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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 すりんぐ編 B面
53/117

27 行商人ギルド

すわりが悪いので前回の話を分割し直した

今日はもう一話投稿予定

 行商ギルドに踏み込んでみると、建物内部が意外と広いことに気づかされた。

 室内の棚には、用途の分からない歯車やら壊れた金属製品、コンピューター、金属の板金、ハンダ、レンチなどが雑然と並べられており、一見するとごく普通の雑貨店にも見える。

 カウンターにはがっしりとした老人が頑丈そうな椅子に腰かけており、職人用スコープをつけて機械を組み立てている。


「いらっしゃい……見ない顔だけど、アントンの店にようこそ。

 クレジットを使ってくれるなら、誰でも歓迎するよ」

 入り口のすぐ脇からそうハスキーな声を掛けてきたのは、動き易そうな軽装に身を包んだ赤毛の女だった。

 人参を思わせるくすんだ頭髪を短く切り揃え、壁に寄りかかりながらナイフを弄んでいる。

 頬に残る雀斑から二十歳を幾らも過ぎていないようだが、用心棒なのだろうか。


「よう。ジャネット、親父さんはいるか?」

「久しぶりね『煙草屋』。あえて嬉しいよ」

『煙草屋』の挨拶に軽く肯いたジャネットが、カウンターに視線をやった。

「見ての通り、旦那はちょっと忙しそうだね。作業中に邪魔すると怒鳴られるよ。

 急ぎの用件でないなら、ちょっと待ってくれるかな」

『服屋』が言い辛そうに嘆息を洩らした。

「それが大事な用件なんだ」




 行商ギルドには、特定の本部らしき本部は存在していない。

 少なくとも東海岸では殆ど組織化されていない此のギルドは、今のところ、行商人たちの緩やかな相互補助と連絡の仕組みに過ぎず、幹部も決まっていなければ、決まりごとも殆ど存在していない。


『町』の行商ギルドの場合だと、これはギルド長の店舗が支部を兼ねていた。

 他所の居留地の行商ギルドでも大概、事情は同じで、地元に店を構える商人が場所を提供し、他の行商人の面々が好き勝手に各地を活動しながら、時折、他所の土地と連絡を取り合い、情報を交換する程度の集まりでしかない。

 土地によっては、それ以上の機能を持つギルドもあるそうだが、基本的に行商人には独立志向の人物が多く、行商ギルドも、現状は、ささやかな相互補助組織に過ぎないというのが実態であった。



『行商人ギルド所属の『服屋』『煙草屋』の両名は、生命を救われた返礼として、各々が25クレジットずつを、ハンターであるギーネ・アルテミス士爵に対して契約日より三ヶ月以内に一括で支払うものとする。

 行商人ギルドを公証人とする本契約を不履行せし場合、かつ債権者が申し立てた場合、取立ては執行者によって強制的に執行される。

 その場合、両名の債務は二倍となり、その半額が行商人ギルドの手数料となる。

 さらに延長された期日までに支払われない場合、両名の身柄は押さえられ、行商人ギルド預かりとなる』


『服屋』『煙草屋』が先にサインをした書類がテーブルの上を廻されて、ギーネたちの目の前へと差し出された。

 書類の文言を一字一句確かめ、日付を確認してから、アーネイは窺うように対面の人物を見据えた。

「……物騒な文言ですね」

「定型文だ」行商人ギルドの長だという六十絡みの老人は、淡々と告げる。


 ギーネとアーネイ、『服屋』と『煙草屋』、そして支部長の五人は、店の奥にある応接間で向かい合っていた。

 他に客の姿はなく、ギーネとアーネイが腰掛けたソファの背後にジャネットが陣取っていて、二人に落ち着かない心地を味合わせてくれる。

 二人のハンターが露骨にじっと見つめていると、警戒と警告を理解したのか。肩を竦めて、横合いへと移動してくれたので、話し合いを始めることができた。


 書類を眺めていたギーネが、首を傾げて質問する。

「この執行者とは?」

 応えたのは、ギーネたちの背後で壁に寄りかかっているジャネット。

「踏み倒した奴にギルドが追っ手を放つのさ。

 借金取り、または賞金稼ぎ、取立て屋。なんとでも好きに呼べばいい。

 仕事の中身が変わる訳でもなし」


 そう告げてから、ジャネットは旧知の行商人へと問いかけた。

「……ねえ、『煙草屋』。

 その娘さんたちは何者なんだい?金貸しにも見えないけど……」

「二人はハンターでな」と『服屋』

「見りゃあ、分かるよ。そんなこと」

「話を聞けよ。ケン爺さんのドライブ・インで人喰いアメーバと巨大蟻に襲われた俺たちを助けてくれたんだ。

 礼金を要求されたが、生憎と持ち合わせがない」

「なら、立て替えてもいいんだぜ」

 口を挟んできたギルド長の折角の言葉だったが、『煙草屋』も『服屋』も首を振った。

「幸い、無利子で待ってくれるそうだ。

 なんで、公証人してくれるだけでいいさ」


 ギーネとアーネイ、二人の仮の身分証であるタグの番号を控えたギルド長が、書類へのサインを求めてきた。

「サインを」

「アーネイ、サインは待って……」

 促されたギーネは、隣に座るアーネイと視線を合わせつつ、ギルド長に尋ねた。

「貸したほうのサインも必要なのかな?」

 禿頭のギルド長は、広い肩幅を竦めた。

「貸主の名前を入れるのは、債務の転売を出来ない条項を入れる場合だな」

「ふむ?」


「……ちょっと相談します」

 告げたギーネは、母国アルトリウスの言葉でアーネイと相談を始めた。

『ねえ、アーネイ。此処の面々、示し合わせてなかろうか?』

『示し合わせる……謀っていると?』

 首を傾げるアーネイ。出会った時には演技には見えなかった。

 遭遇時の状況を演出というのは、無理があるだろう。


『身内ばかりで集まっていれば書類の内容を改竄するのも容易い。

 そもそも行商人ギルドと言うのも、聞いたことないですし……』

『映画スティングみたいに?ここにいる全員が共犯?』

『ないとは言い切れませんぞ』

 疑い深い人だなあと苦笑しつつ、主君の心理を理解できなくもない。

 見知らぬ土地にて、聞かない組織を信用する気になれないのはアーネイも同様であったが、其処までして無名のハンター二名を型に嵌めようとするものだろうか?


『現地の商習慣に不慣れな移民をカモるなんて、赤子の掌を捻るようなものでしょう』

 露骨に疑っているギーネと、考え込んでいるアーネイに、対面に座っていたギルドの爺さんが癇癪玉を破裂させた。

『黙らっしゃい!この小娘共!

 わしら行商人にとって、契約は神聖なものじゃ!詐欺なぞ断じて有り得げっほ!』

 顔を真っ赤にして捲くし立てる途中、興奮しすぎたのか、咳き込み始める。

「なんだ!爺さん。いきなりどうした」

「帝國語?帝國語喋れたのか」

 狼狽している『服屋』と『煙草屋』。


「疑いおって、ギルドがそんなに信用できんか」

「だっ、だって行商人ギルドなんて聞いたことないもん……ないですから」

 老人の言葉に言い返すアーネイ。

「お主ら。行商人ギルドのことも知らんのか」

 やや不機嫌になった老人。

「……知らなくても無理ないだろ。こんな弱小ギルド」

 余計な口を挟んできた『薬屋』が、きつい眼で睨まれた。


 禿頭のギルド長が渋面になりながら、老人をなだめるように割って入った。

「そもそも行商人ギルドが投資や貸借契約を仲介するのは、居留地では立場の弱い流れの行商人が、不利な契約を結ばされたり、契約書を改竄されたりしないよう守る為という側面があってのことだ」

「そうじゃ!公証人として信用を積み重ねて三十年、不祥事や不正は一度も無かった!」


 拳で机を叩き、髭を振るわせて力説している爺さんを眺めつつ、何故か、ギーネは火山に指輪を捨てに行く物語を思い出していた。

 ……童話のドワーフみたいな髭のご老人ですぞ。

「待て……今、何を考えとる?」

「……別に、なにも」顔を背けるギーネ・アルテミス。

「そんなに信用できんなら、うちで手続きせんでもいい。

 ハンターギルドでして貰うがいい」

 老人は臍を曲げたらしい。むっつりとしたまま、言い放った。


「行商人ギルドを利用させてもらったのは、この手の貸し借りの仲介に定評があるからだ。

 写しを保管してもらえれば、後で利息の条項や内容を書き換えられることもない。

 債務が転売される毎に膨れ上がることもなければ、貸し剥がしも出来ない」

『煙草屋』が顎を撫でながら、口を開いた。

「代わりに借りる方が踏み倒すことも難しい。変に食い物にされることがないから、安心できる。そう思っていたんだが……ギルドが怪しいと来たか……いや、知らんのなら懸念も仕方ない」


 再び、顔を見合わせたギーネとアーネイ。結局、サインはせず、借用書だけを貰うことにしたが、この場合、ギーネたちが借用書を盗まれてしまったら、行商人への債権はその所有する人物へと移ってしまう。


「これが『煙草屋』の。で、これが『服屋』」

 書類に番号を振って、ジャネットが四枚の書類を手に取った。

「で、此れは借用書の写し、と」

 貸した貸さないで揉めた時に契約内容を確認する為、行商人ギルドに保管する写しをもってジャネットがカウンターの後ろにある金庫へと向った。


 老人は、借用書を手渡そうと立ち上がった。

「で、この借用書をお嬢さんたちに、っと……どちらがリーダーなのかな?」

「ふっふ、見て分からないのですか?

 それは勿論、気品溢れる高貴な雰囲気が隠せないほうが主君に決まってますぞ!」

 胸に指先を当てて、ギーネが誇らしげに宣告した。

「それじゃ、どうぞ」

 老人がアーネイに書類を手渡した。

「分かっててやってますね?」

「なんのことかのう?」


「手続き完了。半年以内に支払いなさいよ。チンピラ共。

 こっちだって、あんたたち相手に取り立てなんかしたくないんだからね」

 金庫に書類をしまったジャネットが戻ってきて、『煙草屋』『服屋』両名に念を押した。

「努力はするさ」肩をすくめる『煙草屋』

「相変わらず口が悪い女だなあ」五月蝿そうに鼻を鳴らした『服屋』


「支払いを求める立場では妙な言い方ですが、あまり無理はしないでください」

 アーネイが忠告すると『服屋』が、舞い上がった。

「わあおう!優しい言葉。誰かと違ってアーネイさんは天使だなあ」

「……糞デブが」苛立たしげに舌打ちして罵るジャネット。

「調子のいい奴です。アーネイは私のですから、触れないでくださいよ」

 ギーネがアーネイを抱き寄せるも、家臣に手を解かれた。

「……勝手に人の所有権を主張しないでください」


『煙草屋』は、醒めた視線で相棒を眺めた。

「俺はまあ、なんとか。カートン売れば、捨て値で30クレジットにはなる。

 問題はお前だ」


「荷物がなぁ。近日中に払うよ」

 言いながら、椅子に座ってちくちくと針仕事する『服屋』。

 見れば、傷だらけになった熊の人形を修復していた。

「よし。どうかな。」

 先刻まで手足がちぎれ、ぼろぼろに壊れていた不恰好な熊の人形に、フェルトで作った海賊の帽子と眼帯、鉤爪、義足がくっついていた。

「へえ、上手い。可愛い。歴戦の勇士みたい。

 見事に修復されたそれを見て、アーネイが感心した。

「これなら傷だらけでもおかしくないのだ。寧ろ、歴戦の風格ですぞ」

「いいアイディアかも知れませんね」

 意外な器用さを発揮して修復した人形を手にした『服屋』は、廃墟から逃れる途中、荷物を持った上、肩を貸していたアーネイに差し出した。

「アーネイさん。貰ってくれよ。色々と世話になったから。礼金とは別さ」

「あ、ありがとうございます」

 ちょっと嬉しそうに人形を抱きしめたアーネイを眺めてから、ギーネが胸を張った。

「ふふん。

 英雄的に活躍したギーネさんに献上してもよろしいのですぞ?」

「姐御には特別価格です。たったの4クレジットで同じのを造りますぜ?」

「おかしい!扱いが違う! 」


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