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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
☆ティアマット1年目 その1 ギーネ ティアマットの地に降り立つですぞ
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ACT 03 必殺、北欧羅漢撃

「この時計は正真正銘の地球製ですぞ。見てごらんなさい。

 ほら。made in earthって書いてあるじゃないですか!」

「確かに本物だね。50クレジット」

「うう、有り得ない。買った時は700帝國ポンドもしたのにぃ」

「そうかい。で、どうするんだい?売るのかい?売らないのかい?」

 ギーネがどんなに粘っても、質屋の老婆は値を上げようとはしない。

「ううう、足元を見られている」

 泣く泣くお気に入りのスイス製腕時計を捨て値で手放そうとしているギーネだが、アーネイが制止した。

「お嬢さま、他に質屋があるかもしれません。

 もう少し歩き回って他の店も当たってみましょう。売るのは何時でも出来ます」

「……うん」

 

 裏通りにある質屋の薄暗い店内から街路に出た二人は、差し込んでいる木漏れ日に思わず眩しげに目を細めた。

 見ず知らずの土地にたった二人で流れ着き、法の保護も期待できず、明日から食べていく当てもないときては、さすがに傍若無人なギーネであっても相当に応えているようだ。

 黄昏時の町の路地裏や表通りを行く当てもなく、ふらふらと彷徨い続けている。

「夕暮れが長いですね、この惑星」

「……お腹空いた……寒い……心細い……おうち帰りたい……おうちもうない……」

 ティアマットの一日が地球よりも大分長いとは言え、時は無情に過ぎ去っていく。

 日暮れも近づいてきたのに、一文無しの二人は今夜の宿すら決まっていなかった。

 

「……ところでアーネイ。気づいていると思いますけど、さっきから、何人か後をつけてくる人がいます」

 通りを曲がる際、一瞬、後方に鋭い視線を投げかけてから、アーネイが肯いた。

「連中の顔には見覚えが。質屋の前で屯っていた輩ですね」

「質屋さんとつるんでいるのかな、それとも……」

 ギーネが言いかけた時、二人の前方からも荒んだ雰囲気を纏った与太者っぽい連中が近づいてきた。

 此の侭では、前と後ろから挟まれる。

 舌打ちしたギーネが、挟撃されるのを嫌って素早く町並みを見回した。

「兎に角、大通りに出ましょう」

 大通りに出ようとして横合いの細い道に入るが、目の前には金網の壁が立ちはだかっていた。

「金網で塞がれています。先刻は開いていたのに……金網の扉にも鍵がついている」

 迷い込んだ路地裏で立ち止まった二人。踵を返して小路から出るも、街路では後を追うようにして数人の男たちが足早に近寄ってきている。

「まずいですね。連中、明らかに私たちに目をつけて追ってきています」

 緊迫した口調でギーネが言うと、四方に視線を走らせながらアーネイも肯いた。

「……止むを得ません。大通りからは遠ざかりますが、左手の小路に逃げ込みましょう」

 

「ん……ちょっと暗い雰囲気のところに踏み込んでしまいましたね」

 五分後、ギーネとアーネイは陽光もろくに届かない薄汚い袋小路に立ち尽くしていた。

「もしかして誘い込まれましたか」

「あからさまな連中は勢子だったのかも知れません」

 囁きあっている二人の周囲、一見、人気のない裏通りのそこかしこで影が蠢いていた。

 四方の物陰や小路から人が出てくる。

 もはや意図を隠そうともせず、嫌らしい笑みを口元に張り付けている荒んだ眼差しの男たち。

 背中合わせに身構えて、警戒の視線を投げかけながら、人相の悪い男たちに取り囲まれてしまったギーネがぷるぷると震えていた。

「ここどこですか?この人たち。なんで私たちを見てニヤニヤ笑っているんですか?」

「カマトトぶらないでくださいよ。分かってくる癖に」

「Hなことする心算ですね。薄い本みたいに。薄い本みたいに」

 

 横に膨れ上がった蛙のような大女が巨大な出刃包丁を光らせながら現れると、さすがにギーネも減らず口を止めた。

「……らめぇ、リョナ系はちょっと遠慮したいのですが」

 周囲を取り囲んだ泥水のように澱んだ眼差しの男女は、包囲の輪を少しずつ縮めてくる。

 ひりひりとした緊張感に包まれながら、ギーネが微かに唇を舐めた。

「むう……今こそ、北欧神拳の真髄を見せる時か」

 呼吸を整えながら、アーネイが低く囁いてギーネに忠告する。

「下手に振舞えば、死にますよ。油断は為されませぬよう」

「分かっています」

 アーネイは、ポケットの中でメリケンサックを嵌めた。

 合金の板が指全体を覆う、棘の生えた凶悪な形状の代物で、鍛え抜いたアーネイが全力で拳を叩き付けると、まともに当たれば月の輪熊の頭蓋骨を粉砕できる。

「高く売れそうだね」

 大女が悦に入った表情を浮かべながら、喉を鳴らした。

 睨み合っていた二人と大勢の視線が絡み合い、沈黙のうちに空中で破裂した。

 瞬間、それを合図に悪漢共が一斉に殺到してきた。

 

「突破しますよ!」

 拳を構えたアーネイが、人ごみの分厚い箇所に突っ込んだ。

 せせら笑った大女が出刃を振り上げた次の瞬間、目の前のアーネイがさらに加速。

 一瞬、見失った次の瞬間、大女の懐にアーネイが飛び込んでいた。

 鼻骨の粉砕される鈍い音が路地に響き渡り、呻きを洩らした大女が無様に地べたに崩れ落ちると、その横でさらに顎や胸壁を砕かれた男たちが呻きすら上げずに壁へと叩きつけらて白目を剥いた。

 

 乾いた笑みを張り付けながら、寄って来て腕を掴もうと手を伸ばしてきた男の腕を逆に掴み、ギーネは懐にもぐりこんだ。

「護身完成なのだ!」

 亡命貴族の裂帛の気合と共に、宙を舞った男が背中から勢いよく地面へと叩きつけられる。

「逃がすんじゃないよ!」

 血まみれの口で大女が上げた咆哮を背中に浴びながら、ギーネとアーネイは全力で走り出した。

「逃げますよ!」

 数人を突破して、大通りに向かって疾走するも、背後から執拗に複数の足音が追いかけてくる。

 ちらほらと住人らしき人影とすれ違うようになっても、男たちは尚も追跡してきた。

「しつこいですね」

 途中で見かけたゴミ箱をギーネが投げつけた。

「とりゃあ、北欧神拳奥義!北欧爆裂塵!」

 飛んでくる生ごみに怯んで立ち止まった相手に、すかさず拾った瓦礫を投げつける。

「ついでに必殺!北欧神拳殺戮忍者飛礫!」

 見事な放物線を描いたただの投石が、先頭の男を直撃した。

 頭蓋を割られた先頭の男は、白い内容物を食み出させながら、地面に倒れて痙攣し始める。

 さすがに怯んだのか。追っ手たちの足が僅かにたたらを踏んだ。

「はは、我ながら素晴らしいコントロール。自画自賛しちゃいますぞ!」

 おちょくるように走っているギーネたちの前に背の高い塀が立ちはだかった。

「アーネイ!」

 叫んだギーネが塀に手をついて屈むと同時に、その背を踏み台にしてアーネイが飛翔した。

 壁のいただきに手をかけて一気に登り詰めると、次いで手を伸ばして地面のギーネを引っ張り上げる。

「主君を足蹴にするとは……」

「捕まって娼館とかに監禁されるよりは、ましだと思いますよ」

「下手したら、食べられていましたしねぇ」

 塀の反対側にある空き地に着地した二人は、素早く追っ手を警戒する姿勢となる。

 息を飲んで追撃を待ち受けていると、向こう側から悔しげな叫び声が聞こえてきた。

 どうやら追っ手も諦めたらしく、足音が去っていく。幸いにも振り切れたようだが、街中でもさほど治安は良くないのだと肌で実感させてくれた出来事だった。

 

「さすがに疲れました。汗も掻いたし、水浴びしたい気分ですよ」

 陽光の下に戻り、やっと息がつける気分になったアーネイが地面にへたり込んだ。

 ギーネは付近の壁に寄りかかって、息を整えている。

「アーネイが弱音とは珍しいですね。とは言え、お腹も空きました。何か食べますか?」

「時計を売るんですか?」

 見上げたアーネイに、ギーネが胸を張った。

「お金ならあります」

 小さな巾着を取り出した。

「……何時の間に」

「先刻、もみ合った時」

 得意げに笑っているギーネに、アーネイは感嘆したような、どこか呆れたような素振りで首を振った。

「ああ、お嬢さまはティアマットだろうが、どこだろうが、充分に生きていけますね」

 

 取り敢えず、帝國貴族とその家臣は、1日歩き回った末、入手できた唯一の収穫を吟味し始めた。

「……ニッケルとか黄銅の貨幣ばっかりです」

 アーネイの落胆したような物言いに、ギーネも悲しそうに呟いた。

「如何見ても小銭です。ありがとう御座いました。

 あーあ、Hな妄想しているだけでお金をくれる仕事とかありませんかね?

 そうしたらきっと大富豪になれるのに」

 なに言ってんだ、こいつ?

 家臣から露骨に馬鹿にした目つきで眺められたギーネが、ついに臍を曲げた。

 いきなりコンクリートの地べたに寝込んで横になると、動こうとしなくなる。

「どうしたんです?」

「疲れた……もう歩きたくない」

 頬を膨らませながら、上目遣いで拗ねたようにアーネイを見上げている。

「いい年してる人がそんな事しても全然。本気でぜんっぜん、可愛くありませんよ」

「……お腹空きました。何でもいいから食べ物買ってきてください。文句は言いませんから」

「……はいはい。虫団子でも買ってきますから。そこで待っててください。

 知らない人について行ったら駄目ですよ」

「……虫団子はヤダ。ステーキがいい!ステーキ!ステーキィ!」

 人気のない路地とはいえ、食べたいものを連呼しながら、手足をじたばたさせて暴れるギーネ・アルテミス十九歳児。

 額に青筋が浮かぶのを自覚したアーネイ・フェリクスは、主君の尻を蹴り飛ばす空想で怒りを耐え忍びつつ、手頃な食べ物を探して足早に街路を歩き出した。

 

 

「お嬢さま、お嬢さま」

 財布を手にして立ち去った筈のアーネイがすぐに走って戻ってきた。

 見た目、手ぶらであるので、自分勝手なギーネは益々、機嫌を曲げてしまう。

「なんです。食べ物はどこです?

 ……分かった。ひとりで全部食べたんですね。このいやしんぼめ!」

「そんなことよりも、朗報です。泊めてくれるという人がいました」

「そんなこと言って誤魔化そうとしても無駄です。罰として添い寝を命じ……え?」

「道端でアルトリウスの歌を歌っている婦人がいたので話しかけたんです。

 同じアルトリウスからの亡命者だそうです。

 私たちも帝國からの移民で、困っているのだと正直にこちらの事情を話したら、一発OKでした」

 

 目を見開いたギーネは、首を傾げると低い声で家臣へと尋ねた。

「どんな人ですか?」

「身なりは綺麗とは言えません。けして裕福ではないでしょう。

 道端に落ちてる家畜の糞を集めて、乾燥させて燃料にして売る生業をしています。

 一応、食べていくことは出来るそうで、きちんとした仕事が見つかるまで、此れで食い繋ぐ難民なんかは多いそうです」

「……勿論、文句は在りませんが、都合が良すぎるような気がする。

 いきなり同郷の出身者とは、用心したほうが良いのではないか?」

「騙されるんじゃないかとか、食い物にされるんじゃないかとかお考えで?」

「……慎重になりすぎかな?自分でも疑心暗鬼になっている気はしますが」

 人見知りして唸っているギーネだが、その声は確信を欠いていた。

 色々あって気持ちが弱まっているので、呟いた言葉にも常の自信がなさげであった。

 主君の気持ちを読み取ったアーネイは、肩を竦めた。

「慎重なのは悪いことではありませんが、警戒しすぎでは?

 世の中、善人ばかりでもありませんが、悪人ばかりでもありません。

 体当たりで、意外と道が開けたりするものです」

「だけど……しかし……」

「それに騙されたっていいじゃないですか。

 躓いてもまた立ち上がって歩いた方が、騙されないよう用心深く振舞うよりも効率的です」

「それほど危険な落とし穴がない土地ならね。その方がいいだろうさ。

 だけど、ぶっちゃけ……文明地ではないよね。ここは。奴隷に売り飛ばされたりとか……恐いぞ」

 帝國であれば社会的地位も有する立場であったし、母国ともなれば異なる階層の思考や土地柄での生活についてもある程度の見地を有していた。

 しかし、今いるのは全くの新天地。一介の移民に転がり落ちた現状。何もかもが暗闇を手探りで探らざるを得ない状況で、ギーネは何かと及び腰になっている。

 臆病風に吹かれたのかと自分で思いつつも、気持ちだけはどうにもなりそうもない。

「よっぽど致命的でない限り、取り返しはつきますよ。

 人口が希薄で、無制限に移民を受け入れている土地なんですよ。

 帝國からだけでも、年に何百人もの人々が移住してきて新しく人生を切り開いています」

「帝國は今、内戦に陥っているし、ティアマットが希薄にしか人口を養えない土地だというのは分かってるよね?

 成功しているのも、纏まった資産と武装を持って移住した中層で、最下層の難民は……

 しかし、ここに居ても……まあ、用心はするけど、一応、会ってみよう」

 肯いたアーネイが、ギーネの手をとって立ち上がった。

「さあ、行きましょう」

 頬を染めてはにかむギーネ。

「……アーネイ。なんと男前な。こんな風にリードされたら惚れてしまいそうです」

「済みません。気持ち悪いんで手を離していいですか?」

「もっ、もっ、勿論、人としてですよ!変な誤解しないでくだしあ!」

 


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