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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 すりんぐ編 A面
46/117

20 巨大蟻

「さて……わたくしの素晴らしい活躍によって見知らぬ人も見事、助け出したのだ。

 後はとっとと撤収しますぞ」

 寄ってきた蟻とアメーバを蹴散らして勝利の余韻に浸っているギーネであったが、片づけたのは広い駐車場に巣食っている怪物たちのほんの氷山の一角。

 見える範囲だけで、周囲には十に余る巨大昆虫や不気味なアメーバが彷徨っている。

 新手の怪物が近づいてくるのも時間の問題だろう。


「むむむ、勝利の余韻に浸る時間さえないのだ」

 ぼやいている主君の傍らでアーネイが肩をすくめた。

「では、逃げますか?」

「逃げるという言葉は嫌いです。転進しますよ、アーネイ」

「中身は変わらないでしょうに」ぼやくアーネイ。


 可及的かつ速やかに撤収しようとした二人組の帝國人だが、そこに助けられたはずの『小太り』が待ったをかけた。

「……ちょっ、ちょっと待ってくれ!実は、まだ俺の仲間がいるんだが」

 トラックの荷台から降りると、『小太り』はハンターたちに声をかけた。

「実はとか言われても困ってしまいますな」

 振り返ったギーネとアーネイ。揃って首を傾げる。

「で、仲間とやらは、どこです?」

「まさか怪物に囲まれた建物内に取り残されていますとか言い出されても、無理ですよ。

 絶対に無理」

「ほら、あそこで追いかけられている」

 再びトラックの荷台によじ登って、きょろきょろと駐車場内を探した『小太り』の行商人が指差した彼方。蟻に追いかけまわされている『カウボーイハット』の茶色い人影が目に入った。

「あ、本当だ」

 他人事のように呟くギーネ。実際に他人事であった。


「無理は言わねえけどさ……何とか助けられねえかな」

 懇願している『小太り』と追いかけられている『カウボーイハット』を見比べるように眺めて、ギーネ・アルテミスは眉をひそめた。

「ふむ。駐車場の奥の方ですか。ちょっと気が進みませんね。

 あそこまで行くには、結構な数を突破しないといけません」

 アーネイも首を振っている。

「……少し難しいですな。

 あちらの人。我々より大分、危険な位置に追い詰められています」

 ドライブイン裏手にある駐車場の奥は、がけ崩れ防止用のコンクリート製防壁が聳え立ち、左右もかなり高い壁が囲んでいる。

 逃げ場がない。どう見ても詰んでいる。

「そりゃそうだよなあ。あぶねえし。すまねえ。無理を言ったわ」

 肩を落としつつも、『小太り』は頷いた。

 相棒が怪物共に捕まるのは時間の問題だろう。

「……あんたたちに無理を言うつもりはないさ。

 あいつがやられたら、次は俺たちの番だもんな。逃げようぜ」

 表情を隠すように掌で顔をごしごし擦ってから『小太り』が力なく言った。


「まあ……『少し難しい』ですが、『不可能』ではありません」

 激しい競技を前にした運動選手が準備運動するように、頭上で組んだ腕を背筋と反らしながらアーネイが告げる。

 意外な言葉に、『小太り』が立ち止った。聞き違いではなかろうか。

 一縷の希望を見出しつつも信じられないような、それでも信じたいような、そんな風に思っているのが傍目から見ても丸分かりの表情を浮かべて、アーネイを見つめている。


「たまには全力で運動するのも悪くない」

「アーネイ?」

 問いただすような響きをはらんだ主君の不審げな言葉を聞き流し、アーネイは『小太り』に通告した。

「……言っておきますが、ただじゃありませんからね?」

「助けてくれるなら、それは勿論!

 きっと、あいつも払えるだけのものは喜んで払うさ!」

 友人のピンチであっても、自腹を切るとは約束しない。

 報酬は確約されなかったが、アーネイも言質を取るのに拘泥はしなかった。

 それなりの成算は立っているにしろ、助けられれば儲けものだからだ。


「なんです?今日はやけに親切ですね」

 いぶかしげにギーネが口を挟んできた。

「そうですかね?」

 アーネイが蟻やアメーバ如きに不覚を取るとは思わなかったが、囲まれたら何が起こるか分からない。しかし、この程度の危険を一々恐れていては、日常生活も送れない。

 ギーネは止めるのを諦めた。

「まあ、止めはしません。好きになさい。

 でも、助けた相手が必ずしも感謝するとは限りませんし、足手纏いになる可能性も有り得ます。用心は欠かさぬように」

 母国語での警告にアーネイは深々と頷いた。

「しかと、心得ています。

 お嬢さまはその人を連れて、安全圏まで離脱なさってください」


 やはり帝國語で返答したアーネイは、怪物の群れに向かって駆け出していった。

 鍛え抜かれた運動神経と生来の反射神経を発揮して、軽々と巨大蟻を飛び越え、素晴らしい速度で人食いアメーバの触手をかいくぐり、廃車の屋根から屋根に飛び移って移動していく。

「おお、すげえ」

 忍者のような身のこなしに見とれる『小太り』の傍ら。家臣から放置気味のお嬢さまは、どうにも釈然としない表情であった。

「他者の命を救うことで、自分の人生に意味があると確認したくなったかな。

 いや、まさか……このギーネ・アルテミスに仕えることで、アーネイの生命は既に永劫の価値を約束されていますのだから、それはあり得ない」

 近寄ってきた巨大蟻の頭をバットで叩いて牽制しつつ、ギーネは戦いやすい交戦地点へと後退する。

「まあ、いいでしょう。女性は謎の多い方が魅力的ですし、たまには家臣のしたいことを自由にさせてやるのが、良き主君というものですぞ。くふふ」


「なあ、ねえさん!逃げないのか?」

 逃げ腰で促してくる『小太り』をやや煩げに眺めて、ギーネは問い返した。

「逃げるって、どこに?」

「どこって」

「入り口には蟻が無数に群がっています。

 アーネイとわたしが一緒なら、突破できたかも知れませんが、あなたに頼まれて相棒を助けに行った以上、此処で合流するまで粘るしかありませんよ」

 ギーネの今いる場所は、入り口から逃げ出すにも、危機に陥ったアーネイを援護するため飛び込んでいくにも中途半端な位置であった。

「出来る限りは守りますが、いざという時には自力で身を守ってください」

「そ、そうか。すまねえな。よし、そういう理由なら、頑張ろうじゃないの」

「それにしても、安全圏ねえ」

 寄ってきた蟻の頭を再びバットでたたき割りながら、『小太り』を眺めてギーネはぼやくようにつぶやいた。

「立派なお腹のお肉。いざという時は、囮くらいにはなるかしらん?」



 迫ってくる人喰いアメーバに向って『カウボーイハット』は36口径の引き金を引いた。

 撃鉄が数度、弾薬に叩きつけられるも、三発とも完全に不発だった。

 撃針で雷管を数回叩けば一度は不発となった弾でも発射されることもあるが、期待は薄かった。

「くそっ……何がお買い得品だ!あのジャンク屋め!」

 嘲弄するように体を震わせたアメーバの触手が伸びて、『カウボーイハット』の背中を激しく打った。


 鞭で打たれた感覚のような、痺れに似た痛みが走る。

「うおお!糞。いて!」

 叫びながらも痛みに耐え抜いて廃車の屋根に飛び上り、そのまま、反対側に飛び降りて振り切りながら、必死に毒づいた。


 人食いアメーバの触手の打撃は、噂通り大したことはなかった。

 酒場での酔っ払い同士の喧嘩で振るわれた拳の方が、まだ威力があるだろう。

 大したことはなかったが、囲まれて一斉に十発も二十発も殴られたら、まず動けなくなる程度の威力もあるとも肌で実感できた。

 そして周囲には、十数匹もの人食いアメーバが海中の魚のようにゆったりと遊弋していた。

「……畜生。踏んだり蹴ったりだぜ」

 怪物と怪物の隙間を駆け抜けながら、『カウボーイハット』は、其れでも脱出口を目指していた。


 駐車場には、隣のビルから落ちてきたのだろう。人よりも巨大なコンクリートの瓦礫や廃車が転がっていた。

 視界は遮られ、怪物が飛び出してくれば不意を突かれる恐れもある。

 それと分かっていても、瓦礫の近場を駆け抜けなければならない瞬間もどうしてもある。

「蟻ィ!?」

 それでも怪物たちを引き離し、包囲の薄い個所を抜けて、徐々に入口に近づいていた『カウボーイハット』であったが、側面の物影から出現した蟻に不意を突かれて躱すのが一瞬遅れた。



 出会いがしら。横合いから突っ込んできた蟻の突進をかわし切れずに地面に横転する。

 蟻の顔から刃のように突き出した顎を避け損ねたらしく、ふくらはぎが切り裂かれていた。

 だが、痛みを無視して立ち上がれた。浅い。

 左右からも、ぎちぎちと音を立てながら、巨大蟻が迫ってくる。

「どこから現れやがったんだよ、お前らは!」

 尤も危険な相手であるこいつらの存在を忘れていた。

 己の迂闊さに舌打ちしつつ、足で蟻の顔を蹴り飛ばし、『カウボーイハット』は必死に近づけまいと粘り続ける。

 ……死んでたまるか。背中を這い上がってくる終末の予感に必死に抗いながら、蹴りまくって顔を近づけまいと粘り続ける。


 鈍い音が鳴り響いた。目前の巨大蟻が体液を吐き散らして、痙攣する。

 飛んできた槍が巨大蟻の肥大した下腹部を穿っている。

 都合よく騎兵隊が現れたことを信じられず、一瞬、自失した『カウボーイハット』だったが、激痛に猛烈に暴れだした巨大蟻を前に、何とか立ち上がって距離を取るだけの機転は利かせることが出来た。



 硬い甲冑相手に槍では相性が悪いと見てホームガードパイクの回収は諦め、アーネイは駆け寄った勢いそのままに背中に背負っていた予備武器のバットを蟻に叩きつけた。

 物凄い悲鳴を上げつつ甲冑を軋ませた巨大蟻が、新たな敵へと向き直った。


 反撃してくる巨大蟻のぬめるように不気味に輝く顎を避けてバックステップ。

 聞いていた話とは違う。思っていたよりもタフだな。

 一瞬だけそんな風に思考しつつ、素早く動きながら蟻を翻弄し、連続でバットを叩きつけて甲冑ごと中身の肉を叩き潰した。


 途中、さらに寄ってきた蟻も含めて、三匹を相手に、飛び退って躱し、更に打撃を叩き込むと、頭をへこませた蟻たちは崩れ落ちて、動かなくなった。

 念の為に更に一撃叩き込んで、頭を潰していく。


 ものの数秒で動かなくなった蟻達を前に、乱れた呼吸を整えながら、アーネイは携帯端末を口元に近づけた。

「他のハンターたちから耳にした話では、巨大蟻に其処までの耐久力と防御力は無かったはずだった。しかし、所詮は、人づての噂。甘い見積もりだったようだ。

 ……戦力評価は上方修正するべきだが、それでも戦えない相手ではない」

 言うべきことを言ってから『カウボーイハット』へと向き直った。


 痩せた男は、廃車のボンネットに座って用心深そうな細い瞳で此方を眺めていた。


 足を怪我しているようだ。何も言われずとも素早く避難してくれたので助かった。下手に手助けしようと考えられて残られたら、かえって足手纏いになっただろう。


「礼を言うべきだろうな……お嬢さん」

『カウボーイハット』は、言葉を選ぶ様子で話しかけてきた。

「言葉よりは、クレジット紙幣の方が有り難いかな……貴方のお友だちも、もう避難しているはずだ」

 アーネイの返答に口の端を吊り上げて『カウボーイハット』が笑顔を浮かべた。


 肩を竦めたアーネイは、地面に転がっている蟻の死骸をバットで小突いた。

「……これが働き蟻だとすると、こっちの少し大きいのが兵隊蟻かな」

「いや、大して変わらないだろ。噂に聞いた兵隊蟻は、もっと馬鹿でかい筈だ。

 幸い、此処には出てきていないが」と『カウボーイハット』

「働き蟻なら二、三匹同時に相手にしてもなんとでもなるが……」

 アーネイは周囲に視線を走らせる。何処から湧いて出てきているのか。

 駐車場を這い回っている巨大蟻の数は、さらに増えているように思えた。

 五匹や、十匹では効かないだろう。


 と、近くを徘徊していた蟻の列から、数匹の蟻が距離を詰めてきた。

 中の一匹にアーネイと『カウボーイハット』は、目を止めた。

 一回り巨大な蟻が混じっている。人間よりも明らかにでかい。

 他の蟻が一メートル半で華奢なのに比べて、全長で二メートル近くあるのではないか。

 ずんぐりした図体の各所に、鉤のように曲がった棘が生えており、

 目には赤い光が宿ってアーネイを真っ直ぐに見つめている。


「来たぞ……あれだ。噂よりでかいな」

 アーネイは無言でバットを叩きつけた。

 ミシッという軋んだ音と共に皹が入った。バットに。

 手応えが違う。何より応えた様子がない。

 驚愕しつつ、飛び退ったアーネイの一瞬前まで胴体が在った空間を巨大な顎が貫いた。

「……強い」

 アーネイは呟いた。

 働き蟻とは、まるで別物だった。

 筋力のリミッターを外すか?

 サイボーグであるアーネイは、普段、日常生活を営む上でパワーを抑制している。

 思い切り動くと、断絶した筋組織が後で激しい筋肉痛を起こす。

 ……翌日の筋肉痛は嫌だが、贅沢も言ってられないか。いざという時は。


 その隙に立ち上がった『カウボーイハット』は、拳銃の装填に取り掛かっていた。

 シリンダーを其の侭すげ換えることで、弾薬を補充できるパーカッション式だが、予備のシリンダーなんて便利な代物は携行していない。

 舌打ちしながらも、ガンマンは、手馴れた動作で弾薬を詰めて、再び銃を組み立てる。


 込めたのは、爺さんの残した弾薬だった。アーネイと戦っている巨大蟻に狙いを定める。

「くたばれ!虫野郎」

 二発叩き込んだ。爺さんがとっておいた弾薬は、どうやら高品質な代物だったらしい。

 今までは碌に活躍してこなかった骨董品の36口径が、見事に威力を発揮した。

 乾いた音と共に、巨大蟻の目に穴が開いて、白い体液がまき散らされる。

 潰れた視界に混乱を来たしたか。

 甲高い悲鳴を上げて、ぎちぎちと後退していく巨大蟻。


 甲高い悲鳴を上げながら怯んだように後退する巨大蟻に、『カウボーイハット』は、至近からさらに連続して拳銃弾を叩き込んだ。

 さすがに倒せなかったが、其れでも怯ませることには成功したらしい。

 其れでもギイギイと鳴きながら、巨大蟻は後ろへと後退していった。

「もう充分です。それより……立てますか。」

 充分な距離を取ったと見たアーネイが、『カウボーイハット』に声を掛ける。

「ああ。ありがとうよ。姉ちゃん」

 助け起こす前に自力で起き上がると、『カウボーイハット』はひょこひょこと走り出した。

「走ることも出来るぜ。で、どうするよ?」


 それでもやはり、蟻の顎はアーネイが想定していたよりも強力なようだ。

 丈夫なジーンズの布地が切り裂かれ、鋭利な刃物に付けられたような傷がのぞいている。

「……化け物め。まともに相手には出来ないな」

 呟いたアーネイは、槍を回収して小走りに移動し始める。

 まともに受けては、洒落にならない。

 下手をすると、鰐や鮫に噛まれるのと同程度の損傷を受ける可能性が在った。


「で、どうする?入り口まで切り開くのに、何か言い考えはあるかね?」

「ええ」

 アーネイが肯くと同時に、懐の携帯端末から甲高い音が鳴り響いた。

「ポイントNW3。エーヌーダブリューの3で合流ですぞ。電柱のそばー。エヌー、ダブリューのスリー、でんちゅーのそばー」

 しつこく繰り返してくるギーネの声が告げる。

 顔を向ければ、主君と小太りが駐車場の奥を目指して駆けている姿が目に入った。

 だが、隅に逃げ込んでどうしようというのか。

 怪物たちに追い込まれるだけではないのか。

「こっちです」

 二人に続いて駐車場のさらに奥へ向おうとするアーネイを『カウボーイハット』は顔を歪めて止めた。

「おい。北西は行き止まりだ。どこにも逃げ道は無いぞ」

 ドライブインは、三方が高さ四メートルは在りそうなコンクリート壁に囲まれている。

 後背の崖は、到底、昇れるような高さや角度ではない。

 向う先には、廃車となったバスが停まっていた。

 或いは、頑丈なバスの残骸に逃げ込んで、持ち応えるつもりか。

 それでもやはりジリ貧としか思えない。

 かといって、二人がやってきた出入り口の方角には、十数匹もの人喰いアメーバや巨大蟻が徘徊している。

「大丈夫。ついてきてください」

 自信ありげに断言しているアーネイを前に『カウボーイハット』は天を仰いだ。

 周囲の蟻や人喰いアメーバを睨みつけてから、音高く舌打ちすると肯いた。

「ええい!信じるぜ!」


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