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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
☆ティアマット1年目 その1 ギーネ ティアマットの地に降り立つですぞ
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ACT 05 天照大御神の次回作にご期待ください

 通りすがりの人にギルドの位置を訊ねたところ、町の中心街にある緑の屋根をしたビルだと教えてもらった二人は、礼を言ってから聞いた場所へと向かった。

 古びたコンクリートのビルがギルドの事務所で、大崩壊前に建てられた建築物なのだろう。

 ティアマットの建物では珍しくないが、屋根の一部分が崩落していた。

「……あっぶな」

 壊れた屋根から、今も細かな石がパラパラと零れ落ちているのを見ながら、ギーネたちは建物に入っていった。

 

 建物内に入ると、長椅子の並んだ待合室が大きく広がっていた。

 奥には受付のフロントが設置されている。

 受付には三人。待合室の椅子には七、八人が座っているが、建物が広いので空いている印象を与える。

「やたら武装している人が多いですね」

 行き交う人々の姿形を見回したアーネイが、やや低い声で感想を洩らした。

「ティアマット人は大概が武装してるよ」

 応えたギーネだが、アーネイは首を振った。

「銃の種類です」

 見ているところの違うアーネイが、ギーネに説明する。

「通りを歩いている連中の碌に手入れされてない骨董品やぼろいナイフとは違い、よく手入れされてたり、ライフルやオートマチックを持っている者もいますね」

 

「……なんなんだろうね」

 ギーネの見上げた壁や柱には、賞金首と書かれている紙が張られていた。

 待合室に屯している荒くれ者や精悍な印象を与える武装した男女を見て、元々、インドア傾向のギーネがちょっと不安そうな顔を見せる。

「……間違えたかな?ギルドってこの緑の屋根の建物だって聞いたんだが……

 職人も見当たらないし、明らかに私たちは場違いだぞ……と」

 

 中央のカウンターには、厳重なガラスケースの中に多量の缶詰や武器、弾薬、コンデンサーやエネルギー電池、燃料などの物資が並んでいて、傍らに立つショットガンを構えた重装の警備員を尻目に、数人の買い物客が真剣な顔をして商品を値踏みしていた。

 ギーネとアーネイもちょっと近づいてみる。

 薄汚れた女二人組をごっつい男女の警備員二人組は無言で睨み付けてきたが、威圧感は放ちつつも、特に追い払われることも無かった。

「……外国産の缶詰も売っている。チョコレートもありますね」

「チョ、チョコレートだ!」

 目を輝かせたギーネが、甘味の菓子を食い入るように眺めた。

 彼女の好物ではあるが、ついた値札は手の届く金額ではなかった。

「人道支援用の援助物資?何でまたこんな次元世界に援助物資が?」

 物資のパッケージに刻印された様々な次元世界で共通の絵文字を見て、アーネイが腑に落ちないといった表情で呟いた。

 ガラスケースの向こうのチョコレートに物欲しげな視線をちらちらと送りながら、ギーネが肯いた。

「恐怖と憎悪、停滞と混乱は、疫病のように伝染するものだからな」

 淡々とした口調で語るギーネだが、裏腹に説明の内容は軽くはなかった。

「廃棄世界の争乱が波及しないように、幾つかの外部世界の国家協議会やそれに相当する組織が最低限の援助物資を送っているのだろうな。珍しくはない」

「何故でしょうか。外の世界にどんな利益が?」

「蟲やミュータント軍、機械兵器群に対する防波堤の役割を現地人類に期待したり、ゲートを通じての資源採掘や遺失技術への期待。それに単なる同情や、それらの複合的な条件か重なったりとかではないかなぁ?」

 シニカルな物の見方をすることの多いギーネだが、それなりに識見と観察眼は持っている人物だった。

 主人の説明に納得したアーネイだが、それだけの次元世界に通じているゲートがティアマットに在るならば、いずれかを通ってもっとましな土地に移住する事も難しくないのではないかと考えていた。

 

「おや……私たちは場違いかと思ったがそうでもないな」

 建物の端の方に気づいたギーネが、アーネイの注意を引いてから歩き出した。

 これ以上、チョコレートの包装紙を眺めているのは目に毒であった。

「ほら、アーネイ。見たまえ。見た目が普通の人たちも出入りしているよ。

 老人や女子供もいる。一番、隅の方のカウンターだね」

 

 端のカウンターに近づくに連れて壁に貼られた賞金首のチラシは低額になり、書かれているのも人間や機械から、虫や動物の絵が増えていく。

「これは……ティアマト語の横に英語だね。各種肉、買い取ります……か」

「大鼠の肉3GC。ホーンヘッドドッグ4GC、2匹で10GC 危険、獰猛。

 働き蟻2GC。ぷよぷよアメーバ 水辺に生息 時価。

 兎……首を狩られないように注意 10GC。蟷螂4GC。大蜘蛛。大蠍は別途相談。

 変異クマー 30GC。

 頭の毛が赤い通称『レッドヘルメット』は危険。超危険。遭遇したら逃げること。

 足の遅い人は諦めろ。なんだこれ?

 ×××。通称『蟹虫』の肉、一匹0.5クレジットで買取……これだけやけに安いな」

 

 肩を寄せ合うようにして周囲の視線を遮ってから、ギーネとアーネイは端末を取り出した。

「ティアマット星の生物。検索。×××について」

 コンピューターが画面に画像データーを表示する。

『類別【虫】。学術名 ××× 俗称 『蟹虫』

 食用に適している。現地ではもっとも安価で、かつ栄養のある食材として人気がある』

 画面に出て来たデーターを見て、覗き込んでいたギーネとアーネイの顔が引き攣った。

 外見については、ご想像にお任せします。

「……先日の虫ですね」

 嫌そうな顔をしたギーネが鼻を鳴らした。

「こんなものを喰ってるのか。現地人は」

「今のわたしたちの主食でもありますが」

「言わないでください。それにしても……うむ、チョコレートが10GCだから、20匹取れば買えるぞ」

 

 片目を閉じて唸りを洩らすギーネだが、カウンターに出入りしている者たちの相貌をそれとなく観察していたアーネイはどうにも浮かない顔をしていた。

「でも、あの受付で何か取引している人たち。いや、他のカウンターもですけど、怪我をしている人がやたらと多くありませんか?」

 アーネイはあからさまに気が進まないといった様子で、ギーネを引き止めた。

「血の滲んだ包帯とか、足を引き摺ったり、身体中に傷跡とか」

「でも、日銭を貰っている」

「ううん」

 カウンターに向かった者たちは、袋に入っている虫の肉と引き換えに数枚の貨幣とは言え、現金を受け取っていた。

 現金を得られる仕事は、今のギーネとアーネイにとってかなり魅力的だった。

「聞くだけ聞いてみようよ。今の仕事は本当に稼げないから」

 ギーネが勧めると、アーネイも渋々だが賛同する。

「そうですね」

 

 

 1時間と30分後。二人は町からやや離れた旧市街の下水溝跡に来ていた。

 ギーネは、そこら辺で拾った手頃な石ころを握り締めている。アーネイは棍棒を握っていた。

 そして目の前には、かつてない強敵が羽根を広げて威嚇している。

 蟹虫である。大崩壊後に巨大化した節足動物がわしゃわしゃと動くその姿は、一部の人にはかなりの嫌悪感を与えるかもしれない。

 ある意味、内戦地域を避難していた時に襲ってきた共和派兵士よりも手強い相手だった。

 

「アーネイ。貴女は幼い時から、いつも身を呈してわたしを庇ってくれたな。

 貴女のような忠実な家臣を持って私は誇りに思います。

 我が宝、我が平手政秀。我が楠木正成」

 ギーネは、淡い透明な笑顔を忠実な家臣に向けていた。

 

「光栄の極みです。お嬢さま。私こそ、お嬢さまにお仕え出来て幸せでした。

 お嬢さまのように、苦しい時に一つしかないパンを二つに分けて与えてくれる主人がどれほどいるでしょうか」

 アーネイが恭しい口調で述べながら一礼した。

 

 二人とも口元には笑みを浮かべながら、目は笑っていない。言葉とは裏腹に主従は睨み合っていた。

 

「身を守る為の唯一の武器は、やはり主人が持つべきでしょう」

「危険に当たる事が多い家臣から武器を取り上げるわけにはいかないな」

 言ったギーネが従者に向けて軽蔑したように鼻を鳴らし、アーネイも主人に侮蔑の眼差しを返した。

 互いにギルドで支給された棍棒を押し付けあう主従。もう十分以上も似たようなやり取りを繰り返している。

 そして目の前の敵は、その間、ずっと威嚇を続けていた。

 ついにギーネが一枚のコインを取り出した。親指で宙に弾いて掌の上に隠す。

「恨みっこなしですよ、アーネイ」

「さまは無しですよ……裏」

「よし、表」

 

 嫌そうな顔で蟹虫へと寄っていくギーネ・アルテミス。

 羽根を広げて一際大きく威嚇する緑の節足動物。

「にゃーん!」

 奇妙な気合を叫びつつギーネが素早く棍棒を振り下ろすと、呆気なく蟹虫は絶命して、潰れた甲殻から体液があたりに飛び散った。

 

 

「……ううう」

 泣きそうな表情のギーネ・アルテミスが支給された小刀で蟹虫を解体していた。

「お嬢さま、頑張って!」

「やっつけたけど……わあ。ごめんなさい。無理です。お金も要りません。

 ひっくり返すと台所の黒い悪魔にちょっと似ているよう。お肉なんて取れないよう。もう勘弁してよう」

 弱音を吐くギーネ・アルテミス。独りだったらきっと放り出していただろう。

 

「駄目です。これからずっと逃げるんですか!それでも帝国貴族の端くれですか!

 この程度の試練を乗り越えられないで、お腹を痛めて生んでくれた母上と、種を提供してくれたお母様に対してなんと申し開きするつもりです!」

 だが、背後に立って監視しているアーネイが主人に対して無慈悲に作業の続行を強制した。

「種の方には殆ど会った事もないよ!それに当主を継ぐ前に領地が滅んだし!下級士族とか、特権はない癖に義務ばかり付随する一番割りの合わない身分ですしおすし」

「頑張れ!出来る!何でそこで諦めるんだよ!もっと自分を信じろよ!」

「……うっぜえ。この家臣いらねえよ。もう」

 

「ううう、もう食べられる草を探して彷徨うのはいやだよう。苦い草は食べたくないよう」

 必死に自分に暗示を懸けながら、ギーネ・アルテミスは蟹虫を解体して食べられそうな下腹部の身を取り出していく。

「生きる為、生きる為……生きるって苦しくて辛いんだね。いい事なんか全然ないよ。分かってたけど」

 泣きそうになりながら、ギーネ・アルテミスが解体した戦利品を兎も角も袋へと入れた。

 

 

 二人が町に帰りついたのは日暮れ寸前である。結局、蟹虫は二匹しか取れなかった。

 最初の一匹を解体したところで精神的な限界を迎えてしまったギーネが回復するのに、大幅に時間を浪費してしまったのだ。

 あとは休憩しながらアーネイと手分けして歩き廻ったが、虫はまるで見つからなかった。

 何とか、もう一匹見つけ出して帰ってきた頃には、太陽が地平線に差し掛かっていた。

「暗くなる前になんとか帰ってこれましたね。ギルドですよ、お嬢さま」

「ああ、うん……ティアマットの一日が29時間で助かった」

 人形みたいに無表情にかくかくと肯くギーネ・アルテミス。

 

「取れました」

 借りた棍棒、布袋と共にカウンターに提出した。

「はい、蟹虫のお肉ですね」

 受付嬢が取り出した肉を見て、ギーネが露骨に嫌そうに顔を背けた。

 それに気づいたのだろう。受付嬢の可愛らしい顔立ちの眉間に縦皺が寄った。

 アーネイがそっと肘鉄を主人に食らわせると、偶然にも脇腹のいい所に入ってギーネが激しく咳き込む。

「随分と下手糞な剥ぎ取りですね……棍棒と布の貸し料込みですから」

 冷たい口調で言い放ちながら、受付嬢は数枚のコインを、些か乱暴な手つきでカウンターに置いた。

「うん」

 零れたコインが床に落ちる前、器用に宙で受け取ったギーネは、其の侭、顔を合わせずに踵を返した。

「外国人の移民か」

 そう呟いた受付嬢の突き刺さるような視線を背中に感じながら、ギーネはアーネイをつれて受付を後にした。

 

 

「嫌われたな……他の連中よりちょっと少ないし」

「現地人の食材に対して、露骨にいやそうな顔をしては」

「分かってる。だけど、あそこで文句いったらもっと拙かっただろうな」

 一見の外国浮浪者が受付と揉めたりしたら、ティアマットのような土地では殺されても不思議ではない。そこまでいかなくても、ギルドに出入り禁止になるかもしれない。

 ギルドの一職員にどの程度の権限や繋がりが在るのか。悪印象は、どの程度に拙いのか。

 ティアマットは、どの程度まで暴力が許容される社会なのか。ギルドがどの程度まで公正なのか。

 異世界人であるところのギーネやアーネイは、全く知らないし、分かっていない。

 無知はギーネたちに恐怖と臆病に近い慎重さをもたらしていた。

 

 なにしろ地球時代ですら、海を隔てれば全く価値観や文化の違う民族が並存していたのだ。

 ティアマット人の精神構造が、アルトリウス人と全く異なる可能性も大いにあった。

 ゲートを通じて僅かに資料の流れてきたティアマットの社会ではあるが、二人の移民は殆ど手探り状態で試行錯誤をせざるを得ない。

 

「だから抗議せずに?次の時からは私が行きましょうか?」

 アーネイがギーネの顔を覗き込んできた。

「いや……確かに剥ぎ取りも下手で、肉は傷が多かった。次も安いと困るが……どうしようか」

 ギーネは深々と溜息を洩らした。

「いずれにしても、差別を受ける立場になるときついな」

 

「兎に角……食べに行こう」

 コインを手の中で鳴らしてから、ギーネは歩き出した。

「ええ、お嬢さまの稼ぎで食べに行きましょう」

「あれえ、私が主人の筈なのに。なんかおかしいぞ?」

「いえ、おかしくないでしょう。主人なのだから」

「それはそうだけど……あれ?」

 

 

 ギーネとアーネイは、ギルド付きの食堂でスープを二杯とパンを一つだけ頼んだ

 湯気を立てたスープに半分に割った固いパンを浸しながら食事を終えると、入れ違いに先刻の受付嬢が連れの男と食堂に入ってくる。

 二人が立ち去った後に、受付嬢は詰まらなそうな口調で横にいる男に話を振った。

「帝国人のティアマット入植者がね。蟹虫を取って、売った金でスープを喰いに来た」

「さっきの姉ちゃんたちか。変な連中だな。そのまま蟹虫を喰えばいいだろうに」

「いやなんだって。こんなに美味いのに」

 決め付けた受付嬢が、ちょっと憎々しげに云ってから男に向かって肩を竦めた。

 受付嬢の実家は、代々、蟹虫を育てては肉を売る虫牧場をしている。

 ギーネの嫌悪を敏感に感じとって、それを馬鹿にされたと受け取っていた。

「スープにも入ってるのにな。お代わりしていたぜ」

 呑気そうにいった男に対しては愛想よく微笑みながらも、受付嬢は自嘲の入り混じった毒をはき捨てた。

「……馬鹿な外国人よね。ティアマットみたいな次元の掃き溜めにやってくるしかなかった屑の移民の癖して」

 

 

 簡易宿泊所の看板がついた建物の内部には、複数のベッドが並んでいた。

「蟹虫のお肉と引き換えで、寝床に眠らせてくれますか?」

「まあ、いいだろう」

 なけなしのコインに加えて虫の肉を受け取った受付の親父が、鍵を手渡してきた。

 商業活動における物々交換の占める割合が極めて高いティアマットの社会だが、宿代も物納で済むのだ。

 

 宿代を払い、一文無しになってしまったギーネとアーネイは、鍵に刻まれたのと同じ数字が壁に記されているベッドを探して、薄暗い宿泊所の廊下をとぼとぼと歩いた。

「ううっ、身体が埃っぽい。お風呂入りたい。それが駄目ならドラム缶風呂でもいい」

「わたしはサウナがいいです。でかい棕櫚の葉が懐かしい」

 壁際に設置されているベッドとベッドの間には布の覆いすら存在しない。

 天井で揺れる薄い照明もあって、部屋全体が丸見えである。

 人目も憚らず交わっている異性や同性もいれば、異形のミュータントを連れ込んでいる者もいる。

 天国を味わえる薬をキメて、至福の表情で白痴のように天井を眺めている痩せた男もいれば、ペットの大鼠や巨大芋虫などに餌をやって撫でている老人。かなり育っている子供に乳をやっている年増女。化膿した全身の傷に呻いている性別不明のフードを被った影。ぶつぶつ呟きながら、変異で生えてきた鱗をナイフで抉り落としている若い女。明日の宿代まで飲んでしまって寝ている酔っ払いの老人と、生気のない表情をしている連れの子供など。

 

 通り過ぎる際に暗い表情をした子供に虚ろな眼差しで見つめられ、ギーネは微かに背筋を震わせた。

「……これがティアマット社会の縮図なのかな」

 人の知覚領域ぎりぎりの低音で洩らしたギーネに、アーネイがやはり低い声でぼそぼそと応えた。

「此処は町でも一番安い宿ですから……明日はもっとましな他の宿泊所に泊まりたいです」

 ベッドは一つ。動き易い入植者の服を着たまま、横になった。

「……一緒か、久しぶりだね」

 ベッドに腰掛けたギーネが、横をぽんぽんと叩いた。

「襲わないでくださいね」

 冗談めかしたアーネイの言葉に、ギーネはムッとする顔を見せた。

「しっ、失敬な!私はノーマルですよ!」

「拗ねないでくださいな。もうっ」

 ギーネに変な性癖が芽生えつつあった頃から、添い寝する事がなくなっていたアーネイだが、その夜は数年ぶりに一つの寝床に二人で寝た。

 

 

 久しぶりによく眠れたと思う。ティアマットでは、朝の光までどこか濁っているように感じられる。

「……ギーネは布の服を装備した。棍棒を装備した」

 服を着込み、拾った木の枝を腰からぶら下げたギーネが、また変なことを言い出した。

「突然、何を言ってるんですか?」

 アーネイが不審そうな眼差しを向ける。

「RPGはレベルが上がるけど、現実はずっとレベル1固定のままなんだよね。

 そして下手をすれば、寿命が尽きるまでこの町を這いずり回ることになる」

 

 露骨に嫌そうな顔になったアーネイが嘆息した。

「朝から気分の滅入ることを。愚痴りたくなる気持ちは分かりますが、一々、口にする必要はないでしょう」

「……すまない。貴方がいてよかった。一人だったら路頭に迷っていた」

 

 アーネイも少し陰鬱な表情を見せて俯いてしまう。

「ナノマシンとテロメアの再生なしだと……わたしたちの寿命ってどれくらいですか」

 少し考えてからのアーネイの質問に、ギーネは首を傾けて考え込んだ。

「念入りに調整されているからね。メンテ無しだけど、それでも千年くらい持つと思うよ」

 表情を掌で覆って隠したアーネイは、深々と嘆息しつつ苦味のある笑みを口元に浮かべた。

「なるほど。確かに、人生は糞ゲーですね。

 下手をすれば、こんな崩壊世界……むしろ廃棄世界で千年プレイとは」

「閉鎖世界や封印世界でない分だけ、ましなんだろうな」

 主君の言葉にアーネイは片眉を吊り上げた。

「ここより酷い所があるって言うのが、信じられませんよ」

 

「沢山あるぞ」と嫌そうにギーネが言った。

 信じられないと疑わしげに瞳を細めたアーネイに、ギーネは指を折って数え上げていく。

「他の動物を宿主にして繁殖するエイリアンが増殖して、狭い生存圏に人類が閉じこもっている世界。戦争でコロニーや隕石落としをし過ぎて環境自体が生存に向かなくなった惑星。近代兵器を越える戦力の蟲や植物が人類に対して優勢な世界。元は家畜用だけど、凄い勢いで増殖する人喰い変異生物の大群が惑星表土を侵食したり、遺伝子操作で生み出した怪獣たちが文明を滅ぼしたり、馬鹿な企業が流出させたウィルスでゾンビだの変異生物が世界中に蔓延したり、狂った戦争用コンピューターが人類に戦争を仕掛けたり、ナノマシンが暴走したり……さらにそれらが複合して起きている世界もありますな」

 

「……ゾッとしませんね。なぜ、そんなことに?」

「んん。多い事例だと、高度な技術を自力で生み出した社会ならば、それなりに対処できる技術や人々の間に危機意識が育まれているのです。

 開発の過程で市民団体、科学者などが新技術の暴走に対して警鐘を鳴らしている事も多いが、しかし、中途半端に発達した世界に対して高度な技術が流出すると、使えはするのに人の危機意識や対策の想定などがついていかない。

 最悪への想像力もなく、対処法も分からないままに濫用して暴走させて、破滅的な事態を招くことも少なくないのだ」

 

 しばし沈黙していたアーネイが、やがて天を仰いで嘆息した。

「大神オーディンでも、アマテラス大御神でもいいから、救って欲しいものですよ」

「神々を謗るものではないぞ」

 家臣を嗜めた直後に、だが、ギーネも不安そうに

「でも、時々だけど、本当は神々に見捨てられたのではないかと不安に襲われる」

 主人の言葉にアーネイは沈黙している。ギーネは言葉を続けた。

「もしかして私たちって普通に神々の失敗作なのではないだろうか?」


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