遠く、ロングポートにまで届いていた。
防壁の上。暗褐色の防寒具に身を包んだ狙撃手たちが、身を寄せ合って囁きあっていた。
「……畜生。今日はやけにワイルド・ハウンド共が騒いでやがる」
「誰か運の悪い奴が、八つ裂きにされてるんだろうな」
「覚えているか、三年前……」
M1ガーランドライフルを抱えた歩哨が、隣にいる三八式歩兵銃を背負った歩哨に話しかけた。
「キャラバンがワイルド・ハントに遭遇して……」
ワイルドハントとは、ミュータントと変異生物の混じった混成部隊の狩りのことであった。
遭遇した場合、よほどに幸運な人間でない限りは、まず助からない。
「駆けつけた時には全滅だった」
「三歳の女の子だけが転倒した馬車と荷物の間の影に隠れて」
「だが、覆いかぶさっていた母親は、内臓まで喰われて」
「ああ、忘れるものかよ……あの時も、こんな感じに血のような夕焼けだった」
黙り込んだ歩哨たちだが、ふと道路の彼方に視線をやった三八式の見張りが鋭く警告を上げた。
「待て!誰か、近づいてくるぞ。それとも何かか!」
防壁から遠く彼方まで続いている大崩壊前の国道を、一直線に駆けて近づいてくる小さな影を、歩哨の鋭い目は確かに捉えていた。
頭には緑色のバンダナを巻いており、Tシャツと短パンを身につけている其れは巨大な猫だった。
「ふうっ」
町を見下ろす小高い丘陵の頂に駆け上り、ようやっと立ち止まると息を整えながら、腰につけた金属製水筒を取り出すと、舌でぺろぺろ舐め始める。
舌と喉の構造上、其の侭、人間のように飲むと器官に入って咳き込んでしまうのだ。
「やっと付いたにゃ」
二足歩行に変化すると、猫はゆっくりと町へと向う国道を降りていった。
所々がひび割れているアスファルトの道路の途中で立ち止まった猫は、配達を頼まれた手紙を取り出すと、鼻の頭に軽く当てて唸りを上げた。
「さて、どうしよう」
くりくりした瞳が、悩ましげにロングポートの防壁を見据えている。
「……ロングポートは、人類の居留地にしては穏健な町にゃけど、それでもやっぱりマスクは欲しいにゃ」
人類の居留地なんて言い方をしたが、別にミュータントの居留地がある訳でもない。少なくとも猫は知らないし、そんな噂を聞いたこともなかった。
「ガスマスクは、帝國人に取られたままにゃから、どっかで代わりを拾わないとならないにゃ。あんだけでかいサイズは、廃墟にも中々、落ちてないにゃ」
曠野を彷徨う肉食獣。ワイルド・ハウンドの群れに襲われた際、フードは切り裂かれてしまった。その上、適当な布切れを拾ったり、調達する時間もない。
独り言を呟いては、不安を押し殺すように首を振っている。
「返して欲しくば、添い寝するのだ。とか言われたけど、ニャーは嫁さん一筋にゃから。
女の子の匂いをつけて家に帰ると、後が恐いにゃ」
おどけるように言いながらも、添い寝くらいで返してくれるのなら、言いなりになってよかったと後悔している。
撃たれるんじゃないかとびくびくして、尻尾の毛が逆立っていた。
ガスマスクにフードでも、でかい猫でも、どっち道、怪しいことに変わりはない。
普通に見えやすい道をゆっくりと歩きながら、手でも振ってみせる猫。兎に角、怪しいところを見せなければ、取り敢えずは近づいて話を聞いてもらえる猶予くらいはもらえるに違いない。
なにしろ、ロングポートは交易経路の中継地点であった。多種多様な異世界人だって立ち寄っているから、異形は見慣れているはずだし、善良なミュータントだって住み着いている。
きっと大丈夫……であってほしい。
若干の希望的観測が含まれている思惑に縋りつつ、警備兵が此方に狙いをつけている防壁に向って、手を振りながらゆっくりと近づいていった。
ちょっと冷や汗を掻いている猫の着ているTシャツには、郵便配達人のマークがでかでかと縫い付けられている。
お嫁さんの力作であった。しかし、夕刻の逆光で見えるだろうか。
警備兵の気まぐれ次第で、次の瞬間、鮮血にまみれて、地面に横たわる羽目に陥るかも知れない。
見知らぬ者の命など二束三文。ティアマットでは、とかく、命が安いのであった。
ちょっとビクビクしながら、敢えて両手を大きく振って見せた。
「……近づくときが一番、恐いにゃよ」
ロングポートを取り囲む防壁の上で警備している狙撃手は、腕利き揃いであって、もし万が一、性悪なミュータントだと思われたら、一撃で脳天を撃ち抜かれてしまう。
まあ、撃たれた時は、苦しみなくいけるに違いない。
誇りを捨てて、ちょっとでかいだけの猫の振りをするか?
顔見知りの警備兵が警備についててくれればいいのだが、或いは、怪しいからといってすぐに撃たないだけの慎重さか、臆病さを持っていることを祈りつつ、郵便猫は、道を降りていった。
ティアマットでは、ミュータントと見れば、即殺そうとする人間も少なくない。
強大な勢力を誇って大陸に割拠している幾つかのミュータント種族や勢力が人間を食料にしたり、拉致して奴隷にしている所業への反発があるのだが、しかし、それでも、憎悪と闘争に巻き込まれる弱者としては溜まったものではない。
ミュータントって、一括りにしてほしくないニャー。
元々、猫や犬を遺伝子操作して知性を持たせたのは、人の友とするためだったと聞いている。或いは、軍用や作業用、その他の用途もあったかも知れないが、少なくとも表向きは、友達となる為だった。それが今となってミュータント扱いされ、警戒されては、子孫としては哀しいし、やるせない。
何しろミュータントによっては、他のミュータントすら根絶の対象と見做している種族も存在している。世界は敵意に満ちていて、一人で生きられるほどには多くも強くもなく、逃げ場など何処にもない。
猫が息苦しさを覚えて喉もとの襟を緩めた時、防壁から声を掛けられた。
『そこで止まれ』
城門までおよそ二十メートルの位置、拡声器の大きな声が響き渡った。
「おーい、あちしは郵便屋のザルカだにゃー。撃たないで欲しいニャー」
郵便猫の呼びかけに、城門から笑いを含んだ声が帰ってきた。
「郵便屋だと?でかい猫の変異体かと思ったぞ?」
だが、笑い声ではあっても、嬲ったり、あざけるような響きは含まれていない。
それに安堵を覚えつつ、慎重に首に掛けた身分タグを掲げてみせる。
「ほら、ほら。証拠の身分証。確かめてほしいニャ」
双眼鏡を当てている警備兵に向って、掲げてみせた。
「そんなん、拾ったのかも知れんし、殺して奪ったのかも知れん」
「疑い深いにゃあ!」
「……大体、ミュータントの郵便屋なんて聞いたことないぞ」
「うーん。何処に行っても差別と偏見の目に晒されて、可哀想なあちし」
「悪い奴ではなさそうだな……よし、近づいて来い。ただし、ゆっくりとだ」
手を振りながら、とてとてと近づいていった。
「郵便屋だと言ったな」
城門の傍まで近づいた猫は、ライフルを腕に持ったまま覗き込んでくる警備兵の質問に答える。
「此れが手紙ニャ。母親をなくした孫から祖母さんへの手紙」
「んー、どうかな」判断に迷っているようだ。
「ギルドに届けるまでが仕事ニャ。あちしは悪いミュータントじゃニャーよ」
「中年のおっさんの声で人懐こい猫を演じるな。気色の悪い猫め」
思わず柑橘類を食べた時のような表情を浮かべる。
「……何故、酸っぱい顔をする……猫の酸っぱい顔なんて始めて見た」
「猫じゃないニャ。外見はこんなでも人の心と思考力を持っているニャよ。
だから、あまり外見で侮って欲しくないニャ」
とは言え、外見でかなり得しているのは確かだった。
「うーん。よし、いいだろう。」
鉄製の門が横に押されて、ゆっくりと開いていった。
入り口の向こう側、安っぽいマシンガンを抱えた警備兵が睨みつけてきた。
「入ってよし!ただし、余り妙な真似はするなよ」
「分かってるニャ。
手紙届けて後はカツオブシ買ったら、余計な真似はしないですぐに出て行くニャ」
猫の声に防壁の上に立っている歩哨たちが顔を見合わせた。
「どう見ても猫だよな」
「なあ」
「猫じゃないニャ。謝罪と賠償を請求したい気分ニャよ」
すれ違い様の猫のぼやきを聞きとがめた警備兵の一人が鼻を鳴らした。
「そんなことをしたら、三味線にしてやるぞ。
此の時期は只でさえ、よそ者が多くてぴりぴりしてるんだからな」
ストックが尽きた
ついしん どーかついでがあったらぺーじうらのアルジャ……はいきせかいものがたりにかんそうをやってください




