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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
☆ティアマット1年目 その3 ギーネ ティアマットの地で戦うですぞ 前篇
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03 喋るのを止めろ。お前の責で帝國が誤解される。

「アーネイさん。アーネイさん。忠誠を誓った騎士の癖に、襲い来るアメーバの大群を前に主君を置いて一人で敵前逃亡した輩がいるのですが、どう思いますのだ?

 個人的には、誉ある帝國騎士の風上にも置けないと思うのですぞ」

「さて?なんのことでしょう。

 地上に顕現した(自称)女神の化身たる英雄を名乗って、アメーバなど何体来ようが3秒で片付けられると豪語されていた方がいたので、邪魔をしてはいけないと後方に控えたことはありましたが」

 怒涛の勢いのアメーバたちの追跡を辛うじて振り切ったギーネとアーネイは、力のない歩調でホームタウンまでの道なき道をとぼとぼと歩きながら、お互いの無事を祝しつつ、今回の敗北の原因について責任を擦り付け合い……もとい、明日の勝利に繋げようと敗因を分析していた。まことに麗しい主従の姿であろう。

 

 ギーネのズボンの尻の部分を見て、痛ましそうに頬を痙攣させたアーネイが訊ねる。

「そう言えば、お嬢さま。お尻のところが破けていますが、どうされたのですか?」

「アメーバの棘棘の触手に叩かれたのだ。お尻がヒリヒリするのだ」

 ギーネが例によって泣き言を洩らした。

「アーネイ。私たちの唾液にはナノマシンが含まれていて、鎮痛作用と殺菌効果があります。優しく舐めて欲しいのだ」

「お嬢さまの尻を?自分で舐めやがれください」

 憮然としたギーネの様子に、アーネイは堪えきれずにぷっと吹き出した。

「あんな鈍足相手に逃げ遅れるとか。ださッ。

 舐めプしてるから、一撃くらうのですよ。

 敵を侮るお嬢さまには、いい薬です」

「ぬぬぬ、この卑怯者。背徳の卑劣漢め。

 激戦の最中の貴様の無傷が、有罪の証拠なのだ。

 主君を囮にして安全を確保するとは、許せませんのだ」

「スペースオペラに出てくるやられ役の門閥無能貴族みたいな台詞ですね。

 普段にも増して、小物に見えます。

 まさか帝国全土でも比類なき名門の当主であるお方が、バット一本あれば誰でも勝てるような脆弱なアメーバ如きに尻尾を巻いて逃げだす光景を目にする日が来ようとは。

 ああ、情けない。世も末です。いえ、誰の事とは言ってませんよ。お嬢さま」

「……むう、返す返すも残念ですぞ。腹痛が起きなければ、今頃、アメーバ共。私の北欧神拳で千切っては投げ、千切っては投げ……」

「はいはい」

 町の防壁に辿り着いたギーネとアーネイ。顔馴染みとなった門番の横を素通りして正門を潜ると、疲れた足を引きずりながら、ギルドへと続く道を歩いている。

 見知らぬ女性ハンターに託されたタグの鎖を指先に引っ掛け、適当に廻しながらギーネは呟いた。

「タグを見ると亡くなったあの女性、Hクラスのハンターだったようです」

「……で、名前も分からないのですが。どうするんですか?」

「大丈夫。ナンバーも記載されています。ギルドに聞けば一発ですぞ」

 気楽に言いながらタグを目の前に翳したギーネは、その意匠に注意を払った。

「しかし、随分と立派なタグなのだ。

 ☆のマークが二つ刻まれていてデザインも格好いいのだ。

 我々に支給された安物とは大違いです」

  

ギルド会館にやってきた二人であるが、ギーネはなおも愚痴っていた。

「スライムなんて序盤の雑魚が定番な相手に、命辛々の敗走なんて悔しいですぞ。

 あーあ。チートが欲しいのだ。超能力でも、魔法でもいいから、ギーネさんの血に秘められた大いなる力が今すぐ覚醒しないかなー」

「なにを贅沢な。普通の人に比べたら、身体能力も知能の高さも既にチートでしょうに」

「具体的には、可愛い女の子限定で効くニコポとナデポが希望ですぞ。うぇひひ」

「ならば、オーディンではなく、ゼウスを守護神に選ぶべきでしたな」

 

「もしチートが手に入っても、自分の為だけに使わず、世の為、人の為にも使うから、神様はすぐにチートを授けてほしいのだ」

アーネイはもはや言葉もなく、冷たい眼差しで神様を騙そうとしている主君を眺めた。

「なっ、なんですか。その呆れたような眼は。罪のない空想ぐらい誰だってするでしょう」

 馬鹿な願望丸出しな主君の言動を眉を顰めて眺めつつ、これはあれだな。ストレスが限界に達したのだなと、アーネイは悟らざるを得なかった。

 先刻からの様子を見るに、どうもギーネのバイタルが停滞期に入っているようだ。

 夢も希望も見えない状況で底辺なハンター生活を続ける日々は、確かに精神を削ってくれる。

 長期に渡って緊張を強いられ続けられ、精神的な疲労が限界に達すると、ギーネは野放図になる傾向があった。


「中学校の頃とかさ。退屈な午後の授業中、学校にテロリストがやってきたら、どうやって戦おうとか。帝國人なら一度や二度は空想したことがあるでしょうに。

 あれと同じ現象ですぞ。名づけてファントム・ヒーロー・シンドローム」

 掌で顔半分を覆う格好いいポージングをしつつ、無駄に格好いい名称を発表するギーネ・アルテミス。

「おい、ポンコツ貴族。それ以上、喋るの止めろ。人に聞かれたら帝國人が誤解される。

 それに大人になっても現実と空想の区別がつかないのは可哀想な頭の病気の証拠です」

「うう。かつて北米大陸では、マーク・トウェインの著書は、子供を不良にするといわれて焚書されたのだ。

 こうして圧制者である冷酷な大人たちの手によって想像力の自由な翼をもがれた子供たちは、自由なる空を失っていくのだ」

「誰が子供と大人ですか。私と二歳しか違わないのに」

 アーネイからすると、ギーネの自己陶酔の限りが腹立たしい。

「そもそも圧制もなにも、アルテミス候国ではお嬢さまこそが絶対的な専制君主だったではありませんか?」

 怠惰な猫の子みたいに家臣に襟を掴まれたアルテミス候国の至高の統治者は、動くのも億劫そうに間延びした声で呻いている。

「ギーネさんの独裁は、いい独裁ですぞー」

「はいはい。お嬢さまは常に正しいですよ。

 アルファ・コンプレックスのコンピューターさまにも負けず劣らずの支持率ですとも」

 

 いい感じに脳味噌が沸いて駄目人間丸出しとなっている主君を引っ張りつつ、アーネイはギルドの受付に顔を出した。

 アメーバの中核細胞を鞄から出して換金しつつ、狩りの最中に死んだ女ハンターから託されたタグを取り出して、ギルド職員に事情を説明し始める。

「アメーバの細胞たるもの、もっとぬめぬめしているべきだと思うのだ」

「この馬……お嬢さまの言うことは気にしないでください」

 余計な口を挟んでくるギーネを睨みつけて黙らせつつ、アーネイが一部始終を語った相手は、ギーネたちに幾らか好意的である眼鏡を掛けた女性であった。

 

 時折、ギルドや町の内外で起きているニュースなどを帝國人たちに逸早く教えてくれたりする。

 耳寄りな情報を教えてくれる眼鏡さんの思惑が何処にあるかは分からないが、一度、何気ない世間話の際、祖母が帝國も含む惑星世界アスガルドの出身者だと口にしており、郷愁めいた気持ちからギーネたちに親切心を示したのかもしれない。

 

 起きた出来事を話し終えると、女性職員は手元の台帳を捲って回収されたタグの番号を確認し出した。

「これはマゴーネさんのタグですね。死亡は確認しましたか?」

 アメーバの襲撃に気がはやって、脈を取り忘れていたアーネイ。

 しかし、死亡は間違いなかった。

「……恐らくは。あの出血と怪我で生きているとは思えません。

 どんな人だったんですか?」

「Hランクでは上位の腕ですね。気風がよくて面倒見のいい人でしたよ。

 一言で言えば、気持ちのいい姉御肌でした。

 それなりに腕はよかったんですけどね。

 一度なんかツインヘッドハウンドも狩ってきたことがあったのに……」

「ツインヘッドハウンドねえ」

 また知らない怪物の名が出てきて、アーネイはギーネと視線を見合わせた。

 口ぶりからしてこの女性職員。件のマゴーネとは既知の間柄であったようだが、特に嘆く様子も見せずに事務的に淡々と手続きを進めていく。

 ハンターの死は、本当によくあることなのだろう。

 アーネイがなんとはなしに掌に収めた銀色のロケットを開くと、死んだ女性が子供たちに囲まれて笑顔を浮かべていた。

 死に際に遺品を預かった。それだけの間柄であった筈が、非業の死を遂げた女ハンターの人生とその最後が奇妙に身に染みた気がした。

 

 ギルドの女性職員がアーネイの握り締めている銀色のロケットに気づいた。

「それは此方でお預かりします」

 職員の言葉の硬さに内心、狼狽したにせよ、アーネイは動揺を表には表さずに返した。

「え、いや。死人に手渡してくれと託された物なので。

 一応、自分で手渡したいな、と」

 言ってから、アーネイは付け加えた。

「それにどんな最後だったかも、伝えてやれるなら、伝えてやりたいと思ったのだが」

 アーネイの言い分を聞いたギルドの女性職員は考え込んだ。

「……分かりました」

 

「住所を教えてもらえないかな?」

 アーネイが呼びかけると、日時と死んだ際の状況を記す書類を提示された。

「では、この書類にサインを。」

 書類の事項を細かく確認してみると、ギルドに対して確約するサインも求められるようだ。

「虚偽の申請が発覚した場合、厳罰に処されますので」

「厳罰?」

 ペナルティを出されて僅かにアーネイは、ギーネに視線を向けたが、主君はどうでも良さそうに腑抜けている。

「なんか色々とどうでもいいー」

 内戦下を逃げ惑っていた時期にも、年単位で平然と緊張を維持できるアーネイとは違い、一息つける状況になるとギーネは気が抜けることがあった。

 しかし、現状は長期的な休暇を許してくれる状況でもない。

 立ち直るまで一、二週間は、怠け者なお嬢さまと付き合うことになるだろうな。

 やや苦々しく、それでもフォローについて想いを巡らせながらアーネイは書類に対して注意を戻した。

「虚偽の申請ね」

 

 考え込んでいると、横合いからギーネが書類とペンを手に取った。

 さらさらと書類に書き込み始める。

 死人からタグとロケットを託された。顔見知りではない。

 誰某が死んだのを見たとは書かず、見知らぬ人物に託された。

 状況からして恐らくタグの持ち主だろうと考えられるが、断言は出来ない。

「状況を正確に書いたのだ。これでいいか」

 求められた筆記事項を埋めたギーネが、書類を差し出した。

 書類を一瞥した女性職員だが、用心深い文言だと思いつつ眺めてから返してきた。

「あっ、出来れば時間と場所もお願いします」

「場所?狩場を教えるの?」

 ギーネは露骨に嫌そうに呟いた。

「ええ。そうなりますね」

「……分かった。南西の住宅街の廃墟と」

 一口に住宅街と言っても、キロ四方単位のかなり広い一帯である。

 狩場の詳細をやや曖昧にして記さぬまま、ギーネは書類を埋めて再提出をした。

「これで、いいかな?」

「ああ、これなら結構ですよ」

 受け取った職員が書類をバインダーに仕舞うのを待って、アーネイが訊ねた。

「で、家族の場所を教えてくれるかな?」

 手元の書類を眺めつつ、ギルド職員が住所のメモを書き出した。

「えっと。住所は町の南側にある宿泊所ですね。個室を借りてるそうです」


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