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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 すりんぐ編 A面
47/117

21 Wir sehen uns in Walhalla ヴァルハラで会おう

 たとえ振り向かないでも、ぎちぎちという軋む音が響いて来れば、蟻の息吹が背中に迫ってきているのは感じ取れる筈だ。

「蟻が追ってきたぁああ!アメーバもいるう!」

 隣で走っている『小太り』も、わざわざ親切に解説してくれる。


「……むむむ。恐らくは、新しいネストをこの地点に構築しつつあるのだ。

 故に防衛反応として、侵入者である我々に総力を上げて迎撃に当たってきている。

 この執拗さからして、貴君は既に外敵に発射するフェロモンを浴びている可能性がありますぞ」

 適当な言葉を尤もらしくのたまっているギーネ・アルテミス。

 逃げ回っている最中も次々と巨大蟻が襲ってくるが、一匹ずつなので結構、余裕を持って対処していた。


 というよりは、押し寄せてくる巨大蟻に対して、常に一匹ずつ対処できる交戦地点へと絶えず移動し続けていた。

 巨大蟻の移動速度と群れとしての行動パターンを分析して、先手を打ち続けることによって大群の攻撃を抑え続けている。

 大体、勘で出来るのが凄いところだが、一方で、いい加減に限界も近づいてきていた。


「さらに言えば、女王か、卵か、何か貴重なものを守っている可能性も……」

 言いながら蟻にバットを叩き付けた瞬間、ついに限界を迎えた武器に綺麗な亀裂が走って真ん中から真っ二つに割れた。

「ああ!わたしの聖剣スナフキンが……」

 二束三文の安物なので仕方ない。

「さらば、スナフキン。おまえのことは忘れまいぞ。ヴァルハラで汝の主を待つが良い」

 言いつつ、スナフキンの残骸を怪物に向かって投げつけた亡命貴族は、近づいてくる蟻に向って身構えながらも素早く引き下がった。


 右、左、後ろと三方向に巨大蟻が三匹。

 ぎちぎちと顎を鳴らしながら、感情の窺えない無機質な複眼で人間たちをじっと見つめていた。

「畜生、こんなところで。相棒を見捨てて逃げるのが正解だったっと言うのかよ」

 絶望に呻吟する『小太り』を他所に、ギーネは上着を脱ぎ捨てながら、ふぅおおお、と奇妙な呼吸をしだした。

「こうなったら、切り札を見せるしかないようですね。

 本来、虫けら相手に振るうものではないが、北欧神拳の神髄をお前たちに見せてやろう」

 追い詰められて錯乱でもしたのか。

 訳の分からないことを言いつつ、ギーネは拳を構える。

「……悪かったなあ。俺が無理言ったばかりによう」

 天を仰いで後悔している『小太り』には構わず、錯乱したと思しきギーネは迫ってくる蟻との距離を自ら詰めると

「あたあ!」その頭を殴りつけた。

 ……狂ったか。無理もねえけど。

 下手をすれば、小口径の拳銃弾くらいは弾いてしまう蟻の装甲であった。

 人が殴ってどうにかなる代物ではない。

 ……俺も最後まで抵抗するかな。

 覚悟を決めた『小太り』の目前。ギーネの拳で殴りつけられた蟻が、それだけでガクンと崩れ落ちた。

「へ?」

 思わず、間抜けな声を洩らしてしまう。

「あたたたたたたたたた!ほあちゃあああ!」

 ギーネの鉄拳が降り注ぎ、鞭のようにしなる脚部が宙を舞うその度に、粉砕された蟻の手足が地面に散らばり、陥没した昆虫の頭部が地面を転がった。

「……北欧神拳は無敵だ。お前は既に死んでいる」

 既に死んでいる蟻の残骸に向って、ギーネは格好良く決めゼリフを宣告した。


 華奢な帝國貴族が素手で巨大蟻を蹴散らす光景を目にして『小太り』は呆然としている。

「……ありえねえ」

 口を半開きにしていた『小太り』が漸く言葉を発したのは十秒も経ってからだった。

 生半な武装のハンターチームなど五匹もいれば返り討ちにし、十匹いれば小規模な集落を壊滅させかねない巨大蟻が、ものの数秒で素手の人間によってばらばらに解体されていた。

「ふっ、北欧神拳伝承者に敗北はない。いくらでもかかってきなさい」

 伝承者も何も、実のところギーネが創設したなんちゃって拳法だが、人類世界各地のマーシャルアーツや軍用格闘技、古流武術のエッセンスを吸収していて中々、さまになっていた。


 くいっくいっと指を折って格好をつけていると『小太り』が叫んだ。

「姐さん。横から新手が来たぞ!」

 年下なのに、何時の間にか姐さん呼ばわりである。

「幾ら群れようが雑魚は所詮、雑魚。どれ?」

 一瞥したギーネの視線の先、十匹くらい来た。

 しかも一匹、全然違う。なんか馬鹿でかいのが混じっている。

「デカッ!」

「ありゃあ、きっと兵隊蟻だ!

 姐さん!無敵の北欧なんたらでなんとかしてください!」

 言われたギーネは、既にその瞬間、背中を見せて逃げ出していた。

「に、逃げた!しかも、はや!」

「ちょっと、いや大分無理。下手するとヒグマより強そう」

 ギーネ・アルテミスは、遺伝子を改良し続けた帝國人貴族階級の末裔であった。

 身体能力はナチュラルな人類種の頂点に位置し、また一級の格闘能力の持ち主であったが、現時点では人類の範疇は超えていなかった。

 具体的に言うとツキノワグマとかには、ちょっと勝てない。

 そして兵隊アリは、誰がどう見ても素手の人間が戦える相手ではない。


「……まっ、置いてかないでくれ!姐さん!」

『小太り』がギーネの背中を追いかけながら叫んだ。

「あんた!無敵だって豪語していたやん!」

「あんなん勝てるか!大体、数を見てものを言いなさい!!肉片も残りませんよ!」

『小太り』に突っ込まれて涙目で叫ぶ帝國貴族。

「敗北はないってのは嘘だったのか!」

「戦って負けなければ、敗北ではないのだ!」

 途中襲ってきた働き蟻。蹴り一発で首をあらぬ方向へとへし折りながらも、情けない言葉を堂々と叫んでいるギーネと突っ込む『小太り』


 二人の前方に、さらに人喰いアメーバが回り込んできた。

 人喰いアメーバと巨大蟻は、さほど仲良くないのか。

 出会えば、互いに攻撃しあう瞬間もある。

 しかし、昆虫や原生類より哺乳類の肉の方が餌として上等なのか。すぐに横に並ぶと、侵入者である人間たちへと標的を変更することも多かった。

 肥満した男が悲鳴を上げる。

「俺たち、確実に狙われてるぞ!それに前からもやって来た!」


「ええい!邪魔です!」

 ギーネが、スリングショットで撃ち抜いた。

 入神の技量で連続して仕留めるが、残弾数が心もとなくなってきていた。

「共食いしろよ!なんで人間から狙うんだよ!」

 でかい背嚢を背負った『小太り』は、息を切らし始めている。

「それはきっと、貴方が美味しそうだからですぞ」

「俺は美味しくないぞ!」

「叫ぶのをやめなさい。他の蟻までこっちに来ますのだ」


 走って逃げるも、些か足の遅い『小太り』が足手纏いになっていた。

 庇いつつ、足止めにスリングを打っているギーネだが、人喰いアメーバは兎も角、巨大蟻相手には中々、通用しない。

 眼や触覚を狙っているが、どうにも効きが悪かった。

「もっと早く走ってください。追いつかれます」

 振り返って叫ぶギーネだが、『小太り』は息を切らして足もふらついていた。

「見捨てないで!美人のお姉さん!」

「そうだ。アメーバに少し脂肪を食べてもらったらどうです?

 ダイエットにもなって一石二鳥なのだ」

 追い詰められて、人間性が出たらしい。

 ナイスアイディアみたいな顔でギーネが外道な言葉をほざいている。


 そうこうしているうちに、前方の通路が巨大蟻の群れに完全に塞がれた。

 周囲からも蟻や人喰いアメーバが次々と迫ってくる。

「こうなったら、奥の手なのだ!目を瞑りなさい!」

 腰のポーチを探ってギーネが黒い玉を取り出した。

「とりゃあ!北欧神拳奥義!冥殺マグネシウム閃光拳!」

 ただの癇癪玉に思えたが、派手な閃光と煙を受けて、怪物たちが一瞬、静止した。

「今です!」

 叫んだギーネが巨大蟻の群れに飛び込み、続いた『小太り』も一瞬の躊躇もなくその背中を追って、静止している怪物の間を駆け抜けた。

 怪物の群れに飛び込むのは躊躇を覚えただろうに、そこら辺の思い切りのよさと糞度胸は、流石にティアマット人か。とギーネも感心する。

「此れは巨大蟻や人喰いアメーバに対して、一時的に麻痺させる効果があるのだ」

 走りながら得意げに解説する亡命貴族を『小太り』が絶賛した。

「凄い!」

「ふっふっふ、もっと褒めたまえ」

「あんた天才だ!あんな光景、始めて見た!」

「人喰いアメーバは体毛で、巨大蟻は触覚で、周囲を探知します。

 煙に含まれる成分も彼らの感覚を混乱させ、一時的に麻痺させるのですぞ」

「凄い発明だな!最初から使ってくれよ!」

 言われたギーネが、やや言い辛そうに俯いた。

「ただし、これにはちょっとだけ問題点があるのだ。ちょっとだけ。」

「問題点?」

「当然の話なのだが、硬直は一瞬です。

 ちょっと怯ませたり、麻痺させたりする効果しかないのだ」

「そりゃあ、仕方ないだろう」

 眉を顰めた『小太り』に、帝國貴族は新装備の第二にして最大の欠点を明かした。

「おまけに、回復した怪物たちは激しく怒り狂いますのだ」

「おいぃ!なにそれ!聞いてないぞ!」

 背後から凄まじい怒りの鳴き声や甲高い叫び。甲冑の軋む音が鳴り響いてきた。

 その大きさは先刻までの比ではない。

 蒼白になった『小太り』に、ギーネはしれっとのたまった。

「だって、言ってませんのだ」

 ぱくぱくと口を動かす『小太り』に、悪びれた様子もなくギーネは確信に満ちた態度で宣言した。

「鋭意改良中ですぞ。近い将来、完全にマヒさせる作品も完成するでしょう」

「今ないと困るんですけど!」

「試作品があるにはあるのですが、効くか効かないかは五分五分です」

「効かなかったら?」

「その時は、貴方にとって気の毒なことになるでしょう」

「マジで言ってる?ねえ、冗談だよね?」

「技術の進歩に犠牲は付き物なのだ」

 帝國貴族は精々、沈痛に見えそうな表情でそうのたまった。


 ぎちぎちと顎を鳴らしながら、追ってくる巨大蟻と突進してくる人喰いアメーバをいなしつつ、ギーネと『小太り』は駐車場の隅へ、隅へと後退していく。

「一匹や二匹なら何とでもなりますが……そろそろ潮時ですね」

 呟いたギーネの傍ら。額に吹き出た汗を拭った『小太り』が苦しげに喘いでいた。


 戦いながら後退していたものの、二人は駐車場の隅に追い詰められつつある。

 バスの前に陣取って奮戦しているが、これ以上は後退の余地はない。

「……もう後がないぜ。姐さん」

 そして、ギーネ・アルテミスが如何に優れた身体能力の持ち主であろうとも、複数の怪物を同時に相手取っては太刀打ちできよう筈もなかった。

 折れた警棒を投げ捨てた『小太り』が近くの自動車からレンチを拾い上げて構えた。

「……へっ……爺さんだけじゃ腹が満たされないか」

『小太り』の眼前では、ギーネが残った癇癪玉を怪物たちに投げつけて時間を稼いでいる。

 まもなく癇癪玉も尽きる。そうなれば、硬直の解けた瞬間に押し寄せてくる。


「連中が、追いついてきたぞ。蟻に加えて、アメーバもいる。

 ここで終わりか。まあ、ただじゃやられないぜ」

 獰猛な顔つきで腹を決めた『小太り』だが、

「いいえ。最後の手段が間に合いました」

 ギーネが微笑んで告げた瞬間、目前の人喰いアメーバの列をホームガードパイクで切り裂いて、赤毛の家臣が飛び込んできた。

「アーネイ!」

「……予定ポイントその参ですか。

 他の地点の方が向いていますが、辿り付けただけでよしとしましょう」

 びっこを引きながらも、やや遅れて『カウボーイハット』も追いついてきた。


「ロープです!」

 主君の呼びかけに対して肯いたアーネイは、ギーネの投げたロープの束を受け取ると、其の侭、廃車を踏み台にしてバスの屋根へと飛び移り、まるで忍者か、ジャングルの猿のようにコンクリートの壁を駆け上がった。

『カウボーイハット』や『小太り』には、到底、無理な機動だろう。もしかしたら、ギーネでも無理だったかも知れない。


 壁の向こう側に立てば、コンクリート壁は高さ一メートルもない。壁の向こうの地面に立ったアーネイが、窪地の駐車場に向ってロープの先端を投げ込んできた。

『カウボーイハット』が投げたロープを受け取った一方で、アーネイは反対側のロープの先端を近くにある電柱に巻いていた。

「結び終わった!」

 スリングを構えながら、ギーネが二人組の行商人へと告げた。

「さあ、昇って!急いで!」

 まずは『カウボーイハット』が登っていく。足を怪我しているが、『小太り』が尻を支えて一気に押し上げた。

 見た目に反してアーネイも、人間一人分の体重が掛かったロープをぐいぐいと引っ張っているので、両手で捕まっているだけで壁の上まで引き上げられた。


 次いで『小太り』がロープにしがみ付いた。

 接近してくる怪物たちを牽制しているギーネだが、巨大蟻相手にスリングショットだけではどうしても威力が足りない。

「もう一度!」

 癇癪玉を投げつける。短時間に連続しての使用に慣れたのか。

 怯んだ様子は見せたが、巨大蟻も、人喰いアメーバも硬直はもうしなかった。


 迫ってきている怪物の触手や鋭い顎の牙を、ギーネは廃車の屋根に飛び移って必死に躱している。

「お嬢さま!閃光弾は!」

 焦ったアーネイの叫びにギーネが叫び返した。

「もう、品切れですぞ!」

 それから『小太り』に視線を移すが、まだ昇りきっていない。

「ええい!なにしてるのだ。さっさと昇るのだ!」


 昇ろうとした『小太り』だが、荷物が重たくて昇れないらしい。

 ひいふうと喘ぎながら、ロープにしがみ付いている。

「荷物を捨てなさい!」

「全財産だ!」と『小太り』

 行商人は鞄一つに全財産を入れて運んでいることも多い。

 そうと知っていようが知っていまいが、この状況では言うことは一つだった。

「ああ、もう。命と財産のどっちが大切なのですか!」

「両方!」

「付き合ってられないのだ!」

 持ち物に拘泥している『小太り』を見切ったのか。

 運動能力を発揮したギーネが、壁に向って素晴らしい飛翔を見せた。

 僅かに届かない飛距離はアーネイが手を伸ばし、腕を掴んで引き上げる。


 いまや駐車場に残されたのは『小太り』一人だった。

 ギーネという防壁のいなくなった怪物たちが『小太り』へと向って押し寄せてきた。

 スリングショットを構えると、ギーネは壁の上から『小太り』に迫る怪物を狙い撃ちしている。

「荷物を捨てろ!馬鹿野郎!」

 身を乗り出して『カウボーイハット』が説得していた。

「嫌だ!ここで捨てたら……俺は!また!」

「金はまた稼げる!」

「嫌だ!」相棒の忠告も、泣くような色が混じった叫びで『小太り』は応えた。


 入神の技量で三匹の人喰いアメーバを仕留め、二匹の巨大蟻を行動不能に貶めたギーネだが、一回り巨大な兵隊蟻が二十メートルほど先の廃車を乗り越えて姿を現したのを目にし、スリングを降ろして、ため息を洩らした。

「あ……あれは駄目かな」

「荷を捨てろ!」『カウボーイハット』は喉を枯らして叫び続け、アーネイは舌打ちして目を逸らした。

 諦めたくなかったが、こうなっては手段も思いつかない。


「ロープもう一本買っておけばよかったのだ。今後の課題ですな」

 ため息を洩らしつつギーネが呟くと、隣のアーネイが首を傾げる。

「……は?」

「もう一本ロープがあれば。ほら、荷物に結んで……別口で」

 ギーネの言葉に、アーネイは何かを思いついたのだろう。

『カウボーイハット』の隣に立つと、身を乗り出して叫んだ。

「鞄を下ろせ!」

「いやだ!」

「鞄を下ろして、ロープの先端を鞄に結べ!

 あなたが昇ってから荷物を引き上げる!今は身一つだけで昇れ!」

 言われて、『小太り』は冷静さを取り戻したのか。

 指示通りにロープの先端を鞄へと結び始めている。


「喰らうのだ、怪物め!」

 ギーネが改めてスリングショットを取り出し、間近に迫ってきた巨大兵隊蟻の足止めに掛かった。しかし、殆ど、小揺るぎもしなかった。

「駄目か……全然効かない」

 舌打ちしたギーネは、縄を引くのを手伝うことにした。


 其れでも自力では登れないらしい小太りを両側から手を掴んで、引っ張り上げようとしたが、三人で引き上げているにも拘わらず、苛立たしいほどにのろのろした速度だった。

「お、重たいぃ」

「ろくに食べるものがないティアマット人の癖に、なんでそんなに太っているのだ?」

 普段であれば体重百キロの成人男性でも、引き上げられるだけの膂力の持ち主であるギーネやアーネイだが、今日此処に至るまでの激しい戦闘でかなり疲労していた。

『カウボーイハット』は、脹脛の傷で踏ん張りが効かない。

 それでも、じりじりと引き上げられる『小太り』の尻に巨大蟻の鋭い刃が迫ってくる。

 巨大なあぎとが唸りを上げて空気を切り裂いた。

「ふんぬおおお」

 が、三人が力を合わせて引っ張ることで『小太り』の尻が急速に上昇し、ぎりぎりで窮地を逃れることが出来た。


 空振りして怒り狂った巨大蟻は、腹いせの心算か。

『小太り』の荷物に牙を突き刺し、ずたずたに裂いていった。

「うわあああ、早く俺の荷物を助けてくれえ!」

 ようやっと這い上がった『小太り』が悲鳴を上げている。

「耳元で怒鳴らないで欲しいのだ」

 ぶつぶつ言いながら、ギーネが引き上げてやる。

 荷物は見た目よりも大分軽かったので、すぐに引き上げることが出来た。


 全ての獲物を逃がした巨大蟻が、駐車場の底から怒りの叫び声を上げていた。

 恐ろしく甲高く、その癖、嫌な野太さの含まれた耳障りで威圧的な叫び声に、辛くも虎口を逃れた『小太り』は顔を青ざめさせていた。

『カウボーイハット』も緊張に顔を強張らせたが、ギーネは冷静に観察し、アーネイは何が楽しいのか、皮肉っぽい笑みを口元に浮かべていた。

 見下ろせば、壁の向こう側には続々と怪物が集まってきている。

 登れる道を探すように這い回り、廃車の上にまで昇ってくる巨大蟻の群れを見て、誰ともなく、恐怖に喉を鳴らした。

「…………取りあえずは、此処を離れましょう」

 不穏な空気を感じ取ったのだろう。

 皆、疲れていたものの、アーネイの言葉に反対する者はいなかった。



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