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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ワタリガラス
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31 東方副皇帝

 他人の眼にどう移ろうと、アーネイ・フェリクスは、年下の主君を守る為に命を懸けている。

 しかし、その主君ギーネ・アルテミスは、辺境世界の場末の食堂で酒も飲んでいないのに戯言をほざいていた。

「ギ、ギーネさんが生きている限り、アルテミス候国は不滅なんだからねッ!」


「……ツンデレ装ったって全然、可愛くありませんよ」

 呆れた顔をしてアーネイが眺めるも、君主は得意げに含み笑いしている。

「ふっふっふ。糊口(?)の臣であるアーネイだけには教えて差し上げましょう。

 12氏族の成立以前、アルテミス一族が開拓した鉱山や油田の権利に資金などは、殆どが名義を分散して帝國や次元世界彼方の大銀行に預けてありますのだ。

 私の私有財産を徴発する気満々だった革命軍め。今頃、子豚の貯金箱に30帝國ペンスしか入っていないのを知って青ざめているに違いありませんぞ」

 二人は先刻から帝國語で会話している。

 声音も囁きに近い小声であり、辺りを憚るようにして顔を寄せ合っていた。


 共和国の秘密警察ゲルニカは、過酷な取り調べで有名だった。自分をタフだとは思うが、それでも万が一の場合、拷問に耐え切れるか自信はないので、アーネイは秘密口座について敢えて聞かなかった。

「……貯金箱に30ペンス?まだ無駄遣いしてたんですね?今さらですが」

「ち、違いますぞ?ボトムズのサンサ戦をジオラマで再現しようとして、スコタコのプラモデル一万個なんか注文していませんのだ!あ……受け取り、どうしよう」

「私人としては、ほんとに駄目ですね」

「公人としては認めてくれてるんですね。嬉しいです!」

 掛け値なしに嬉しそうな笑顔のギーネを見て、アーネイは嗜めるのを諦めた。

 無念そうな顔つきで天を仰いだ家臣を不思議そうに眺めてから、ギーネは秘密を打ち明けるようにそっと囁いた。


「まあ、兎に角、キーの一つが遺伝子認証ですので、資金を引き出すには、現地に赴かなくてはならないのだ。もし、継承者のいないまま私が死んだら、預金は凍結。実質、銀行のものになるので暗殺者を送ってくるかも……そこがちょっと不安。わたくしには子供もいませんしね……」

 つまるところ、人間とは、自己の品位で他人を計るものである。田舎マフィアが運営するカジノで勝ちすぎた観光客ではあるまいし、事前に充分な手筈を整えれば、大銀行がそんな短絡的な手に出たりはしないだろうと思いたいアーネイだったが、ギーネは真剣に悩み始めていた。


「……しかし、お嬢さま」

 アーネイの呼びかけに首を傾げる帝國貴族。

「なんです?私と子孫創る?」

「……おまえは何を言ってるんだ?」

「冗談ですよ。無表情で人の頭を掴まないでください……恐いから。

 で、なんですか?」

「ゲートに近づく方法です。現地に赴くとは言われても、問題が一つあります。

 叛乱軍は恐らく、ティアマット側にまで追跡の手を伸ばしているでしょうし……」


 深刻な表情の家臣の視線を受けて、帝國貴族も一転、不快げに舌打ちした。

「……分かっています。此の首に掛けられた賞金ですね」

 アーネイは、辺りを憚るようにさらに小声になっていた。

「恐れながら、お嬢さまの御印に懸けられた賞金は、金額が金額です。

 他の亡命者にしてからが、完全に信用できるかどうか……」


 七百万ポンド。叛乱軍がギーネ・アルテミス侯爵の首に掛けた賞金額である。

 ちなみに帝國の平均的な庶民の年収が、3万5000ポンド。

 アスガルド中の賞金稼ぎが眼の色変えて追いかけてくる金額である。

「ぬぬぬ。叛徒共め。

 ギーネさんの可憐な首に七百万ポンドとは無礼千万。

 我が首は、そんなに安くありませんのだ」

 変なことに怒っているギーネ・アルテミス。


 しかし、七百万帝國ポンドは大金であった。帝國系の亡命者に接触しようにも、迂闊なところに顔を出せば其の侭、首を獲られてしまいかねない。

 地球系アルトリウス人であれば、十中八九は信用できるが、中には新参の移民も少なからずいて、彼らに帝國への帰属意識や忠誠心を期待できるかは甚だ怪しいとアーネイは見ていた。

 先住者である帝國人に要地や利便性の高い地形、肥沃な土地を押さえられ、僻地に住まざるを得ない後発移民たちの自治コロニーは、多少の交流があるとは言え、帝國貴族に対して友好的とは言い切れなかった。


「今となっては、アスガルドへと帰還することすら困難です。

 ゲートに近づくことすら侭なりませんし、私も叛乱軍に顔が割れていると思われます。

 他に協力者を募るにしても、現状、誰でもいいという訳にはいかないでしょう」

 そう述べるアーネイも、アルテミス候国からティアマット行きゲートまでの逃避行の最中、叛乱軍相手に大暴れしている。


 機動甲冑を着込んでは、共和派の矯正収容所を破壊したり、共和派将校と昵懇の間柄であった奴隷商人を襲撃して捕らえられた帝國人たちを解放しているので、ギーネには及ばずとも相当額の賞金が懸けられていても不思議ではない。


 その上、惑星アスガルドには、帝國貴族を面憎く思っている勢力は少なくない。

 虎視眈々と領土拡大を狙う蛮族の手先に、海賊、空賊たちの密偵。外国の諜報員も帝國領内やゲート近隣の都市に蔓延っており、それら勢力が例え叛乱軍に与せぬまでも、帝國の力を削ぐ為に逃亡中の有力貴族を差し出さないとは言い切れなかった。


 現地に留まり続けていたら多分、捕まっていた。かといって、帝都まで行くのも難しかった。

 帝國に敵対的な勢力は、共和派だけではない。厳しく取り締まれている海賊、山賊の類に度々、誘拐した人々や積荷を諸侯や騎士団によって奪還され、或いは押収されて、煮え湯を呑まされてきた奴隷商人や密輸商人のネットワーク。

 表裏常ならぬ外様諸侯に抜け目のない自治区の議員や商人たちは、今こそ勢力拡大の時期と見做して盛んに活動しているだろうし、危険な野生生物とて存在している。最近になって分かったが、ティアマット側から入り込んだだろうミュータントらしき人影も確認されていた。

 帝國領は広大なだけに逃げ込む場所に困ることもないが、それだけに治安の及ばない土地も多い。


 内外を向背常ならぬ外様諸侯や、信用できない自治コロニー。虎視眈々と領土拡大を狙う諸部族に囲まれた帝國東方領で、アルテミス侯国は要の一つであった。


 代々のアルテミス侯爵は、征東将軍という官位も持っている。

 実際のところ、なんとなく格好いいから創ってみた(初代侯爵の日記)けど、本人もよく分からない東国管領の座が、異民族の間では『東方領・大総督』と解釈された上に凄い権威と思われていて、何時の間にか、無視できない戦略的要素になっていた。

 他にもローマ好きが遊びで創った護民官ディフェンダー執政官コンスル、他にも地方太守エクサルコス、大提督、ドゥーチェなど、地球の歴史上でどこかで聞いたような称号が帝國には幾つかあったりするのだが、異国人には半分、冗談で作ったなんて理解できる筈もなく、そうした特別な官位は、幾人かの譜代貴族が叛乱軍によって狙われ、高額賞金を懸けられる一因になっていた。


 ギーネ・アルテミスは、喋らなければ見目麗しい麗人であって、これがいまだに原始時代を生きている蛮族だのに捕まったら、薄い本みたいな展開は間違いないし、脳味噌の中身が中世で止まった外様諸侯などに『保護』されたら、今頃、官位と財産を奪おうと結婚させられていたかもしれない。運悪く『来訪者』に捕まっていたら、その奇妙な技術で忠実な下僕に人格改変されたり、奇怪な生体ドローンに作り変えられて帝國人を襲っていたかも知れない。


『信頼できる』味方が反攻作戦を開始するまで、安全な異世界で息を潜めておこうと考えたのは、それほど悪くない考えに思えたのだが、地獄から脱出したと思ったら、逃げ込んだ先が魔界だった。選んだ亡命先がよりによってティアマットだったのが、凸凹主従にとってケチの付き始めである。


「悔しい……だけど、今の私には、もはやゲートを開く力すら……」

 字面としては合っているが、言葉として間違っている言葉を悔しげに囀りながら、ギーネ・アルテミスは、己が手をじっと眺めた。

 次元宇宙のどこか田舎※【帝國人に言わせると『アスガルド以外、全部田舎!』】の世界だと、選ばれた者だの、一握りの血族だのにゲートを開く力が顕現したりするそうだが、そんな特別な力とかギーネには特にない。語感が格好いいから、言ってみただけのようだ。


「まあ、いいです……卑劣な共和主義者たち。そして、裏切り者たちよ。

 帝國の正統な支配者が帰還するその日まで、精々、我が世の春を謳歌しておくがいい。

 神々によって与えられた栄誉と権力の時間は、そう長くはないのだからな。

 私はいずれ帰還する。復讐を為す為、正当な裁きを下す為。

 七エクサ師団の無敵のワルキューレを率いて、汝らを最後の血の一滴まで打ち滅ぼそう」


 宣告しているギーネ・アルテミスは、帝國でも五指の指に入る大貴族では在ったが、しかし、何時の間に帝國全土の支配者に昇格したのだろう。生憎とアーネイにはとんと覚えがない。


 エクサとは数字の単位で10の18乗(100京)を意味している。

 ちなみにアルテミス侯国の正規軍が、士族からなる七個連隊(各連隊800~2200人)を中核におよそ2万人。

 これに寄り子貴族の私兵や傭兵、各地の守備隊などの二線級部隊を動員しても三万には届かない。


 しかし、そんなこと、ギーネ・アルテミスは歯牙にもかけない。

 古い地球産のスペースオペラアニメを見た直後に「……アーネイ、私は宇宙を手に入れることが出来ると思うか?」と家臣に聞いてきた六歳児の頃から、精神的にまるで成長していない。もしかしたら、過酷な逃亡生活の果てに脳味噌がいい感じに茹だってしまったのかも知れない。

 ともかく、自分がいつか、全宇宙の絶対者になることを信じて疑っていないようだった。


「なんですか、七エクサ師団って?どこにそんな兵士がいるんですか。

 歴史上の幾つかの銀河帝国でさえ、そんな兵力動員できませんよ」

「……い、一万年後のアルテミス朝銀河帝國?」

 震える声で返答するポンコツ。

「……呆れた」

 鼻を鳴らすアーネイ。


「はいはい。悔し紛れに空想に浸るのは自由ですけど、現実とのギャップが大きくなりすぎると返ってこれなくなりますから、ほどほどにしてくださいね」

 主君の子供めいた征服欲の発露を嗜めつつ、アーネイが忠告する。

「……嘘じゃないもん……ギーネ、本当に宇宙の絶対者になるもん……いずれ実現するんだもん」

 心ない大人に夢を嘲弄されて傷ついた、無垢で頑固な子供のように顎に梅干。目に涙を貯めながら、悔しげに俯いてぷるぷる震えているギーネ・アルテミス。


 真性かつ重度の厨二病に罹患しているギーネだったが、幼馴染である赤毛の家臣が診るところ、ティアマット亡命以来、此処数ヶ月で病状は悪化の一途を辿っていた。

 気の毒に。頭のおかしいのが取り返しのつかない段階にまで進行してしまったのだな、とアーネイは意地悪く決めつけている。

「ついに手の施しようがない領域に進んでしまいやがったのですね?

 これでは如何な名医も匙を投げるでしょう……ああ、お可哀想なお嬢さま」

 ハンケチを頬に当てながら、アーネイはほろりと涙を零そうとしてみた。

「何がです?今、大変に失礼なことを考えてますね?私には分かるのですよ?」


「いえいえ、とんでもございません……で、どうなさるのですか?」

 身を乗り出しての家臣の質問に、あっさりと態度を切り替えてギーネは答える。

「なにもしません。現状、下手に動いた方が危険ですからね」


 脳裏に帝國の地理と戦力分布を想い描きながら、亡命貴族は考え込んでいる。

「ペルセウスやヘパイストスがあっさりとやられるとも思えません。

 他力本願なのは気に入りませんが、この際、仕方ない」

 格下だが有力な帝國諸侯の名を上げつつ、ギーネはつまらなそうに戦況分析を述べた。

「周辺『異民族』や『蛮族』の動向は気になりますが、粘り強く時間を稼いで長期戦に持ち込めば、地力で勝るアルトリウスが盛り返すでしょう」

 よほどに下手打たなければ味方が勝つから、ティアマットで静観しよう。

 主君の結論は、アーネイのささやかな希望とも合致していた。


 しばらくは、身を潜めてますか。のこのこと帰って席が残っているだろうかとか、権益奪われてないかとか、死んだと思われるかもとか、領地がどうなっているのか、気になることは多々あったが、本国での潮目が変われば、いずれは故国の土を踏める時も来るかも知れない。

 とは言え、主君であるギーネ・アルテミスが本心で何を望み、何を考えているかまでは、幼い頃からの忠臣である帝國騎士にも察することは出来ない。

 物問いたげな家臣の視線も黙殺し、ギーネ・アルテミスも静かに目を閉じた。


 時代の境目には、不思議なことや不可解なこと、理不尽なことが幾らでも起こり得る。

 或いは、他の諸侯によってアルテミス公国が切り捨てられる展開もありえるし、それ以前に防衛するに負担の大きい東方領そのものを本国がお荷物として破棄する可能性もないとは言い切れない。


 諸勢力が各々の思惑を抱いて入り乱れるアスガルドの情勢は、当事者から見ても、外部から見ても、余りにも複雑怪奇であって、未来を正確に予見するのは、いかな知恵者にとっても困難極まりなかった。


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