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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
☆ティアマット1年目 その2 ギーネ ティアマットの地を知るですぞ
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ACT 23 索敵

 コンクリートの建物と金網に囲まれた袋小路へと歩み寄りながら、ギーネが囁いた。

「見えてきましたよ。アーネイ。あそこの路地です」

 用心深く四方を見回しながら、アーネイも囁くように言った。

「覚えています。追い込まれた時、周囲の物影から人が姿を表してきました」

「そう、ここです」

 立ち止まったギーネが、廃墟と化した建物や薄暗い物陰へと視線を走らせながら、崩れかけた壁をそっと撫でている。

「ですが、人影はありません。あの時の光景が嘘のように人の気配も、生活の匂いも皆無です。まるで夢幻だったかのようですね」

 

 崩れた壁の向こう側にある支柱の傍に視線を止めると、アーネイは歩み寄って塵を拾い上げた。

「……夢でも幻でも、有りませんよ。ほら、缶詰とタバコの吸殻が落ちています」

 ギーネが近寄って、アーネイの指に摘まんだ吸殻をまじまじと見つめる。

 埃に塗れていない。それなりに新しい吸殻に見えた。

「最近まで付近に人の出入りが有ったとみて間違いないでしょう」

 

「あの時は、この路地の奥からも人が姿を表してきました」

 何かを探すように路地を歩き回っていたギーネが、やがて建物の壁と壁の間に挟まれた路地から建物の裏手へと廻っていった。

 二人が通るのがやっとの狭い路地の奥には、横合いの壁に鼠色をした頑丈そうな扉が取り付けられている。

「……戸がありますね。頑丈そうな鉄の扉」

 アーネイの囁きに小声で返しながら、

「さて……どうしたものか」とギーネが首を傾げていると、目の前で鉄の扉が軋んだ音を立てて開き始めた。

 と、中から警棒を手にした男が姿を現した。

 目を瞠っているギーネたちを目の前にして、男もぎょっとした表情で一瞬だけ硬直した。

 真っ先に動揺から立ち直ったのはアーネイだった。

 見詰め合った次の瞬間、横合いから見知らぬ男に飛び掛ると、口を塞ぎながら、腹部に強烈無比な打撃を叩き込んだ。

 白目を剥いた男が音のない悲鳴と共に肺から空気を搾り出すと、其の侭、すばやく背後に廻って、首根っこを強烈に締め上げていく。

 男が現れてから白目を剥いて失神するまで、ほんの十秒掛からなかった。

 崩れ落ちる男を無音で床に引きずり倒すと、冷や汗を掻きつつアーネイは周囲の気配を窺っている。

 

 一方のギーネは息を殺しつつ、男の現れた扉の向こうを覗き込んでいた。

 鉄の扉の向こう側は、見た感じでは何の変哲もない路地が続いているように見える。

 通路は曲がりくねっていて、先の方がどうなっているかはよく分からない。

 深い闇が蟠っているようで、緊張に喉を鳴らしたギーネは踏み込むのを躊躇った。

「どうしますか?」

 アーネイの囁きにギーネは唇を舌で湿らせてから、そっと鉄の扉を閉めた。

「今は……止めておこう」

 

「……さて」

 取り敢えず叩きのめして失神させた男の顔を掴んで左右から眺めると、ギーネは呟いた。

「こいつの顔には見覚えがありますぞ。あの時、襲ってきた奴の一人に間違いはありません」

「ふん。無関係の奴を叩きのめした訳ではなくてよかったですよ」

 気絶している男の持ち物を探ってみたが、特に大したものは持っていない。

 

「捕虜を獲得したのだ。

 取り敢えず、こいつを縛り上げてから尋問を行うのですぞ」

 言いながら、ギーネは腰の鞄からロープを取り出した。

 後ろ手に縄で縛り上げて、猿轡も咬ましている。

「ちょっときつすぎませんか?」

 アーネイが鼻を鳴らしたが、身動きできないように厳重に縛ってからギーネは捕虜の顔に袋を被せた。

「目隠しもした方がいいでしょう」

 

「多分、路地の奥にアジトがあると思いますが、今のところ手掛かりはこいつだけです」

 失神した成人男性を、軽々と肩に担ぎ上げてアーネイは主君を振り返った。

「近くの建物で尋問しますか?それとも連れ帰ります?」

 ギーネは、一つ咳払いしてから空を見上げた。

 太陽はまた中天にあって、分厚い雲の向こう側から陽光を地上へと投げかけていた。

「……さて、こいつは何をしに出てきたんでしょう?」

 捕虜に鋭い視線を向けると、独り言のように低く呟いてからアーネイに相談する。

 

 町へ遊びにでも出るつもりだったのか。それとも、見張りや巡回だろうか?

 後者なら、仲間があんまり長時間、戻ってこないようなら悪漢共も怪しむだろう。

 さて、どう動くだろうか?

 仲間を探しに来るか?それとも怪物に襲われたとでも想定して動きだす?

 連絡が途絶えた場合、恐らくは警戒するに違いない。

 果たして、連中は何人くらいいる?

 それなりのアジトを構えているのか?

 それとも仮設のキャンプを張っているだけか?

 備えはどうなっている?

 アジトなら構えは厳重だが、仮設のキャンプなら素早く撤収することもあるだろう。

 果たして、何人くらいの人が捕まっているのか?ティナはいるだろうか?

 町にも、こいつらの仲間が潜んでいるのか。

 保安官に助けを求めた場合はどうなる?

 力を貸してくれるかな。腐敗している可能性はないだろうか。

 保安官の中に悪漢たちと通じている者はいないか?

 

 歩きながらのギーネの説明に、アーネイも難しい表情となって言った。

「財布に金は入っていなかった。遊びに行く可能性は低いです」

「馴染みの店でツケで飲んだり、町のアジトに向かう可能性もある。

 時間を潰す用件なら、こいつがいなくなっても連中の警戒は変わらない」

「携帯用の無線やそれに類した道具は持っていませんでした。

 ここら辺では、手軽に手に入る物ではないのでしょう」

 町の近くにまで戻ってきたアーネイの肩で、捕虜となった人攫いが小さい呻きを洩らして蠢いた。

「……こいつを尋問しましょう。

 ちょっと手荒くなるかも知れませんが、ティナを救い出すためです」

 

 ギーネたちは、捕虜を町の近くに在る廃墟の一角に連れ込んだ。

 二人が目をつけたのは、何の変哲もない平凡な廃墟の七階立てビルの三階であり、何十棟もある建物や廃ビルの一つに隠れてしまえば、恐らく探しに来ても見つからないだろう。

 

 廃棄された椅子に座らせてから身動きできないように厳重に縛り上げる。

 縄で後ろで縛り付けて目隠しした上で、口元の猿轡を解いた。

「さてと、まずはお名前を聞かせてもらえますか?」

「お前ら。誰……」

 人攫いが喚きかけた瞬間、アーネイの拳が男の脾臓に叩き込まれた。

 男は顔色を真っ青にして、脂汗を流しながら、口をパクパクと動かしている。

 うげえ、あれは痛いのだ。

 顔を強張らせたギーネは、別の質問をする。

「貴方は人攫いですね」

「何のことだよ。俺たちは、ただ……」

 重たい音が室内に響き渡った。

 肩を竦めたギーネの傍らで、アーネイは男の周囲を足音を立てて歩き出した。

「……さっきから、何のことだ。なあ、おい。応えろ!こんなことしてただで済むと!」

 アーネイが歩くのを止めた。人攫いの頬に横殴りの拳を叩き込む。

 再びアーネイが歩き始めた。足音が止まった時に、体の何処かに痛みが襲ってくる。

 それを学習した人攫いは、不安に襲われたのだろう。

「仲間は何人ですか?」

「……八人だ」

 ギーネの質問に素直に答えた。勿論、嘘という可能性もあった。

 足を止めかけたアーネイが、再び歩き出した。

「浚った者たちは何処に運ばれました?」

「まっ、待ってくれ。俺たちはただ」

 言い訳した瞬間、殴られた。アーネイの打撃は重かった。

 大の男が一発殴られるだけで動けなくなる。

 脾臓や肝臓を殴られると地獄の苦しみを味わう。

「死にたいらしいな」

 アーネイの酷薄な声に、男が暴れるようにもがきながら叫びだした。

「知らない!知りません!下っ端なんです!

 町で声を掛けられて雇われただけなんです!

 この間まで農民だったんです!上のことは何も知りません!」

「女の子はいるか?」

「……女の子?」

 怪訝そうに呟いた人攫いだったが、背後で砂利を踏んだアーネイの足音に竦みあがった。

「……ひっ!」

「昨日の夕べに連れて来られた筈だ」

「いっ、いたかも知れません。昨日も確かに誰かをつれてきていました!」

「どこに?」

「知らない。本当に知らないんです。獲物は幹部たちが管理しています!もう許してください」

 椅子に縛られた人攫いは、さめざめと泣き始めた。

 大勢で群れていた時には、凶暴な表情を浮かべて襲ってきた人攫いが、捕まって痛めつけられると、こんな情けない姿を晒している。

 

「幹部と古参のメンバーは皆、出かけています。

 今のアジトも近々、引き払うって言ってました」

 口から血を吐きながら、男は擦れ声で呟いた。

 人攫いがなんと応えても、黙っても、恐怖と痛みに泣き喚いても、逆切れしても、アーネイは「嘘をつくな」と淡々と殴りつけた。

 暗闇と足音への恐怖。インターバルの苦痛に人攫いの神経は耐え切れなかったようだ。

 最後には、もう嘘をつく気力も無くなっていたのだろう。

 聞かれたことには全て素直に答えるようになっていた。

 恐らくは知ってる限りの情報を洗いざらい吐いたのだろうが、大した参考にはならなかった。

 

 人攫いたちは、旧市街の一角にある廃墟を仮のアジトにしている。

 おのぼりさんや旅人など、町とは関わり合いの薄い者たちを狙って餌食としている。

 アジトには今、掴えている下っ端を含めて八人。

 人攫い一党の総勢はもっと多いが、正確な数は不明である。

 拉致した被害者たちは、いずれ町から離れた本物のアジトへと連行されるが、下っ端は本拠地の場所を知らされていない。

 知らされているのは、時々、訪れてくる組織の幹部と古参メンバーである。

 組織は、盗賊や食い詰め者に声を掛けて、下働きをさせている。

 今、アジトにいるのは、班長をのぞけば新入りばかりである。

 

 

「アジトにいる人数は、八人ですか」

 顎に指を当てて、ギーネは不機嫌そうに呟いた。

 到底、手に負える人数ではない。バットしか持ってないギーネたちが殴りこむなど、鴨が葱を背負って飛び込むようなものだ。

「セシルを探して知らせるか、それとも保安官事務所に駆け込むか」

 ため息を洩らしながらアーネイは主君を見つめている。

「ふむ、それだけ警戒しているなら、保安官事務所は腐敗していないのかな」

 息も絶え絶えの捕虜を眺めながら、ギーネは考え込んでいる。

 

 人攫いの男が組織では下っ端であり、最近まで農夫だったと言うのも嘘ではないかも知れない。土と塵に汚れた爪は割れており、筋肉の付き方や拳の形も武器を扱う者のそれではなかった。

 畑を耕していても、食べていけなかったのだろうか。

 

「……兎に角、恐らく、あの路地の先に人攫いがいる。

 そして情けない話だが、此処から先は私たちの手には負えそうにない。

 一旦引き上げてセシルに知らせましょう。他力本願ですけど」

 突入して戦うと言う選択肢は、ギーネたちには無かった。

 正規の軍事訓練を受けて、豊富な実戦経験も持っているギーネたちだが、しかし、碌な武装も持たず、相手の戦力や地形も分からない状況で突っ込むのは、自殺行為としか思えない。

 

「こいつはどうしますか?」

 アーネイの言葉に立ち止まったギーネは、椅子に縛り付けられたまま、荒い息を吐いている人攫いの捕虜を詰まらなそうな眼差しで眺めてから、小さく肩を竦めた。

「後で余裕が出来たら回収。それまでは此の侭、放置で」

 至極どうでも良さそうに呟いた主君の言葉を聞いて、アーネイは瞳を細めた。

「怪物の昼飯になるかも、知れませんよ」

「その時は、運が悪かったと諦めてもらいましょう」

 悪漢の運命に興味はないらしく、冷たく吐き捨てて、ギーネはさっさと歩き出した。

 

 旧市街から町へと戻る道筋を足早に進んでいるギーネを追いかけながら、アーネイは主君の背中に語りかけた。

「で、此れからどうなさいますか?保安官事務所にでも知らせますか?」

「当てには出来ないでしょうね。

 それどころか、下手をすれば、組織と繋がっているかも知れません」

 無法地帯で行き詰ってしまい、どうにも焦慮の色を隠せない主君をアーネイは穏やかに見つめている。

 ギーネが保安官事務所に駆け込むのを躊躇うのは、頼りにならないだけが理由でもない。

 下手な土地で警察組織に犯罪者の情報を教えたら、此方の情報が其の侭、犯罪組織に流される可能性さえ有り得なくもなかった。

 腐敗した治安組織には、良くある事例であったし、それでなくとも犯罪組織というものは治安を担う組織に人員を送り込む物なのだ。

「……ああ、気分が悪いな。もう。孤立無援と言うべきか。

 心細くて不安になりますね。果たして、町の保安官は頼れるんだろうか。

 封建制なら、血統が治安関係者の人格と誇りを保証してくれるのに」

 こんな局面では、伝統が治安に大きく寄与する封建制の利点を懐かしく思って、愚痴らずにはいられないギーネであった。

 

 ぼやいているギーネを、アーネイはどこか醒めた目で見つめている。

 実際には、どのような政治体制であろうと、運用する者たちの手腕次第で良く悪くも結果は左右されるし、いかなシステムにも一長一短の側面がある。

 アルトリウスにしてからが、民度と教養を兼ね備えた民衆が支えていたからこそ、理想的な封建制国家として機能していたのであろう。

 次元世界の君主制国家全てが善政を行っている筈もなく、共和制国家の全てがイデオロギーに狂って君主制国家に対して侵略を志向している訳でもない。

 それが分からないギーネではない筈だが、アーネイの見るところでは、どうにも封建制に対して理想的に見過ぎるきらいがあるように思えた。

 お嬢さまにしてからが、祖国を悪辣な手段で奪い取った共和主義者に対しては、偏見から自由になれないか。

 イデオロギーの違いだけで悪と見做され、ありもしない悪行を宣伝されれば、敵愾心を持つのも致し方ないかな。

 共和主義の制度や考えにも、見習うべき点はあるし、それを上手く取り入れれば封建制を変えずとも、現体制が抱えている矛盾や不幸を減らせると思うのだけど。

 まあ、アルテミス候国を取り返せる筈もない。果たせぬ夢を追いながら朽ち果てていくのがお嬢さまの望みであり、幸せだと言うのなら、最後の家臣として付き合うのも吝かではないさ。

 

 ぶっちゃけてしまえば、アーネイにとって、自分とギーネ以外の事柄は全て他人事であった。

 実のところ、ティナやセシルがどうなろうが知ったことではないのだ。

 外見上は無表情を保ちつつ、内面では人攫いの行状とはまるで関係ない事柄に想いを馳せているアーネイに対して、拉致されたティナを助けたいと本気で思っているギーネの方は、時間がいよいよ限られてきたように思えて焦燥感を覚えずにはいられなかった。

 仲間が戻らなければ、怪しんだ人攫い共はすぐに拠点を移してしまう可能性もある。

「……連中の一人を捕まえたからお手柄。とも単純に言い切れないんですよね」

 町へと続く長い階段を昇りながら、ギーネは神経質そうに人差し指を噛んで呟いた。

「……兎に角、セシルがホテルに帰ってきたかどうか、一度、戻って確かめにいきましょう」


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