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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 すりんぐ編 A面
43/117

17 曠野

 文明崩壊後のティアマット。特にノエル大陸の北東から東海岸にかけての一帯は、いまや地表の大部分が火星さながらの赤茶けた表土へと変わり果てていた。

 鉄錆を含んだ埃っぽい風が吹きすさび、反応兵器によって奇妙な石灰岩のように融解した死の世界。

 かつての摩天楼の足元では、銃火器で武装したミュータントたちが我が物顔で闊歩している。


 そこまで被害の酷くなかった地域では、わずかに生き残った人類が、辛うじてインフラの残されたエリアに寄り集まって『町』や『都市』と呼ばれる居留地を構築していたが、生物兵器やミュータントに日々脅かされる生活を送っていることには変わりない。


 しかし、地表の殆どが不毛の大地に変わり果てたこの世界で、それでも一握りの人類は日々をたくましく生きている。

 数多くの命知らずなハンターや金払いのいい雇い主を探す傭兵、そして無鉄砲な行商人が、怪物や汚染地帯をものともせず、今日も危険に満ちた荒野を旅していた。



 共同体によっては、集団の存続の為、経済的な取引の一部が厳しく制限されている。

 農地の私有禁止。水利権や貴重な各種プラント取引の規制、工場を初めとする機械類や技術者の持ち出し、連れ出し禁止。旅人が価値のある機械類を持っていた際には、強制的な買取りや没収が行われることもある。

 それでも、人が大勢集まっている土地では、それなりの経済活動が営まれており、それを目当てにまた人が集まってくる。



 他に動くものの見当たらない高速道路の上を、てくてく歩いている『カウボーイハット』と『小太り』の目的地は、街道筋に残された『町』のひとつであった。

 他所で物々交換を行ったり、廃墟を漁って手に入れた物資が溜まったので、取りあえず持ち運びし易い『紙幣』に換えようと、近隣でも商売の盛んでギルド支部もある『町』へと向っていた。

 東海岸で尤も信用の高い通貨は『酒』『タバコ』『菓子』『弾薬』などだが、物々交換以外にも、次元世界列強の外貨にハンターギルドの発行しているクレジット紙幣、南部連邦が発行している食料兌換紙幣フードドルも中々に高い信用を持っていた。


 おりしも、南から『船』が到来する時節。

 最近の街道筋は『船』に乗ろうとする旅人と、それを目当ての奴隷商人やバンデットたちが多く出没する為、危険が増している。

 二人は、人々に知られた大きな街道を迂回し、知る人ぞ知る裏道を通り抜けようとしていた。


 世の中一般からは、物資の乏しい町や村に行けば吹っかけ、相手がものを売ろうとすれば買い叩き、ぼろ儲けしようとするのが行商人だと見做されているものの、現実はそこまで上手くない。

 安全な土地であれば、他にも行商人は訪れる。町の人間だって自分で買い付けに出る事もあるから、価格競争によって儲けは減る。

 買出しが面倒な辺鄙な土地に赴いても、相手に購買力があるとも限らない。


 法秩序やモラルの崩壊した世界であるから、物騒なのは怪物やバンデットだけではない。

 行商人が足元を見て余りに阿漕な真似をすれば、町の住民たちに難癖を付けられて財産を没収されたり、最悪、殺されて物資だけ奪われるという恐れも充分に在り得た。


 ティアマットの行商人の安全度や収益は、商品の中身だけではなく、赴く土地によっても大きく左右される。

 曠野を行くのは常に危険とは言え、今向かっている町は大勢の旅人が利用している中継地点で、物資はそれほど高く売れないが、代わりに治安も相場も安定していて安心して商売に励める。


 前文明の遺産である高速道路は、今もなお、歳月の経過に耐え抜いて空中回廊として機能している。

 利用する者が少ない抜け道の一つであり、出入り口近くで見つからずに通り抜けてしまえば、後は比較的、安全に目的地までたどり着くことが出来た。


 曠野を行く旅人も、集団や目的によって人数や武装は様々に異なる。

 バンデットやミュータントの撃退に主眼を置き、武装したハンターを十数人も雇って纏まって動く大規模な隊商もいれば、迂回や回避を主眼において少人数で行動する旅商人もいる。

 誰もが、自分なりの対処法に命と財産を賭けて、荒野へと乗り込んでいくのだ。


 高架橋を行きながらのんびりと道を歩いている二人組は、明らかに後者に属していた。

 町に近づくにつれて大きな背嚢を背負った『小太り』は、気が急くのか。

 ポンチョを羽織った『カウボーイハット』に対して色々と話しかけていた。

「もうじき町だ。着いたら、ステーキをたらふく食うぞ!そして浴びるほど酒を飲む!」

「そんな金がどこにある」

「おれっち。この間、イーストメリー通りの探索に行っただろう?」と『小太り』

「イーストメリー……ああ、ゾンビがうろついている商店街だな」

「といっても、比較的に安全な入り口付近だったんだけどな。大収穫だった」

「へえ」それなりに興味深げな相槌を打つ『カウボーイハット』


「さすがに死都だぜ。大崩壊前の製品を幾つか持ち帰れた。顧客のお父さんお母さんや娘さんたちもきっと大満足に違いないぞ」と『小太り』

 背中の背嚢をぽんぽん叩いて見栄を切った『小太り』の青年だが、実際のところ、死都の探索といってもそんな大仰なものでもない。


 幾百、幾千万の眠れぬ死者が道路を埋め尽くし、凶暴な変異体が夜な夜な彷徨っている死都圏のど真ん中に乗り込むのなら兎も角、比較的に安全な郊外の地区エリア

 時折、歩くゾンビ(ウォーカー)がうろついている商店街の入り口付近で、目当ての店から持てる荷物だけを抱えて、其の侭、一目散にとんずらしただけであった。


 死都の探索は水物だと言われている。外縁部をうろちょろするだけなら駆け出しハンターでも滅多に死ぬことはないが、迂闊に中心部に乗り込めば、大隊・連隊規模のハンタークランが、数千体のゾンビ波に飲み込まれて、なす術もなく全滅したりもする。


「ウォーカー(歩くゾンビのこと)共に追いかけまわされた甲斐があったってもんか。

 しかし、少しは儲けを残しておけよ」

 帽子の唾を下げながら『カウボーイハット』が忠告した。

「俺だって、それなりに考えているぜ。あそこはコーヒーが安いだろ。

 少し多目に仕入れとくのはどうだ?他所でも売れるだろうし」

「専門外の品だな……扱えるか?保存の仕方を知ってるのか?」

 言葉少なに返答している『カウボーイハット』の商品は何なのだろう。

 荷物らしい荷物が小さな肩掛け鞄一つなのは、身軽さを優先しているからだろうか。


 何事も無く高速道路を進んでいた行商人二人だが、設置された非常口の真ん前で立ち止まった。

「ここだ。ここが近道になる」

 扉にペンキで付けられた印を眺めて呟いた『カウボーイハット』の傍らで『小太りの行商人』は大きな背嚢を下ろして一息ついていた。


 災害時避難用と書かれて道路脇に設置された非常口の扉は、長い歳月を風雨に晒されてきたのか、塗られたペンキが所々、色褪せて剥げている。

「よいしょ……よいしょおお」

 力を合わせて、錆び付き軋んだ音を立てる扉を開けると、真っ先に『カウボーイハット』が踏み込んだが、高架橋から地上へと続く階段の前で困惑したように立ち止まった。


『カウボーイハット』が立ち止まっているのを怪訝に思ったのか、『小太り』もそっと覗き込むように傍らに並んだ。


「……ありゃあ」と『小太り』が天を仰いでいた。

 行商人たちが幾度となく利用してきた非常階段であったが、無残にも真ん中辺りから崩れ落ちている。

 発達した建築と製鉄技術によって大崩壊後も、数世紀の歳月を持ち応えているティアマットの無人都市であるが、部分部分では保持しきれずに崩壊する箇所も出ていた。

 海からの塩気を含んだ風が吹く沿岸部で、錆止めのペンキも塗られずに2世紀。良く持ったには違いない。


 舌打ちしている『カウボーイハット』に、肩を竦めつつ『小太り』が提案した。

「……地上まで十メートルないぞ。ロープを垂らせば。いけるか?」

 暫し、階段の様子を確かめていた『カウボーイハット』だが、やがて慎重に首を振った。

「……止めておこう。階段の残りの部分も錆が回っている。

 お前の体重と荷物。途中で崩れたら……」

『小太り』は、ぞっとしたように首を縦に振った。


 非常口から出た行商人たちは、高速道路に戻って顔を合わせた。

「どうする?」

 気を取り直した『小太り』が『カウボーイハット』に尋ねる。

 細面の顎を撫でながら、『カウボーイハット』が空に視線を彷徨わせた。

 口を挟めるほど地理に詳しくない『小太り』は、高架橋から眺める綺麗な風景を眺めている。

 宙を睨んでいた『カウボーイハット』がやがて口を開いて提案した。

「次の非常口まで行くか」

「いや、此処がこの有様では、他の階段も似たり寄ったりでやばいだろう。

 それよりも、さっき枝分かれした分岐まで戻ろうや」

『小太り』の提案も尤もだったので、『カウボーイハット』も無言で肯いている。

「あちらの道路からでも、地面に降りられそうだった」

「あの先は少し遠回りになるが……まあ、仕方ないな」

 茶色いポンチョの下で『カウボーイハット』は肩を竦めながら同意を示し、一向は再び歩き出した。


 ティアマットの無人都市において、未知のルートの探索には常に危険が付き纏っている。

 建物や区域全体が、動く者はなんでも餌にする変異生物の縄張りとなっていることもあるし、人類に対して敵意を抱くミュータント種族の哨戒と出くわす可能性もある。

 例え、僅か百メートルの道路でも、物影や路地に罠や危険が巣食っていないとは言い切れない。

 だから、旅慣れた者たちは、大抵、自分なりの見知った経路を持っていたし、廃墟の都市部では見知らぬ道を進むのを好まない。


 何事もなく分岐路に戻った二人は、緩やかに傾斜している旧高速道路の上をゆっくりと歩いていく。

 高速道路の上には、数百台の廃車が連なっていた。

 大崩壊の当時、一体、何が在ったのか。今のティアマット人には、想像もつかない。

 運転席や助手席には、髑髏や染みも見当たらず、僅かな白い結晶だけが残されている。

「車かぁ。凄いものだよな。こんな貴重品を何千人も持っていたなんて信じられないな」

 エンジンを抜かれてスクラップと化している車を眺めながら、『小太り』はふと呟いた。

「……何千人どころか、ノエルだけで何千万台も走っていたって話もあるな」と『カウボーイハット』。

「おいおい、有り得ないぜ。何千万って単位の意味を分かってるのか?」

 肥満した友人が鼻で笑うと、『カウボーイハット』はイラッとした気配を発しつつも、根拠を説明してやった。

「当時のノエル連合国は、人口4億人。

 一家族に一台の車を持つだけで、一億台になる」

「車ってのはね。そんな簡単に動かせるものじゃないの。

 定期的なメンテナンスも必要だし、燃料だっているのよ?」

 わかるう?と、得意げに鼻をうごめかせている『小太り』に、『カウボーイハット』が舌打ちする。

「最低、一千万はあっただろうよ。

 で、そう言うお前は、どれくらいの台数だと思ってるんだ?」

「まあ、一つの町に一台として三万台……いや、そんなないな。

 実際には、全国で多くて一万台ってところだろう」

 今度は、『カウボーイハット』が鼻で笑った。

「へっ、この高速道路だけで国中の車が集まってる計算になるなあ?」

「だから、馬車だってあるだろうよ。と言うか、此の全部が自動車なんて有り得ないぜ」

「全部、自動車だな。鉄製だ」

「鉄製の馬車だってあるだろ?」

「どうして馬車にエンジンの跡がついてるんだ?」

「例えば、機械式のちょっとした補助動力なんだろ。

 主力は馬で機械の補助をつけてるのさ」

 実際のところ、『カウボーイハット』の出した数字の方が正解に近かった。

 しかし、技術が喪失し、知識や歴史、文化の断絶してしまった世界に生まれ育った青年達には、往時の繁栄を思い描くのは想像を絶するほどに難しいのだ。


 どうでもいい議論を交わしつつ、時折、進行方向に用心深く視線を走らせていた『カウボーイハット』が立ち止まった。

 顎を撫でてから、警戒の対象物を握った拳の親指だけでそっと示した。

『カウボーイハット』の指の先では、小さな建物についた黄色い回転灯が今も光を放っていた。

「見ろよ、まだ照明が生きてるぜ」

 感心したように『カウボーイハット』が帽子の唾の下で目を細めた。

 足を速めた二人が壊れた車の間を縫いながら歩いているうち、やがて無人と化した料金所の前までたどり着いた。


 一行が料金所のゲートを潜り抜けると、くすんだ赤いサイレンがピカピカと光りだした。

『……料金を払ってください。ゲートの強引な通過は違法行為です。料金を……』

 女性の声でスピーカーから警告が発せられた。同時にゲート天井に設置されたカメラがゲートを強引に突破した二人組の顔写真を、警察中央でまだ無意味に生き延びているコンピューターに照会していた。

 結果、料金所に不法侵入した一行が国籍は愚か、入国記録さえ持たないことが判明し、次は警告を発しだした。

『……不法入国は犯罪です。直ちに壁に手をついて、警察官の到着を……』

「まだ、使えそうな機械があるなあ」

「壊さずに持っていくのも難しいし、大体、スピーカーが売れるのか?」

 壁から鳴り響く警告の声を完全に無視して、一行は料金所を通り抜けた。


 時折、立ち止まってはコンパスを眺め、手元のメモ帳に歩いた道や目印を書き込みながら、其の侭、見知らぬ高速道路を歩き続けた二人の目の前に、ようやく見覚えのある光景。朽ち果てかけた車会社の看板が見えてきた。


「もう少しで爺さんのところだぞ。数日振りで柔らかい布団で眠れるな!」

 道すがらの廃車の屋根に登ると、『小太り』が前方を眺めながら陽気に叫んだ。

『カウボーイハット』は、車の屋根で小躍りしている『小太り』を無視して黙々と歩を進めている。

 車の屋根で躍っているうちに置いていかれた『小太り』が、叫びながら相棒を追いかけてきた。

「……少しゆっくり歩いてくれえ!気が急くのは分かるが……」

 やっと追いついた肥満の行商人は、短距離を疾走してぜえぜえと息を切らしている。

 本物のアホだ。思いながら『カウボーイハット』が歩調を緩めると、小太りの行商人は声を張り上げた。

「爺さんに会うのも、久しぶりだな!」

「半年か……それくらいになるな」

「飯が楽しみだ。特にブイヨンの効いたトマトスープは絶品だ」

『小太り』の言葉に『カウボーイハット』も肯き、空に太陽を見上げた。


 時刻は既に昼を廻っている。今から全力で歩いても『町』に着くのは、間違いなく日没の後。恐らくは夜半過ぎになるだろう。

 出来るならば、ミュータントや変異生物が群れをなして彷徨っている曠野を夜間に横断するのは避けたかった。


 ティアマットの曠野に安心して休息を取れる拠点は少ないが、丁度、街道筋のドライブインに引退した行商人の老人が暮らしていた。

 そこで一泊する予定だ。

 無論、只ではない。それなりに金は掛かるだろうが、幸いに家主は守銭奴ではなかった。

 町での仕入れ値によって上下する時価だが、納得できる範囲で収まっている。

 なにより老人は、顔見知りと会うのを楽しみにしている節があった。


「爺さんの顔を見るのも、久しぶりだな」

『カウボーイハット』が言った時、小太りが駆け出した。

「おう、丁度、見えてきたぞ!」

 指差した200メートルほど前方。道路沿いにドライブインの看板が朽ちかけながらも佇んでいた。


 小高い丘陵地帯から海に面した盆地へと向う途中のなだらかな坂道にそのドライブインは位置していた。

 広大な駐車場には、数十台の錆びた車やトラック、そして所々に瓦礫が転がっている。

 幹線道路に面した入口の反対側は巨大な崖が聳え立ち、周囲より窪んでいる駐車場の周囲は、転落を防ぐ為に高い頑丈なコンクリート壁で囲まれている。

 スクラップや瓦礫の間を小器用に走り抜けると、『小太り』が駐車場中央の建物に駆け込んだ。

「おーい、爺さん。俺だ、元気かー。顔を見に来たぞ」

 入り口の食堂に踏み込んで声を掛けるが、返事は返ってこない。

「……返事がない。留守かな」


「町に仕入れに行ってるのかもな。だとしたら、二、三日は帰らねえかも」

 肩を竦めつつ『カウボーイハット』も相棒の後に続いて、食堂へと足を踏み入れた。

「……参ったな。当てにしていたんだが」


 愚痴を零している『小太り』の傍ら。食堂を見回していた『カウボーイハット』がふと、顔を顰めた。

 壁際へと近寄って、しゃがみこんでいる視線の先。

 外側から家の食堂に向って、ガラスが割れていた。

 ガラスは最近、割れたに違いない。破片の上には、埃がほとんど積もっていない。


 周囲をそれとなく観察していた『カウボーイハット』が、立ち上がった。

 ガラスの散っている一角をじっと眺めつつ、相棒に鋭い視線を向けた。

「おい……前に来た時、そこの窓ガラスは割れていたか?」

『小太り』が首を傾げる。

「……さて、どうだったかな?」

 かなり頑丈なはずのガラスが外側から叩き割られてた。

 椅子の上に転がっているガラスの破片を見て、記憶が刺激されたのか。

『小太り』は、わずかに顔を強張らせた。

「……いや、待て。其処に座った覚えがある。ガラス片はなかったはずだ」


「爺さん。おい!いないのか!」

 やや焦れた様子を見せつつ『小太り』が声を張り上げた。

「おい、デブ。静かにしろ!後ろに下がれ。頭を下げていろ」

 屋内の奥へと駆け出そうとした相棒の肩を掴んで押し留めると『カウボーイハット』は、押し殺した声で囁きかけた。


 低い体勢を保ったまま『カウボーイハット』は、椅子や机の散らばっている古い食堂内に視線を走らせた。

 屋内の物音や気配を感じ取ろうと耳を済ませるが、自分たちの荒い息遣いを除けば、異様な静寂だけが場を支配している。


「何か……在ったと思ってるのか?」と『小太り』

「分からん」

『カウボーイハット』は簡潔に返した。

 椅子や机に視線を彷徨わせた『小太り』が舌打ちした。

「考えすぎじゃないのか。爺さん、留守にしているだけかも知れんぜ?」

 中腰の姿勢を取ったまま『カウボーイハット』は、無言で四方に視線を走らせていた。

「勘違いなら、勘違いに越したことはないな……だが、どうにも奇妙な感じがする」

「……こんな街道筋から外れた裏道で何かあるとは思わんぜ。

 ミュータントやバンデットだって、辺りじゃあ見かけたこともなかったのに」

 困惑している『小太り』を他所に、乾いた唇を軽く舌で湿らせた『カウボーイハット』は細い眼差しを益々、鋭くしている。


 カウボーイハットは、記憶にある爺さん愛用テーブルに歩み寄ると表面を指で反ってみた。

 ついた埃を眺めてから、指先をすり合わせて埃を払う。

「……最近まで、爺さんは此処で生活していた。だが、最近は誰も使ってない」

 店内には薄く埃が積もっている。つい最近まで誰かが清潔に保っていなければ、埃の量はもっと多いはずだった。

 薄暗い闇が蟠っている廊下の奥へと視線を投げかけて、カウボーイハットの行商人は考え込んでいる。


 小太りが大きくため息を洩らした。

「なあ、考えすぎじゃないのか?

 長期間留守にしているだけかも知れん。或いは、町に引っ越したのかも知れない。

 いい加減、人恋しそうだったからな」

「なら、来訪者に備えて、メモくらい残していると思うんだがな……」

『カウボーイハット』は不安を隠そうともせずに呟いている。


『小太り』は相方へと向き直った。

「で、どうするよ……不安なら、とっとと離れるか?」

「それも手だが、爺さんも放ってはおけん」

 自分たちの身の安全だけを優先するならば、すぐに離れるべきだろう。

 一方で、『カウボーイハット』は、老人の安否も気に掛かっている。


 身の安全と義理人情を脳裏で秤に掛けて、難しい表情で考え込んでいた『カウボーイハット』だが、突然、骨董品物のリボルバー銃を引き抜くと、窓際に伏せた。

「どうしたね?」

「今、窓の外で……何かが動いたような」

 錆び付いた車の列の向こう側に、何か動く影が見えたような気がした『カウボーイハット』は、外の様子を窺いながらそっと囁いた。

『小太り』も窓際に寄った。視線を凝らすが、何も動くものは見当たらない。


「……おい。なにもないぞ。夢でも見たんじゃないのか?」

 二人の間に奇妙な沈黙が立ち込めている。

「いや、確かに何かが動いていた……はずだ」

「で……どうする?」

「俺は外を見て廻る。お前は建物を……いや、やっぱりいい。そこを動くなよ?」

『小太り』は、こういう時に動き回るには不向きな体格をしている。

 建物内に潜んでいる怪物なり、バンデットに物影から不意に襲い掛かられたら、敏捷とは言いがたい『小太り』は一溜まりもない。


「分かったよ……俺は此処でゆっくりと待たせてもらうとするさ」

『小太り』が皮肉っぽい物言いで了解したと肯いたのを見届けると、『カウボーイハット』は扉へ向って大股に歩き出した。

 相棒の背中に向って『小太り』が声を掛けた。

「何かあるとは思ねえけどよ。用心しろよ」



今回もおっさん二人組しか出てこないの

ごめんね!おっさんしか出てこないでごめんね!

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