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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
☆ティアマット1年目 その3 ギーネ ティアマットの地で戦うですぞ 前篇
28/117

02 ギーネはスリングを装備した

 ティアマットでは珍しくもない光景であるが、町から南西に向かって徒歩でおよそ1時間ほどを移動した場所に、遺棄された町並みの一角が広がっている。

 大崩壊以前の往時。住宅街とそこに隣接する商店街として休日には無数の家族連れで賑わっていた大通りも、今はティアマットの曠野に無残に残された無人の廃墟と化していた。

 町から近いだけに、目ぼしい機械や崩壊前の遺物も持ち出されており、もはや棲む者も訪れる者もいない崩れかけた民家の壁の内側では古びた椅子に腰掛けた黒焦げの骸骨の大腿骨を鼠が齧っていた。

 ギーネとアーネイが訪れたのは、そんな宝漁りをするにも、狩りをするにも魅力に乏しい無人の市街地の一角であった。

 

「とりゃあ!必殺ギーネ・クラッシュ!」

 ただのスリングショットによる攻撃を大仰に叫びながら、ギーネ・アルテミスは鉄球を放った。

「ギャン!」

 鼻っ柱に鉄球を当てられた巨大な野犬は、甲高い悲鳴を上げると慌てて彼方へと逃げ出していった。

「はっはっは!他愛もない」

 遺棄された住宅街の大通りのど真ん中で、腰に手を当てて高笑いをかましたギーネは、手にしたスリングショットを満更でもなさそうに眺めている。

「それにしても、中々、使えるではありませんか。これ。」

 

「……金の無駄ではなかったのですか?」

 上機嫌で言ったギーネとは対照的に、そう吐き捨てたのは、ギーネの家臣であるところのアーネイ・フェリクスであった。

 廃墟の町並みの見難い物影や遮蔽物に警戒の眼差しを向けながら、手にしたホームガード・パイクで肩を軽く叩いている。

 

「そんな事もあったような気がしますのだ」

 アーネイの目と鼻の先で、他人が欲しがっていたという理由だけで購入したスリングショットを振り回しながら、ギーネは臆面もなくぬけぬけと言い切った。

 子供の玩具だの、金の無駄だの、事前に散々に貶しておきながら、臆面もなくスリングを独占しているギーネに対して、流石のアーネイも不機嫌にならざるを得ないという物だった。

 才能に恵まれているのか。ギーネのスリングが無駄に上手いのが、アーネイからするとまた余計に腹立たしい。

「ちょっと言ってることとやってることが違うんじゃないですかね?」

 皮肉ってみるも、皮肉が通じるには相手にも知性と品性が必要だということをアーネイは忘れていた。

「君子は豹変する物だと言います。自分の過ちを素直に認めて軌道修正するギーネさんは、それだけ君主としての資質に恵まれているのです!偉い!宇宙を支配するに相応しい!」

「……チッ」

「……あれ、アーネイ。今、舌打ちしませんでした?」

「さあ、気のせいでは?」

 何か釈然としないギーネだが、細かいことを気にするのは止めた。

 そういう気質が苦労性のアーネイに比して、人生を謳歌している秘訣なのだろう。

 先刻からギーネは絶好調である。狙ったところに思うように命中する上、今までは避けるか、逃げるかして結構、必死に対処していた野犬をお手軽に退けられるようになったので、色々と面白くて仕方がない。

 

 

「さあ、お目当ての公園に着きました!

 何はともあれ、試し撃ちはお終いです。いよいよ本番ですぞ!」

 公園入り口の朽ち果てかけた巨大看板には『アトラス自然公園』と薄れた文字で記されている。

 公園内の木立や枯れた噴水へと視線を走らせながら、アーネイは騒がしい主君に続いて公園入り口の段差となった境界を踏み越えた。

「公園ですか」

 

 在りし日には何十組の家族連れや子供たちで賑わっていた広大な空間も、無人となった今はただ静寂と侘しさが漂っている。

 サイズからして幼い子供の物だろう骸骨が、入り口付近のベンチに膝を抱えた姿勢で寝転んでいる傍らを、二人のハンターが地面に微かに残された小路を横切っていった。

 中途、右手の木立へと続く砂利道の両脇に、錆びた遊具がまるで過去の日々の墓標のように佇んでいた。

 

「開けていて見通しがいい。気に入りませんな。狙撃には絶好のポイントだ」

 周囲に警戒の視線を投げかけながら、アーネイは微かに神経を昂ぶらせて唇を舐めた。

 帝國の内戦地域では、貴族派、共和派を問わずにこうした箇所には狙撃兵が潜んでいて、敵兵の脳天や心臓に銃弾を叩き込もうと日夜、見張っていたものである。

 州兵として辺境防衛の任に当たっていた頃から、諸侯連合軍の騎士としてての前線勤務、そして候国陥落に伴う敗走の記憶が今も抜けていないアーネイは、狙撃に絶好のポイントに立っていることにどうにも居心地の悪さを覚えてしまう。

 軍用ブーツが地面の砂を踏むと、小さな擦り音が耳に届いた。

「……砂が多い。足音がするのも気に入らない」

気乗りしない様子で呟いてから、主君の背中を追いかける。

 

 公園内部。噴水付近は遮蔽物の殆ど見当たらない見晴らしのいい開けた空間が広がっていた。

 狙撃手が標的を狙う場合、まさに絶好のポイントに立っているな。

 そんな想いが脳裏を掠めると、どうにもアーネイの神経はささくれ立つ。

「……狙撃兵なんかいませんよ。ライフル持った悪漢がいるとしても、強盗だって人通りの多いところに出没するでしょう。此処は滅多に人通りもありません」

 ギーネは暢気に肯いている。

「先日、奴隷商人と揉めたばかりです」とアーネイ。

「大丈夫ですよ。後をつけてきた者はいませんでした」

 考えすぎといわれたアーネイは、天を仰いだ。

 アーネイは、スナイパーが恐ろしい。

 隣を歩いていた友軍の兵士が、銃声のした一瞬後には頭を撃ち抜かれて崩れ落ちている。

 常識で考えれば、早々はいるはずもない。

 臆病になり過ぎているのか。だが、念を押して主君に確認を取る。

「……此処は滅多に人通りがないんですよね?」

「道路を少し奥に行くと、巨大蟻がかなり大規模なコロニーを構築しているのだ。

 時々、蟻を目当てに熊みたいなアリクイやミュータント、それにもっと巨大な変異生物が潜んでいるとか。

 なので旅人も通らないし、それを狙う盗賊も滅多に現れません」

「なるほど」

「いざとなったら、パルクールして逃げればいいのだ」

 

 普段からの警戒と逃げ道の確保は、ハンター。それも戦闘力に欠ける手合いにとっては最重要の能力の一つだった。

 未知の街区に足を踏み入れる際、ギーネが最初に始めるのは逃走経路の確認であった。

 この道は通れるか。何処に通じているのか。息を潜められる場所はないか。

 隠れられるか。見通しはどうなのか。高いところから見つからないか。身を隠しながら遠ざかれるか。瓦礫の壁は使えるだろうか。

 伏せていれば身を隠せる箇所だとしても、逃げ道がないと袋の鼠になってしまう。

 新居に引っ越した猫のように、かくれんぼに情熱を掛ける子供のように、入念に道の状態や遮蔽の有無。全体から見て追跡者が怪しいと睨むであろう場所の特定などの作業を飽かずに続ける。

 時間帯による太陽の方角や季節の風向きなども重要である。(ギルドの資料によれば、怪物の中には嗅覚で獲物の有無を判断する奴もいるそうだ。同様に視覚や聴覚に優れている怪物などもおり、噂に拠れば、複数の高度な感覚を維持しつつ、知性と執念深さを兼ね備えた高い追跡能力を持つ変異生物も存在しているらしい!)

 

 逃げ易い小路の確認や、踏み台に出来る障害物の設置。廃屋に踏み込んでの安全な拠点の確保。ショートカットになりそうな屋上へと昇れるよう垂らされたロープ。いざという時に追跡を遮断するのに利用できそうな閉められる扉や崩れそうな壁などの障害物の状態。

 普段から廃墟の町中にそれとなく逃走経路を構築しつつ、時折だが、異常がないかも巡回してチェックしてみる。

 自慢の逃げ足を何時でも生かせるよう、逃げ道の確保については入念な準備を怠っていないギーネは、きっと生き残るということに関しては抜群の才能を持っているに違いない。

 地理に詳しい襲撃者が似たような経路を使用してくる懸念もあるし、踏み込んだ先に怪物が待ち伏せているかも知れない。

 何事にも絶対はないが、しかし、相当の危険な相手に遭遇しても逃げに徹すれば大丈夫ろうと、アーネイは主君の判断と思考力に高い信頼を寄せていた。

 

 

「探索の最中、この公園前の道路を通り過ぎるたびに、アメーバが彷徨っている光景を目にしました。前々から、気になっていたのです」

 軽い足取りで、ギーネは壊れた噴水へと歩み寄っていった。

 半壊しているオブジェだが、水道管は生きているのか。

 ちょろちょろと零れ落ちている濁った水が、円形の人工池の底部を揺らしていた。

「目にした限りでは、噴水付近辺りによくいることが多いですぞ」

 ギーネが身振り手振りで、目撃したアメーバについて説明をしている。

 

 あの崖の辺りとか、噴水の近くに立つ人物を狙うのに絶好のポイントだな。

 狙撃を避けられない箇所に歩み寄るのは気が進まなかったが、アーネイも歩み寄って地面や噴水の周囲を見て廻った。

 右手にある針葉樹の木立と噴水を結ぶ直線上の地面に、重いものを引きずったような凹みが刻まれているのに気がついて顎で杓って主君に指し示した。

 気づいていたらしく、ギーネもしゃがみこむと真剣な表情で観察し始める。

「ふむ。丸みを帯びた何らかの生き物が、水場と木立を往復しているようにも見えますね。

 資料や曠野で見つけたアメーバの足跡にそっくりです。

 いずれは姿を見せるでしょう」

 

 立ち上がったギーネは、両手を伸ばして噴水を囲む間道や木立を指し占めながら、舞うように回転して笑った。

「アーネイ。今回は、噴水を中心に狩を行いたいと考えています。

 深入りする心算はありませんが、何が在るか分かりません」

 言ってから、ギーネはごそごそと腰のポーチを探り始める。

「ええっと……念の為に地図を用意しましたのだ。持っていてください」

 

 手渡された紙を広げたアーネイは、目を眇めて実際の地形と地図を見比べてみる。

「往時の自然公園の大まかな見取り図です。我々の今いる位置が此処」

 地図上に記された入り口付近の噴水を指差しつつ、ギーネは公園に警戒の視線を走らせている。

「ギルド資料室で、金まで払ってなにをコピーしているのかと思えば地図だったのですか」

 日ごろの言動から、こいつ大丈夫なのか。と身内にさえも不安を抱かせることのあるギーネ・アルテミスであったが、基本的には広い視野と高い知性、忍耐強さ、そして豊かな想像力を兼ね備えた人物で、特にティアマットに来てからは妥当な下準備を欠かしたことはない。

 今回の狩りも、時間と金銭で採算が取れる限りに事前の情報収集に力を入れていたようだ。

 

 ちょっと感心して地図を眺めているアーネイに肯きかけると、ギーネは腰から吊るした鉄球入りの袋からスリングショットの弾を十数発も取り出した。

 ギーネは、スリングの弾を50発ずつ、左右の腰の袋に分けて取り付けていた。

 仮に片方の袋を落としても、もう片方の弾で戦うことが出来る工夫の一つだった。

 生き残る為、普段から色々と考えているのだが、遭遇した怪物が必ずしもスリングで凌げる程度とも限らない。

 

 それでも、取りやすい大きな入り口を持つズボンのポケットへと鉄球を十発ほども移して、弾を素早く抜き出してはスリングに構え、またポケットに戻しては、スリングを構えてみて、己の動作に満足したように一人で肯いている。

 これで咄嗟の時にも、一秒近く早く撃つことが出来る。

 僅かな工夫や訓練の積み重ねで命を拾う時が来るかもしれないし、区々たる努力など意味を為さぬような圧倒的な力の前に敗北を喫する時が訪れるかも知れない。

 希望が見えない人生。立て直す術もなく崩壊しつつある文明。緩やかに終わりを迎えつつある世界。ある日、突然にもたらされる近しい人や己の死。

 だからだろうか。刹那的な生き方をしているハンターは少なからず存在している。

 

 酒場の暗い淵に佇むハンターたちが、絶望を色濃く張り付けた虚ろな眼差しで酒を煽る姿を見るたびに、ギーネは微かに恐怖を覚えていた。

 生き延びたとして……何時か、まともな生活を取り戻せるのだろうか?

 いいえ。技術体系と知識がある分だけ、私にはアドヴァンテージがありますぞ。

 ギーネは、常に見え隠れする死の恐怖に脅えながらティアマットでの日々を戦っている。

 そして恐らく、アーネイも同じ気持ちに違いないと思っていた。

 腐るべきではない。圧倒的な危険を理解しつつも腐らず、可能な限りの努力を惜しまないで鍛錬や武装の手入れを続けられるか如何か。

 それが多分、底辺ハンターとそれ以外を区分けする最初の篩なのではないかと、そんな風に思うギーネであった。

 

「あなたが地図を持ってなさい、アーネイ」

「……お嬢さまは?」

 怪訝そうな家臣の言葉に、ギーネはそっと言った。

「私は頭の中に入っていますから。端末にも入れましたし。

 逃げるにしろ、獲物を追うにしろ、アーネイには必要でしょう」

 ギーネ・アルテミスは、記憶に関連した特技を一つ持っている。

 読んだ本や目にした光景を、瞬時に写真のように脳裏に記憶することが出来た。

 記憶は写真のように正確なもので、歳月を経てもけして色褪せない。

「宜しいのですか?記憶できるといっても、古い地図です。

 ……修正したり、色々描き込むこともあるでしょう?」

 

「アーネイ。書き込んだら、後で見せてくだしあ」

 噴水の縁の石段を確かめてから、ギーネはゆっくりと腰掛けた。

「まさか、パチンコでアメーバと戦える日がこようとは。感無量ですぞ」

 変なことに感動している主君の傍ら。アーネイは地図を折りたたんでマジックペンと共に胸ポケットへと入れてから、ギーネの隣へと腰掛けた。

 

 携帯を取り出したアーネイは、音声と画像を録画して記録を取り始めた。

「×月○日、曇天。気温は17度。無風。

 ティアマットに来て×××日目。我々の今回の狩りの獲物は、人喰いアメーバ。

 公園の奥に踏み込んで探しに行くよりは、敵を発見しやすく、また逃げ易い噴水近くで待ちに徹する計画である。獲物は見当たらず、また出て来る気配もない」

 傍らのギーネが、家臣の肩に寄りかかってきた。

「知っていますか、アーネイ。多くの底辺ハンターにとって、一人前として通用するか否かの一種の分かれ道。最初の登竜門が、人喰いアメーバを倒せるか否かという一線だそうです」

 曇った空を眺めながら、ギーネがそんなことを言い出した。

「手強いんですか?」

 アーネイは質問してみると、ギーネは首を横に振った。

「いんや、全然。動きは鈍いし、弱点は丸出しなので、素人でも逃げながら石を投げていれば勝てるとの噂です」

「なんだ」

「ただし、それは相手が一匹だけの時。複数だとかなり巧みに連携してきますし、図体がそれなりに大きくて力が強いので掴まったら厄介だとか、囲まれてぼこられたら大男でもあっさり死ぬるので、油断大敵だとか言われていますぞ。

 人間の顔に張り付いて窒息させるという嫌な攻撃を使うので、油断していると結構危険が危ないのだ。

 なので、新しい武装で戦い方を試したり、新人にハンターとしての心構えをさせるには絶好の怪物だそうです。

 マーフィーさんの亡霊とか、クック先生と同じですね」

 

 ギーネが言葉を切った時、噴水から15メートルほど離れた箇所にある茂みががさがさと揺れて、人間大の半透明の何かがゆっくりと姿を見せた。

 顔を向けたギーネが素早く立ち上がった。

「ん……あれが軟体アメーバですか。ふふっ、やはり水場の近くに棲息していましたね。

 私の鋭い観察力と優れた推測は今回も的ちゅ……うお!不気味ですぞ」

 スリングを構えながらも小さく悲鳴を上げたギーネの横合いで、アーネイも初めて間近で目にした人喰いアメーバは、確かに少し気持ちが悪いかも知れない。

 半透明のぶよぶよした体の中心に核が見える。

 体の表面に生えた繊毛がうぞうぞと蠢いている。黄色い紐のような仮腕を宙に蠢かせながら、少しずつ噴水に寄って来た。

 警戒しているのか、していないのか。ギーネたちに気づいているのか、気づいていないのかも傍目からでは分からない。

 

「本当にアメーバそのものですね」

 アーネイは感心したような声を上げた。

 対して嫌悪感を隠し切れないギーネは、渋面となってアメーバを睨みつけていた。

「原生生物ですね。ゾウリムシ?むむ、ちょっと戦いたくないな」

「少し可愛くありません?」

「アーネイ、頭おかしい」

 断言しつつ、ギーネが一歩前に出てアメーバと相対する。

 

「手出しは無用。一体の戦闘力がどの程度のものか。まずは一対一で戦ってみます。

 耐久力や速度。撮影していてくださいね」

 スリングショットの有効射程は10m以内。

 その距離なら、アルミ缶を軽く貫通し、薄い金属板をへこませる程度の威力はあった。

 人喰いアメーバの感覚は鈍いのかも知れない。

 ギーネがスリングショットの間合いに踏み込んで、ようやく気づいたのか。

 アメーバがギーネに向き直った。

 手?らしき変な黄色い二本の触手を揺らめかせながら、速度を上げてスリングを構えた亡命貴族へと迫ってくる。

 

 距離を取りながら、ギーネがスリングショットを放った。

 引き伸ばしたゴムから放たれた直径1cmの金属球に、一撃で中心核まで貫かれると、甲高くか細い悲鳴と液体を撒き散らしながら人喰いアメーバは地面に崩れ落ちた。

 ギーネが呆然と呟いた。

「一体、何処からその奇声を上げているのだ?」

 地面に倒れた人喰いアメーバは、見る見るうちに溶けていく。

 正確には、死んだ途端に体内の保水力がなくなり、破れた箇所から地面へと中身の液体が洩れていった。

 

 死んだ人喰いアメーバに恐る恐る歩み寄ったギーネ。

「えい」

 ナイフでアメーバを切り裂くと、体に入っていた核を回収して大きな背負い袋に入れた。

 この部分をハンターギルドの会館に持ち込むと、1クレジットで買い取ってくれる。

「これで1クレジット。

 確かに悪くないです。何より蟹虫退治しているよりも荷物が軽く済むのが良い」

 

 噴水で待ち続けること更に五分。2匹目がやってきた。

 今度も単体である。次はアーネイが戦いを挑んでみる。

 ギーネは、周囲を警戒しつつ何時でも援護できるように控えていた。

 アーネイはホームガードパイクの狙いを定めて、人喰いアメーバを突いた。

 鉄パイプに銃剣を溶接しただけの簡素な武器だが、アーネイのような達人が使えば、威力は充分なようだった。

 一撃で中心を射抜くと、死んだアメーバは、再び溶けるように地面へと崩れ落ちた。

 

 二時間後。公園の噴水付近を歩き回った二人は、大小12匹のアメーバを仕留めていた。

 全てが立派な成体であり、回収した細胞の核部分で背嚢もかなり重くなっている。

「ところでこんな不気味な細胞買い取って、ギルドはどう処理するつもりなのだろうか?」

 匂いも殆どない半透明なそれを薄い灰色の太陽光に翳すようにして、プラプラ揺らして遊んでいる主君を眺めて、アーネイが肩をすくめた。

「乾燥させた細胞は珍味らしいですよ。酒の肴として高く売れるとか」

「へえ……こんなものが」

「へえって、お嬢さまも美味しそうに食べていたじゃないですか」

「え?い、何時このようなものを!」

 休憩を取りながら、回収した細胞を背嚢の重さに感じ取って、計算するまでもない収支にアーネイは上機嫌で肯いている。

「悪くないですね。人づてに聞いていたよりもずっと大猟です」

「ふふふ、私の目の付け所がいいからですぞ」

「奥の方には、もっとアメーバがいるかもしれません。踏み込みますか?」

 ギーネは首を横に振った。此処は慎重に動く心算らしい。

「採算は充分に取れています。奥の方には他の怪物もいるかも知れません。

 今の装備で出会っても詰まらんです」

 

「しかし、これだけで12クレジットですか」

 呟いたアーネイは、なにか考え込むかのように俯いている。

「どうしました?アーネイ」

「これだけアメーバが獲れるなら、他にハンターもいそうなものです。

 ホテルに屯っている他のハンターたち、何時も獲物が獲れないでぴいぴいしているのに」

 不思議そうに訊ねるアーネイに、水筒の水を飲んでからギーネは大きく肯いた。

「私たちと同じ簡易宿泊所に寝泊りしているのは、大半がうだつの上がらない底辺ハンターですよ。

 腕利きのハンターは、もっといい獲物を狙っていると思いますのだ」

 アーネイに向かって金属製の水筒を投げて寄越してから、ギーネは天を仰いだ。

「……他のハンターの話に拠れば、この大通り一帯。一年を通して旅人が通ることも殆どないそうです。

 人喰いアメーバが湧いて出る絶好の狩場ですが、気づく者は少ないでしょうね」

 ギーネの説明に、アーネイは眉を顰める。

「危ないんじゃないですか?近くに蟻の巣があるんでしょう?」

「大丈夫、大丈夫。蟻んこ連中は足も遅いし、余裕で逃げ切れますのだ」

 微笑んで断言したギーネが、突然、顔に緊張の色を走らせた。

 噴水の淵に腰掛けていた二人はほぼ同時に立ち上がると、中腰の姿勢を取ったまま、周囲に警戒の視線を走らせている。

 

「聞こえましたか?」とギーネ。

「聞こえました。奥のほうです」

 アーネイが応える。

「悲鳴?それに銃声?」

「また聞こえました」

 

 連続した銃声が木立の中から響いてきた。段々と近づいてきている、が、急に途絶えてギーネとアーネイは視線を合わせた。

 銃を装備したハンターが返り討ちに遭うような、危険生命体が近くにいる可能性が高い。

「銃を持ったハンターでも逃げ惑うような怪物相手に、スリングで立ち向かうとか、どう考えても自殺行為なのだ」

 そう言って逃げようとしたギーネだが、何かに気づいて眉を顰めた。

「それとも、銃を持った何者かに誰かが襲われているのかな?」

 兎にも角にも、此処は逃げの一手が妥当だろうとギーネは判断した。

「引き上げますよ」

「はい」

 号令するまでもなく手早く纏めた荷物を持って歩き出した二人の進路を遮るように、木立から人影がふらふらと彷徨い出てきた。

 血塗れの人影は木立から出て二、三歩を歩いたところで呻き声を上げて、地面へと崩れ落ちた。

「……スルーしましょう」

 気にも留めず、歩みも休ませず、帝國人たちは少しだけ迂回して歩き続ける。

 目の前を通り過ぎようとした時、倒れた人影が低い呻きを洩らした。

「……た、助け……待って」

 

 名指しで助けを求められたギーネが、やや困ったような顔をして立ち止まった。

「其処の貴方。相手の武装を見てから助けを求めなさいよ。

 私の装備は、スリングショットとバットですよ」

 アーネイが言葉を引き継いだ。

「ちなみに私は、ホームガードパイクです」

「あなたが銃を持っていて怪物にやられたのか。それとも、銃を持った何者かにやられたのかは分からないが、気の毒だが関わり合いになりたくないのだ」

「た……頼む……助けて」

 ギーネ・アルテミスには、何だかんだ言っても人がよいところがある。

 これ自体が盗賊などの擬態で、罠と言う可能性も無きにしも非ずではあるが、しかし、其処まで疑っていては何も出来ないし、第一、どう見ても目の前の怪我人は虫の息にしか思えない。

 怪物が後を追ってくる可能性もあるけれども、最後を看取るだけなら見るだけならいいかも知れない。

 

「……大丈夫ですか?」

 木立に向かって警戒の視線を投げかけつつ、覗き込んでみれば、動かすことも出来ないほどの打撲の痕跡と切り傷からの出血量で、とても長持ちしそうにない。

「この人、女か」

 怪我人は髪を短く刈り込んでいたので、傍で跪くまでギーネも気づかなかった。

「……ハンター。同業者なのか」

 苦しげな息の下から腕を震わせながら、女ハンターはハンタータグと共に首に掛けてある銀製のロケットを握った。

「何が在ったのです?これほどの傷。一体、何にやられたのですか?」

「ア……アメーバに」

 死に逝く女狩人の顔色が出血によってか、蒼白になっていく。

 同時に寒さを感じていたのか。震えからやがて痙攣し出した。

 

「これを……子供たちに」

 言い残して狩人が事切れたのを確認してから、アーネイは死者の首から掛けたロケットとタグを回収した。

「死にました」

「アメーバ?」

 怪訝そうに訊ねたギーネは、片目を瞑ったまま空を睨みつけた。

「アメーバと聞こえました」

「むう……たかがアメーバ如きを相手に命を落とすとは、さぞ無念でしょうね」

「多勢に無勢だったのかも知れませんよ」

「何体来ようと、私ならものの三秒で倒せます」

 事も無げに豪語したギーネたちの直ぐ傍、まるで狩人を追ってきたかのように木立が揺れると半透明の怪物が姿を現した。

 

 アーネイが鋭い警告の叫びを上げた。

「お嬢さま!アメーバが来ました!」

「む、二匹ですね。いや、三匹か」

 立ち上がったギーネがスリングを発射して早くも一匹を仕留めるも、木立からさらに新手のアメーバたちが姿を現した。

「ぬぬ、五匹。むう、七匹」

 ギーネは素早く鉛の弾をスリングに構えるが、敵の出現は止まらない。

 あれ?十……十二……十五……十八……二十三……三十二……」

 二人を半包囲するように色とりどりのアメーバが姿を現し、横では逃げ腰になったアーネイが後退りしている。

「……お嬢さま、此処は撤退なさったほうが宜しいかと存じます」

 何時の間にか、素早く荷物を纏めていた帝國騎士。主君に撤退を進言しながら、荷物を背負ってじりじりとアメーバたちから距離を取っている。

 

「なにを言ってるのです、アーネイ!

 誉あるアルテミス候国の後継者が、たかがアメーバの二十や三十に怖気づいて……怖気づいて……」

 ギーネが意地を張っている合間にも、アメーバの数は益々増えていく。

「……五十八……七十二……百十四……二百七……あれ?」

 固まっていたギーネが、急に脇腹を押さえた。

「あいたたた。どうやら、腹痛のようだ。う、運がよかったな。下等生物共。

 ギーネさんが腹痛を起こさなかったら、貴様らは地獄にゴォトゥーヘルだったのだぞ。

 きょ、今日のところは見逃してやるのだ!」

 ギーネの負け惜しみを理解したわけでもあるまいが、アメーバたちが全身を震わせ、甲高い叫びを上げた。

 色とりどりのアメーバの群れが一斉に押し寄せてくる。

「てっ、撤退ですぞ。ア、アーネイ!援護!」

 ギーネが悲鳴を上げて後ろに振り返った時には、アーネイは既に影も形もなかった。

「や、野郎!主君を置いて一人で逃げやがったのだ!ひあああ!」


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